再び、「丹生」を追う!!(2)
▼昨日の朝は、少し雨模様であった。大賀ハスの観察池は植え替えから27週目をむかえていた。葉はすっかり枯れ、遅れん坊の葉ですら少し色がかわりはじめていた。私は小さな旅をきめていた。「丹生」を追う再
燃のはじまりに行ってみたいところがあった。奈良である。
奈良の大仏さんが見たかったのである。丹生を追うなかでは、何度も話題にしてきた大仏だが、実際にゆっくりと見たことかがなかったのだ。ほぼ50年前の小学校の修学旅行以来ということになる。
▼ことのはじまりにもどす。25年前の生徒の夏休みの自由研究であるが、郷土研究家の資料提供が元になっていたのだが、辿っていくとさらに元ネタがあった。それが『古代の朱』(松田壽男著)である。(今は、ちくま学芸文庫の一冊となっている)。その本を郷土研究家からお借りして読ませてもらっているとほんと面白かった。
目から鱗!のようなことばかりが書いてあった。
そのひとつが「奈良の大仏さん」だ。
この巨大な大仏は、最初は金鍍金がなされていた。その鍍金に際しては水銀が使われていたということだった。
前著『古代の朱』によればこうだ。
水銀五に対して錬金一の割合でアマルガムをつくり、これを仏体の表面に塗る。そのあとで炭火で水銀を蒸発させてしまうと、純金が銅の肌にくいこむように、しっかりと附着する。なんとすばらしい化学の応用ではないか。これをアマルガム鍍金とよぶ。(上記書P35)
▼奈良に着いたときはお昼を過ぎていた。軽く食事だけして東大寺に向かった。なんとたくさんの鹿に出会うことか、こんなに多かったかな。天気は大仏殿に入るときまでは、なんとか持っていた。
大仏殿に入った。やっぱりさすがに大きい!!
じっと見ていると、その大きさの感覚がわからなくなる。下の方に残る金鍍金の痕跡というものをさがすがわからない。それにしてもこんな大きなものを金鍍金を施すとは!
その大量の水銀はどこからきたのだろう。飛び出した水銀蒸気の行方は…?
なんのためにこんな壮大なプロジェクトを。…
いろいろ考えながら眺めているときりがない。
▼大仏殿から外に出ると雨だった。特別展開催中の東大寺ミュージアムにも寄った。
雨のなかであったが朱色の春日大社にもいった。
やっぱりと思った。
「丹生」を追うは、私たちにとって「科学・技術」とは?
につながるな と。
今日は、青「丹」によし… の寺を巡ってみようと思う。
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