« 2025年12月 | トップページ | 2026年2月 »

子規庵の糸瓜(7年目)から種子を採取した!!(2026/01/28) #子規庵 #糸瓜の種子 #ヘチマタワシ

Dscn1773

▼昨年の11月に収穫した子規庵の糸瓜(7年目)
・2025年・子規庵の糸瓜(7年目)を収穫した!!(2025/11/13)
 まだ緑をのこすものについては、ザルに入れて軒下で乾燥していた。
 それがすっかり乾燥し、色がかわっていた。

Dscn1728_20260129050801 

▼昨日(2026/01/28)、そろそろ糸瓜タワシと「種子」の採取にとりかかろうとはじめた。
 「種子」の採取方法については、いろいろ試みてきたが、今はこの方法に固定してやっている。
 そんな大げさに言うことはない。きわめてダイレクトな単純な方法である。
・ミのなかに乾燥した糸瓜を一本ずつ入れる。
・おしりのヘタをはずし、糸瓜をミにトントンとたたきつける。
・ぞろぞろと意図も簡単に種子がこぼれだしてくる。
・種子がかぶっていた薄皮がいっしょにでてくる。少し掃除が必要かも。

・乾燥した皮を手でとりのぞき「糸瓜タワシ」にする。

Dscn1752

Dscn1776

Dscn1793

▼ここまで3本の糸瓜はうまくいった。
 しかし、残りの2本は未熟だった。どうやらうまく「種子」をつくらなかったようだ。

Dscn1813_20260129053601

Dscn1820

▼7年目は残念ながら“失敗”だったのかも知れない。
 それでも収穫した「種子」「糸瓜タワシ」をながら思った。
 思えば遠くへきたもんだ!!と。  
 そもそものはじまりは、2019年に二度目の子規庵の訪問のときだった!!

 さて、8年目はうまくいくかな。
 
Dscn1835_20260129055001

Dscn1829

| | コメント (0)

本日(2026/01/28)、第433回オンライン「寅の日」!! #科学と文学 #traday #寺田寅彦

Dscn5761_20260128051001

▼にわか寅彦ファンである私には
「寺田寅彦を活用する」
 は不遜すぎる大テーマであった。
 しかし、そこにしか寺田寅彦を読み続ける意義をみつけることができないのも事実だった。
 そして、ここに大テーマに応えるヒントがあるように思っている。

▼本日(2026/01/28)は、第433回オンライン「寅の日」である。
 1月のテーマは「寅彦の科学と文学」である。

【1月テーマ】「寅彦の科学と文学」 

 ぴったりの随筆「科学と文学」を読んでいた。
 三回に分けて読んでいた。
 本日はその三回目(最終回)である。

◆本日(2026/01/28)、第433回オンライン「寅の日」!!

●「科学と文学」(3)(青空文庫より)  

▼今回は
「随筆と科学」
「広義の「学」としての文学と科学」
「通俗科学と文学」
「ジャーナリズムと科学」
「文章と科学」
「結語」
 あたりを中心に読む。

 いきなり結論からはいっていた。

 科学が文学と握手すべき領域は随筆文学、エッセー文学のそれであるかと思われる。

 何故かを説く。
 これに反して科学者が科学者に固有な目で物象を見、そうして科学者に固有な考え方で物を考えたその考えの筋道を有りのままに記述した随筆のようなものには、往々科学者にも素人(しろうと)にもおもしろくまた有益なものが少なくない。

 さらに詳しく
 こういう見方を進めて行くと、結局、いわゆる創作とは、つじつまを合わせるために多少の欺瞞(ぎまん)を許容したこしらえものの事であり、随筆とは筆者の真実、少なくも主観的真実を記録したものであるというふうにも見られる。こういうふうに見ると、すでに前条に述べたような「人生の記録と予言」という意味での芸術としての文学の真諦(しんたい)に触れるものは、むしろ前者よりも後者のほうに多いということになりはしないかと思われる。そうして後者のほうは、同時にまた科学に接近する、というよりもむしろ、科学の目ざすと同一の目的に向かって他の道路をたどるもののようにも見えるのである。

 それはとにかくとして、現在において、科学者が、科学者としての自己を欺瞞することなくして「創作」しうるために取るべき唯一の文学形式は随筆であって、そうしてそれはおそらく、遠き「未来の文学」への第一歩として全く無意味な労力ではないと信ずるのである。

 さらには、広義の「学」としての話に展開していく。
 非論理的論理というのは、今の人間のまだ発見し意識し分析し記述し命名しないところの、人間の思惟(しい)の方則を意味する。これを掘り出し認識するのが未来に予想さるる広義の「学」の一つの使命である。科学も文学も等しくこの未来の「学」の最後のゴールに向かってたどたどしい歩みを続けているもののようにも思われるのである。

もちろん現在ではかえって科学の進んだために前よりも不幸になった人間も多数にありはするが、それは物質科学の方面だけが先駆けをしてほんとうの社会科学、現在のいわゆる社会科学よりももう少し科学的な社会科学、がはるかなかなたに取り残されたために生じた矛盾であり悲劇であるように思われる。

 「通俗科学」とは一線を画して
それがすぐれている所因は単に事がらを教えるのみでなく、科学的なものの考え方を教え、科学的の精神を読者の中によびさますからである。そういうものを書きうるためには著者はやはりすぐれた科学的探究者であると同時にまた文学的創作者でもなければならない。

科学の表層だけを不完全なる知識として知っているだけで、自身になんら科学者としての体験のないような職業的通俗科学者の書いたものなどには、かえって科学の本質をゆがめて表現しているものも決して少なくない。

 科学者が自分の体験によって獲得した深い知識を、かみ砕きかみ締め、味わい尽くしてほんとうにその人の血となり肉となったものを、なんの飾りもなく最も平易な順序に最も平凡な言葉で記述すれば、それでこそ、読者は、むつかしいことをやさしく、ある程度までは正しく理解すると同時に無限の興趣と示唆とを受けるであろうと思われる。

▼そして、ホンモノとニセモノの見分け方まで教えてくれていた。

そういう永久的なものと、悪い意味でのジャーナリスチックなものとの区別は決してむつかしくはない。要するに読んだ後に、読まない前よりいくらか利口になるかならないかというだけのことである。そうして二度三度とちがった時に読み返してみるごとに新しき何物かを発見するかしないかである。

 そして、最後には「文章作成術」まで指南してくれていた!!
 そういう種類のものにはやはり必ず何かしら独創的な内察があり暗示があり、新しい見地と把握(はあく)のしかたがあり、要するになんらかの「生産能」を包有しているある物がなければならないのである。

