ヒガンバナはいつどこからやって来たのか? #higanbana
▼昨日は私用で岡山まで出かけた。出かけていてもやっぱり気になるヒガンバナであった。目的地までの道端、稲穂の色づく田、山際の斜面…どの風景のなかにもあの赤く燃え立つヒガンバナを目が探していた。
発見したときは、「やっぱりここでも…」と自分で納得しうれしくなる。
昨日見たヒガンバナでいちばん印象に残ったのは、帰りの山陽自動車道SA「瀬戸」で見たヒガンバナである。
SAの東の土手に赤い松明の行列はあった。みごとである!!
あきらかに、誰かが意図的にここにもってきたのである。
▼このヒガンバナの最大の謎は、「いつどこからやって来たか?」ということである。
三倍体である日本のヒガンバナは、種子で殖えることがない。だから、誰かがそこに運ばなければそこにはないのである。そのはじまりはいつなんだろう?どこからやってきたのだろう?
この最大の謎に、ヒガンバナ研究第一人者の栗田子郎先生がひとつの仮説をたてておられる。
それをコメントで紹介してくださっている。
◆ヒガンバナの民俗・文化誌 Ⅴ
▼もうその展開に圧倒させられる思いで読ませてもらった。
里呼び名をひとつの手がかりに、ヒガンバナの最大の謎に迫られる展開は「みごと!!」としか言いようがない。
それは、まるで出来のいい推理小説でも読んでいるようだ。
もちろん推理小説よりも迫力ありドラスティクである。それは、これが事実を紡いだ「研究」だからだ。
冒頭に書いておられる文章がとても示唆的である。
何か他に渡来の時期を知る手がかりは残っていないだろうか。
里呼び名は手がかりにならないだろうか。言葉は遺伝子(DNA)と似ていて、時の流れとともに変化するが、DNAの塩基配列を調べることで生物の進化(変化)の跡をたどることができるように、言葉の変遷とその伝播の過程もかなり詳しく追うことができるからである。
▼この謎解きの展開のみごとさに感動すると同時に、ヒガンバナ研究の第一人者がシロウトの私にも簡単に読ませてもらえるようなかたちで情報を提供してくださっていることいたく感動し、心底敬意を表したい。
ほんとうにありがたくうれしい!!
これからのホンモノの「研究」とは、こうして生まれることを願ってやまない。
いや、きっとそうなるだろうと強く思う。
さあ、今日もヒガバナの「ふしぎ!?」追い続けよう。
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