本日(2026/08/08)、第449回オンライン「寅の日」!! #草をのぞく #traday #寺田寅彦

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▼昨日(2026/08/07)は、遅れてやってきた大賀ハス3号の「あこがれの4日間」の第二日目だった。
 やっぱり第二日目が最高だった。
 <花>のすべてを見たような気になってきた。
 寅彦だったら、これをどう観察しただろう!?

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▼本日(2026/08/08)は、第449回オンライン「寅の日」である。
 8月のテーマは、「植物」の観察に関連してである。

【8月テーマ】「寅彦と植物」

 その一回目の本日は、「草をのぞく」(「沓掛より」より)を読む。

◆本日(2026/08/08)、第449回オンライン「寅の日」!!

●「草をのぞく」(「沓掛より」より)(青空文庫より)

▼寅彦のするどい観察眼に学んでみよう。
 寅彦もまずは「植物界」に親しむところからはじめていた。

子供の時分に少しばかり植物の採集のまね事をして、※(「月+昔」、第3水準1-90-47)葉(さくよう)のようなものを数十葉こしらえてみたりしたことはあったが、その後は特別に山野の植物界に立ち入った観察の目を向けるような機会もなくて年を経て来た。

この好機会を利用して少しばかりこの方面の観察をしようと思ったので、まず第一の参考として牧野(まきの)氏著「植物図鑑」を携帯して行って、少しずつ、草花の名前でも覚えようと企てた。

さすが寅彦、単に観察するだけにはおさまらなかった。「ふしぎ!?」が生まれてくるのだった。
  図鑑を見ただけで、なんらの疑点もなく明確にこれだと決定できる場合は存外少ない。ほとんど同じではあるが、どうも少しちがうようだ、という場合がはなはだ多い。書物の記載も、見取り図も至極簡単であるからやむを得ない。
 そういう場合における品種鑑別の正確度に関する疑いをいっそう強められるようになったのは、非常によく似ていて、しかも少しずつちがうというような草の種類が非常に多いという事実に気がついたからである。

 そして、ひとつの気づきへと発展するのだった。
 もう一つ気がついておもしろいと思ったことは、何か一つの植物があるときっとその近所にそれとよく似た別の植物が見つかるということである。

「類をもって集まる」ということわざは植物にも当てはまるようである。

▼「観察する」はやがて「科学する」にツナガルのだった!!

  この数日間の植物界見物は実におもしろかった。もっともこんなことは、植物学者、あるいは学者とまでは行かずとも、多少植物通の人にとっては、あまりにも平凡な周知の事実であるかもしれないが、始めて知ったまるの素人(しろうと)には実に無限の驚異と、従って起こる無数の疑問を提供するものである。

 さらに説く!!
 こうして秋草の世界をちょっとのぞくだけでも、このわれわれの身辺の世界は、退屈するにはあまりに多くの驚異すべく歓喜すべき生命の現象を蔵しているようである。

 そして、寅彦独特のたとえ話が面白い!!
 今でも浅間の火口へ身を投げる人は絶えないそうである。そういう人たちが、もし途上の一輪の草花を採って子細にその花冠の中に隠された生命の驚異を玩味(がんみ)するだけの心の余裕があったら、おそらく彼らはその場から踵(くびす)を返して再び人の世に帰って来るのではないかという気もするのである。

さあ、寅彦ならば大賀ハスの花のみごとさをどう表現したかな!?
まもなく第三日目がはじまる。 

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第72回オンライン句会「寅の日」8月例会案内!! #寅の日 #オンライン句会 #夏雲システム

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▼えっ!?
 キリギリス!?
 それにしても鳴き声が大きすぎる。
 どう考えても家のなかにいるような気がした。
 おかしい、持ち込んだ記憶は無い。大きく鳴き声がする方向をたよりにしばし探し回った。
 居た!!なんと玄関の壁にはりついていたのだ。
 あまりの暑さに耐えきれず“避暑”にやってきたのだろうか。

▼第72回オンライン句会「寅の日」8月例会の案内をする時期が来ていた。
 この暑さで、今から8月!?
 第72回ということは、12×6=72回 定例句会ははじめてから欠かさず続けてきたから
 6年!!
 いつのまにやら6年が過ぎたことになる。
 句を詠む力量はと問われると、ちょっと恥ずかしいが、“句会”の面白さ楽しさはどんどん深化していた!!

