コンヴィヴィアリティとは
▼ながくこだわっている言葉がある。独自の思い入れをその言葉に吹き込んでしまい、人に「どんな意味」と問われると、答えに窮するそんな言葉。そんな言葉のひとつに「コンヴィヴィアリティ」という言葉がある。概念と呼んでもいいかも知れない。
元はイリイチの『コンヴィヴィアリティのための道具』からきているのだろう。「convivialty」をどう日本語にするか。なかなか難しい問題である。直訳では「宴会的」「みんなでワイワイと楽しく」ぐらいの訳になるのだろうか。先の著の渡辺京二さんの日本語訳は「自立共生的」である。
それを「共愉的」と訳した人物がいる。それが『インターネットが変える世界』(1996 岩波新書)の著者古瀬幸広さんだ。今のところ、私にはいちばんびったりくる訳語だ。以前にこのblogで、これを話題にしたとき、【理科の部屋】で誰かがこう訳していたと言っていたが、これは誤りで、古瀬さんがはじめのようですね。【理科の部屋】でも、好んでこの言葉を使っていた時期があることはたしかですが・・・。
▼convivialtyな「道具」として、コンピュータがつくられ、インターネットにより加速度的にコンヴィヴィアリティな社会・世界が実現しようとしている。Web2.0の時代になって、この展開は益々、スピードアップしてきているように思う。次の「より良い場所」とも響き合う。
■p.180
私たちは、グーグルを「世界をより良い場所にするための機関」
にしたいと切望している。── ラリー・ページ
We aspire to make Google an institution that makes the world a better place.──Larry Page
Letter from the founders,
▼コンヴィヴィアリティな生活とは、どんな生活だろう。
これを具体的に実現することが、私の今の生活のテーマである。
コンヴィヴィアリティは「概念」で終わらない
コンヴィヴィアリティは「生活」でなければ
コンヴィヴィアリティではない。
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