『日本ヒガンバナ学会』は2才に!

Dscf1063▼昨日は、世間ではシルバーウィークの後半、私にはその中日である。定点Aのヒガンバナも、一挙に花茎をのばし、今日の「彼岸の中日」に間に合わせた。定点Bでは、盛りをすぎりぐらいの勢いだ。散歩コースだけではなかった。通勤路・校庭もそうだった。用件があったもので、学校で仕事をした。
 通勤路では、定点Bに勝るとも劣らぬ場所が何箇所もある。思わず車のスピードを落とす。その「名所」をつないでみると、ある共通点が見えてくる。そこには、川があるのである。
川が氾濫するたびに、その球根がながれついたのだろうか。田の畔に集中しているのは人為的なことも加わっているのだろうか。
▼それにしても、こうもうまく「お彼岸」に開花の照準をあわせてくるとは、何度考えても「ふしぎ!?」だ。今年の「初見」は、9月6日であった、それから2週間あまりで、きっちり満開である。私のまわりは、今、ヒガンバナだらけだ。
そして、今日23日は『日本ヒガンバナ学会』の誕生日。満2才を迎えた。
2007.9.23この未来派学会はスタートした。
▼日浦勇さんは、『自然観察入門』(日浦勇著 中公新書 1975.3.25)の「墓参りの生態学」(P139)のなかで「ヒガンバナをめぐって」(P153)を書き、ヒガンバナ研究について興味深い提案をしている。
 ヒガンバナ研究の面白さを語り、最後に自分の故郷(徳島)の「ツブロ団子」に触れ、こう提案する。

私が言いたいのは、ヒガンバナだけでなく、ダンゴムシやイヌガラシだけでなく、あらゆる自然物にたいして幅広い大衆の個人的体験が掘りおこされ、集積され、日本人の出目や生活の知恵が問い直されるべきだということ、そのためにいろんな職業や地方の人からアマチュア学者が輩出することが望まれるということである。(『自然観察入門』P156より)

 なんというすごい提言だ。それも、34年も前の…。
私たちは、今、この提言に少しは応えることができるネット環境にある。
そのひとつが、『日本ヒガンバナ学会』であるとおもっている。
▼この小さな試みは、ひょっとしたら未来の『学会』を予見するものになるかも知れない。と少しは大風呂敷をひろげてみておく。
 mixiに参加されていない人も、ぜひ一度のぞいみてください。
面白そうだったら、ぜひ私の小さな「ヒガンバナ」物語書き込んでみてください。
面白い展開がまっているかもしれないですよ。

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【Web更新9/21】「ヒガンバナ情報2009」更新

Dscf0844

秋風や こころコロコロ アラカシの
 09/09/17 (木) 撮影@安富

■楠田純一の【理科の部屋】09-38
週末定例更新のお知らせ
 今回の更新は、新しいシステムのなかで試みた。アクシデント以来、あたらにシステムの「つくり直し」をやっている。例によって私のことだから、一挙にすっきりとというわけにはいかない。
アクシデントで「蓄積」してきたものを喪失したかと思ったとき、痛切に思ったのは、「あちら側」に「蓄積」することの有効性である。この更新の意味もより重要になってくる。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ アラカシ
 少しずつ、ドングリくらべをしている。幾種類ものドングリの樹がある。それは、校庭の歴史を静かに語りかけてくれている。誇りの庭の歴史を少しずつ学んでみよう。

◆「ヒガンバナ情報2009」 更新
 ヒガンバナ情報こそ、私の情報発信の「原点」であり、そこにすべてのビジョンがあった。
情報発信の方法は変遷していくが、不易なものがある。それこそ、未来の「情報」「知」の在り方を教えてくれるもののはずだ。

