「原子論」を科学する(44) #原子論の歴史 #田中実 #原子論の勝利 #アトムの普及 #原子論教育史

▼私が、この『「原子論」を科学する』シリーズをはじめたのは2022/05/22 でした。
●「原子論」を科学する(1) #原子論 #原子論的物質観 #原子論の授業(2022/05/22)
それからまもなく3ヶ月にもなろうとしています。
ずいぶん遠くまできてしまったものです!!
▼「原子論」の歴史をつづけよう。
『原子論の歴史-復活・確立-』を参照しながら
とは言っても
●「私の原子論とのつきあいと原子論の教育の歴史」
……あとがきにかえて
●「原子論の歴史 年表」
を残すのみとなりました。
しかし、残りのこの二つは、どちらもこの本を特長づける魅力いっぱいのものです。
ゆっくり ゆっくり 急ぎます!!
まずは、「あとがきにかえて」です。
この本の中心は、「古代ギリシアの原子論は、エピクロスによって科学となった」という事実の発見にあります。これまで原子論の歴史を書いた人は、そのことに気づいていなかったので、古代の原子論を単なる空想にすぎないと貶めてきたのです。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P151より)
私は、「この本によって、これまでの世界の原子論教育を全面的に変えることができるだろう」とも自負しています。私はこれまで、「読み、書き、計算、分子模型にコンピュータ」ともいって、原子論の教育を最も基礎的な教育の一つとして重視しているのです。それは私の一方的な思いこみによるものではありません。子どもたちに少しでも原子論を教えたときにその子どもたちの示す驚きと喜びの発見が元になっているのです。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P153より)
こんな刺激的な文章からはじまります。
▼そして、あの本との違いが強調してありました。
あの本とは
◆『原子論の誕生・追放・復活』(田中 実著 新日本文庫 1977.7.25 初版 )
です。私が、今のこの本をテキストするまえにテキストとしていた本です。
ただし、この本より28年前の旧版です。
著者・板倉聖宣氏は旧版を学生時代に読まれたようです。
私が学生時代に読んだ本に、田中実著『原子論の誕生・追放・復活-原子と化学』(三一書房 1949.11)という、「書名だけは本書とそっくり」といえる本がありました。私はその書名が好きで、この本にも同じような表題をつけたい思ったものです。そこでこの本を書きはじめたとき、とくに「追放」の部分にはどんなことが書いてあったのか気になったので、その本の内容を思い出そうとしたのですが、当時かなりていねいに読んだはずなのに、どうしても思い出すことができませんでした。仕方がなく、大切に保存してあったその本を書庫から取り出して読み直してみました。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P154より)
このあとに
●『原子論の誕生・追放・復活』と本書との違い
と題して、詳細な説明がつづきます。
私もその詳細な説明を前著と見くらべながら追いかけて見ました。
確かにナルホドと納得できるところもありました。
これらをまとめると、これは前にも書きましたが、
この本のタイトルを 『原子論の誕生・追放・復活』とせず
「誕生」と「追放」のあいだに「勝利」をいれたことにつきると思います。
『原子論の歴史 -誕生・勝利・追放-』!!
▼そのあたりを、さらに板倉氏自身のコトバで言うと次のようになります。
つまり、「古代ギリシアの原子論は単なる空想的なものではなくて、科学的な実験に基づくものだ」という私の着想は、科学史の研究からというより科学教育の研究から導かれたといってもよいのです。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P160より)
そこで私は、エピクロスからドールトンまでの<とくに重要な新発見の行なわれなかった時代の原子論>にも目をつけて、その普及の状況を丹念に調べてきたのです。その結果、シェークスピアのような劇作家までが「アトム」という言葉を使っていたことに着目し得たのです。
以上は「新資料の発見がなくても、科学史を大きく書きかえることができるのはなぜか」という疑問に対する答えです。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P160より)
このあと、原子論教育史へとつづくのです。
●1949年 田中実著『原子論の誕生・追放・復活』三一書房刊。古代の原子論は空想的なものでアリストテレスによって論破されたとする。
(『原子論の歴史-復活・確立-』年表P197より)
(つづく)
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