「引作の大楠」が見たい!!
▼職員の窓から見えるクスノキが花をつけているのだろうか。それともその準備の段階だろうか陽が照ると異様にまぶしい。しげしげとこんなのは見る機会がなかったが、幸いにもこの学校には何本もクスノキが植えられている。(なぜなのかまだ確かめていない。なぜだろう樟脳の関係だろうか。これを追っていくとけっこう面白いこと「発見」することできるかも知れないと思っている。)ずっとずっと観察をつづけて見ようと思う。
▼クスノキと言えば、最近「引作の大楠」をぜひ見たいと思うようになってきている。
私は、和歌山の阪本尚生さんのお世話で、2008年と2009年の夏、連続して2回南方熊楠を訪ねた。
柳田國男でも実際に熊楠を訪ねたの一回だけであるというのに、贅沢な体験させてもらったものだ。
しかし、そんなちょこっと行ったから何かがわかるというものではなかった。
とてつもなく巨大な「熊楠」山脈がそこにあった。
仮説だけが生まれた。
・熊楠は過去の人ではない、これからの人である。
・南方マンダラ「萃点」は、「科学の方法」を示唆している。
▼こんな手前味噌の仮説を実証するためにも、こらからも何度も熊楠詣でをしたいと思っている。
2009年の詣ででは「萃点」に焦点を絞って行った。
今度は、「粘菌」「神島」かなと思っていたが、その前に熊楠が日本初のエコロジストとして動き、柳田國男と連携して守ったという「引作の大楠」が無性に見たくなってきた。
行く限りは、顕彰館の橋本さんのお話もぜひ聞きたいところだが、欲張ったら何も見えてこないしと迷うところである。
▼クスノキにこだわるところから熊楠を追ってみる。この私の夏の宿題だ!
楽しみな宿題は計画するところから楽しい。
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昨日は、春の嵐の後の晴れ。植え替え48週目の「大賀ハス観察池」にも、ひさしぶりにたっぷりと水がたまっていた。その水もどこかぬるんでいるような気がした。地下の蓮根も春の訪れを感じているだろうか。この大賀ハスの種子を分けてくださった和歌山の阪本尚生さんから「熊楠」の情報が入った。「熊楠」訪問では、ずいぶんとお世話になっている。
▼今日は、立冬である。それにしては比較的あたたかい朝である。この二十四節季のたびに、みごとな「科学」を感じる。「くらし」と自然界をみごとにつないでみせている。自然界にはたらきかけて、そこから有益なもの取り出したり生産したりして生きている。このときに「暦」は、羅針盤である。
▼校庭に植えた綿の実がはじけだした。白い綿はきれいだ、しかし、誰がこれを紡いで身につけるものを創り出したのだろう。考えてみればすごいことだ、ホモ・サピエンスと自らを名のるだけのことはある。
▼昨日の朝の散歩は、少しゆっくりと時間をとって、ヒガンバナの結実さがしをした。例年、たくさんみつけることができる場所にでかけたが、そこにはなかった。その場所に近づく前に一カ所、そこから離れた場所に一カ所、2個の実をみつけることができた。結実の条件とはなんだろう。個体変異なんだろうか。えば年によってちがうのなら、環境条件のちがいによるのだろうか。今年は、定点観測地Aでも見つけている。
▼昨日で、大賀ハスの植え替えから23週がすぎた。大賀ハスの実は、8月31日に5個とも一挙に落ちてしまった。果托は、まだ上を向いたまま佇立している。少し木質化したようにかたくなっている。
葉は、枯れるものも現れてはきているものの、まだまだ偉大なる営みを繰り返し、栄養を蓄え続けている。はたして、どんな蓮根が地下から見えてくるのだろう。来年の春の楽しみである。
▼どうちがうのか。「熊楠」についての興味というより

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