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【お薦め本】『物理学者の自由研究』(村田次郎著 岩波書店)

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▼私は長きにわたって勝手気ままに「自由研究」を語ってきた!!

◆「理科の自由研究」の研究

 このとき最初に頭にあったのは、生徒たちといっしょに取り組んできた「夏休みの自由研究」であった。
 そこから少し発展して、大人の「自由研究」であり、さらには私自身が科学を楽しむ「自由研究」までであった。
 そんな私の「自由研究」の概念をまったく変えてしまうような本にであった。
 
▼今さらですが、「自由研究」って何!?
 そんなこと考えはじめたのは、この本に出会ったからだった。

◆【お薦め本】『物理学者の自由研究』(村田次郎著 岩波書店 2026.1.20)

「自由研究」のタイトルに惹かれて手に入れてしまった。
 ページをパラパラとめくった。「面白そうだ!!」そこまではよかった。
 タイトルの「物理学者の」をすっかり見落としてしまっていた。
 その顛末の行方はあとで…
 まずはいつものお薦めポイント3つ

(1)「バイアス」を科学するとは!?
(2)「バイアス」を楽しむためには!!
(3)あらたな「自由研究」観と出会える!!

▼ではそのひとつずつを少しだけ詳しく。
(1)「バイアス」を科学するとは!?
 ちょうど冬季オリンピック中だった。
 TVでカーリングの競技を観戦しながら、その「ふしぎ!?」をわかろうとした。

 カーリングでは、図1のように反時計回りに回転させて石を投げ出すと、石が進行方向に対して左側に曲がる。石が曲がるこの現象に対しても、なんらかのメカニズムがすでによくわかっていると思われるだろうが、これがなんと未解決問題どころか「世紀の謎」だったのだから驚きだ。偶然の出来事が重なり、筆者はとびきりの謎解きを楽しむ機会を得た。 
 筆者のたどり着いた結論を端的にいうと、カーリングの石は底がザラザラしており、その突起が氷に引っかかて振り子のように振られて曲がるという、至極単純なしくみであるというものである。(同書P2より)

 この結論にいたるまでの研究の顛末がくわしく紹介されていた。
 「ヘエー、すごいな!!」とは思ったが「それで…!?」という違和感があった。
 「これが自由研究!?」
 この違和感は、私の大の「物理苦手意識」、理解力不足だけからくるものだろうか。
 どうも私の考えてきた「自由研究」とはレベルがちがいすぎるのではと思った。
 それは次の章でも同様な思いだった。
2 曲がるもの大研究!
3 滑り台は大人の方が速い!?
 しかし、このコトバにであって事情は一変してしまった。
 そのコトバとは 「バイアス」だ!!
著者もズバリこう語っていた。
 バイアス
 バイアス、つまり思い込みついて考えるのか本書の目的の一つだ。
曲がるもの研究会の活動を通して気づいたことの数々は、実にバイアスに満ち満ちている。(中略)
一事が万事。ささいなことからも、どれだけ教訓を得られるかが私たちの成長を左右するだろう。自分がバイアスに陥っていたと気づいたとき、それは自分の愚かさに気づくとき。しかし落胆は一瞬であり、すぐに大きな興奮に変わるのが常である。「どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだ!」と自分自身を幸せそうに責める。そんな泣き笑いを子どもたちとともに経験できて、この研究は忘れられない自由研究になった。
(同書P38より)

 ここまできてやっと違和感は同感!!にかわった。
 私のこれまで思ってきた「自由研究」と本書の「自由研究」がやっと交叉した!!

 「バイアス」を科学する=「自由研究」!! 

 これなら、納得できる。
この書を読み解く最大のキーワードは「バイアス」である。

(2)「バイアス」を楽しむためには!!
正直に言うと、私がほんとうにこれは面白い!!と思ったのは
4 鏡の世界が左右反対なのはなぜか
 からであった。
 私の勝手なお薦めはこの4章から読み始めることだ。
 あの朝永振一郎先生のコトバを引用してこう言っていた。
 「ふしぎだなと思うこと 
これが科学の芽です」
全面的に同感です。この「ふしぎ!?」を追求していく展開が実に面白い。
 これなら家でも、今すぐ自分でも実験をやりながら、話についていける。
 アタリマエをなんの疑いももたずアタリマエと思い込んでしまっている。
 その「バイアス」に気づき解放されるのは実に楽しい体験だ。
 あとは、この本の4章を各自で楽しんでみよう。
 4章最後の文もなかなか示唆的である。

 バイアスは悪か?
科学が客観性を追求するのは、主観の混入による混乱をできるだけ避ける智慧である。逆に客観的、科学的な事実と思われていることにも、意外と自分自身の行動や意志が決定的な役割を果たしていることもある。思わぬ形で誰も気づかぬうちにそっと入り込む主観、これがバイアスである。自分では正しい測定をしているつもりでも、メジャーの持ち方のせいでいつも値がずれてしまう。このような誤りが科学研究の宿敵、「系統誤差」でありこれもバイアスである。
 ではバイアス常に悪なのか。引き続き議論していこう。 
(同書P86より)

▼では最後のお薦めポイントにいこう。
(3)あらたな「自由研究」観と出会える!!
5 時間は流れているのだろうか?
6 <わたし>は存在か、現象か?
 と続く。なんと読み続けながら、私は唖然としてしまった。
 これ哲学の書!?
 これが「自由研究」とどう関係するの!?
 ポンコツ頭の私はすっかり迷子になってしまった。
 そこで思い出すのがこの本のタイトルだった。
 『物理学者の自由研究』!!
 そう最初に「物理学者の」とことわり書き(?)があったのだ。
 「自由研究」というバイアスに嵌まってしまっていたのは私自身なのかも知れない。
 「自由研究」観などというコトバがあるのか私は知らない。
 あるとするならば、この本は
 まったくあらたな「自由研究」観を提唱しているとも言えるでは!?
 本書の最後の一文を引用させてもらおう。

 本書を通して考えてきたバイアスとは、ある見方の一方的な選択でもある。これしかない、と思い込むことは執着を生み、混乱や悩みを生む原因となりがちである。しかしリスクや限界を認めつつバイアスを選択するならば、摩擦力のようにそれは智慧である。そしてメリットがなく不要と思えば棄てればよい。筆者は確信をもって、バイアスとして自分と宇宙の時間の流れを音楽のように楽しみ、かつ、根を同じくする無数の竹の一本のように、一人の独立した人間である歓びを称えつつ、宇宙の一部であり続けたいと考えている。
 (同書P124より)

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