▼あらためて、第72回オンライン句会「寅の日」8月定例会の案内をあげておきます。
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第72回オンライン句会「寅の日」8月例会実施案内

0.はじめに
 本会をオンライン句会「寅の日」と称する。
 オンライン「寅の日」から生まれたオンライン句会です。
 俳句結社「寅の日」が運営しています。
 寺田寅彦に師事します。 

0からはじめる人のためのオンライン句会です。

 本会は「夏雲システム」を利用させてもらっています。

1.原則として月一回の月例句会を実施します。

2. 参加者
 あらかじめ登録された者のみ。
 (「俳号」をきめて、【句会「寅の日」参加希望】のタイトルで楠田までメールを
 「俳号」=俳句を詠むときのペンネームのようなもの 

3.投句のお題
・当季雑詠(その季節の季語を自由に詠む。)

4.句数
・5句だし
・5句選(特1・並4)特選は2点 並選は 1点 扱い
・予選句は自由 

5.【投句期間】
 2026年8月1日0時から15日23時30分まで
 
6.【選句期間】
 2026年8月16日0時から25日23時30分まで  

7.【結果発表】
 2026年8月26日から
同時に「談話室」が書き込み可能になります。
 「談話室」で大いに語り合いましょう!!

8.賞について
 ・最高得点句は最優秀句であり、その句会の「寅日子」賞とする。
 ・特別賞として、次の賞を設ける。
 「これぞ科学!!」が詠まれた句 → 「牛頓」(ニュートン)賞!!
 「よくぞそこまで観察した!!」という句 → 「藪柑子」賞!!
  特別賞は、毎回でなくてよい。
  もちろん「寅日子」賞と重なることがあってもよい。
  参加者が、選評の際に書き込むようにようにしたい。複数票を獲得したときに受賞としたい。

9.注意事項
 参加する前に「夏雲システム」、「同意事項」をよく読んでおいてください。

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▼まだまだ「猛暑日」が続きそうな、いや「酷暑日」も出てきそうな8月。 
 キリギリスよろしくオンライン句会に“避暑”にやってきてください。
 オンライン句会の面白さは、6年たってもなかなかうまく伝えられないです。
 やっぱり、体験していただくのがいちばんです。
 
 きっと、面白い世界がまっていますよ!!

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本日(2026/07/27)、第448回オンライン「寅の日」!! #颱風雑俎 #traday #寺田寅彦

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▼「猛暑日」がつづくなか、向日葵が勢いよく燃え立っていた!!
 驚くほどに背が高くなっていた。
 台風にそなえて、倒れないように簡易の柵をつくってやった。
 さて、どうなるかな!?

▼本日(2026/07/27)は、第448回オンライン「寅の日」である。
 7月のテーマは、「気象」に関連してである。

【7月テーマ】「寅彦と気象」

 その三回目の本日は、防災・減災論をも含めて「颱風雑俎」を読む。

◆本日(2026/07/27)、第448回オンライン「寅の日」!!

●「颱風雑俎」(青空文庫より)

▼最初にこの文章は寅彦の最晩年(1935年)に書かれたものであることを念頭に読んでみたい。
 今から、91年前である。
 台風観測事情もずいぶん進化してきた。しかし、根本的な考え・対策は同じである。
 はたして寅彦から何を学べるだろう。
 今日の状況とくらべながら読むと、なかなか面白い。

 転向の原因、勢力消長の決定因子が徹底的に分らない限り、一時間後の予報は出来ても一昼夜後の情勢を的確に予報することは実は甚だ困難な状況にあるのである。

 これらの根本的決定因子を知るには一体どこを捜せばよいかというと、それはおそらく颱風の全勢力を供給する大源泉と思われる北太平洋並びにアジア大陸の大気活動中心における気流大循環系統のかなり明確な知識と、その主要循環系の周囲に随伴する多数の副低気圧が相互に及ぼす勢力交換作用の知識との中に求むべきもののように思われる。それらの知識を確実に把握するためには支那、満洲、シベリアは勿論のこと、北太平洋全面からオホツク海にわたる海面にかけて広く多数に分布された観測点における海面から高層までの気象観測を系統的定時的に少なくも数十年継続することが望ましいのであるが、これは現時においては到底期待し難い大事業である。
 
 <科学する>ための継続した観測の必要性を説いていた。
 研究機関の設置も力説していた。
 ともかくもこのような事情であるから颱風の災害防止の基礎となるべき颱風の本性に関する研究はなかなか生やさしいことではないのである。目前の災禍に驚いて急いで研究機関を設置しただけでは遂げられると保証の出来ない仕事である。ただ冷静で気永く粘り強い学者のために将来役に立つような資料を永続的系統的に供給することの出来るような、しかも政治界や経済界の動乱とは無関係に観測研究を永続させ得るような機関を設置することが大切であろう。

 台風を<科学する>ことの意義も語っていた。
 颱風が日本の国土に及ぼす影響は単に物質的なものばかりではないであろう。日本の国の歴史に、また日本国民の国民性にこの特異な自然現象が及ぼした効果は普通に考えられているよりも深刻なものがありはしないかと思われる。

