極私的「自然観察試論」(その一)
▼昨日は、ほんと朝から寒かった。雨はやんだというものの、外で作業するのは少しおっくうになってくる天気である。この天気はどこからやってくるのだろう。西空を観る。つづいて北の空である。
とてもではないが、これが五月連休すぎの天気とは思えぬ。
この冷たい空気はどこからやってきたのだろう。
とは、いうものの決められた作業には向かわねばならなかった。
▼先ずは「川普請」である。
毎年ではないが、輪番で隣保でまわってくるのである。
田植えに備えて、田に水を誘導していくための川のメンテナンスをおこなっておくのである。
最初は、草刈りの担当で、川からドロや雑草をあげるための場所の確保のため
川沿いの土手の草刈りをした。久しぶりである。草刈り機を動かすのは。
土手沿いと、道路沿いとは、明らかにちがった植物が生えている。
きっちりと棲み分けできている。
ヨモギとオオバコはどこに。植物テキストの問題が頭にうかぶ
単子葉イネ科の植物は、スバヤ型で成長がはやい。前に刈ったはずのところから、
若い葉がスルスルとのびている。きっと根は、スバヤ型らしくヒゲ根をはっているのだろう。
「川普請」後半は川に入った。
コンクリートばりされた川は、水の流れがスムーズだ。
洗い場においておいた大きな石が、下流まで流れて行っている。
洪水のときの泥水は、この石に浮力を与えたのだろう。
イモリおぼれそうになりながら、コンクリートの壁にしがみつこうとしていた。
そうだ、彼らの季節だ。
産卵の時期も近いはず、学校でもイモリの飼育をまたやってみたいな。
▼午後は、再び「大草刈り作戦」で、来週の日曜日に予定されている「溝普請」のコースを中心に草刈りである。
溝沿いと、川沿いではこれまた、少し植生もちがうようだ。
畦道の我らがヒガンバナの枯れた残骸が、哀れに風にとんでいる。
そのうえをスズメノエンドウ・カラスノエンドウが、今盛りと覆っている。
草刈りには、邪魔ものである。草刈り機にまきつくのである。
しかし、けなげにきっちりとエンドウ豆をつけている。
ふっと思った、これを食した歴史はないんだろうか。ミニではあるが、豆ができている以上、
例の根粒バクテリアで、空気中の窒素をつかまえ、タンパク質を豊富に有しているはず。
豆と言えば、夕食はソラマメ入りのごはんだった。私はこれが大好物である。
ムラサギゴケが盛りをむかえつつある。ニワゼキショウはもうすぐだ。
単子葉と双子葉
スバヤ型とジックリ型
根っこは、みえないけれど「生活」から推測していく。
草刈り機にかかりやすいのはどちらのタイプ。
仲間はどのようにふやしていっているのか。花、実、種子の観察から考えをめぐらす。
草刈りが終わって、道路沿いに「ヒマワリの種」を蒔いた。
作業がおわって空を見上げると、みごとな飛行機雲が・・・。
あの空は何度ぐらいなんだろう。あれって氷の粒かな。
▼ これが、私の定例の「自然観察会」。
自然を豊かにとらえるための観察。
それは、人間が自然にはたらきかけるなかでの観察にこそが意味あるのでは。
来週の日曜日は「溝普請」である。
どんな自然にめぐりあえるだろう。
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