 それで、考え方によっては科学というものは結局言葉であり文章である。文章の拙劣な科学的名著というのは意味をなさないただの言葉であるとも言われよう。

これと反対に、読んでおのずから胸の透くような箇所があれば、それはきっと著者のほんとうに骨髄に徹するように会得したことをなんの苦もなく書き流したところなのである。

 寅彦自身は、これを「実験ノート」と言っていた。
 アリガタイ!!
 ここにまちがいなく
 
 「寺田寅彦を活用する」に応えるヒントがある!!


| | コメント (0)

第66回オンライン句会「寅の日」2月例会案内!! #寅の日 #オンライン句会 #夏雲システム

Dscn1643_20260127043901

▼紅梅の蕾はまだかたかった。
 寅日子先生も比較的初期のころに梅を多く詠んでいた。

 梅さくや霜解け道のわるさかな (明治三十一年)
 梅の枝に小鳥をつけて贈りけり (明治三十一~二年)

▼季語はいつも先を走っていた。
 季語の景を求めて動いてみる。
 ひとり吟行を楽しんでみる。
 でもやっぱりいちばん楽しいのは「句会」への参加だ。
 自分の詠んだ句を評価してもらえる。ひとの詠んだ句を自分の視点で読む。 
 「詠む」×「読む」が交叉することで豊かになる世界がある。
 
▼2月もオンライン句会「寅の日」を楽しもう。
 あらためて、第66回オンライン句会「寅の日」2月例会の案内をあげておく。

***************************************************************

第66回オンライン句会「寅の日」2月例会実施案内

0.はじめに
 本会をオンライン句会「寅の日」と称する。
 オンライン「寅の日」から生まれたオンライン句会です。
 俳句結社「寅の日」が運営しています。
 寺田寅彦に師事します。 

0からはじめる人のためのオンライン句会です。

 本会は「夏雲システム」を利用させてもらっています。

1.原則として月一回の月例句会を実施します。

2. 参加者
 あらかじめ登録された者のみ。
 (「俳号」をきめて、【句会「寅の日」参加希望】のタイトルで楠田までメールを
 
3.投句のお題
・当季雑詠(その季節の季語を自由に詠む。)

4.句数
・5句だし
・5句選(特1・並4)特選は2点 並選は 1点 扱い
・予選句は自由 

5.【投句期間】
 2026年2月1日0時から15日23時30分まで
 
6.【選句期間】
 2026年2月16日0時から25日23時30分まで  

7.【結果発表】
 2026年2月26日から
同時に「談話室」が書き込み可能になります。

8.賞について
 ・最高得点句は最優秀句であり、その句会の「寅日子」賞とする。
 ・特別賞として、次の賞を設ける。
 「これぞ科学!!」が詠まれた句 → 「牛頓」(ニュートン)賞!!
 「よくぞそこまで観察した!!」という句 → 「藪柑子」賞!!
  特別賞は、毎回でなくてよい。
  もちろん「寅日子」賞と重なることがあってもよい。
  参加者が、選評の際に書き込むようにようにしたい。複数票を獲得したときに受賞としたい。

9.注意事項
 参加する前に「夏雲システム」、「同意事項」をよく読んでおいてください。

***************************************************************

▼ひとの詠んだ句を味わうのは、実に面白い!!
 自分には、けっして詠めないだろうなと思う句に出会うと最高に楽しい!!
 
 響き合い・学び合い・高め合う!!
 なぜ「句会」だったかが少しずつわかってきた。

| | コメント (0)

【Web更新1/25】26-04 オンライン「寅の日」 等 更新!!

_dsc8640_20260126040101

蝋梅や寺壁白く光りたり 26/01/24撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】26ー04
週末定例更新のお知らせ
 はやくも2026年1月最後の週末定例更新となってしまった。
 できるだけ次週の「展望」する更新にしたいと思っていた。
 1月最後の一週間は「やり残していること」に焦点をあててみたい。
 
 みちはかぎりなくさそうばかりだ。

◆表紙画像2026 更新 蝋梅
 家で育てていた蝋梅の木が枯れてしまった残念!!
 蝋梅を求めて少し歩いてみた。
 いつものところに、蝋梅がみごとに咲き誇っていた。
 近くの寺の土塀の壁が、白く光った!!
 春は近い。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 2月テーマは「寅彦の「柿の種」」です。時間あるときにちびりちびり覗いてみよう。
 きっとお気に入りの寅彦をみつけることができるはず。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 今年も、性懲りにもなく【お薦め本】をあげた。
 今年は何冊までいけるだろう。
 それは私自身の楽しみでもある。


 大賀ハス観察池。蓮根の植え替えから43週目。
 けっこうな大雪も、とけてしまった。
 次は雪の景もとらえたいものだ。

Dscn1498_20260126043901

| | コメント (0)

【お薦め本】『地質学者のように考える タイムフルネス、新たな時間認識』(マーシャ・ビョーネルード著 江口あとか訳 築地書館)

Dscn1018

▼今、私はゆっくりと
◆「動く大地」を科学する
 をすすめている。いつもきまって立ち止まり、混乱してしまう「暗礁」がある。
「時間」「時間のスケール」である。
 一度わかったつもりになっていても、すぐ「暗礁」にのりあげ、頭の中で混乱してしまうのだった。
 「あの山の石灰岩は、ペルム紀、南の海の海山の周りできたもので、海底に連続して堆積した放散虫とともにプレートにのってゆっくり北上し、ジュラ紀の終わりに大陸から運び込まれた泥(頁岩)に混じって付加したものです。」
 「へー、すごい!!」
 「感動である。そんな動く大地の物語があったなんて!!」
 地質時代の年表をみながら、遠い昔の「時間」を理解しようとする。
 わかったつもりになっていても、やがてその「時間」は、「大昔」のなかに融け込み混沌としてしまうのだった。

 この「時間」の問題をなんとかしたい。 
 そんな思いをもっているなかで出会ったのが今回の【お薦め本】だった。

▼本のタイトルからして、なかなか興味深いものだった。
 そのタイトルに惹かれて手にしたものだったのだが。

◆【お薦め本】『地質学者のように考える タイムフルネス、新たな時間認識』(マーシャ・ビョーネルード著 江口あとか訳 築地書館 2025.11.13)

 最初にことわっておく、最後までこの本を【お薦め本】にあげることを迷っていた。
 なぜなら正直言ってシロウトの私は、この本の内容をよく理解していなかった。
 私には少しムズカシイ!?
 ところが今なお多々あるからだ。
 最初に言い訳までして、これをなぜ書く気になったのか。
 それは、これを書くことで少しでも自分の理解を深めようという「コンタン」があるからだ。
 
 その「コンタン」が拡散してしまわないうちに、いつものように3つのお薦めポイントをあげておこう。

(1)新たな時間認識を学ぶ!!
(2)地質学を学ぶ意義を問う!!
(3)「これから」の「時間」をみつける!!