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ヒガンバナの染色体が見たい。

Dscf0930▼今日は、お彼岸の入りである。今朝も昨日からの強い風が吹いている。昨日で大賀ハスは植え替えから25週がすぎた。「大賀ハス観察池」には薄氷も張るような日もあったのだから、それから考えると、季節がどんどんめぐっていたことを今更のごとく実感するのである。あの「あこがれの4日間」の残骸である果托は秋風にも耐えて凛と貯立する。それにしてもめぐる季節を植物たちは、どんなレセプターを使って感受しているのだろう。そんな不思議が頭をもたげてくる。
Dscf0935▼ヒガンバナだって、そうだ。今日から彼岸だということをどのようにして知ったのだろう。この情報をどのようにして読みとったのだろう。これまで、まったく気配すら感じなかったか場所にも、花茎が伸びてきている。
まるで、カレンダーをきっちり持っていて、スケジュールをたてていたように。これはみごととしかいいのない。
毎年毎年、気候は変わっているだろうに、それをも読みとって対応しながら微調整をしていく。こんなプログラムはどこに持っているのだろう。
 そのプログラムをしまいこんでいるのが染色体らしい。
そして、そのヒガンバナの染色体はとても大きいらしい。(『ヒガンバナの博物誌』による)
栗田子郎先生もこのヒガンバナの染色体との出会いが、感動的なものであったと語られている。
ならば、ぜひとも私も、この目でヒガンバナの染色体をみてみたい。
そんな願いが、生まれてきた。いつの日かぜひぜひ……。

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日本のヒガンバナはすべてクローン!?

Dscf0873▼定点観測地のヒガンバナをはじめとして、彼岸の入りを前にして、一斉に花茎をのばしてきた。ものすごいエネルギーである。「あれよ、あれよ!!」という間のできごとである。
 もともとの私のヒガンバナの「ふしぎ!?」はここにあった。
このエネルギーはどこからやってくるのか。それは、一年をかけたヒガンバナのみごとな「戦略」にあった。そのみごとさは、「植物の生活」の有力な教材化への可能性をもっている。
それは、繰り返し語ってきたところである。
Dscf0882▼ヒガンバナには、さらに興味ぶかい「ふしぎ!?」がある。それは、どのようにして増えるのか。ということについてである。みごとな燃え立つような花、日本の人里を一斉に飾る花。
ところが、この花が不稔性であるというのだ。つまり種子をつくらないというのだ。
日本のヒガンバナは3倍体だという。ということは、減数分裂をしての有性生殖が不可能ということを意味する。
つまり、
日本のヒガンバナは、すべてクローン
ということだ。
定点観測地のヒガンバナも、校庭のヒガンバナも、ネットを介してみせてもらっている全国各地のヒガンバナも元をたどっていけば、同じところにたどりつくはず。
 なんという不思議だ。この「ふしぎ!?」を置き去りにすることなんてできない。

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『ヒガンバナの博物誌』の再生読み

Dscf0849▼事は9月12日の朝に起こったのだった。とんだアクシデント、大失敗であった。
まだ一週間と経過していない。そのときに思ったこと。
◎「データのバックアップの重要性」
◎「こちらでなく(自分のパソコン)、あちらに(サーバー)に蓄積することの有効性」
◎「修復」でなく「再生」(作り直し)を

今考えてみると、最大のピンチは、最高のチャンスとなったようだ。
私の言う「再生」作業をすすめている。壊れてしまったシステムのなかから、有用なものだけを拾い上げて、また新しいシステムをつくるのだ。それは、まるで何も食べない環境のなかで「作り直し」を261日間も繰り返してみせてくれたコウガイビルのように…
▼ひょっとしたら、脳内の細胞のシステムもこのようなことを繰り返しているのではと思いだした。
いちど壊してしまって、有用な「情報」をつなぎ合わせる。そして、それはまったく「新しいもの」のような姿を整えながら…。本を読むという作業もそんなところがあるのかも知れない。
名著『ヒガンバナの博物誌』をはじめて読んだのは、この本が発刊されてすぐだっただろう。
その年のヒガンバナオフ(巾着田オフ)には、もって来ていた人がいたと記憶するから…。
もうそれから、11年が経過している。なんと今では著者自身とネットを介して話ができるまでになった。
ありがたいかぎりだ。
▼何度か読んだつもりになっているこの著を、いま読み返している。
部分的にいったら、毎年繰り返し読んできた。そのつもりであった。
「これまで」を壊して「再生」読みをしてみると、ずいぶんと、「発見」あるもんだ。
「あれ?ほんとにこんなこと書いてあったかな」と思ってしまうのだ。今は、「染色体」「遺伝」などに注目して読んでいる。このあとの授業に関連して…。
やっぱり面白い。さすが名著だ!
▼誰も抱く「ふしぎ!?」に応えながら、いつのまにかヒガンバナの魅力をぞんぶんに語っている。
まさに「新しい博物学」とは、こんなものを言うのだろうという世界を展開してくれている。
もっと、ありがたいことがある。それは、ほぼ完全なかたちで「あちら」にも蓄積されていて、いつでもWebでみることができるということだ。
◆『ヒガンバナの民俗・文化誌』
◆『ヒガンバナ属と呼ばれる植物』

