Twitterはじめて4,401日目に思うこと!! #コウガイビル #Twitter #Twitter的

Dscn8829

55号コウガイビルの姿はどこにもなかった!!
 ナイロン袋には少し黄色くにごった水があるのみだった!!

 悲劇は、10月になってもなお連日つづく夏日・真夏日のなかで起こった。
 前回の観察のときは、まちがいなく生きていた。「大失敗」をやらかしたと思ったが、後日確認したら、その後も生きていた。
 悲劇はきっと10/06前後に起きた!!
 事情あって、しばし冷蔵庫の外にいたのだ。コウガイビルは「暑さ」が苦手だった。
 あのダーウィンも観察したとおりになるのだった。

プラナリア類を飼うのは極めてむずかしい。生活現象が終われば、一般に見る天然の変化の法則がここにも働いて、体は全体に柔らかくなり、液化する。そのはやさは、他に比べるものもないほどである。(「ピーグル号航海記 上」チャールズ・ダーウィン著(岩波文庫)P54より)

▼この「ふしぎ!?」のかたまりのような生きもの=コウガイビルにはじめて出会ったのは、2008.11.14である。
 それからまもなく13年である。
 コウガイビルにはじめて出会った翌年の2009.09.23!!
 ひょんなことがきっかけになってTwitterと出会ってはじめた。
 本日(2021/10/10)は、それから4,401日目であると、twilogが教えてくれた。
 はじめてからほぼ100日ごとに

●「Twitterはじめて○○日目に思うこと!!」

 の「記録」を残していた!!
 読み返してみると、その当時に何に夢中になっていたかがわかって面白い。


▼そのなかでいつも語ってきた「Twitter的」!!
 今回もやっぱり語っておこう。

 「Twitter的」とは
 6つのキーワード・概念からなる。

 Twitter的=
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」
「アクティブ」

 もちろん「Twitter的」はTwitterのみを意味しない!!
 少し大げさに言えば
 ネット世界における私の「流儀」「作法」である。
 いや、それを超えて、これが私の「哲学」であり「生き方」である!!


▼自分でも驚いてしまう!!
 ここ10数年、ほぼ同じことをポンコツの「繰り言」のように繰り返し唱えているのである。
 さて、次なるTwitter的の矛先はどこにむかうだろうか!?
 それは私にもわからないのだ。

 次の100日後までには、57号コウガイビルに出会えているだろうか!? 

| | コメント (0)

Twitterはじめて4,300日目に思うこと!! #大賀ハス #Twitter #Twitter的

_dsc5204

▼大賀ハス第1号「あこがれの4日間」の第四日目は、第2号の第一日目と重なってしまった。
 第2号の蕾は、「水栽培池」ではなく、正式に蓮根の植え替えをした「大賀ハス観察池」の方にあった。
 ついついこちらの観察に夢中になってしまった。
 うれしいことは重なるのものだ。「大賀ハス観察池」の方に二つ目、三つ目の「花芽」が顔を出してきた。

 第1号の第四日目、確かに幾枚かの花びら、雄しべは落ちてきた!!
 ところが全てではなかった。
 あの雨で「開閉システム」に不具合を起こしてしまったのだろうか!?

_dsc5068

_dsc5243

_dsc5264

▼twilogが教えてくれた。
 本日(2021/07/01)でTwitterはじめて4,300日目であると!!
 はじめたのは2009/09/23からだ。
 それは、自分で育てた大賀ハスの花がはじめて咲いたのと、どちらがはやかったのだろう?
 さがしてみた!!

●【Web更新8/2】09-31大賀ハスが咲いた。(2009/08/02)

 どうやら同じ年だ。
 大賀ハスの方が50日ほどはやいようだ。
 いずれにしても、大賀ハスもTwitterも 思えば遠くへきたもんだ!!

▼100日ごとに書き込むこの定番の「記録」。
 そのなかでいつも語ってきた「Twitter的」!!
 今回もやっぱり語っておこう。

 「Twitter的」とは
 6つのキーワード・概念からなる。

 Twitter的=
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」
「アクティブ」

 もちろん「Twitter的」はTwitterのみを意味しない!!
 少し大げさに言えば
 ネット世界における私の「流儀」「作法」である。
 いや、それを超えて、これが私の「哲学」であり「生き方」である!!

▼ちょっとそこまで大げさに言うと、自分でも恥ずかしくなってくるが (^^ゞポリポリ
 つまらないポンコツの繰り言だ!!