▼台風の話から発展し、防災・減災論、科学論にまで及んでいく。

 昔は「地を相(そう)[する」という術があったが明治大正の間にこの術が見失われてしまったようである。颱風もなければ烈震もない西欧の文明を継承することによって、同時に颱風も地震も消失するかのような錯覚に捕われたのではないかと思われるくらいに綺麗に颱風と地震に対する「相地術」を忘れてしまったのである。

 ここからかなり「地相術」にこだわっていた。
 このように建築法は進んでも、それでもまだ地を相することの必要は決して消滅しないであろう。

 地震による山崩れは勿論、颱風の豪雨で誘発される山津浪についても慎重に地を相する必要がある。

 地を相するというのは畢竟(ひっきょう)自然の威力を畏(おそ)れ、その命令に逆らわないようにするための用意である。安倍能成(あべよししげ)君が西洋人と日本人とで自然に対する態度に根本的の差違があるという事を論じていた中に、西洋人は自然を人間の自由にしようとするが日本人は自然に帰し自然に従おうとするという意味のことを話していたと記憶するが、このような区別を生じた原因の中には颱風や地震のようなものの存否がかなり重大な因子をなしているかもしれないのである。

 話は理科教育にまで及んでいた。
これに限ったことではないが、いわゆる理科教育が妙な型にはいって分りやすいことをわざわざ分りにくく、面白いことをわざわざ鹿爪(しかつめ)らしく教えているのではないかという気がする。子供に固有な鋭い直観の力を利用しないで頭の悪い大人に適合するような教案ばかりを練り過ぎるのではないかと思われる節もある。これについては教育者の深い反省を促したいと思っている次第である。

 反駁したい気持ちになるが、なかなか…
 興味深い提言もしていた。これがまたなかなか面白い!!
こういう現象は普通の気象学の書物などには書いてないことで、果して颱風と直接関係があるかないかも不明であるが、しかし土佐の漁夫の間には昔からそういう現象が知られていて「とうじ」という名前までついているそうである。これが現われると大変なことになると伝えられているそうである。

 非常な暴風のために空気中に物理的な発光現象が起るということは全然あり得ないと断定することも今のところ困難である。そういう可能性も全く考えられなくはないからである。しかし何よりも先ず事実の方から確かめてかかる事が肝心であるから、万一読者の中でそういう現象を目撃した方があったらその観察についての示教を願いたいと思う次第である。

 そして、このように「まとめ」た。
 颱風のような複雑な現象の研究にはなおさら事実の観測が基礎にならなければならない。それには颱風の事実を捕える観測網を出来るだけ広く密に張り渡すのが第一着の仕事である。

 そして、91年たった今は!?
 

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2026年8月のオンライン「寅の日」は #寅彦と植物 #traday #寺田寅彦

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▼8年目の「子規庵の糸瓜」のつるがスルスルと急激に伸びてきた!!
 今年は少し遅れているのかなと思っていたら、梅雨明けから急にスピードをあげてきた。
 生きている!!
 アタリマエだけど、やっぱり「ふしぎ!?」
 寅日子先生はこの「ふしぎ!?」をどう見たのかな!?

▼2026年8月のオンライン「寅の日」の計画をたてる時期である。
 寅彦はこの植物の「ふしぎ!?」についてもたくさんの随筆を書き残してくれていた。
 そこで、8月のテーマは次のようにする。 
 
【8月テーマ】「寅彦と植物」

 8月にオンライン「寅の日」は2回ある。

■2026年8月のオンライン「寅の日」!!
◆第449回オンライン「寅の日」 …8/08(土)
◆第450回オンライン「寅の日」 …8/20(木)

▼植物の「ふしぎ!?」と一口に言っても、いろんな切り口がある。
 寅彦ならばどんな切り口で植物の「ふしぎ!?」を観察しただろう。
 寅彦ならではの観察眼とは!?
 ふたつの随筆を選んだ。
「草をのぞく」(「沓掛より」より)
「からすうりの花と蛾」
 どんなことを学べるだろう、楽しみだ。

■2026年8月のオンライン「寅の日」!!

