今なぜ「日本理科教育史」なのか?(14)

▼今朝目覚めたら、久しぶりに東の空に明るく輝く金星、高くのぼってきたオリオン座、細く細くなってしまった月を見た。二日ずれていなかったことをうらめしく思った。昨日は67回目の8.15だった。
朝からせわしなく第13大賀ハス(8/9~8/12)の「整理」作業をした。花びらを黒い画用紙の上にならべ写真を撮る、拾い集めた雄しべを10のかたまりごとにセロテープでこれまた黒い画用紙に貼りつけながら数を数えていくのである。
花びら16枚、がく4枚。雄しべの数は245本。やや大ぶりの花であったことがわかる。
「なんのため」と問われると即答に窮する作業である。
第14大賀ハスの開花第三日めであった。
▼極地方式研究会の「綱領」に1960年代日本理科教育の歩みの成果をみる作業をつづける。
綱領では「1.極地方式研究会のめざすもの」につづいて「2.授業実践には、テキストこう使う」
が書かれている。
そのなかにこんな項目がある。
教師が自分で納得できない限り、よい授業は成立しない。授業の成否はすべて教師のせいであり、テキストのせいではない。
なんともいさぎよい決意の表明である。
氷上綱領((『極地方式入門』p39)では最後にあがっていたが、気仙沼大島綱領ではトップにあがっている。
▼そうだ、この「テキスト」の位置づけこそが極地方式研究会を特徴づけるのである。
そして教材をテキスト化していく営みを「テキスタイル」と呼んだ。
”テキスタイル”ということばは、いつとはなしに造り出され、使用されるようになった。”わたしたち”の造語である(textile=織物ではなくて、text+style=textyleである。)”わたしたち”が教えたい、わかってほしいと願う事柄がきまったからといって、それはまだテキストではない。テキストは、発問と、資料と、実験と、読み物などで構成されるが、とりわけ、どんな発問を、どんな順序で用意するかが重要である。いや、内容がきまってから「さて発問は?」というのでなくて、事例に関する発問、事例を法則の支配下に位置づけさせる発問、等を考える過程の中で、”わたしたち”の中に次なる内容が求められ、獲得されていくのである。
(『極地方式入門』(高橋金三郎・細谷純編、国土社1974.3.20) p174より)
なんともうまく言ったものだ!!
「これから」もぜひ使わせてもらいたい言葉だ。
▼思念を具現化していくためにはそれなりの方策と戦略が必要である。
それはいつの時代にも同じことである。
40余年の時空を超えて
「テキスタイル」は「これから」の理科教育に大きなヒントを与えてくれている。
今日は第14大賀ハス開花4日目である。
まもなく花びら、雄しべも散っていくだろう。時計仕掛けの生命は待ってくれない。
ゆっくり ゆっくり急ごう!!
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