本日(2026/06/21)、第445回オンライン「寅の日」!! #怪異考 #traday #寺田寅彦

▼河童ほど馴染みのある「妖怪」はいないだろう!!
全国に河童伝説はあった。
若干の異なる伝説があった。
いったい<河童>とは何者なんだろう!?
人々は何を伝えたかったのだろう!?
▼本日(2026/06/21)は、第445回オンライン「寅の日」である。
6月のテーマは、「妖怪」「化け物」に関連して
【6月テーマ】「科学と非科学」
その二回目の本日は、たいへん興味深い論考「怪異考」を読む。
◆本日(2026/06/21)、第445回オンライン「寅の日」!!
▼さすが寅彦だ!!
最初にきっぱりと、自分の立場を言い切っていた。
物理学の学徒としての自分は、日常普通に身辺に起こる自然現象に不思議を感ずる事は多いが、古来のいわゆる「怪異」なるものの存在を信ずることはできない。しかし昔からわれわれの祖先が多くの「怪異」に遭遇しそれを「目撃」して来たという人事的現象としての「事実」を否定するものではない。われわれの役目はただそれらの怪異現象の記録を現代科学上の語彙(ごい)を借りて翻訳するだけの事でなければならない。
さらに続けて言う。
ただできうる唯一の方法としては、有るだけの材料から、科学的に合理的な一つの「可能性」を指摘するに過ぎない。
従ってやや「もっともらしい仮説」というまでには漕(こ)ぎつけられる見込みがあるのである。そこまで行けば、それはともかくも一つの仮説として存在する価値を認めなければならず、また実際科学者たちにある暗示を提供するだけの効果をもつ事も有りうるであろうと思われる。
ここから二つの具体的な実例があがっていた。
そのひとつ目がこうだ。
その怪異の第一は、自分の郷里高知こうち付近で知られている「孕(はらみ)のジャン」と称するものである。孕は地名で、高知の海岸に並行する山脈が浦戸湾(うらどわん)に中断されたその両側の突端の地とその海峡とを込めた名前である。
「土佐の寅彦」詣で、五台山からながめたこともある。
この謎解きの科学がなかなか面白い。
具体例から出発して、一般論に発展し、ひとつの<仮説>にいたる手腕はみごとである!!
そのほんとうの原因的機巧はまだよくわからないが、要するに物理的には全くただ小規模の地震であって、それが小局部にかつ多くは地殻(ちかく)表層(ひょうそう)に近く起こるというに過ぎないであろうと判断される。
もし「孕(はらみ)のジャン」として知られた記録どおりの現象が、実際にあったものと仮定し、またこれが筑波地方(つくばちほう)の地鳴りと同一系統の地球物理学的現象であると仮定すると、それから多少興味のある地震学上のスペキュレーションを組み立てる事ができる。
さて、これらの大地震によって表明される地殻(ちかく)の歪(ひずみ)は、地震のない時でも、常にどこかに、なんらかの程度に存在しているのであるから、もし適当な条件の具備した局部の地殻があればそこに対し小規模の地震、すなわち地鳴りの現象を誘起しても不思議はないわけである。そして、それがある時代には頻繁(ひんぱん)に現われ、他の時代にはほとんど現われなくなったとしても、それほど不思議な事とは思われない。
それで問題の怪異の一つの可能な説明としては、これは、ある時代、おそらくは宝永地震後、安政地震のころへかけて、この地方の地殻に特殊な歪を生じたために、表層岩石の内部に小規模の地すべりを起こし、従って地鳴りの現象を生じていたのが、近年に至ってその歪が調整されてもはや変動を起こさなくなったのではないかという事である。
その後の研究で、この作業仮説の正否は結論がでたのだろうか。
ここまでもみごとなものだが、次なる「呼びかけ」にさらに感動するのである!!
しかしもし現代の読者のうちでこれと類似の怪異伝説あるいは地鳴りの現象についてなんらかの資料を教えてくれる人でもあれば望外の幸いである。
▼もうひとつの具体例があがっていた。
次に問題にしたいと思う怪異は「頽馬(たいば)」「提馬風(たいばふう)」また濃尾(のうび)地方で「ギバ」と称するもので、これは馬を襲ってそれを斃死(へいし)させる魔物だそうである。
これについての作業仮説もみごとなものだった。
これに反して、ギバがなんらかの空中放電によるものと考えると、たてがみが立ち上がったり、光の線条が見えたり、玉虫色の光が馬の首を包んだりする事が、全部生きた科学的記述としての意味をもって来る。また衣服その他で頭をおおい、また腹部を保護するという事は、つまり電気の半導体で馬の身体の一部を被覆して、放電による電流が直接にその局部の肉体に流れるのを防ぐという意味に解釈されて来るのである。
しかしこの仮説にとって重大な試金石となるものは、馬のこの種の放電に対する反応いかんである。すなわち人間にはなんらの害を及ぼさない程度の放電によって馬が斃死(へいしし)うるかどうかという事である。
どこまでも仮説の吟味を怠らないのは、科学者・寺田寅彦の真骨頂である。
最後の決意は実行されたのだろうか。続編があるのならぜひ読みたいものだ。
(この「怪異考」は機会があらば、あとを続けたいという希望をもっている。昭和二年十月四日)
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