◆第449回オンライン「寅の日」 …8/08(土)「草をのぞく」(「沓掛より」より)(青空文庫より)

◆第450回オンライン「寅の日」 …8/20(木)「からすうりの花と蛾」(青空文庫より)


▼「別の視点で見れば…」よく安易に使ってしまう常套句だ。
 実際にそうすことは、簡単にはできない。
 これを試みる練習として、
 「寅彦の視点をかりて…」「寅彦の観察眼を真似て…」というのはどうだろう。
 猛暑日がつづく毎日だが、うまく工夫をして、植物の「ふしぎ!?」を観察してみよう。

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本日(2026/07/15)、第447回オンライン「寅の日」!! #夕凪と夕風 #traday #寺田寅彦

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▼フレーム付き「雲見」!?
 変なことに嵌まろうとしている。
 「雲見」の定点観測である。
 同じ定点観測でも、フレーム(枠)になる景を決めておいて写真を撮るのである。
 これを続ければ、雲の変化がよりわかって来るかも知れない。
 いろいろ試しながら「雲見」を楽しんでいる。

▼本日(2026/07/15)は、第447回オンライン「寅の日」である。
 7月のテーマは、「気象」に関連してである。

【7月テーマ】「寅彦と気象」

 その二回目の本日は、地域を吹く「風」についてである。「夕凪と夕風」を読む。

◆本日(2026/07/15)、第447回オンライン「寅の日」!!

●「夕凪と夕風」(青空文庫より)

▼最初に白状しておかなければならない。
 さんざん「海陸風」のこと話ししながら、自分が住んでいるところにこの「風」が吹いていることを意識しはじめたのは最近のことである。
 アメダスの「記録」にも顕著に残っていた!!
 寅彦もきっちりこのことにふれていた。
 

特に瀬戸内海沿岸にこれが著しいようである。

 寅日子先生が表現するとこうなる。流石デアル!!
 夕凪は夏の日の正常な天気のときにのみ典型的に現われる。午後の海軟風(かいなんぷう)(土佐ではマゼという)が衰えてやがて無風状態になると、気温は実際下がり始めていても人の感じる暑さは次第に増して来る。空気がゼラチンか何かのように凝固したという気がする。その凝固した空気の中から絞り出されるように油蝉の声が降りそそぐ。そのくせ世間が一体に妙にしんとして静かに眠っているようにも思われる。じっとしていると気がちがいそうな鬱陶(うっとう)しさである。

 さらにはこう言っていた。
夜の十二時にもならなければなかなか陸風がそよぎはじめない。

 これは、その地域がどれほど内陸部にあるかによってずいぶんちがうようである。
 自分が暮らす地域のアメダスの「記録」で確認してみるのも面白い!!

▼さらに一般論への展開が、実にみごとである。

 どうして高知や瀬戸内海地方で夏の夕凪が著しく、東京で夏の夕風が発達しているか、その理由を明らかにしたいと思って十余年前にK君と共同で研究してみたことがあった。

 それには日本の沿岸の数箇所の測候所における毎日毎時の風の観測の結果を統計的に調べて、各地における風の日変化の特徴を検査してみたのである。
 
その結果を綜合してみると、それらの各地の風は大体二つの因子の組合せによって成り立っていると見ることが出来る。その一つの因子というのは、季節季節でその地方一帯を支配している地方的季節風と名づくべきもので、これは一日中恒同なものと考える。第二の因子というのは海陸の対立によって規定され、従って一日二十四時間を週期として規則正しく週期的に変化する風でいわゆる海陸軟風に相当するものである。そこで、実際の風はこの二つの因子を代表する二つのヴェクトルの矢の合成によって得られる一本の矢に相当する。
 
 これを見習って、アメダスのデータを用いて、自分の住むところにどんな風が吹いているかを調べてみるのも面白いかも知れない。

 最後の寅彦独特のアイロニーたっぷりな文章も興味深い。

「浮世の風」となるとこんな二つや三つくらいの因子でなくてもっと数え切れないほど沢山な因子が寄り集まって、そうしてそれらの各因子の結果の合成によって凪になったり風になったりするものらしい。
 このごろはしばらく「世界の夕凪」である。いまにどんな風が吹き出すか、神様以外には誰にも分りそうもない。

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本日(2026/07/03)、第446回オンライン「寅の日」!! #夏の小半日 #traday #寺田寅彦

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▼そろそろ「夏休みの自由研究」をよびかける季節である。
 「自由研究」をとりまく状況はずいぶん様変わりしてしまっただろうが。

◆「理科の自由研究」の研究


▼本日(2026/07/03)は、第446回オンライン「寅の日」である。
 7月のテーマは、「気象」に関連してである。

【7月テーマ】「寅彦と気象」

 その一回目の本日は、「研究」への誘いの論考である。「夏の小半日」を読む。

◆本日(2026/07/03)、第446回オンライン「寅の日」!!