 100日後も同じ繰り言を繰り返しているだろうか。

 大賀ハスの次は何に Twitter的!!
 それは自分にもわからない。

| | コメント (0)

授業【実践DB】は可能か!? #授業 #実践DB #ネットワークと教育 #森山和道 #情報整理学

_dsc8151

▼「袋ファイル」からはじめて「Webページ」という方法まで、情報整理について個人的体験を交えながら急ぎ足で語ってみた。
 今、あらためて思う。
 その究極のねらいとは何だったのだろう!?
 と。

▼そのひとつが、授業【実践DB】の構築であると思っている。
 個人的なものとしては、2016年に次のようなものをまとめてみた。

私の「ふしぎ!?」からはじめて「卒業論文」にいたるまでの中学校3年間「理科」全課程を構想する!!
新・中学校「理科」を構想する(2016年版)

 もちろん、完成されたものではない。
 特にすぐれた実践というわけではない。むしろ「失敗」の連続で、悪戦苦闘の「記録」である。
 今、読み返せば「こうやっておけばよかったのに」と思うことばっかりある。
 しかし…
 今もあらたなこと学びはじめるときには、この授業【実践DB】を参照するようにしている。

▼ところで、インターネット時代がはじまった四半世紀以上前、ひとつの衝撃な文章に出会った!!
 衝撃的であると同時にきわめて示唆的であった。
 著者の森山和道さんに直接お願いして、今なおWebページにリンクさせてもらっている。

●「ネットワークと教育」(森山和道)

 教育現場のネットワーク環境は大きく変わった。
 しかし、今日においてもやはり有効な提言がいっぱいある。
 とりわけ、最後の一文は 今なお示唆的でアル!!

そういう風に考えていくと、別に教育現場にコンピュータ・ネットワークなんか必要ないんじゃないか──そんな風に思えてくるかもしれない。しかし、それは違う。各人が全く違う目的で蓄積したデータベースや、全く違う目的のために造られたネットワークがシームレスに繋がっていくのが「ネットワーク時代」である。全く違う知識・思考方を、全世界規模で共有することができるのだ。

例えば、それぞれの教師が自分の授業ノート・データベースを構築し、公開する。それは巨大な授業のデータベースとなるだろう。それだけで、全く違う授業が生まれるかもしれない。


▼森山さんの提言から四半世紀以上経った!!

 今、授業【実践DB】はどこまで進んでいるのだろう!?

・そもそも、授業【実践DB】は可能か!?
・ネット環境の変化によるあらたな課題は!?
・ひょっとしたら、もう実現してしまっているのかも知れない!?

 しばし、考えてみたい。

 東の畑のジャガイモ(男爵)の花が咲き始めた。
 ひょっとしたら「実」が と思うと摘んでしまうことをためらうのであった。
 
 
 

| | コメント (0)

「Webページ」という方法!! #ホームページ #Webページ

Dscn8689

▼日本で最初のホームページがつくられたのは1992年だ。

●1992年9月30日 「日本最初のホームページ」

 それから3年経って、インターネット版【理科の部屋】がはじまった。

●1995年8月31日 インターネット版【理科の部屋】開設!!

 実に面白い展開であった。多くの人が自分のホームページをつくりはじめた。
 私も多くの人にお世話になり、教えてもらいながら自分のホームページをつくった。

●1998年4月25日 楠田 純一の【理科の部屋】 スタート!!

▼ホームページ(Webページ)づくりに夢中になった。
 開設から4年ほどたったときには、その面白さを伝えたくてこんなページまでつくっていた。

●理科教師のためのHPづくり講座

 また、そのころ夢中になっていたものに「私の【100人リンク集】」がある。

●私の【100人リンク集】

 もうそれから20年以上の年月が経っている。
 ほとんどが「リンク切れ」状態にある。しかし、当時のヒューマンネットワークの「記録」として残している。

▼さて、私のWebページのその後であるが、なんと当時の「かたち」を保存したまま今日まで週一回の週末定例更新を繰り返しているのである。
 週末定例更新では

・表紙画像の更新
・表紙画像にちなんだ一句を詠む
・その一週間に発信したblogを関連ページにリンク 
・Webページ更新
等々 

 この作業を飽きもせず繰り返している。
 唯一のコンセプトは、「誰でもできることを 誰もやらないほど継続する!!」だけだ。

▼この「Webページ」とい方法は、多様な取り組みを加速してくれた。
 blog発信・SNS発信が「流れる」情報なのに対して、Webページは「蓄積」する情報をカバーしてくれた。

 また、特化したWebページでは、独立した展開も可能性が出てきた。
 たとえば

●オンライン「寅の日」
 
 である。

 それぞれのWebページ内の「整理」をすすめる必要性等の課題も多い。
 さらに自分自身が利用しやすい個人【DB】をめざして!!

