新・私の教材試論(34)
▼昨日も、真夏の太陽は朝から大賀ハスの大きな葉を照らしていた。人間たちが、送り込まれる太陽エネルギーに悲鳴をあげているというのに、植え替えから17週目の観察池の大賀ハスは元気だ!!太陽から送られてくるエネルギーをダイレクトに「生命力」に変えてしまう、そんな驚異のシステムはやっぱり「ふしぎ!?」だ。けっしてアタリマエではない。
昨年度の「あこがれの4日間」の日が近づいてきた。「今年も…」となるのだろうか。今のところその気配はない。
▼試論を続けよう。
「3K1Aの法則」
「3Hの法則」
の具体例をあげてきたが、まだまだあり尽きることはなさそうだ。
「法則」と呼んだのだから、いろんな教材にあてはまるだろう。当然である。
ここだけにとどまらず、話を少し進展させよう。
▼次は、教材の「歴史」について話をすすめる。
三年前に、久しぶりに授業を再開して、じっくり教科書をみて見て驚いたことがある。
教科書の「実験・観察」の教材が様変わりしていることについてである。
かつて、この実験こそ必要なのではと思っていたものが、さりげなくごく自然に載せられているのである。
変わっていない定番実験・観察もあった。
新しく記載されるようになった教材にも、ずっと定番であり続けて教材にも
「歴史」がある。!!
▼その「歴史」のルーツをたどる旅は、けっこう面白い作業である。面白さだけではない、その実験・観察を、自分の授業における「自分の教材」とするためのきわめて有効な「教材研究」の一部なのである。
さらには、新たな「教材開発」につながる道なのである。
繰り返そう。
定番実験には必ず「歴史」がある。
それぞれの教材開発物語がある。
▼ひとつの具体例でいこう。定番中の定番
◆鉄と硫黄の化合
◆鉄と硫黄の化合2
◆鉄と硫黄のダンゴ
化学変化の醍醐味、「原子と原子が衝突して、まったく新しい物質がつくられる。」「化学変化には熱の出入りをともなう」を教えたくて、開発された実験である。
定番化にいたるまでの紆余曲折の歴史、その歴史は化学史そのものまでたどり着く。物質観の歴史でもある。
この教材の定番化に尽力された大竹三郎先生は、きわめて示唆的なことをおっしゃっています。
わたしは、現在、学校で実施されている多くの実験が、なお教材として仕上げられていないと考えます。これらの実験が授業の課題にピタリ答えられるように、その内容、形式ともに仕上げられなくてはなりません。ところが、わたしたちは、もうこれ以上、変えようとしても変えられないものと受けとめています。とくに長い歴史をもった伝統的な実験に対してそうです。(『理科実験法の再検討~教材論的研究~』(大竹三郎著 明治図書 1980.10.5) P119より)
すごい意思表明です。理科教師としての誇りに満ちた決意です。
定番実験も、さらにもう一度、自分の授業に照らし合わせて、生徒たちの発言に応じて「仕上げて」いくのです。
そのときに、その定番実験のもつ「歴史」に目を向けることは、きわめて有効な手段と言える。
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