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サイエンスコミュニケーター宣言(207)

Dscn1909

▼昨日の夕方もいつもの定点観測地から「雲見」をしていた。生野峠の方にも雲があつくということではない、ごくごくふつうのいつもの空である。私にとってはこの定点観測地は30年前もまったく同じなんである。ただ「定点観測地」という意識はなかったが。
 あったのは「地域」という意識だけだった。
▼その「地域」について
【「地下茎」第14号 1982.11.25】
の巻頭言で書いていた。
「地域を教えることの意味」と題して書いていた。その短い文章を次のように結んでいた。

教科書を「地域」で解説するのでなく、「地域」そのものを教えたい。それは、「地域」とそこに営まれてきたヒトの生活を教えることでもあろう。当面は、機会をみつけては「歩く」ことから学びはじめたい。

●「地下茎」第14号P1「地域を教えることの意味」
 そして同じようなことを数年後にも書いていた。
●「地域の自然」にこだわるのは
▼第14号 の[闇市開業]はあのなつかしい「ソーラーバルーン」だった。
●地下茎14号P9[闇市開業]「ソーラーバルーン」
この号には「ソーラーバルーン」以外にも「べっこうあめづくり」「テルミット反応」「サルの頭骨入手」等のことが出てくる。このころの私たちはものづくりの「科学」を楽しんでいたのだ。
▼その他にも「例会報告」「学習会報告」「自然観察指導員講習会報告」などが記載されていた。
「事務局」だよりには多くの人との交流のことが、そして私事の次男誕生のことまで書いてあった。
「地域」でまるごと「科学」を楽しむ様子が記録化されていたのだ。

30年の時空を超えて、「これから」にもその空気が欲しいと思った。

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