▼ではひとつずついこう。

(1)新たな時間認識を学ぶ!!
まず著者はこんな独白からはじめていた。

 地質学者であり大学教授として、私は地質時代の代(五億年以上)や累代(数億年程度) について、あまり注意を払わずに話したり書いたりしている。普段から教えているコースの一つに「地球と生命の歴史」というものがあるが、これは四五億年にわたる全地球の物語を一学期、一〇週間で一通り概説するものだ。しかし、一個人として、特に娘であり、母であり、配偶者と死別した女でもある私にとっては、他の人々と同様に、「時間」というものに正直に向き合うことは、やはり難しい。つまり時間に対して、私には、少しばかり偽善的なところがあることを認めざるを得ない。
時間に対する嫌悪感は、個人や集団の思考を曇らせる。
 (同書P14より)

えっ!?
 私はいきなり不安になってきた。ここで著者の言っている「時間」と私が「時間」と思っているものは同じものなんだろうか!?
  なんとも困惑からはじまってしまったのだ。
 
 そもそもこの本の副タイトルともなっている「タイムフルネス、新たな時間認識」とは どんなことなんだろう。
 タイムフルネスとは、私たちが存在するよりもはるかに昔から続く過去と、私たちの存在なしに過ぎていく未来の両方を見据え、「時間」の中の自分たちの位置をはっきり認識し、冷静で明晰な時間観を持つ習慣を身につけることである。
 タイムフルネスには、地理的な近さや遠さに似た深い時間の感覚が含まれている。
(同書P27より)

なんとなく「タイムフルネス」が見えてくる気もするが、道はまだまだ遠い。

 本書の意図を次のようにも語っていた。

 より多くの人が、地球の住人として共有する歴史や運命を理解すれば、私たちはお互いを、そして地球をもっと大切にできるのではないかという(少しナイーブかもしれない)信念に基づいて私はこの本を執筆した。
 … (中略)…
 しかし、地質学という共有の遺産をよりどころにすれば、まったくあたらしい方法で、これらの問題に対する私たちの考え方を再構築できるのではないだろうか。
(同書P29より)


(2)地質学を学ぶ意義を問う!!
 未消化のままだが次にいこう。
 とてもお気に入りのフレーズが出てきた。引用ばかりになるが、引用させてもらおう。

 地質学の入門コースを受講すると、学生は早い段階で、岩石は名詞ではなく動詞であることを理解し始める。すなわち、岩石は、目に見える地質学的なプロセスの証拠であり、火山の噴火やサンゴ礁の形成、山脈の成長などを示している。どこに目を向けても、岩石が長い時間をかけて起こった出来事を証言しているのだ。
(同書P17より)

 「岩石は名詞ではなく動詞である」っていいですね。
 もうひとつつづけよう。
 ディープタイム、つまり深い時間を探って理解することこそ、おそらく地質学が人類にもたらす最大の貢献だろう。かつて、顕微鏡や望遠鏡が、小さすぎたり大きすぎたりして人間には見えなかった空間の領域を私たちの視野に入れてくれたように、地質学は、人間の経験の限界を超えて時間を見ることのできるレンズを私たちに与えてくれる。
(同書P26より)
 
 地質学は「時間みることのできるレンズ」!! ナルホド!!
 これもいいですね。
 「時間」の可視化!!

▼最後のお薦めポイントにいこう。

(3)「これから」の「時間」をみつける!!
2章以下では「時間をみることできるレンズ」をどのように研きをかけ、進化させてきたかを詳しく語っている。
第2章 時間を捉える道のり
第3章 地球の歩み
第4章 空気が変わる
第5章 グレート・アクセラレーション(人類活動による大変動)
とつづき、そして最後に主文脈へとつないでいた。 

第6章 タイムフルネス─つながる過去と現在と未来

 ここにこの本の本意が集約されていた。
私にはこの章がもっと面白くわかりやすかった。
 だから、個人的には第6章を最初に読まれることをお薦めしたい。
 また、最後についている。
●[特別付録]読書会や感想整理のための10の質問(同書P252より)
 を前に目を通しておき本文を読むのもひとつの方法かも知れない。
 
 では最後に第6章の最後の一文を引用させてもらう。

 しかし、地球は常に私たちに語りかけている。すべての石の中には、永遠の真実や役立つ確かな経験則が示されている。すべての葉の中には原型となる発電所があり、すべての生態系の中には健全な経済の手本がある。アルド・レオポルドの言葉を借りれば、私たちは「山のように考える」ことから始めるべきだろう。心の迷いを取り去り、この古くて複雑で、絶えず進化し続ける惑星のあらゆる習性とその住人にしっかり目を向けながら。
(同書P219より)

 これからも、「これから」の「時間」をみつける旅をつづけたいものだ。

| | コメント (0)

2026年2月のオンライン「寅の日」は #柿の種 #traday #寺田寅彦

Dscn1385

▼渡辺政隆氏は『一粒の柿の種~サイエンスコミュニケーションの広がり~』(岩波書店)のなかでこう語っていた。

 あるいは、『柿の種』の巻頭には次のような断章がある。
 
 棄てた一粒の柿の種
 生えるも生えぬも
 甘いも渋いも
 畑の土のよしあし
 
 手前勝手に換言するなら、科学の種をまくだけではだめで、種が育つ畑の手入れも怠ってはいけないということなのだろう。

▼2026年2月のオンライン「寅の日」の計画をたてる時期だ。
 2月はさきの『柿の種』を読みたい。
 『柿の種』とは、これまた渡辺政隆氏によれば「件の寺田寅彦は、句誌に書いた「即興的漫筆」をまとめ、一九三三(昭和八)に『柿の種』と題した短文集を編んだ。」と解説されていた。
 
【2月テーマ】「寅彦の「柿の種」」

 2月にオンライン「寅の日」は2回ある。
■2026年2月のオンライン「寅の日」!!
◆第434回オンライン「寅の日」 …2/09(月)
◆第435回オンライン「寅の日」 …2/21(土)

▼この「柿の種」は、おそろろしく長期にわたる「言わば書信集か、あるいは日記の断片のようなものに過ぎないのである。」(寅彦言)ものである。大正~昭和にわたる!!
 従って、とうぜん超長編である。
 だから、おおざっぱに分けるなら、大正期と昭和期と2分して読みたい。

■2026年2月のオンライン「寅の日」!!
◆第434回オンライン「寅の日」 …2/09(月)「柿の種」(1)(青空文庫より)
◆第435回オンライン「寅の日」 …2/21(土)「柿の種」(2)(青空文庫より)


▼寅彦自身も巻頭にこう書いていた。

 この書の読者への著者の願いは、なるべく心の忙(せわ)しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたいという事である。

 この願いに応えて、われわれもオンライン「寅の日」の日にかぎらず、ひまなときに覗いてみたいものである。
 どこまでも自らの文脈にひきつけながら。
 きっと、
 ソウダヨナ!!
 ナルホド!! 等などがでてくるはずだ。そんなときはぜひ 

| | コメント (0)

【Web更新1/18】26-03 サイエンスコミュニケーター宣言 等 更新!!

