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本日(2026/04/10)、第439回オンライン「寅の日」!! #物理圏外の物理的現象 #traday #寺田寅彦

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▼前の竹藪の椿の花が落ちていた!!
 寅彦の真似をして、花の「仰向き」「うつ伏せ」の数を数えてみた。
・全部で206
・「仰向き」200!!
・「うつ伏せ」6 !!
 これって「物理学」!?

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▼本日(2026/04/10)は、第439回オンライン「寅の日」である。
 4月のテーマは、私の大の苦手な「物理学」である。

【4月テーマ】「寅彦と物理学」

 その一回目の本日は「物理学圏外の物理的現象」を読む。
 
◆本日(2026/04/10)、第439回オンライン「寅の日」!!

●「物理学圏外の物理的現象」(青空文庫より)


▼私自身の課題は、「苦手意識」からどこまで抜け出すことができるかである。
 まず、そもそも論からはじまる。

 物理学は元来自然界における物理的現象を取り扱う学問であるが、そうかと言って、あらゆる物理的現象がいつでも物理学者の研究の対象となるとは限らない。本来の意味では立派に物理的現象と見るべき現象でも、時代によって全く物理学の圏外に置かれたかのように見えることがありうるのである。

 なんとなくなだめてもらった気分になるから不思議だ。
 さらにこう言ってもらうと、ひよっとしたら私にも…と思ってしまうのだった。
 これだけの例から見ても、その当代の流行問題とはなんの関係もなくて、物理学の圏外にあるように見える事がらの研究でも、将来意外に重要な第一線の問題への最初の歩みとなり得ないとは限らない。それでそういう意味で、現在の物理学ではあまり問題にならないような物理的現象にどんなものがあるかを物色してみるのも、あながち無用のわざではないかもしれない。
 そういう種類の現象で自分が多年心にかけていたものがいろいろあるが、それらの多数はいずれも事がらが偶然的偏差に支配されるために、結果が決定的再起的でないような種類に属するものである。

 そして、あの「金米糖」が登場する。
 金米糖(こんぺいとう)を作るときに何ゆえにあのような角(つの)が出るか。角の数が何で定まるか、これも未知の問題である。すすけた障子紙へ一滴の水をたらすとしみができるが、その輪郭は円にならなくて菊の花形になる。筒井俊正(つついとしまさ)君の実験で液滴が板上に落ちて分裂する場合もこれに似ている事が知られた。葡萄酒(ぶどうしゅ)がコップをはい上がる現象にも類似の事がある。

 自分の不勉強を棚に上げて言わせてもらうなら、こんなのも「物理学だよ」と教えておいてほしかったな。
 「おまえが知らなかっただけだよ」と言われてしまえばそれまでの話だが。
 私の知らない「新物理学」の芽生えを感じる。ひょっとしたらこれならば私にもの期待も生まれてくるのである。
 これらの現象を通じて言われることは、普通の古典的な理論的考察からすれば、およそ一様に均等に連続的にあるいは対称的に起こるであろうと考えらるるものが、実際には不均等に非対称的に不連続的にしかも統計的に起こるのである。このような場合を適当に処理すべき理論はもちろんのこと、その理論の構成に基礎となるべき概念すらもまだ全然発達していないのであるから、今のところでは物理学者はこれらをどうしてよいかわからない。従って問題にしようともしなければ、また見ても見ないつもりで目をつぶって通り過ぎるのが通例である。

ところが、最近に至って物理学の理論の基礎に著しい革命の起こった結果として、物理現象の決定性といったような基礎観念にもまた若干の改革が行なわれるようになった。その結果としておもしろいことには、われわれが従来捨てて顧みなかった上記の種類の不決定な事がらに対して、もはやいつまでもそうそう無関心ではいられなくなって来たと私には思われる。なぜかというと、上記の種類の現象の根本に横たわる形式的要素が、新物理学の基礎に存するそれらとどこか共通なものを備えているからである。

これから想像すると、おそらくその他の類似の問題でも、基礎形式的にこれと類するものがあるであろうと思われるのである。ただこれらの多くの場合はより多く事がらが複雑であって到底簡単な少数有限の方程式などで解決されるべきものではないであろうと予測される。

▼「新物理学」!!
 「ふしぎ!?」はまだまだあるのだ。

新物理学の考え方がいろいろな点で古典的物理学の常識に融合しないように感ずるのは、畢竟(ひっきょう)古典的物理学がただ自然界の半面だけを特殊な視野の限定されためがねで見ていたために過ぎないのであって、そのやぶにらみの一例としては、私がここで特に声を大きくして宣伝したような部類の統計的現象を全然閑却していたことも引証されようかと思う。
 物理学圏外の物理的現象と称すべきものは決して上記の部類に限らない。広大無辺の自然にはなお無限の問題が伏在しているのに、われわれの盲目なためにそれを問題として認め得ない結果、それが存在しないかのように枕(まくら)を高くしているのである。

 期待を持たせられるコトバがつづく。
しかし世界の広い学界の中にはまれに変わり種の人間もいて、流行の問題などには目もくれず、自分の思うままに裸の自然に対面して真なるものの探究に没頭する人もあるから、いつの日にかこれらの物理学圏外の物理現象が一躍して中央壇上に幅をきかすことがないとも限らないであろう。そういう革命的の仕事は、おそらくアカデミックな学者の手によってではなく、意外な方面の人の自由な頭脳によってなし遂げられはしないかという気がする。
 
 物理学圏外の物理現象に関する実験的研究には、多くの場合に必ずしも高価な器械や豊富な設備を要しない。従って中等学校の物理室でも、また素人(しろうと)の家庭でもできうるものがたくさんにあると思われる。しかしいかなる場合にでも、その研究者が物理学現在の全系統について、正しい要約的な理解を持っていることだけは必須(ひっす)な条件である。

 うれしいコトバの後には、浅学無知・無手勝流を流儀とする私にはチクリと痛いところをつかれた!!
 流石デアル。
 最後には、こう呼びかけられていた。
過去百年の間に築き上げられたこの大規模の基礎を離れて空中に楼閣を築く事は到底不可能なことである。しかし物理学の基礎的知識の正当な把握(はあく)は少しの努力によって何人(なんぴと)にでもできることであるから、それを手にした上で篤志の熱心なる研究者が、とらわれざる頭脳をもって上記のごとき現象の研究に従事すれば、必ず興味あり有益なる結果が得られるであろうと考える。

 こう書かれて、94年!!
 現代「物理学」に疎い私にはわからない。
 私たちは「どこに」いるのだろう!?
 

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