雑誌『楽しい理科授業』廃刊に思う。

▼冷たい雨、強い風そしてきびしい寒さ。やっぱり、そうは簡単に春はやってこなかった。しかし、昨夜は久しぶりに夜空にオリオンも、シリウスもみごとな火星もあった。
 また、天気図をみながら、大気の動きと空をくらべることをつづける。
▼前から、MLやSNSで聞いていた雑誌『楽しい理科授業(2010ー3月号No.523)』(明治図書 )が届いた。聞いていたように、この雑誌はこの号をもって廃刊だという。休刊ではない「廃刊」である。
なんとも寂しい気持ちになる。この前身『理科教育』からだと、若いころからずいぶんと長いあいだつきあってきた雑誌である。多くのことを学ばせていただいてきた。
  ときには、拙い文章を載せていただいこともある。私にとっては数少ない貴重な体験をさせてもらった雑誌でもある。それが消えるというのだから…。
 この記念すべき最終号(それとはつゆ知らず)にも拙文「「南方マンダラ」にこれからの理科教育をみる」を載せていただいた。
▼最終ページに名編集長樋口雅子さんの廃刊にあたっての言葉がある。
編集者からみたこの誌への「思い入れ」が書いてある。

「ひとり、荒野に立ち尽くす自分」とイメージしていたこと
小誌の役割も終わりつつあるのではないか-と思うに至っておりました。

 つながる言葉を読んでいるとジーンときてしまう。
でも思うのだ。
 ひとつの時代の終わりは、次なる時代のはじまりでもある。
 廃刊されるのは、雑誌という形態だけで、「こころざし」の終わりを意味しない。
▼ここで思わず真壁仁の『峠』を読みたくなった。

 みちはこたえない。 
 みちはかぎりなくさそうばかりだ。

なにがはじまっているのだろう。
まだ、私には見えてこない。
わかっていることは
 ひとつの雑誌の「時代」が終わったということ、そして何かがはじまっているということ。

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新「学習指導要領」を読む

▼水無月がはじまった。梅雨の季節だ、昨日はそれなりの天気だ。
今朝方は、寒いぐらいの気温だった。例によって「天気のツボ」から天気図をみてみる、この冷たい空気はどこからやってきたのか確かめてみる。なるほど、納得だ。今日の天気はいい天気になりそうだ。
今年度は、久しぶりに「天気の学習」の授業もやる。
 季節それぞれに、典型的な日に「天気」の学習が入れることできたらいいのにと構想だけはしてみる。
▼昨日は、久しぶりに病院にいった。糖尿病の薬がきれていたので、それをもらうために、診療してもらった。
少し血糖値があがっていたので、注意をしなければ・・・。(^_^;)
 病院で待ち時間が少しあったので、つん読であった『私塾のすすめ』を読んでみた。
 これで、梅田望夫の本は、『ウェブ進化論』以来、すべての本に目を通していることになる。
私には学ぶところが多い、この本でも、斎藤孝の方が、教育現場に近いところから発言しているのだが、
私には梅田の方が、
「未来の教育」に近い位置にいるように感じるのはどうしてだろう。
 ここで語られる「私塾」に、【理科の部屋】が重なる。これはあまりにも「我田引水」的読みだろうか。
まだ、最後まで読んでいない。
▼病院から帰って、部屋の整理をすこしだけすすめた。
中村敏弘先生から送ってもらっていた『まんさくの花通信112号』 を読んだ。
あいわらず面白い。「塩の道」の話も興味ある。
いちばん興味深かったのは、故高橋金三郎先生の50年前の「改訂学習指導要領」についてのメモである。
現場の教師たちが、改訂学習指導要領を受け止めか。それを金三郎先生がメモされているのだが、
いつも同じ驚きをもち、そのことに感動をしてしまうのだが
「えっ これ今回の改訂についてのものでは」と疑いたくなるほど今日的なのである。
▼そう言えば、今回の新「学習指導要領」まだ、ちゃんと読んでいない。
先ずは、ネットで読んでみた。
次は、どう受けとめたか、そしてどうするか。
少し、みんなで話し合いができるといいな。
50年前の金三郎先生のメモを読ませてもらいながら、そんなこと考えた。

