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本日(2026/02/21)、第435回オンライン「寅の日」!! #柿の種 #traday #寺田寅彦

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▼「ものごとは、記憶せずに記録する。」
 はあの梅棹忠夫のコトバである。

 寅彦は「大正」「昭和」をどう記録したのだろうか!?

▼本日(2026/02/21)は、第435回オンライン「寅の日」である。
 2月のテーマは「寅彦の「柿の種」」である。

【2月テーマ】「寅彦の「柿の種」」

 「柿の種」は、大正~昭和の長期にわたる「即興的漫筆」(寅彦のコトバ)、日記風覚え書きである。
 ともかく長い!!
 そこで、二回に分けて読んでいる。
 今回は「昭和」期を中心に読んでみる。

◆本日(2026/02/21)、第435回オンライン「寅の日」!!

●「柿の種」(2)(青空文庫より)  


▼今回は「昭和」初期を中心に読んでみる。
 「日常の景」「自然観」
 「寅彦の科学観・哲学」
 「俳句論」「連句論」
 「現代世相の推移」 等々、みんないっしょになって詰まっていた。
 そこには「昭和初期」の記録があった。

 自らの「文脈」に引き寄せて、「記録」をプロットしてみよう。

 古典的物理学の自然観はすべての現象を広義における物質とその運動との二つの観念によって表現するものである。
 しかし、物質をはなれて運動はなく、運動を離れて物質は存在しないのである。
 自分の近ごろ学んだ芭蕉(ばしょう)のいわゆる「不易流行」の説には、おのずからこれに相通ずるものがある。
(昭和二年五月、渋柿)

 それは、三次元の世界に住するわれらの思惟(しい)を超越した複雑な世界である。
「独吟」というものの成効(せいこう)し難いゆえんはこれで理解されるように思う。
 また「連句」の妙趣がわれわれの「言葉」で現わされ難いゆえんもここにある。

 へえー、寅彦も糸瓜を育てていたんだ!!
 糸瓜(へちま)をつくってみた。
 延びる盛りには一日に一尺ぐらいは延びる。
 ひげのようなつるを出してつかまり所を捜している。
 つるが何かに触れるとすぐに曲がり始め、五分とたたないうちに百八十度ぐらい回転する。
 確かに捲きついたと思うと、あとから全体が螺旋形(らせんけい)に縮れて、適当な弾性をもって緊張するのである。
 一本のひげがまた小さな糸瓜の胴中にからみついた。
 大砲の砲身を針金で捲くあの方法の力学を考えながら、どうなるかと思って毎日見ていた。
 いつのまにかつるが負けてはち切れてしまったが、つるのからんだ痕跡だけは、いつまでもちゃんと消えずに残っている。
 棚の上にひっかかって、曲玉(まがたま)のように曲がったのをおろしてぶら下げてやったら、だんだん延びてまっすぐになって来た。
 しかしほかのに比べるとやっぱりいつまでも少し曲がっている。
  ある宵(よい)の即景
名月や糸瓜の腹の片光り
(昭和二年十一月、渋柿)

 枯れ芝の中に花さく蕗(ふき)の薹(とう)を見いでて、何となしに物の哀れを感じ侍(はべ)る。
自動車のほこり浴びても蕗の薹
(昭和三年四月、渋柿)

 少なくも古来の名句と、浅薄な写生句などとの間に存する一の重要な差別の一面を暗示するもののようである。
客観のコーヒー主観の新酒哉(かな)
(昭和三年十一月、渋柿)

▼俳句雑誌「渋柿」の巻頭に掲載されたものだけに、アタリマエだが「俳句」「連句」関係が多い。
 寅彦の名句に出会えるのもうれしい!!
 詠まれたバックグラウンドもわかり、寅彦の名句をより深く理解できるのが面白い。
 気儘な引用をつづけよう。

 こんな平凡な光景でも、時として私の心に張りつめた堅い厚い氷の上に、一掬(きく)の温湯(ゆ)を注ぐような効果があるように思われる。
 それほどに一般科学者の生活というものが、人の心をひからびさせるものなのか、それともこれはただ自分だけの現象であるのか。
 こんなことを考えながら、あの快く広い窓のガラス越しに、うららかな好晴の日光を浴びた上野の森をながめたのであった。
(昭和五年一月、渋柿)

 そうして、ただなんとなくおかしいような、おもしろいような気持ちになって、ほど近いわが家へと急いだのであった。
淡雪や通ひ路細き猫の恋
(昭和五年三月、渋柿)

 ナポリの港町の夜景が心に浮かぶ。
朧夜を流すギターやサンタ・ルチア
(昭和五年五月、渋柿)

アメリカは人皆踊る牡丹(ぼたん)かな
(昭和五年五月、渋柿)

山裂けて成しける池や水すまし
穂芒(ほすすき)や地震(ない)に裂けたる山の腹
(昭和五年十月、渋柿)

 やっぱり「科学する」もつづけていた!!
 僕はこのごろ、ガラス枚を、鋼鉄の球で衝撃して、割れ目をこしらえて、その割れ方を調べている。
 はなはだばかげたことのようであるが、やってみるとなかなかおもしろいものである。

 今まで、まだやっと二、三百枚のガラス板しかこわしていないが、少なくも二、三千枚ぐらいはこわしてみなければなるまいと思っている。
粟(あわ)一粒秋三界を蔵しけり
(昭和六年十一月、渋柿)

参らせん親は在(おわ)さぬ新茶哉
(昭和七年七月、渋柿)

「墨流し」の現象を、分子物理学的の方面から、少しばかり調べてみていたら、だんだんいろいろのおもしろいことがわかって来た。
 それで、墨の製法を詳しく知りたくなって、製造元を詮議(せんぎ)してみると、日本の墨の製造所は、ほとんど全部奈良にあることがわかった。

 面白い!!あの名句もここに!!
哲学も科学も寒き嚔(くさめ)哉
(昭和八年二月、渋柿)

なつかしや未生以前(みしょういぜん)の青嵐
(昭和十年七月、渋柿)

 震災や火災や風水害に関する科学的常識とこれに対する平生の心得といったようなものを小学校の教科書に入れるということは、日本のような国では実に必要なことである。これはほとんど「問題にならぬ」ほど明白なことであると思われるのに、これがどういうわけだかいっこうに実行されていないで時々「問題になる」ようである。

 科学の研究に体験をもたない言わばただの「科学学者」の科学論には往々人間の書いた「猫の尻尾論」のようなのがあるのも誠にやむを得ない次第であろう。

 誰もが自分の「文脈」に引き寄せてしか読み解くことができない!!
 まったくちがった「文脈」で読めば、寅彦のこの「記録」はどう読めるだろう!?
 それにとても興味がある。

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