_dsc8442_20260119040501

不凍液ため込む知恵の冬芽かな 26/01/16撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】26ー03
週末定例更新のお知らせ
 2026年にはいってはやくも3回目の週末定例更新だ!!
 これまでの週末定例更新は、「これまで」の一週間に重点を置いての更新だった。
 蓄積していくものの更新だからアタリマエ!!
 しかし、このアタリマエにとどまらず
 次なる一週間を展望する機会ととらえたい。
 
 更新はあくまで「未来」のために

◆表紙画像集2026 更新 冬芽・アジサイ
 寒中の冬芽はたくましい!
 すばらしい各種の防寒着をきこんだものや、それぞれの工夫した防寒対策している冬芽が多い。
 庭のアジサイの冬芽は、葉のカタチをした裸ん坊だ。
 と思ったら、なんと「不凍液」を貯め込んでいるという。
 スバラシイ知恵だ!!
 
◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を確認する作業を終えた。
 同時に「これから」が少しずつ見えてきた。
 ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

◆オンライン「寅の日」更新!!
 1月テーマの「科学と文学」は読み込めば読む込むほど面白い!!
 読む人の文脈にそって、きっとその人の「これから」に役立つはずだ。
 

 大賀ハス観察池。蓮根の植え替えから42週目だ。
 氷の張り具合を観察するだけでも、けっこう面白い!!
 枯れ蓮の葉の観察も。

Dscn1425_20260119040501 

| | コメント (0)

1.17 あれから31年の歳月が!!そして…

Dscn1254

▼「あのとき」確かに大地は大きく動いた!!

 1995年(平成7年)1月17日5時46分52秒
 
 あれから、31年という歳月が経とうとしていた。
 「あのとき」すでに【理科の部屋】がはじまっていた。
 だから、そのときもパソコンの前にすわっていた!!

▼「あのとき」から考えつづけていた。
 私にもできることは!?

◆【授業】【大地の動きをさぐる】 

 を更新しつづける。
 31年越しの私の「宿題」とは!?
●Webテキスト「大地の動きをさぐる」(播磨版)

▼そして、直接の「授業」から離れてしまった今も、
 やりつづけよう思っているのはこれだ。

◆「動く大地」を科学する


▼「動く大地」を科学する やりながら、今さらながらはじめて気づくことも多い!!
・とりわけ「ふるさと巡検」は発見の連続だ。
・暮らす大地は、現在進行形でほんとうに動いている!!
・プレートテクトニクスは遠い世界の話ではない。
・地域の自然を豊かにとらえるとは!?
・課題も多いが、やりつづけることは面白い!! 

 まもなく「あのとき」だ!!
                 合掌 2026/01/17 朝

| | コメント (0)

本日(2026/01/16)、第432回オンライン「寅の日」!! #科学と文学 #traday #寺田寅彦

Dscn5856_20260116050201

▼ 昼顔文学碑(高知市城西公園桜馬場)
 寺田寅彦記念館の前の道路を江の口川に沿って西へ進み南に曲がると東側に細長い公園(桜馬場)があり、一番北側に昼顔文学碑が見える。
 (『寺田寅彦の光跡を求めて』四宮義正著より)
 「花物語 一 昼顔」(青空文庫より)

▼本日(2026/01/16)は、第432回オンライン「寅の日」である。
 1月のテーマは「寅彦の科学と文学」である。

【1月テーマ】「寅彦の科学と文学」 

 ぴったりの随筆があった。ズバリ「科学と文学」である。
 しかし、とてもつもなく長編だった。
 そこで、今月3回に分けて読み解いていた。
 本日はその二回目である。

◆本日(2026/01/16)、第432回オンライン「寅の日」!!

●「科学と文学」(2)(青空文庫より) 

▼今回は
「記録としての文学と科学」
「芸術としての文学と科学」
「文学と科学の国境」
 あたりを中心に読み解きに挑戦してみる。

 まずのキーワードは「記録」である。

 歴史は繰り返す。方則は不変である。それゆえに過去の記録はまた将来の予言となる。科学の価値と同じく文学の価値もまたこの記録の再現性にかかっていることはいうまでもない。

 そして次なる展開はみごとであった。
 文学も科学も結局は広義に解釈した「事実の記録」であり、その「予言」であるとすると、そういうものといわゆる「芸術」とが、どういう関係になるかという問題が起こらないわけにはゆかなくなる。換言すれば、そういう記録と予言がどうして「美」でありうるかということである。

 「事実の記録」→「予言」→「芸術」→「美」!?
 なかなか頭がついていかない。
 すなわち、文学が芸術であるためには、それは人間に有用な真実その物の記録でなければならない。また逆にすべての真実なる記録はすべて芸術であるというのである。どんな空想的な夢物語でも多感な抒情詩(じょじょうし)でも、それが真の記録であるゆえに有益であり同時に美しいというのである。

 そして、それは「科学」においても
 手近な例を取ってみても、ファーブルの昆虫記(こんちゅうき)や、チンダルの氷河記を読む人は、その内容が科学であると同時に芸術であることを感得するであろう。ダーウィンの「種の始源」はたしかに一つの文学でもある。ウェーゲナーの「大陸移動論」は下手(へた)の小説よりは、たしかに芸術的である。そうしてまた、ある特別な科学国の「国語」の読める人にとっては、アインシュタインの相対性原理の論文でも、ブロイーの波動力学の論文でも、それを読んで一種無上の美しさを感じる人があるのをとがめるわけにはゆかないであろうと思う。

そして、この随筆の本意とするところに近づいて行く。
 しかし二つの世界はもう少し接近してもよく、むしろ接近させなければならないように自分には思われるのである。


▼それは次なる「文学と科学の国境」で、より具体的に語られていた。
 とてもお気に入りの一節だった。

 顕微鏡で花の構造を子細に点検すれば、花の美しさが消滅するという考えは途方もない偏見である。花の美しさはかえってそのために深められるばかりである。花の植物生理的機能を学んで後に始めて充分に咲く花の喜びと散る花の哀れを感ずることもできるであろう。

 
 誤った無理な似て非なる類推は断じて許されないとしても、このような想起者として科学は意外に重要な役目を人間の今日の生活のいろいろな場面に対して申し出しているように思われるのである。

すなわち異なる因子の相乗積が参加する場合がそうなのである。それだのに世の中ではそういう、科学者には明白な可能性を無視した考え方が普通に行なわれ、そういう考え方をもとにして書いた小説などもしばしばあるのである。

 「科学者」擁護!?つづく、そしてついに究極の本意に近づいて行く。
 それで、そういういろいろな物の見方に慣れた科学者が人間界の現象に対してそういう見方から得られるいろいろな可能性を指摘してそれに無関心な世人の注意を促すということは、科学者としてふさわしいことであって、そうしてむしろ科学者にしてはじめて最も有効に行ない得らるる奉公の道ではないかとも考えられるのである。

 そういうことから考えても、科学者が科学者として文学に貢献しうるために選ぶべき一つの最も適当なる形式はいわゆるエッセーまた随筆の類であろうと思われる。

 これが結論!!
 次がますます楽しみだが、今回はここまでとしておく。

(つづく)

| | コメント (0)

サイエンスコミュニケーター宣言(476) #私の研究 #丹生の研究 #燐寸一本化学の元 #75歳からの自由研究

Dscn2276_20260115044901

▼最後の「座標軸」

(6) 「私の研究」をすすめる!!