●「夏の小半日」(青空文庫より)


▼自然観察・研究への誘いからはじまっていた。

よく「自然」は無尽蔵だと言いますがこれはあながち品物がたくさんにあるというだけの意味ではない。たとい一本の草、一塊の石でも細かに観察し研究すれば、数限りもない知識の泉になるというのです。またたとえば同じ景色を見るにしても、ただ美しいなと思うだけではじきに飽きてしまうでしょうが、心の目のよくきく人ならば、いくらでも目新しい所を見つけ出すから、決して退屈する事はないでしょう。それで観察力の弱い人は、言わば一生を退屈して暮らすようなものかもしれません。諸君も今のうちにこの観察力を養っておく事が肝要だろうと思います。

 そして、具体例をあげて説いてくれる。
それでさし当たりこの夏休みに海岸へでも行かれる人のために何か観察の材料になりそうな事を少しばかりお話ししましょう。
 だれでも海べに出ていちばん見飽かずおもしろいと思うのは、遠い沖の果てから寄せて来ては浜に砕ける、あの波でしょう。見慣れない人の目には、海の水は、まるで生きているもののような気がすると言います。実際波はある意味で生きている。すなわち物理学などで言う「仕事」をする能力があります。しかし、惜しい事には、この能力は人間に都合のよいほうにはあまり使われないで、かえって海岸を破壊したり、またせっかく築いた港を砂で埋めたりするほうに使われています。

 誘いのコトバがつづく。「観察」の重要性を説きながら
このような波の進んで行く速さは、波の峰から峰、あるいは谷から谷までの長さいわゆる「波の長さ」の長いほど早く、また浅い所へ来るとおそくなります。見慣れない人は波の進むにつれて水全体が押し寄せて来るように思う事もあるそうですが、実際はただあのような、波の形が進んで来るだけで、水はただ、前後に少しずつ動揺しているという事は水面に浮かんでいる物を見ていてもだいたいはわかります。もし浅い所で、波の中に立っていられるような機会があったらよく気をつけてごらんなさい。

 あの「ねえ君、ふしぎだと思いませんか?」のコトバが聞こえてきそうだ。


▼「観察」からはじめて自分で確かめてみる「実験」へと誘ってくれていた。

また機会があったら水の底にできているこの波形の波長を計ってごらんなさい。通例、深い所ほど波長が短くなっているでしょう。

試みにこのような、充分水を含んだ細砂を両手で急に強く握りしめると、湿気が失うせて固くなるが、握ったままでいるとだんだん柔らかくなってダラダラ流れ出します。足で踏んでも、踏んだ時は固いが、だんだん足がめり込んで行きます。よほどおもしろいものだから、忘れずにためしてごらんなさい。

 浜べには通例大きい砂も細かい砂もあるが、たいてい大きいのは大きいの、細かいのは細かいのと類をもって集まっているのは、考えてみると不思議ではないでしょうか。波が砂をかきまぜているのに、どうして一様に交じらないでしょうか。

 また、いつしか別の「ふしぎ!?」にも話は及んでいた。
 海岸では晴れた夏の日の午前にはたいてい風が弱くて、午後になると沖のほうから涼しい風が吹き出します。これは海軟風ととなえるもので、地方によりいろいろな方言があります。

 最後にこう書いていた。
浜べで見られるおもしろい現象もまだいろいろありますが、またいつかお話ししましょう。
(大正七年八月、ローマ字少年)

 そして、あの名随筆『茶碗の湯』が書かれたのは大正十一年五月でした。


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第71回オンライン句会「寅の日」7月例会案内!! #寅の日 #オンライン句会 #夏雲システム

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▼寅日子先生のお気に入り名句を選ぶ機会があった。
 現時点での私のベスト3は次だ!!
・客観のコーヒー主観の新酒哉 (昭和3年)
・哲学も科学も寒き嚔哉 (昭和8年)
・名月や糸瓜の腹の片光り (昭和2年)

▼その寅日子先生に師事するオンライン句会「寅の日」も、はや71回目である。
 新メンバーの名句にうならせられることも多くなってきた。
 ひとの名句に感動するということは楽しい、うれしい!!
 選句を通して、自分の知らなかった「世界」をおすそ分けしてもらっている気分だ。
 先人たちが「句会」に嵌まっていった心境がわかりだした。
 
▼あらためて、第71回オンライン句会「寅の日」7月定例会の案内をあげておきます。
 自分でも「原点」を確認するという意味合いも込めて。

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第71回オンライン句会「寅の日」7月例会実施案内

0.はじめに
 本会をオンライン句会「寅の日」と称する。
 オンライン「寅の日」から生まれたオンライン句会です。
 俳句結社「寅の日」が運営しています。
 寺田寅彦に師事します。 

0からはじめる人のためのオンライン句会です。

 本会は「夏雲システム」を利用させてもらっています。

1.原則として月一回の月例句会を実施します。

2. 参加者
 あらかじめ登録された者のみ。
 (「俳号」をきめて、【句会「寅の日」参加希望】のタイトルで楠田までメールを
 「俳号」=俳句を詠むときのペンネームのようなもの 

3.投句のお題
・当季雑詠(その季節の季語を自由に詠む。)

4.句数
・5句だし
・5句選(特1・並4)特選は2点 並選は 1点 扱い
・予選句は自由 

5.【投句期間】
 2026年7月1日0時から15日23時30分まで
 
6.【選句期間】
 2026年7月16日0時から25日23時30分まで  

7.【結果発表】
 2026年7月26日から
同時に「談話室」が書き込み可能になります。
 「談話室」で大いに語り合いましょう!!

