サイエンスコミュニケーター宣言(244)

▼昨日は、大賀ハス植え替えから49週目の定例観察日だった。観察池からはみだした枯れ葉のすぐ側に小さなサクラソウが咲いていた。もうそんな時期なのである。今年度の植え替えまで数週間となった。行事等の関係で予定をはやめようかとも考えている。そろそろその準備にかからなければ…。
この大賀ハスにしてもそうだ。【理科の部屋】がなければけっして出会わなかっただろうし、ましては自分で育てようなどとは思わなかっただろう。
▼この20年間、私にとっての【理科の部屋】とは「授業」「教材」「科学」「人との出会い」「学び」等々すべてがそこにある時空間であったのだ。ちょっとオオバーに言えば人生そのものなのかも知れない。
「時空を超えて響きあい・学びあい・高めあう世界を」と言っていた。それはさらにお気に入りのコトバで言うならコンヴィヴィアリティな世界ということになる。
▼さらには最近特に思うのであるが、
【理科の部屋】の歴史とはネットの歴史そのものである。
と。
もともとパソコンの苦手な私はそのすべてをそれこそネットを介して教えてもらってきたのである。
パソコン通信をはじめたときも、ホームページ(Webページ)をはじめてつくったときも、blogをはじめたときも、mixi、Twitter、Facebook等々もすべてである。
【理科の部屋】には私の師匠がいっぱいいた。
ありがたいかぎりだった。
「これから」もよろしくお願いします。
▼これも最近よく使う言葉でTwitter的というのがある。
Twitter的=
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」
「アクティブ」
この6つの概念をミックスしたもの。それはTwitterそのものだけを意味しない。
ときに生き方の問題であり、コミュニケーションのあり方を意味する。
さらにいうなら世界観の表明かも知れない。
私には
Twitter的=【理科の部屋】的
に思えてならない。
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