« 2026年1月(睦月)の俳句「歳時記」!! #俳句 #歳時記 #オンライン句会 | トップページ | 【Web更新1/4】26-01 オンライン「寅の日」 等 更新!! »

本日(2026/01/04)、第431回オンライン「寅の日」!! #科学と文学 #traday #寺田寅彦

Dscn1629_20260104052201

▼今年もオンライン「寅の日」をはじめる。
 オンライン「寅の日」の朝は一杯のコーヒーからはじまった!!

 客観のコーヒー主観の新酒哉 (昭和3年)

▼本日(2026/01/04)は、第431回オンライン「寅の日」である。
 1月のテーマは「寅彦の科学と文学」である。

【1月テーマ】「寅彦の科学と文学」 

 またまた遠大なるテーマであった。
 ぴったりの随筆があった。ズバリ「科学と文学」である。
 アリガタイ!!
 しかし、とてもつもなく長編だった。
 そこで、今月3回に分けて読み解く。
 本日はその一回目である。

◆本日(2026/01/04)、第431回オンライン「寅の日」!!

●「科学と文学」(1)(青空文庫より) 


▼この長編をまず概観しておこう。

「緒言」
「言葉としての文学と科学」
「実験としての文学と科学」
「記録としての文学と科学」
「芸術としての文学と科学」
「文学と科学の国境」
「随筆と科学」
「広義の「学」としての文学と科学」
「通俗科学と文学」
「ジャーナリズムと科学」
「文章と科学」
「結語」

 いっきょに読む解くことはむつかしい。
 でも面白そうな内容であると、予感できるところある。
 楽しみである。
 
 まず「緒言」からいこう。
 まず寅彦は自らの立ち位置を鮮明にしていた。

 もう一つ断わっておかなければならないことは、自分がともかくも職業的に科学者であるということである。

思うにそのころの自分にとっては文学はただ受働的な享楽の対象に過ぎなかったが、科学の領域は自分の将来の主働的な生活に生きて行くためにいちばん適当な世界のように思われたのであった。

全くそのころの自分にとっては科学の研究は一つの創作の仕事であったと同時に、どんなつまらぬ小品文や写生文でも、それを書く事は観察分析発見という点で科学とよく似た研究的思索の一つの道であるように思われるのであった。

 寅彦の軸足は常に<科学>にあったのだ!!

▼次に「言葉としての文学と科学」に展開する。
 はじめにロゴスありき!!
 ではじまる。
 そして「言葉」→「記録」へと。

象形文字であろうが、速記記号であろうが、ともかくも読める記号文字で、粘土板でもパピラスでも「記録」されたものでなければおそらくそれを文学とは名づけることができないであろう。つまり文学というものも一つの「実証的な存在」である。

 そして「記録」→「予言」へと
方則に従っていればこそ、それと同じような現象が過去にも起こりまた未来にも起こりうるのであり、かくしてその作品は記録であると同時にまた予言として役立つものとなるであろう。

人間霊知の作品としての「学」の一部を成すところの科学はやはり「言葉」でつづられた記録でありまた予言であり、そうしてわれわれのこの世界に普遍的なものでなければならないのである。

それで自分の書いたものを、改めて自分が読者の立場になって批判し、読者の起こしうべきあらゆる疑問を予想してこれに答えなければならないのである。そういう吟味が充分に行き届いた論文であれば、それを読む同学の読者は、それを読むことによって作者の経験したことをみずから経験し、作者とともに推理し、共に疑問し、共に解釈し、そうして最後に結論するものがちょうど作者の結論と一致する時に、読者は作者のその著によって発表せんとした内容の真実性とその帰結の正確性とを承認するのである。すなわちその論文は記録となると同時に予言となるのである。

 そして、「科学」と「文学」の差異にいてはこう述べていた。
 言葉としての科学が文学とちがう一つの重要な差別は、普通日常の国語とはちがった、精密科学の国に特有の国語を使うことである。その国語はすなわち「数学」の言葉である。

しかし実際の事がらは決してこのように簡単ではなくて、人々の感覚は気温と共存する湿度、気圧風速日照等によるのみならず、人々のその瞬間以前におけるありとあらゆる物理的生理的心理的経験の総合された無限に多元的な複合(コンプレックス)の無限な変化によって、無限に多様な変化を見せるであろう。

 そして、次なる展開へとつながっていく。
それらの経験と実験の、すべての結果を整理し排列して最後にそれらから帰納して方則の入り口に達した。
 文学は、そういう意味での「実験」として見ることはできないか。これが次に起こる疑問である。

 「実験としての文学と科学」
 次なるキーワードは「実験」!!

そうしてわが日本の、乞食坊主(こじきぼうず)に類した一人の俳人芭蕉(ばしょう)は、たったかな十七文字の中に、不可思議な自然と人間との交感に関する驚くべき実験の結果と、それによって得られた「発見」を叙述しているのである。

 次にお気に入りの一節があった。
一方で、科学者の発見の径路を忠実に記録した論文などには往々探偵小説の上乗なるものよりもさらにいっそう探偵小説的なものがあるのである。実際科学者はみんな名探偵でなければならない。

 そして、次なるキーワード「記録」へと。
 これから考えると、あらゆる忠実な記録というものが文学の世界で占める地位、またその意義というような事が次の問題になって来るのである。

(つづく)

|

« 2026年1月(睦月)の俳句「歳時記」!! #俳句 #歳時記 #オンライン句会 | トップページ | 【Web更新1/4】26-01 オンライン「寅の日」 等 更新!! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 2026年1月(睦月)の俳句「歳時記」!! #俳句 #歳時記 #オンライン句会 | トップページ | 【Web更新1/4】26-01 オンライン「寅の日」 等 更新!! »