8.賞について
 ・最高得点句は最優秀句であり、その句会の「寅日子」賞とする。
 ・特別賞として、次の賞を設ける。
 「これぞ科学!!」が詠まれた句 → 「牛頓」(ニュートン)賞!!
 「よくぞそこまで観察した!!」という句 → 「藪柑子」賞!!
  特別賞は、毎回でなくてよい。
  もちろん「寅日子」賞と重なることがあってもよい。
  参加者が、選評の際に書き込むようにようにしたい。複数票を獲得したときに受賞としたい。

9.注意事項
 参加する前に「夏雲システム」、「同意事項」をよく読んでおいてください。

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▼さあ、7月だ。
 このオンライン句会「寅の日」から、どんな名句が生まれるか。
 楽しみである!!
 ひょっとしたら、自分で句を詠むより楽しみかも。
 では、またオンラインで会いましょう!!

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本日(2026/06/21)、第445回オンライン「寅の日」!! #怪異考 #traday #寺田寅彦

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▼河童ほど馴染みのある「妖怪」はいないだろう!!
 全国に河童伝説はあった。
 若干の異なる伝説があった。
 いったい<河童>とは何者なんだろう!?
 人々は何を伝えたかったのだろう!?

▼本日(2026/06/21)は、第445回オンライン「寅の日」である。
 6月のテーマは、「妖怪」「化け物」に関連して

【6月テーマ】「科学と非科学」

 その二回目の本日は、たいへん興味深い論考「怪異考」を読む。

◆本日(2026/06/21)、第445回オンライン「寅の日」!!

●「怪異考」(青空文庫より)


▼さすが寅彦だ!!
 最初にきっぱりと、自分の立場を言い切っていた。

 物理学の学徒としての自分は、日常普通に身辺に起こる自然現象に不思議を感ずる事は多いが、古来のいわゆる「怪異」なるものの存在を信ずることはできない。しかし昔からわれわれの祖先が多くの「怪異」に遭遇しそれを「目撃」して来たという人事的現象としての「事実」を否定するものではない。われわれの役目はただそれらの怪異現象の記録を現代科学上の語彙(ごい)を借りて翻訳するだけの事でなければならない。

 さらに続けて言う。
ただできうる唯一の方法としては、有るだけの材料から、科学的に合理的な一つの「可能性」を指摘するに過ぎない。

従ってやや「もっともらしい仮説」というまでには漕(こ)ぎつけられる見込みがあるのである。そこまで行けば、それはともかくも一つの仮説として存在する価値を認めなければならず、また実際科学者たちにある暗示を提供するだけの効果をもつ事も有りうるであろうと思われる。

 ここから二つの具体的な実例があがっていた。
 そのひとつ目がこうだ。
 その怪異の第一は、自分の郷里高知こうち付近で知られている「孕(はらみ)のジャン」と称するものである。孕は地名で、高知の海岸に並行する山脈が浦戸湾(うらどわん)に中断されたその両側の突端の地とその海峡とを込めた名前である。
 

 「土佐の寅彦」詣で、五台山からながめたこともある。
 この謎解きの科学がなかなか面白い。
 具体例から出発して、一般論に発展し、ひとつの<仮説>にいたる手腕はみごとである!!
そのほんとうの原因的機巧はまだよくわからないが、要するに物理的には全くただ小規模の地震であって、それが小局部にかつ多くは地殻(ちかく)表層(ひょうそう)に近く起こるというに過ぎないであろうと判断される。
 もし「孕(はらみ)のジャン」として知られた記録どおりの現象が、実際にあったものと仮定し、またこれが筑波地方(つくばちほう)の地鳴りと同一系統の地球物理学的現象であると仮定すると、それから多少興味のある地震学上のスペキュレーションを組み立てる事ができる。

さて、これらの大地震によって表明される地殻(ちかく)の歪(ひずみ)は、地震のない時でも、常にどこかに、なんらかの程度に存在しているのであるから、もし適当な条件の具備した局部の地殻があればそこに対し小規模の地震、すなわち地鳴りの現象を誘起しても不思議はないわけである。そして、それがある時代には頻繁(ひんぱん)に現われ、他の時代にはほとんど現われなくなったとしても、それほど不思議な事とは思われない。

