本日(2022/01/13)、第306回オンライン「寅の日」!! #科学と文学 #traday #寺田寅彦

▼「土佐の寅彦」詣(土佐に寅彦をたずねる旅を私は勝手にこう呼んでいた)のときは必ずたずねる定番スポットのひとつに
があった。とりわけ興味深いのはここに「寺田寅彦記念室」が常設されていることだ。
ここでは寅彦に関する貴重で豊富な資料を見ることができた。アリガタイ!!
なかでも一番のお気に入りは次の三本のビデオだ!!
■「渦巻きの実験」(4分23秒)
■「割れ目と生命」(4分05秒)
■「地滑りの実験」(4分02秒)
は絶対のお薦めである!!
▼本日(2022/01/13)は、第306回オンライン「寅の日」である。
2022年1月のテーマは
●【1月テーマ】「科学と文学」
である。読むのもズバリ、テーマそのものの「科学と文学」を2回に分けて読む。
◆本日(2022/01/13)、第306回オンライン「寅の日」!!
▼この3月になればオンライン「寅の日」は、10年つづいたことになる。
この10年間、毎年一度はこの「科学と文学」を読んできた。
それは、ここに
「なぜ寅彦の随筆を読み続けるか!?」 の答えのヒントがある!!
と思ったからである。また言い換えて鎌田浩毅氏風に言うならば
「寺田寅彦を「活用」する」ヒントのすべてがここにある!!
からである。長い前置きになってしまった。
本編は次のようにおそろしく長編になっていた。
・緒言
・言葉としての文学と科学
・実験としての文学と科学
・記録としての文学と科学
・芸術としての文学と科学
・文学と科学の国境
・随筆と科学
・広義の「学」としての文学と科学
・通俗科学と文学
・ジャーナリズムと科学
・文章と科学
・結語
本日は「文学と科学の国境」あたりまで読んでみたい。
▼「緒言」のなかで、きっぱりと宣言していた。
もう一つ断わっておかなければならないことは、自分がともかくも職業的に科学者であるということである。
科学の領域は自分の将来の主働的な生活に生きて行くためにいちばん適当な世界のように思われたのであった。
全くそのころの自分にとっては科学の研究は一つの創作の仕事であったと同時に、どんなつまらぬ小品文や写生文でも、それを書く事は観察分析発見という点で科学とよく似た研究的思索の一つの道であるように思われるのであった。
これは寅彦の「科学者」宣言だ!!
寅彦の軸足はいつもぶれずに「科学者」にあった!!
前半は読み解くためのキーワードが次々と登場する。
「言葉」→「記録」→「予言」
「実験」→「記録」
「記録」→「科学」
「事実の記録」→「予言」→「芸術」→「美」→「真の記録」
それはまるで連句を詠むようにツナガリ 豊かに広がっていくのだった!!
なかでも「記録」こそ最重要キーワードと読めた!!
▼「文学と科学の国境」あたりでいよいよこの随筆の本意に近づいていく。
中谷宇吉郎のお気に入りの「文脈」が登場する。
顕微鏡で花の構造を子細に点検すれば、花の美しさが消滅するという考えは途方もない偏見である。花の美しさはかえってそのために深められるばかりである。花の植物生理的機能を学んで後に始めて充分に咲く花の喜びと散る花の哀れを感ずることもできるであろう。
そしていよいよだ!!
それで、そういういろいろな物の見方に慣れた科学者が人間界の現象に対してそういう見方から得られるいろいろな可能性を指摘してそれに無関心な世人の注意を促すということは、科学者としてふさわしいことであって、そうしてむしろ科学者にしてはじめて最も有効に行ない得らるる奉公の道ではないかとも考えられるのである。
そういうことから考えても、科学者が科学者として文学に貢献しうるために選ぶべき一つの最も適当なる形式はいわゆるエッセーまた随筆の類であろうと思われる。
さらに「随筆のすすめ」へとつづく。
(つづく)
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