 をつづけよう。
 長く追い続ける「ふしぎ!?」研究あった。

◆「丹生」を追う
・この「ふしぎ!?」には長い歴史があった。
・今のところ、次なる展開は私にも見えない。
・ただはっきりしていることがある。この「ふしぎ!?」を追う歩みはとめない。
・さて、次はどこへ!?

▼まだまだ「歩み」を止めたくない研究が、もうひとあった。

◆「燐寸(マッチ)一本 化学の元!!」
・ファラデーは、あのロウソクにどのようにして火をつけたのか!?
・この「ふしぎ!?」は絶対に置き去りにしたくなかった。
・燐寸(マッチ)が教えてくれる近代化学の歴史!!
・より安全に、より簡単に!!
・マッチ専門店が再開している。訪問の機会をねらっている!!
・あらたな展開がはじまっている。私に可能なことは!?

▼ 思いつくままに現在進行形の「私の研究」をあげてきた。
 どの「研究」にも終わりはない。
 「ふしぎ!?」を追い続けることは実に面白く楽しい!!
 のだから。
 どこまでも続けたい!!
 
 しかし、私に可能なことも限られてきた。
 ここらでひと区切りをつけたいという思いも出てきた。
 「かたち」ある方法で!!

▼「これから」について
 そのことと相矛盾するような思いもある。
 気まぐれな思いつきである。

◆75歳からの「自由研究」!!
・あらたな「ふしぎ!?」を追いかけはじめよう!!
・今だからこそ、見えてきた「ふしぎ!?」があるのでは
・「これまで」は、きっとヒントを与えてくれているはず。
「理科の自由研究」の研究


 新しい年を迎え、サイエンスコミュニケーターとしての自分の「現在地」を確かめるという作業は、ここまででいったん終える。
 今度はいつになるだろう!?

(了)

| | コメント (0)

サイエンスコミュニケーター宣言(475) #私の研究 #ヒガンバナ研究 #大賀ハス #クモ学 #コウガイビル


Dscn1229

▼サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を確認する最後の「座標軸」にいく。

(6) 「私の研究」をすすめる!!

 私にはずっとながくその「ふしぎ!?」を追い続けるテーマがあった。
 えらくあたりまえの表現だが、「私の研究」とよんでいた。
 どこまでも無手勝流で
 いずれもがシロウト「研究」であった。
 ダカラコソ面白いとも言える!!

▼この「私の研究」の列挙してみて
 「これまで」と「これから」をみておこう。
 そして「現在地」を確認してみよう。

◆【ヒガンバナ情報2025】
・「私の研究」としてはもっとも古い歴史をもつ
・昨年(2025年)は、ついに種子から育てた実生ヒガンバナの花が咲いた!!
・実生実験11年の歳月を経て!!
・実生ヒガンバナ実験、実生コヒガンバナ実験の展開の局面が変わってきた。
・「自然結実」ヒガンバナ巡りも再開した。
・Webテキスト『ヒガンバナ』の更新!!
・【ヒガンバナ情報2026】のページもそろそろ起ち上げたい。

◆【大賀ハス観察日記】
・今年の蓮根の植え替えを3月に実施すれば、じつに19年目となる。
・今年も「あこがれの4日間」を観察することができるだろうか!?
・やっぱり「ふしぎ!?」なのはあのみごとな開閉システム!?
・「あこがれの4日間」は、どのようにインプットされているのだろう。

▼その「ふしぎ!?」を追い続けるふたつの「生きもの」がいた。

◆「クモ学」のすすめ
・コガネグモの「狩り」を偶然目撃したことからはじまるシロウト「クモ学」は最高に面白かった!!
・なんでこんなスゴイ生きものといっしょに暮らしていることに気づかなかったのだろう!?
・それが最高の「ふしぎ!?」だ。
・今年はどんなあらたな「ふしぎ!?」に出会うのか、楽しみである。

▼次の生きものも偶然の出会いからはじまった。

◆「コウガイビル」を追う
・73号コウガイビルまでで「記録」は終わっていた。
・74号に出会うのはいつだろう!?
・Webテキスト「コウガイビル」の可能性を追求することはけっしてあきらめていなかった。
・次なる新展開を今年は期待したい!!


(つづく)

| | コメント (0)

サイエンスコミュニケーター宣言(474) #日本理科教育史 #現代理科教材発展史 #スライム #究極のクリップモーター

Dscn1201_20260113043501

▼サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」確認の作業をつづけよう。
 次の第5の「座標軸」も大げさである。
 
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

 とんだ新春のポンコツの大風呂敷!?オオボラ!?
 でも本人はいたって大マジメ!?

▼新年になっても、どうしてもやりつづけたい2つの大プロジェクトがあった。
 そのひとつが

◆「日本理科教育史」をプロットする!!

 である。
 授業現場の理科教師たちが語り継ぐ「日本理科教育史」!!。
 そこには今まで語られることのなかった等身大の「日本理科教育史」があるハズ!!
 今こそ語り継がなければ、消えてしまう「歴史」がアル!!
 今だからこそ語れる「歴史」がアル!!
 大きなことを言っても作業は遅々として進んでいなかった。
 でもやっぱりこれは続けたかった。

▼さらに、もうひとつどうしてもやり続けたい大プロジェクトがあった。
 それが

◆「現代理科教材発展史」!!

 である。まだまだ現在進行形で行きたい。
 進行中の具体例もいくつかはあった。

◆現代理科教材発展史『スライム』

◆現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」

 いずれもここしばらく更新していない。
 まだまだ「現代」までの更新が必要だろう。
 他にも「現代理科教材発展史」ネタはいっぱいあるだろう。
 今では誰もが知るあの実験・教材にも「はじまり」があった。
 なにしろ、理科には具体的モノ(教材)がいっぱいあるのだから!!
  
▼2つの遠大なるプロジェクトとも多くの人の「共同作業」として展開されてこそ意味をもってくる。
  それでこそ面白い!!
  それが可能なのは今だ!!
  