 それで問題の怪異の一つの可能な説明としては、これは、ある時代、おそらくは宝永地震後、安政地震のころへかけて、この地方の地殻に特殊な歪を生じたために、表層岩石の内部に小規模の地すべりを起こし、従って地鳴りの現象を生じていたのが、近年に至ってその歪が調整されてもはや変動を起こさなくなったのではないかという事である。

 その後の研究で、この作業仮説の正否は結論がでたのだろうか。
 ここまでもみごとなものだが、次なる「呼びかけ」にさらに感動するのである!!
しかしもし現代の読者のうちでこれと類似の怪異伝説あるいは地鳴りの現象についてなんらかの資料を教えてくれる人でもあれば望外の幸いである。

▼もうひとつの具体例があがっていた。

 次に問題にしたいと思う怪異は「頽馬(たいば)」「提馬風(たいばふう)」また濃尾(のうび)地方で「ギバ」と称するもので、これは馬を襲ってそれを斃死(へいし)させる魔物だそうである。

 これについての作業仮説もみごとなものだった。
 これに反して、ギバがなんらかの空中放電によるものと考えると、たてがみが立ち上がったり、光の線条が見えたり、玉虫色の光が馬の首を包んだりする事が、全部生きた科学的記述としての意味をもって来る。また衣服その他で頭をおおい、また腹部を保護するという事は、つまり電気の半導体で馬の身体の一部を被覆して、放電による電流が直接にその局部の肉体に流れるのを防ぐという意味に解釈されて来るのである。

 しかしこの仮説にとって重大な試金石となるものは、馬のこの種の放電に対する反応いかんである。すなわち人間にはなんらの害を及ぼさない程度の放電によって馬が斃死(へいしし)うるかどうかという事である。

 どこまでも仮説の吟味を怠らないのは、科学者・寺田寅彦の真骨頂である。
 最後の決意は実行されたのだろうか。続編があるのならぜひ読みたいものだ。
(この「怪異考」は機会があらば、あとを続けたいという希望をもっている。昭和二年十月四日)

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2026年7月のオンライン「寅の日」は #寅彦と気象 #traday #寺田寅彦

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▼私が、今なお追い続けるテーマがあった。
 そんな大げさに言うことではない。言わば「道楽の科学」のひとつでもある。

◆「天気の変化」を科学する!!

 そのなかで、いつでもどこでも使った謎解きアイテムがあった。
 「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」
 である。これはほんとうに使いモノになった!!

▼2026年7月のオンライン「寅の日」の計画をたてる時期だ。
 寅彦はこの道のプロでもあった。気象に関する示唆的な随筆も書き残してくれていた。
 そこで、7月のテーマは次のようにする。 
 
【7月テーマ】「寅彦と気象」

 7月にオンライン「寅の日」は3回ある。

■2026年7月のオンライン「寅の日」!!
◆第446回オンライン「寅の日」 …7/03(金)
◆第447回オンライン「寅の日」 …7/15(水)
◆第448回オンライン「寅の日」 …7/27(月)

▼アリガタイことに、シロウトの私にもくわしく語ってくれている随筆が多かった。
 季節が<夏>ということで、それに関連するような3作品を選んでみた。
・「夏の小半日」
・「夕凪と夕風」
・「颱風雑俎」
 である。

■2026年7月のオンライン「寅の日」!!

◆第446回オンライン「寅の日」 …7/03(金)「夏の小半日」(青空文庫より)

◆第447回オンライン「寅の日」 …7/15(水)「夕凪と夕風」(青空文庫より)

◆第448回オンライン「寅の日」 …7/27(月)「颱風雑俎」(青空文庫より)


▼さあ!!
 今回は寅彦にどんな謎解きのヒントを教えてもらえるかな!?
 楽しみである。

 寅彦に浅学かえりみず、ぜひ質問してみたいことがある。
 「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」
 って有効ですか!? 。
 

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本日(2026/06/09)、第444回オンライン「寅の日」!! #化け物の進化 #traday #寺田寅彦

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▼「妖怪のまち」として有名になったわが町では、いろんなところでいろんな姿をした「妖怪」「化け物」と出会う。
 誰!?
 何をしているの!?
 ちょっと声をかけてみたくなるときも。

▼本日(2026/06/09)は、第444回オンライン「寅の日」である。
 6月のテーマは、その「妖怪」「化け物」に関連して

【6月テーマ】「科学と非科学」

 その一回目回の本日は、科学者・寺田寅彦は「化け物」「妖怪」をどう見たか!?
 である。
「化け物の進化」を読む

◆本日(2026/06/09)、第444回オンライン「寅の日」!!