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定点観測地のヒガンバナも

Dscf0794▼昨日16日の朝、ついに例年の定点観測地Aにもヒガンバナの花茎の芽が確認できた。この地はずいぶんと古くから観察をつづけている。家を出るとすぐの門先にある。外に出ればいつでも見れる位置にある。
いったいどうやっていつここへやってきたかは、不明である。
 「観察」、「観測」といっても、なにか特別のことをやるわけではない。一日一度だけデジカメを向けるというだけである。
▼連続して、毎日観測した記録で古いのは、10年前の1999年の「50日間連続した画像記録」がある。この時で、9月11日にスタートしているので、そのときより5日遅いことになる。
このときも、きっちりとお彼岸の中日には開花させている。
あれから、10年経った今年はどうなるだろう。どう展開してくれるか楽しみである。
かなり「浮き株」も出てきて老齢化していることは確かだ。環境的にもずいぶん変化してきている。

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校庭のヒガンバナは

Dscf0755▼昨日は、朝から雨だった。その雨とヒガンバナには、深い関係がありそうだ。しかし、それを詳しくは知らない。
定例の朝の散歩は、いつもと同じコースだ。その散歩の終わり近くになって私は、それをみつけた。
校庭のヒガンバナだ!
 昨年から、少なくとも三か所でみつけている。
 そのひとつは、校門近くだ、門柱のすぐそばだ。おそらく一株だけだろう。
まだ、花茎は芽をだしたばかりである。一昨日は気付かなかったのに・・・。
どうして、ここへやってきたのだろう。グランドの土と一緒にここへやってきたかのだろうか。
松江先生の「32年間で1球が926球に分球する」という研究からすると、そんな年月は経ていないような気もする。
意図して、誰かが校庭に持ち込んだのか。
自然の作用によるものなのか。それを推理だけでもけっこうおもしろい。
▼散歩の後、職員室の自席にすわって、窓の外をみた。そこからも、見える位置二か所、北側と南側にヒガンバナの株があるのだ。いずれも土手である。なんと、贅沢な場所だ。
Dscf0769昨日みつけたのは、北側の土手、桜の木の下である。そこに、数株ある。
坂道の土手だけに、そこへは流れてきた可能性が高い。
道路工事と関係あるかもしれない。ここも、同程度に花茎を伸ばしていた。
 けっこう注意深くみていたつもりだが、ひとつを発見してみる観察とはちょっとちがうようだ。
いまのところ、この二か所だ。さあ、今年は何箇所まで校庭でみつけることができるだろう。
▼「校庭のヒガンバナ」に注目するのはいくつかの興味ぶかいところがあるからだ。
・校庭というところで、すぐさま「教材」になりやすい。すぐに一緒に観察ができる。
・葉の季節になっても、「この通り」とすぐ観察できる。年間を通しての観察ができる。
・フィールドを限定することで、そのヒガンバナのルーツをさぐることができる。
・その「ヒガンバナ物語」がつくれる可能性がある。
まだ、まだありそうだ。
学校でも「定点観測地」をつくって、観察をつづけていきたい。

