▼2012年4月よりはじめたオンライン「寅の日」において、「備忘録(一回)」「線香花火」「金平糖」(それぞれ二回)を読んでいた。
とりわけ、「金平糖」については、第200回達成記念オフとして、名古屋の「金平糖博物館」で、中田友一先生から直接お話を聞かせてもらうような機会もあった。
それからしばし、「金平糖」の「ふしぎ!?」からも遠ざかっていた。
この夏、久しぶりに、その「ふしぎ!?」や面白さに再会する本にであった。
▼それが、今回の【お薦め本】である。
◆【お薦め本】『寺田寅彦「線香花火」「金平糖」を読む』(松下貢・早川美徳・井上智博・川島禎子 著 究理舎 2023.8.11)
期待通り、いやそれ以上に充実した面白さであった。
話が拡散してしまわないうちに、3つのお薦めポイントをあげておく。
(1)寅彦随筆の面白さ、文学性・先駆性を再認識できる!!
(2)多角的に寅彦の科学の先見性を読むことができる!!
(3)この一冊で、深く興味をもって読むための全資料が揃えてある!!
▼では、ひとつずつ私の「お薦めポイント」に行こう。
(1)寅彦随筆の面白さ、文学性・先駆性を再認識できる!!
私は、正直に言ってとんでもない勘違いをしていることに気づいた。
オンライン「寅の日」で読んだことがあるから、ある程度理解していると思っていた。「備忘録」(吉村冬彦(寺田寅彦) 同書P1~)を読みはじめたら、すぐに気づき思った。
「備忘録」が面白い!!
「備忘録」ってこんなに面白かったかな!?
「金平糖」「線香花火」ばかりに注目してしまい、他の随筆をあまりしっかり読んでいなかった。
著者代表の松下貢氏は、「まえがき」のなかで、次のように言っていた。
改めて言うまでもなく、自然の美しさはまさしく全体として見なれれば意味をなさない。寅彦はもしかしたら自然や日常身辺で起きるいろいろな現象をまず文学者の目で深く理解しようとしたのではなかろうか。ここに師と敬愛する漱石の影響を見ようとするのは考え過ぎであろうか。(同書 「まえがき」ⅲより)
もうひとつの引用をさせてもらおう。
それは
・寺田寅彦「備忘録」に見る未来への胚珠…川島禎子 (同書 P105~)
のなかにあった。川島氏は次のように言っていた。
すると「備忘録」という作品は、ルクレティウスの詩のような黙示録的な意図も意識して書かれたように浮かび上がってきます。
その後も「備忘録」の続編を書こうとしていたことを鑑みると、精密な世界観を構成するのではなく、直観的に感じた不思議や自身の懐かしい記憶を連句のように書きつけていくという執筆の姿勢-それは世界そのものに対峙する姿勢でもあるわけですが-を示した寅彦の記念碑的作品が「備忘録」と言えるかも知れません。寅彦はのちに文学を「人生の記録と予言」(「科学と文学」昭和八年九月)だと書きますが、これを最期まで自身の執筆態度として持ち続けたのでしょう。(同書 P135 より)
なぜかくも「備忘録」が面白いのか!?
その訳が少しだけわかりはじめた!!
もう一度、「備忘録」を読んでみたくなってきた。
(2)多角的に寅彦の科学の先見性を読むことができる!!
「線香花火」「金平糖」の科学=寅彦の科学!!
「複雑系の科学」!!