 「日本理科教育史」に関わってきた、いや今現在、関わっている多くの人と一緒に取り組みたいものである。 
 ネットワークの時代だからこそ。
 せっかくのヒューマンネットワークを大いに活用しながら
 これまで語り継がれなかった等身大「日本理科教育史」を!!
 今こそ!!
 久しぶりのポンコツの新春大風呂敷!!。
 待っているだけでは何もはじまらない。
 さあ!!

(つづく)

| | コメント (0)

【Web更新1/11】26-02 サイエンスコミュニケーター宣言 等 更新!!

_dsc8292_20260112035401

水仙の迎える詞笑顔かな 26/01/09撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】26ー02
週末定例更新のお知らせ
 はや本年2度目の週末定例更新のお知らせである。
 こうして一年が過ぎていくのかと思うと
 やっぱり ゆっくり急ごう!!
 そして、「新年の抱負」の一番目にあげた
 挑む!!
 どうせできないとあきらめていたことに挑戦してみよう。
 今週こそ…!!


◆表紙画像集2026 更新 水仙
 庭の水仙が咲き始めた。
 咲いた姿が“笑顔”に見えるから不思議だ。
 隣のヒガンバナと同じ「ヒガンバナ科」の仲間だという。
 ナルホド!!と納得したり
 同じ仲間でもこうもちがうのか!? 「ふしぎ!?」がったり
 今年の「ヒガンバナ科」とのつきあいはどこまで!?
 ヨロシク 

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 ずいぶん久しぶりに、サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を確認している。
 この作業をやってみて、あらためて気づくことも多い。
 
 ひらけくるみちはたのしい。
 みちはこたえない。
 みちはかぎりなくさそうばかりだ。
 (真壁仁「峠」より)

 大賀ハス観察池。
 蓮根の植え替えから41週目だ。今年度の植え替え予定は3月末だ。
 それまではマイビオトープ!!
 氷観察池として楽しもう!!

Dscn1184_20260112035401

| | コメント (0)

サイエンスコミュニケーター宣言(473) #理科の部屋 #理科教育コミュニティ #インターネット版 #Facebook版

Dscn1087 

▼サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を確認している。
 次の「座標軸」に行こう。

(4)あらたな理科教育コミュニティの構築!

 「理科教育コミュニティ」と言えば、やっぱり私がいちばんに思いつくのが【理科の部屋】だ。

◆情報は発信するところに集まる~【理科の部屋】とは~ 


▼今は33年目の「歩み」ということになります。
 それにしても、ずいぶん遠くへきたもんです!!
 あらためて読んでみて、驚いてしまうのはまったく古くないということです。
 むしろ新鮮です!!
 
 すっかり「更新」がおろそかになっているが、私的な覚え書き的・メモ「30年史」があった。

◆【理科の部屋】30年史年表

 より多くの人の「30年史」で、より豊かでパブリックなものになるといいなと願っている。

▼この「30年史」で今、特に注目しておきたいのは

●1995年 8/31 インターネット版【理科の部屋】開設

 これで【理科の部屋】は一躍多くの人に知られることになりました。
 多くのメンバーが自分たちのホームページをつくり蓄積した「財産」があります。
 なんらかの「アーカイブ」として残し、「これから」に生かしたいものです

▼今、【理科の部屋】はFacebook版【理科の部屋】として、あらたな「歴史」をきざんでいます。
 先日から「公開グループ」から「プライベートグループ」へとシフトしました。
 創設期からの私たちの「思念」を大切にしたいと言う思いからです。

 異質なものとの出会い・学び合いからこそあらたな展開が生まれる!!
 どこまでも「不易流行」を追い続けたいものです。

 ホンモノの「流行」は、「不易」を内包する!!
 ホンモノの「不易」は、「流行」を創造する!!

(つづく)

| | コメント (0)

サイエンスコミュニケーター宣言(472) #授業の科学 #理科授業DB #教材試論 #科学するシリーズ

Dscn1074_20260109045501

▼次の「座標軸」に行こう。
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
 「これまで」と同じような取り組みは無理だった。
 しかし、それは同時にチャンスかも知れないと思っていた!!
 あらたな「展開」の可能性に挑戦してみたい!!
 そもそも
 サイエンスイベント・ムーブメントって何!?

▼さらに、次の「座標軸」に行こう。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
 直接の「授業」から少し遠ざかってしまった今も確信をもっていることがあった。

・理科の授業はサイエンスコミュニケーションの最前線である!!
・理科教師は最前線のサイエンスコミュニケーターである!! 

 今なお、すべての発想の「原点」に理科の「授業」があった!!

▼これからもこの「原点」となる「授業」を豊かに楽しむために【授業実践DB】をめざし、拙い自分の授業の歩みを「記録化」したこともある。

◆私の「ふしぎ!?」からはじめて「卒業論文」にいたるまでの中学校3年間「理科」全課程を構想する!!
 新・中学校「理科」を構想する(2016年版) 

 もう古くなってしまった、読み返せば恥ずかしいかぎりの拙い「記録」である。
 しかし、今なおすべてを「ここから」はじめるようにしている。

 「理科の授業」を語るとき、もうひとつ絶対にはずせないものがあった。
 それが「教材」だった。
 私の「教材試論」はここまできていた。ずいぶん遠ざかってはいるが今も進行中だった!!
 時代は過ぎたというだけでない。
 理科の授業そのものも新たな「展開」を見せる今日、あらたな「教材論」が必要なのかも。

◆新・私の教材試論

▼もうひとつ「理科の授業」から出発して、挑戦しつづけている試みがあった。
 それが、「〇〇を科学する 」シリーズである。
 今の私にとっては、これこそが「授業」そのものなのかも知れない。

●「動く大地」を科学する 
●「天気の変化」を科学する
●「原子論」を科学する
●「静電気」を科学する
●私の「煮干しの解剖」教室


(つづく)

| | コメント (0)

サイエンスコミュニケーター宣言(471) #私の科学 #等身大の科学 #共愉の科学 #ナットクの科学 #常民の科学

Dscn1064

▼まもなくあれから15年目が終わろうとしている。
 自らを「サイエンスコミュニケーター」と名のりはじめてである。

●サイエンスコミュニケーター宣言(1)

 ずいぶん遠くへ来たもんだ!!

▼新しい年を迎え、サイエンスコミュニケーターとしての自分の「現在地」を確かめてみたくなった。
 「現在地」の検証と言えば、あの6つの「座標軸」である。
 またまたひっぱりだしてきた。

(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。 
(6) 「私の研究」をすすめる!!

▼ひとつずつ座標軸に沿って「現在地」確かめてみよう。
 
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!