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今年もヒガンバナを追う

Dscf0717▼気が付いたら、やっぱり今年も「ヒガンバナ」を追っていた。散歩でも、車にのっていても、どこにあっても目がヒガンバナを追っている。
・いつ開花するだろう
・この球根はどこからやってきたのだろう
・誰が、いやなにがそこへ運んだのだろう
それを考えながら、ヒガンバナを見ていると、そのヒガンバナの「歴史」を追いたくなる。
それができるのも、日本のヒガンバナが「種子」をつくらないからだ。
Dscf0734▼ヒガンバナを追っていると、いろんなことが付随して見えてきたりする。
それもまたおもしろいのである。
仕事で、南北に長い校区を車で往復する機会が昨日あった。
北の端にいったとき、ずっと気になっていた「あれ」を見た。すごかった。
「あれ」とは、「表紙画像集2009」にも、校庭の樹木シリーズの番外編としてあげた。
ヤマボウシである。
たくさんの花をつけている姿もすばらしかった。樹木の花で、この花が文句なしにいちばん好きだ。
やさしいクリーミィな白、そして中央に緑。なんとも表現しがたいような自然そのものの美しさをもつ花だ。
その花の「その後」がずっと気になっていた。
今度行ったときは見よう見ようと思いながら、昨日になってしまった。
見事だった!
花もすばらしかったが、この鈴なりの実もすばらしい。
花ができて実がなる。当たり前のことだが、これにもまた感動してしまう。
花と実もセットにして、やっぱりいちばんの「お気に入り」にしておこう。

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ヒガンバナの季節に!

Dscf0525▼今年もこの季節がめぐってきた。ヒガンバナだ、草むらからスルスルと花茎をのばし、気が付けばみごとな赤く燃え立つ松明の行列。そんな季節がやってきた。
 例年、この時期には注意深く、花茎の芽が出てくる、その時を見逃さないようにチェックしているつもりだが、ついつい見逃してしまう。それぐらい、またたく間のできごとなんだ。
▼今年の初見は、9月6日(日)の朝の散歩だった。いつもの初見の場所ではなく、今年の夏の豪雨のときに、水に浸かっていた畦だった。そして、7日の朝には定点観測地Bの地点でみつけた。
 もうすでに、花茎はのびて、その先にトンボが休んでいた。この畦が真っ赤にそまるのは、もうすぐだろう。
 もう意識的にこの観察をはじめて、どのぐらいになるのだろう。
▼「ヒガンバナ情報」として、Web発信をし始めてからでもだいぶん年月が経つ。1998年の春が最初だったろうか。そうすると、今年で11年目ということになる。今年も「ヒガンバナ情報2009」はすでにたちあげている。
その方の準備はOKだ!!
 ヒガンバナに関して特化したコミュニティ「日本ヒガンバナ学会」も、3年目の展開になる。今年はどんな展開があるのだろうと楽しみである。
▼たかがヒガンバナ、されどヒガンバナ。
こうしてみると、私にとってはヒガンバナは特別の意味をもった植物である。
「熊楠」流に言うなら、ここに私の「萃点」があると言える。

『諸事理の萃点ゆえ、それをとると、いろいろの理を見だすに易くしてはやい。』

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【ヒガンバナ情報】11年の歩み

Dscf9551▼昨日15日は、大賀ハス植え替えからちょうど20週が経った日だった。天気は朝方晴れてはいたが、何度かにわか雨もふったりした。風はいつのまにやら、涼しくなってしまっていた。例の大賀ハスの花托は大きくなってきている。長径は5.5㎝にまでなっている。葉茎はどんどんたくさんのびて、「観察鉢」は、大賀ハスのジャングルのようになっている。なかには、もう枯れてしまったものもある。大賀ハスの夏も過ぎようとしているのであろうか。
Dscf9556 夕方、この大賀ハスの花托を前にして、あの「あこがれの4日間」を中心として、私の「大賀ハス物語」をある人に夢中で話す、私がいた。
▼花の「ものがたり」と言えば、私には、もうひとつ「こだわり」の物語がある。
「ヒガンバナ」である。ヒガンバナにこだわりはじめてからもずいぶんと年月がたつ、いつのころからという定かな記憶がない。理科の教師をはじめてすぐのころからだろうか。そうすると、もう30年以上だ。
  田んぼの畦の赤い松明の行列を見ながら、いつかは「ヒガンバナ一生」をスライドにして授業をやろうと決意したのは、うんとうんと昔だった。
▼【理科の部屋】(93.11,23)がスタートしてからでも、毎年よく話題にしてきた。98年には自分でホームページなるものをはじめて、最初に画像も含めての情報交換したのは「ヒガンバナ」だった。
 そこからは、今も簡単にふりかえることができるので、各年の【ヒガンバナ情報】を見てみた。