この科学の第一人者・松下貢氏が語っていた。
・寺田寅彦の科学に見られる先見性 松下貢 (同書 P54~)
このように見ると、寅彦が注目をしていたのは、まさしく日常身辺で見られる複雑系であることがわかる。そのため、近年進展したカオス、フラクタル、非線形科学やそれらの発展・延長線上にある複雑系科学の視点からは、寅彦の科学的考察と思索の産物である随筆には、汲めども尽きない魅力が秘められている。寅彦は、寅彦は、自然界には要素還元主義的な手法では捉えることのできない、しかし、科学的には依然として非常に興味深くかつ重要な複雑系科学的な現象が多々あることをはっきりと認識し、時代にはるかに先駆けてそれらの科学的な理解に傾注していたということができる。
(同書 P56より)
そして、「寅彦の科学の特徴」として 次のようなこと等をあげておられる。
・寅彦の科学の特徴(一)- 統計的な取り扱い
・寅彦の科学の特徴(二)- 一様状態の不安定化
・寅彦の科学の特徴(三)- 一様界面の不安定化:金平糖を例にして
・寅彦の科学の特徴(四)- 天災、人災についての考察
たいへんくわしくわかりやすい説明が展開されている。
そして、「おわりに」では、次のように語っておられた。
わからないことがあればどこまでも細かく分解して縦方向的に分析するという単純な方法論に基づく従来の物理学に対して、寺田寅彦は横方向のつながりの重要性に気づき、それを科学にすることを目指したと言うことができる。しかし、物理科学の世界ではそれはあまりにも早過ぎる試みだったのである。寅彦のこのような研究は幾分揶揄的に「寺田物理学」と呼ばれ、時には複雑な現象に注目しているというだけで批判的に見られてきた。単純な系が示す単純な現象を定量的に精度よく測定しようとする当時の科学者の目には、寅彦が目指す科学はあまりも定性的に見え、前近代的とさえ思われたのかもしれない。
しかし、このような見方は一九七〇年代、寅彦の死後四十年近く経ってようやく無くなって来て現在に至たる。(同書 P73より)
またこうも語っておられた。
このように、寺田寅彦が生み出し、植え付けた複雑系科学の芽がようやく世界的に育ち始めているといっても過言ではない。これまでに見てきたように、彼は時代にはるかに先駆けていたので、「複雑系科学の父」と呼ばれるにふさわしいと筆者は思っている。それだけでなく、それだけでなく、寅彦は希有の名随筆家でもあり、自然科学と人文科学という二つの文化の融合を体現したということができる。 (同書 P74より)
この論考にとどまらないのが本書のもうひとつの大きな魅力でもあった。
よりくわしく具体的に、「金平糖」「線香花火」についての論考が続いていた。
・金平糖の研究をめぐって 早川美徳 (同書 P77~)
・線香花火の不思議と研究について 井上智博 (同書 P89~)
手製の「ドラム式金平糖作成装置」を用いての実験報告はきわめて興味深い。
写真も充実していて楽しい。
井上氏の「線香花火の研究史」も、実に面白い!!
実は、寺田寅彦は線香花火の学術論文を執筆していない。線香花火に関する国内初の論文は、門下生の一人であり、雪の結晶の研究で有名な中谷宇吉郎(一九〇〇~一九六二)と関口譲によって、寅彦の随筆と同じ一千九百二十七年に書かれた。論文の最後に寺田先生への謝意が明記されている。当時、寅彦は「もし西洋の物理学者の間にわれわれの線香花火というものが普通に知られていたら、おそらくとうの昔にだれか一人や二人はこれを研究したものがあっただろうと」と考えていた。実際には、宇吉郎の論文が出る半世紀も前にヨーロッパで線香花火の研究が始まっていた。 (同書 P94より)
こんな一文からはじまる「線香花火の研究史」の展開は実に興味深い!!
こちらの方も貴重な写真・絵図が充実していた。
このように、きわめて「多角的」に、とことん「金平糖」「線香花火」の「ふしぎ!?」に迫っていた。
▼いよいよ最後のお薦めポイントである。
(3)この一冊で、深く興味をもって読むための全資料が揃えてある!!
私のような「にわか寅彦ファン」が、その随筆に関連する資料が「そこに」あると教えてもらっても、実際には、わざわざ「そこに」は行かないことがほとんどである。スミマセン。
ところが、この本はアリガタイ!!
関連しそうな資料は、すべてこの一冊に「付録」として納められていた。
・金平糖 寺田寅彦(ローマ字で書かれたものを邦字起こししたもの)
・金平糖 福島 浩
・科学物語 線香花火のひみつ 中谷宇吉郎
・線香花火 中谷宇吉郎
どれも貴重であり、より興味深く随筆を読むのを助けてくれる。
最後に、とっても「お気に入り」のものが付録としてついていた。
・寺田寅彦 略年譜
デアル
これただの「略年譜」でなかった。ある面できわめて特化していた。
寅彦の年齢についで(漱石○○歳)が付け加えてあったのだ。
「それは、師・漱石先生何歳のとき!?」
が一目瞭然だった。アリガタイ!!
まだまだお薦めポイントがありそうな気がするが、「蛇足」にならないうちにここらあたりでとめておく。
寅彦ファン 必読の一冊!!
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