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私の『全面教育学』とは

▼なんとも、なさけない。
通信状況がよくない。ながながと書いた文がどこかに行ってしまった。(/_;)
でも、連続しての書き込みこだわってみよう。
▼私には、うれしいことに「師」と呼べる人が何人かいる。
こちらの勝手な「思い入れ」「惚れ込み」の場合も多々ある。
そんな「師」のひとりが、庄司和晃先生である。
▼すごい人である。私らの足元にも及ばぬ数々の仕事をしてきた人である。
私にとって、とくに興味あるのは、理科教育と柳田國男を結びつけた人であるということである。
「仮説実験授業」の創始者のひとりであることでも知られている。
教育を、授業を等身大に語ってよいのだと教えてくれた人でもある。
▼私が『「常民の科学」を授業に』などと大風呂敷を広げていたときも、いちばんにエールを送ってくださり、『紅花を追って』というレポートを書いたときには、わざわざ電話をくださった。
 私など田舎者にとっては、雲の上の人に声をかけてもらったようなもの。感動ものであった。
▼庄司先生の書く文章、文体は独特である。
それも、大ファンになった要因のひとつである。その庄司先生が提唱する「全面教育学」が気になりだしてからもかなりの年月がたった。
  もうそろそろこの提唱を受けて、自分なりの【私の『全面教育学』】をまとめたい今日この頃である。
 大風呂敷の癖は、変わらぬものである。(^^;ゞポリポリ

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現場教師は「研究者」か。

▼朝は、久しぶりの雨。師走の雨、雨のせいもあるのか。少しあたたかい。
そして、一週間の「師走」の学校がはじまった。
▼「現場は忙しい」こんな言葉を何度自分でも吐いて来たことだろう。
確かにそうである。とりわけこの時期は忙しい。
そんな時期に考えることではないのかも知れないが、こんな自問が頭をよぎる。
「現場教師は、「研究者」だろうか」
この自問には、自答と願望が含まれている。
▼教育の最前線は、授業である。
日々の授業こそ、最大の学校行事である。
ならば、現場教師はこの「授業」の「研究者」でなければならない。
ところが、現実には「研究者」とはなかなか認められいない。
また、そんな環境にはおかれていないこともしばしばである。
当事者意識も、日常的にそこには至っていない。
私自身も、「研究者」というのは、大学の先生であったり、○○研究所等に属する人たちをイメージすることが多かった。
▼ところが、最近のネット環境の変化をみていると、ひょっとしたら「現場教師こそ、最前線の「研究者」となれるのではないか」と思うようになってきた。
 日々の授業を、メディアを駆使して報告しあう。そして、授業の【実践DB】を構築していく。
そうすることにより次なる新たな授業が創造されていく。
これが、単なる夢物語でない状況が整いつつあるのではないか。
そうなったとき、現場教師こそ、最前線の「研究者」になるのである。
▼忙しさ故の「妄想」話にしないために、自分に可能なことをやっていくしかない。

 


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情報は、発信するところに集まる

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▼昨日は、三連休の中日である。でも朝から、学校に出かけていった。校庭の植木を剪定をお願いしていたので、そのためである。剪定をしてもらいながら、校庭の樹木のこと教えてもらえたらと思っていたが、少ししか話ができなかった。校庭の南に佇立するメタセコイアが、みごとに色づき、冬の訪れを知らせてくれているようである。
サザンカも、次々と花ひらいてきている。
▼朝方に久しぶりに『私の【理科の部屋】活用法』を読んだ。何度読んだはずだが、いつ読んでも新鮮である。(自画自賛(^^;ゞポリポリ)
何度も「情報は、発信する」とフレーズが出てくる。
 当時の私たちの「合い言葉」でした。
▼そのフレーズを、他の著書でみつけた。今読んでいる『これからホームページをつくる研究者のために~ウェブから学術情報を発信する実践ガイド~』(2006.8.10)のP36にである。内容としては「今さら」という部分がないわけではないが、私たちが志向してきたことが、うまくまとめられていると思う。これからのWeb発信に役立ちそうだ。
コンテンツ面のマニュアル本になりそうである。
 ここでいう「研究者」とは、大学の教授たちを主に想定しているようである。これを、日々授業実践をしている「現場教師」と読み替えたとき、これはもう「新たな教育運動」の提言である。圧倒的多数の現場教師がいるのだから。【理科の部屋】と関係ある森山和道さんや本間善夫さんも登場するのもうれしい。
 今「年表・年譜」のところを見せてもらっているところである。スキルの面でもご指南ねがいたいところである。

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