 私はサイエンスコミュニケーターと名のりはじめてから妙なことにこりはじめた。
 そのときどに、自分にぴったりとくる私の「科学」を追い求めた。
 「〇〇の科学」と題して
 順不同で思い出すものをあげてみる。

・「常民の科学」
・「私の科学」
・「等身大の科学」
・「デクノボーの科学」(賢治の科学)
・「萃点の科学」(熊楠の科学)
・「高いレベルの科学」
・「授業の科学」
・「共愉の科学」(convivial science)!!
・「ナットクの科学」「カスタマイズの科学」
等など

▼私はいまどこにいるのだろう!?
「〇〇の科学」遍歴を繰り返すなかで、もっともお気に入りに到達した。

・「共愉の科学」(convivial science)!!

 デアル。
 しかし、最近これが終着駅でないような気がしてきた。
 もっともっとこれまでの「〇〇の科学」がミックスされたもの。
 もっと混沌したなにか!?

 そこで浮かび上がってきたのが、私の「原点」のような
 「常民の科学」である。

◆『常民の科学』を授業に!!

 どうやらまだまだ私の「〇〇の科学」遍歴はつづきそうである!! 

(つづく)

| | コメント (0)

【Web更新1/4】26-01 オンライン「寅の日」 等 更新!!

_dsc8033

御降りや彼岸花みな覆いたり 26/01/03撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】26ー01
週末定例更新のお知らせ
 今年最初の週末定例更新である。
 今年も「新年の抱負」に
 「不易流行」を追う!!をあげた。
 ・ホンモノの「流行」は、「不易」を内包する!!
 ・ホンモノの「不易」は、「流行」を創造する!!
 これは今も変わらぬポンコツの確信である。

 さあ、どんな一年になるだろう!?

◆表紙画像集2026 更新 御降り 彼岸花
 正月に彼岸花なんて、あの熊楠みたいだなあ。
 今がいちばん稼ぎ時の彼岸花の葉をすっかり正月の雪が隠してしまった。
 正月に降る雨・雪を「御降り(おさがり)」というらしい。
 豊作の年の予兆だという。
 はたして!?

◆オンライン「寅の日」更新 !!
 一週間のあいだに寅彦忌の特番オンライン「寅の日」と一年のはじまりの「寅の日」があった。
 さあ、今年はどんな展開をみせるだろう。
 予定通りすすめば、第462回まですすむ。

◆新・クラウド「整理学」試論 更新!!
 【私の撮った写真・ベスト5】をあげた。
 完全に我田引水ながら、これが自分にとっても面白かった。
 さあ、この一年 どんな写真を撮るかな。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!?
 毎月の「雲見」と「俳句歳時記」。
 これのどこに「不易流行」があるのか。
 みちは答えない!?

 大賀ハス観察池。
 年は変わったが、蓮根の植え替えから40週目!!
 泥のなかに眠る蓮根を想像してみる。
 3月末には、蓮根の植え替えにとりくみたいものだ。

Dscn0986

| | コメント (0)

本日(2026/01/04)、第431回オンライン「寅の日」!! #科学と文学 #traday #寺田寅彦

Dscn1629_20260104052201

▼今年もオンライン「寅の日」をはじめる。
 オンライン「寅の日」の朝は一杯のコーヒーからはじまった!!

 客観のコーヒー主観の新酒哉 (昭和3年)

▼本日(2026/01/04)は、第431回オンライン「寅の日」である。
 1月のテーマは「寅彦の科学と文学」である。

【1月テーマ】「寅彦の科学と文学」 

 またまた遠大なるテーマであった。
 ぴったりの随筆があった。ズバリ「科学と文学」である。
 アリガタイ!!
 しかし、とてもつもなく長編だった。
 そこで、今月3回に分けて読み解く。
 本日はその一回目である。

◆本日(2026/01/04)、第431回オンライン「寅の日」!!

●「科学と文学」(1)(青空文庫より) 


▼この長編をまず概観しておこう。

「緒言」
「言葉としての文学と科学」
「実験としての文学と科学」
「記録としての文学と科学」
「芸術としての文学と科学」
「文学と科学の国境」
「随筆と科学」
「広義の「学」としての文学と科学」
「通俗科学と文学」
「ジャーナリズムと科学」
「文章と科学」
「結語」

 いっきょに読む解くことはむつかしい。
 でも面白そうな内容であると、予感できるところある。
 楽しみである。
 
 まず「緒言」からいこう。
 まず寅彦は自らの立ち位置を鮮明にしていた。

 もう一つ断わっておかなければならないことは、自分がともかくも職業的に科学者であるということである。

思うにそのころの自分にとっては文学はただ受働的な享楽の対象に過ぎなかったが、科学の領域は自分の将来の主働的な生活に生きて行くためにいちばん適当な世界のように思われたのであった。

全くそのころの自分にとっては科学の研究は一つの創作の仕事であったと同時に、どんなつまらぬ小品文や写生文でも、それを書く事は観察分析発見という点で科学とよく似た研究的思索の一つの道であるように思われるのであった。

 寅彦の軸足は常に<科学>にあったのだ!!

▼次に「言葉としての文学と科学」に展開する。
 はじめにロゴスありき!!
 ではじまる。
 そして「言葉」→「記録」へと。

象形文字であろうが、速記記号であろうが、ともかくも読める記号文字で、粘土板でもパピラスでも「記録」されたものでなければおそらくそれを文学とは名づけることができないであろう。つまり文学というものも一つの「実証的な存在」である。

 そして「記録」→「予言」へと
方則に従っていればこそ、それと同じような現象が過去にも起こりまた未来にも起こりうるのであり、かくしてその作品は記録であると同時にまた予言として役立つものとなるであろう。

人間霊知の作品としての「学」の一部を成すところの科学はやはり「言葉」でつづられた記録でありまた予言であり、そうしてわれわれのこの世界に普遍的なものでなければならないのである。

それで自分の書いたものを、改めて自分が読者の立場になって批判し、読者の起こしうべきあらゆる疑問を予想してこれに答えなければならないのである。そういう吟味が充分に行き届いた論文であれば、それを読む同学の読者は、それを読むことによって作者の経験したことをみずから経験し、作者とともに推理し、共に疑問し、共に解釈し、そうして最後に結論するものがちょうど作者の結論と一致する時に、読者は作者のその著によって発表せんとした内容の真実性とその帰結の正確性とを承認するのである。すなわちその論文は記録となると同時に予言となるのである。

 そして、「科学」と「文学」の差異にいてはこう述べていた。
 言葉としての科学が文学とちがう一つの重要な差別は、普通日常の国語とはちがった、精密科学の国に特有の国語を使うことである。その国語はすなわち「数学」の言葉である。

しかし実際の事がらは決してこのように簡単ではなくて、人々の感覚は気温と共存する湿度、気圧風速日照等によるのみならず、人々のその瞬間以前におけるありとあらゆる物理的生理的心理的経験の総合された無限に多元的な複合(コンプレックス)の無限な変化によって、無限に多様な変化を見せるであろう。

 そして、次なる展開へとつながっていく。
それらの経験と実験の、すべての結果を整理し排列して最後にそれらから帰納して方則の入り口に達した。
 文学は、そういう意味での「実験」として見ることはできないか。これが次に起こる疑問である。

 「実験としての文学と科学」
 次なるキーワードは「実験」!!

