『私の大賀ハス物語』のルーツを訪ねて(2)
▼今日、午前中は、私はまだ昨日の余韻のなかにいた。
昨日のことなのに、遠い遠い昔のできごとでもあるような気がする。あまりにも、たくさんの新しい出会いと学び、ゆっくりゆっくりと反芻作業を繰り返していた。
8時からの「大賀蓮観蓮会」を前に、例のたったひとつの蓮は全開であった。
▼幸い天気にはめぐまれいた。脈々と引き継がれてきた「観蓮会」である。とりわけ年は、「大賀ハス発見60年!!」の記念すべき観蓮会である。
幸い青空のもと、阪本尚生さん(和歌山大賀ハス保存会会長)のあいさつからはじまった。
大賀一郎先生と一緒に大賀ハスの研究をすすめてこられ長島時子先生の興味深い講話があった。そして、大賀ハスを愛してこられた方々のあいさつ。
どの方のお話にも「私の大賀ハス物語」があって、これまた興味深いものであった。
続いての「詩吟」「日舞」「太極拳」「大正琴」「蓮飯」「蓮饅頭」「野点」そして、ずっとあこがれだった「象鼻杯」、お茶で体験さしてもらいました。
▼観蓮会の催しを見せてもらっていると、阪本祐二先生の言葉が説得力をもってくるのである。
…ひとたび暁暗に咲き出るハスの花の群れをみるとき、ただ単なる自然物としてのハスの花の形や感触でなく、ハスのもつ、長い人間の文化の凝結が、この花の感覚的な美しさを通じて、日本人の心に七彩の綾なす光として、せまってくるものである。(『ものと人間の文化史21 蓮 』阪本祐二著 法政大学出版局「はじめに」より)
この大賀池の「大賀ハス物語」は、この阪本祐二先生によってはじまる。
▼大賀池の奥まったところには「荷風千里」の先生の言葉を刻んだ碑が建っている。いいことばだ。蓮の花から発せられた香りは風に乗って千里の遠くまで伝わり届くという意味だという。
なんと含蓄のある言葉だろう。私は、今回、幸いなことに、故阪本祐二先生の奥様にお出会いして、この元になったという石に刻まれたものを見せていただくことができた。(わたしは、なぜかいつもラッキーである。)
ほんと示唆に富むいい言葉だ。蓮の花と同じぐらい何枚もこの碑の写真を撮らせてもらった。
碑の石のかたちもとってもいい。
▼観蓮会が終わる頃には、蓮の花とじはじめていた。私は、ここで採れた種を阪本尚生さんに分けてもらって、それを育てている。我が家の大賀ハスのルーツはここにあるわけだ。それだけではない、育てている過程でも、困ったらいつも阪本さん連絡して、アドバイスをもらって育ててきた。今年は、阪本さんだけでなく、お母さん(祐二先生の奥様)には元肥のことでアドバイスもいただいた。
今回のルーツを訪ねる旅で最大の成果は、阪本さんのお母さんと直接お会いできていろな話を聞かせてもらったことである。
いろんことを教えていただいた。私ごときが一度に理解するのには許容量を越えるぐらいであった。
しかし、まちがいなく『荷風千里』の精神は、引き継がれている。そして、それはこれからもつづくだろと確信した。
▼貴重なお話だけでなく、家の前の蓮池を見せてもらい、また、今注目の「舞妃蓮」も見せてもらった。多くの人のおかげで、「私の大賀ハス物語」のルーツを訪ねる旅の初回はおわった。
ちょっと、にわかにはまとめきれないくらい、いっぱいはじめて知ったことがある。
それしても、楽しかった。充実していた。
また行かせてもらいます。 ありがとうございました。
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