●「化け物の進化」(青空文庫より)


▼冒頭から「化け物」の「ことわり書き」のようなコトバからはじまっていた。

 人間文化の進歩の道程において発明され創作されたいろいろの作品の中でも「化け物」などは最もすぐれた傑作と言わなければなるまい。 化け物もやはり人間と自然の接触から生まれた正嫡子であって、その出入する世界は一面には宗教の世界であり、また一面には科学の世界である。 同時にまた芸術の世界ででもある。

 さらにくわしく「科学」との関連において、次のようにつづけた。
 昔の人は多くの自然界の不可解な現象を化け物の所業として説明した。 やはり一種の作業仮説である。 雷電の現象は虎(とら)の皮の褌(ふんどし)を着けた鬼の悪ふざけとして説明されたが、今日では空中電気と称する怪物の活動だと言われている。

 自然界の不思議さは原始人類にとっても、二十世紀の科学者にとっても同じくらいに不思議である。 その不思議を昔われらの先祖が化け物へ帰納したのを、今の科学者は分子原子電子へ持って行くだけの事である。

 さらにはこうつけ加え
もっとも、これには明らかな相違の点がある事はここで改まって言うまでもないが、しかしまた共通なところもかなりにある事は争われない。 ともかくもこの二つのものの比較はわれわれの科学なるものの本質に関する省察の一つの方面を示唆する。

 そして、こう<結論>づける。
それゆえに化け物の歴史は人間文化の一面の歴史であり、時と場所との環境の変化がこれに如実に反映している。

▼さすが寅彦!!
 ここまでにはしておかなかった。ほんとうの本意はこのあたりにあるのかも知れない。

 不幸にして科学の中等教科書は往々にしてそれ自身の本来の目的を裏切って被教育者の中に芽ばえつつある科学者の胚芽(はいが)を殺す場合がありはしないかと思われる。 実は非常に不可思議で、だれにもほんとうにはわからない事をきわめてわかり切った平凡な事のようにあまりに簡単に説明して、それでそれ以上にはなんの疑問もないかのようにすっかり安心させてしまうような傾きがありはしないか。 そういう科学教育が普遍となりすべての生徒がそれをそのまま素直に受け入れたとしたら、世界の科学はおそらくそれきり進歩を止めてしまうに相違ない。

 こういう皮相的科学教育が普及した結果として、あらゆる化け物どもは箱根(はこね)はもちろん日本の国境から追放された。 あらゆる化け物に関する貴重な「事実」をすべて迷信という言葉で抹殺(まっさつ)する事がすなわち科学の目的であり手がらででもあるかのような誤解を生ずるようになった。 これこそ「科学に対する迷信」でなくて何であろう。 科学の目的は実に化け物を捜し出す事なのである。 この世界がいかに多くの化け物によって満たされているかを教える事である。

そして、一歩すすんで積極的な「提言」にむかう。
 古人の書き残した多くの化け物の記録は、昔の人に不思議と思われた事実の記録と見る事ができる。 今日の意味での科学的事実では到底有り得ない事はもちろんであるが、しかしそれらの記録の中から今日の科学的事実を掘り出しうる見込みのある事はたしかである。
 
 この後展開している具体例はたいへん興味深いものがある。
 そして、最後に科学教育へも示唆にとんだ提言をしていた。
現在の世界じゅうの科学者らは毎日各自の研究室に閉じこもり懸命にこれらの化け物と相撲(すもう)を取りその正体を見破ろうとして努力している。 しかし自然科学界の化け物の数には限りがなくおのおのの化け物の面相にも際限がない。 正体と見たは枯れ柳であってみたり、枯れ柳と思ったのが化け物であったりするのである。 この化け物と科学者の戦いはおそらく永遠に続くであろう。 そうしてそうする事によって人間と化け物とは永遠の進化の道程をたどって行くものと思われる。

 化け物がないと思うのはかえってほんとうの迷信である。 宇宙は永久に怪異に満ちている。 あらゆる科学の書物は百鬼夜行絵巻物である。 それをひもといてその怪異に戦慄(せんりつ)する心持ちがなくなれば、もう科学は死んでしまうのである。

 またこんな事を考える、科学教育はやはり昔の化け物教育のごとくすべきものではないか。 法律の条文を暗記させるように教え込むべきものではなくて、自然の不思議への憧憬(どうけい)を吹き込む事が第一義ではあるまいか。 これには教育者自身が常にこの不思議を体験している事が必要である。


最後の一文は、いつまでも心にとどめおきたい!!
不思議はいつまでも「ふしぎ!?」に思いたい!!

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