◆1998年
 この年は、Web発信をはじめた年。【春~初夏】情報編と【秋】編の二つのページたちあげている。
春には、ヒガンバナの葉っぱ生い茂る様子の画像情報を交換している。はじめたばかりだったから面白かった。こんなことができるのかと。
 秋になると、白い彼岸花や、黄色い彼岸花のことを話題としている。そして、巾着田で、伝説の彼岸花オフとなるわけである。
◆1999年 この年、私は定点観測地をきめて「50日観察日誌」をあげている。半田、明日香での彼岸花オフも行われている。橋本さんは、故松江幸雄先生からいただいたプミラ(コヒガンバナ)を自宅で育てておられる。
◆2000年 各地のヒガンバナ情報とリンクが進んできている。私は、この年「ヒガンバナ写真展」でかけた。
◆2001年
 私の最初の情報交換相手である筒井さんが「明日香ヒガンバナ紀行」を書いておられる。小田さんからも「ヒガンバナ情報」が届いた。
◆2002年
 阪本さんからの衝撃の画像「結実か!?」が送られてきたのがこの年だった。
 一挙に種子のことが話題になりかけたのは、この年ぐらいからだろうか。コウノトリ市民研究所では、ヒガンバナ調査がはじまったのもこの年から。また全国から多様な「ヒガンバナ情報」が集まりはじめている。
◆2003年
 四国の蜂蜜さん、和歌山の阪本さんから、結実をめぐっての「ヒガンバナ情報」が次々とおくられてきた。
また、『ヒガンバナの博物誌』の著者であり、ヒガンバナ研究の第一人者、栗田子郎先生との交流がはじまった年でもあった。
◆2004年
 種子・結実の情報がつづく。阪本さんも蜂蜜さんも、実験観察をグレードアップしていかれた。
 キツネノカミソリ、ナツズイセンも含めて話題となってきた。
 栗田先生の「今日のリコリス・ガーデン」のページもたちあがった。すごかった。!!
◆2005年
 この年のヒガンバナ情報は1月から12月まで、一年間通してずっと続いている。種子が話題になることが多くなってくるなか、ついに私も「種子」をみつけている。
 なかでも感動したのは、この年本多先生から送られてきた「種子発芽!!」の画像であった。
 下関の寺田先生の「一年間観察してみよう」のページもとても興味深いものだった。
◆2006年
 蜂蜜さんの「ヒガンバナの記憶」の画像は斬新でした。岡山の谷本先生のライブカメラでの観察というのが興味ぶかかった。そして、私は、この年から【定点観測日誌】をこのblogでやってみた。
◆2007年 この年、ついにヒガンバナをめぐって時空を超えて学び合う会【日本ヒガンバナ学会】がmixiに発足(2007.9.23) これまでヒガンバナ情報で交流のあった方々が参加してくださった。
◆2008年
 【日本ビカンバナ学会】、このblog、【理科の部屋】4@folomy等で情報交換がつづいた。
ヒガンバナの味方についてくれた南方熊楠のところにもでかけていった。
 blogでの展開を、このページに貼り付けた。

▼こうしてざっとふりかえってみても、どれほど多くの人との出会いがあっただろうと、しばし感慨にふける。
「ヒガンバナ」を通しての多くの人との出会いは、ヒューマンネットワークのすばらしさと楽しさを教えてくれた。ずいぶんと失礼なこともいっぱいやっている。せっかくいただいた情報をそのままにしていることもいっぱいある。
 それは、私の拙さ故とお許しいただきたい。
 さあ、それはさておき、また今年も、あのヒガンバナの花茎がスルスルとのびて、実りの田の畦に「燃え立つ松明行列」をつくる日が近い。今年は、どんな展開があるだろう。どんな「発見」があるだろうと…
◆ヒガンバナ情報2009
 もたちあげてみた。楽しみである。
 
  
 
 

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