そうしてわが日本の、乞食坊主(こじきぼうず)に類した一人の俳人芭蕉(ばしょう)は、たったかな十七文字の中に、不可思議な自然と人間との交感に関する驚くべき実験の結果と、それによって得られた「発見」を叙述しているのである。

 次にお気に入りの一節があった。
一方で、科学者の発見の径路を忠実に記録した論文などには往々探偵小説の上乗なるものよりもさらにいっそう探偵小説的なものがあるのである。実際科学者はみんな名探偵でなければならない。

 そして、次なるキーワード「記録」へと。
 これから考えると、あらゆる忠実な記録というものが文学の世界で占める地位、またその意義というような事が次の問題になって来るのである。

(つづく)

| | コメント (0)

2026年1月(睦月)の俳句「歳時記」!! #俳句 #歳時記 #オンライン句会

Dscn0044

▼寅日子先生は、<俳句修業>について次のように教えてくれていた。

 俳句の修業はその過程としてまず自然に対する観察力の練磨(れんま)を要求する。俳句をはじめるまではさっぱり気づかずにいた自然界の美しさがいったん俳句に入門するとまるで暗やみから一度に飛び出してでも来たかのように眼前に展開される。今までどうしてこれに気がつかなかったか不思議に思われるのである。これが修業の第一課である。(「俳句の精神」寺田寅彦 青空文庫より

 さあ、新しい年もゆっくり<俳句修業>をつづけたいものである。

▼今年も名句の鑑賞 より<俳句修業>をはじめよう!!
 名句の参考にさせてもらうのは、これまでのように

◆NHK「俳句」 テキスト

である。ここより巻頭の名句10句+表紙の1句を引用させてもらう。

(1) 全貌といふ初富士に会ひにゆく 廣瀬直人
(2) 初景色火の根一つの富士箱根 尾池和夫
(3) 正月の地べたを使ふ遊びかな 茨木和生
(4) 年酒酌み生国遠き漢たち 中村苑子
(5) つく羽子の天より戻る白さかな 西宮 舞
(6) 落日の他は急がず飾海老 星野高士
(7) 福寿草開けこよなき言葉降れ 寺井谷子
(8) 寒立馬この世に雪のあるかぎり 須原和男
(9) スケートの花となるまで回りけり 名取里美
(10) 丹頂の脚あげるとき雪つのる 藤本美和子
(11) 丸餅のどかつと坐る雑煮かな 草間時彦

▼<俳句修業>の次のステップは<選句>である!!
 元々名句ばかりであるから、シロウト<選句>は迷う。読む度にかわってくるから困ったものだ。
 しかし、これが面白いとも言える。

【私の選んだ名句ベスト3】

(2) 初景色火の根一つの富士箱根 尾池和夫
(5) つく羽子の天より戻る白さかな 西宮 舞
(3) 正月の地べたを使ふ遊びかな 茨木和生

【次点】

(11) 丸餅のどかつと坐る雑煮かな 草間時彦

【選評】
・「富士箱根」の着地がきまった!!という感じ。尾池先生詠というのもうれしい。
・青空から戻る羽子の景が見えくるからスゴイ!!
・「地べた」うんと効果的だ。「ナルホドそうですよね」と共感できる。

・「どかつと」の実存感があるあるだ!!丸餅だからこそかな。

▼<俳句修業>の究極は、やっぱり<句会>参加だ!!
 今年もオンライン<句会>を続けたいものだ。
  
●第65回オンライン句会「寅の日」1月例会案内!! 

 あなたもどうですか。

| | コメント (0)

2026年1月(睦月)の「雲見」は!? #雲見 #もくもくシール

Dscn0093_20260102044201

▼2026年の「雲見」がはじまっていた。
 1月の「雲見」の予想の前に、2025年12月の「雲見」のまとめをもくもくシールセットによる「雲見」カレンダー(理科ハウス)でふり返っておこう。
 使用した十種雲形シールは次のようになった。

・快晴   6        
・巻雲   4  
・巻積雲  0  
・巻層雲  2      
・高積雲  2 
・高層雲  0    
・層積雲  4   
・積雲   7          
・層雲   1 
・乱層雲  5  
・積乱雲  0 

 2025年12月でいちばん目立ったのは「積雲」7。つづいて「快晴」6「乱層雲」4。
 これはあくまで原則・朝の9時の観測である。もちろんその後変わってしまうことがごくフツウだった。
 ダカラこれはあくまでひとつの目安にすぎない。
 アメダスの「記録」を使って最高気温~最低気温をチェックする作業を12月もつづけた。
 この単純な作業を繰り返しながら、このアタリマエに気づくのだった。
 あきらかに季節は「冬」に!!寒いは「記録」されていた。
 「冬日」=日最低気温0℃未満の日
 「真冬日」=日最高気温0℃未満の日
 なんと「冬日」は6日もあった。さて1月はどうだろう、「真冬日」でてくるだろうか!?

▼2026年1月(睦月)の「雲見」の予想に入ろう。
 まず前年の2025年1月の天気図を参考にしてみよう。

◆日々の天気図 2025年1月 (気象庁)
・気圧配置は縦縞(西高東低)がアタリマエに。
・繰り返しの寒波が心配だ!!
・今こそ「上がるとザアザア(シンシン)下がるとカラカラ」を使ってみよう。
・「光は東から 天気は西から」も。
・日本海側と太平洋側のちがいは顕著だ!!
・自分が暮らす大地はどこに位置するのか。今一度!?
・「もくもくシール」は何がふえてくるのかな。

▼「雲見」の旅 計画+「ふるさとの低山登山」(ふるさと巡検)は今年も継続しよう!!
 
【2025年12月 「雲見」の旅・山】

・「ひとり吟行」のコースをますます多様にしていこう。
・唐突な「雲見」の旅も計画してみよう。
・「動く大地」を科学する をより豊かに楽しむためにも。
・「ふるさと巡検」の範囲を少しずつ拡げていこう。

▼「雲見」【宇宙見物】の可能性を追求しよう。
・【「雲見」の連帯】の可能性は!?
・Webテキスト試案『天気の変化』を使用しての実践の可能性は!?

 今年もいっぱい「空」を楽しもう!!
 

| | コメント (0)

新年の抱負2026!! #2026年

Dscn8661_20260101040101 
 

 初春や今も空には未来あり @福崎


 あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いします。   2026.1.1

▼今年も、「新年の抱負」をコトバにしておきます。

(1)挑む!!

(2)ゆっくり 急ぐ!!

(3)「不易流行」を追う!!

  さて、どんな一年に。

| | コメント (0)

« 2025年12月 | トップページ | 2026年2月 »