 一週間前にまいた「子規庵の糸瓜」の種子が発芽した!!
 まかぬタネは生えない!!

(つづく)

| | コメント (0)

「ブログ(blog)」という方法!! #ファラデーの日記 #blog #理科教師日記 #情報整理学

Dscn0109_20210513051501

▼ある科学者の日記が、大いなるヒントをくれた。
ある科学者とは、あのファラデーである。
 「ファラデーの日記」について、島尾永康氏は『ファラデー 王立研究所と孤独な科学者』(島尾 永康著 岩波書店 2000.3.14)のなかで、次のように語られていた。

 筆まめなファラデーは克明な日記も残している。それは普通の日記でなく、毎日の実験と観察の記録である。さまざまな思考や試みをこれほど詳細に書きのこした科学者はケプラー以外はいない。ファラデーは生前これを六巻に製本していた。その原本は四つ折り版、二冊、二つ折り版、八冊で、合計十冊で、びっしりと書き込まれた四〇〇〇ページにも及ぶ膨大なものである。余白には、無数の実験の図が描かれており、工夫に工夫を凝らしたファラデーの姿をみることができる。四つ折り版は、一八二〇年九月から一八三三年まで、二つ折り版は一八二八年から一八六二年まで、最初の記録からいえば四二年間にわたる。これだけ長期間にわたる、これだけ膨大な研究日記は科学史でも例がない。これらは『ファラデーの日記』七巻(一九三二~三六年)として出版された。(同書 P125より)

 さらにヒントとなることとして、次のように語られていた。

  注目に値するのは、研究記録の各パラグラフに通し番号をつけていることである。(中略) 目次もパラグラフ番号で探すようにしてある。ファラデーは生涯を通じて記憶力のなさを嘆いていた。自分の研究のパラグラフに通し番号をつけた動機はそのためかも知れない。確かに通し番号は、いつでも自分の研究を参照できる強力な手段となったことだろう。しかし、三十年も、これを通した徹底ぶりには、妄執的なものさえ感じられる。(同書P126より)

 これぞまさに「検索」のはじまりである!!

▼「Weblog」(ウェブログ)を略して「blog」(ブログ)!!
 「log」の元々の意味は、「丸太」あのログハウスのログだ。
 また「航海日誌(日記)」という意味もあるという。今は後者である。Webの世界を「航海」する「日誌(日記・記録)」である。

 私が人のススメもあってblogをはじめたのは、2004.11.21である。

●私の【理科教師日記】

 最初は、ブームにのって「どんなものか自分でも試してみたい」ぐらいの意識だった。
 だがあるとき、気づいた!!

 Web上に「記録」するということは、いつでも「検索」をかけることができるということだ!!

 と。

▼「ファラデーの日記」にはとても及ばないが、私は無性にファラデーの真似がしたくなった!!
 私はいつしかblogにすべてを「記録」するようになった。

・授業実践の記録
・授業研究の過程
・教材のこと
・私自身の自由研究
・ヒガンバナ研究
・自然観察の記録
・Webテキスト
・読んだ本の記録→【お薦め本】
・旅の記録
・オンライン「寅の日」
・日常のつぶやき
等々 すべてを!!

▼2007年11月24日以降、13年以上毎日「一日一エントリーの更新」を原則として今日まで継続してきている。
 「記録」された情報(ガラクタ情報も含めて)は多種多様で膨大なものとなった。
 しかし、
 アリガタイことに、ファラデーのようにあらためてパラグラフごとに通し番号をつけなくなくても、Web上にあるかぎり瞬時に「検索」が可能だった。 


 またしても『知的生産の技術』(梅棹忠夫著 岩波新書)の梅棹氏のコトバを借りれば

 ・「自分」というものは、時間とともに、たちまち「他人」になってしまうものである。
 ・日記というものは、時間を異にした「自分」という「他人」との文通である。

 「これから」もずっと、私の【理科教師日記】にもっともよくアクセスし、利用する愛読者は私自身なのかもしれない!!

 「おすそ分け」してもらった木苺が、今年はみごとに熟しはじめた!!

(つづく)

| | コメント (0)

「システム手帳」という方法!! #知的生産の技術 #京大型カード #システム手帳 #リフィル #情報整理学

Dscn0028

▼そもそものはじまりは『知的生産の技術』(梅棹忠夫著 岩波新書)の「京大型カード」にあった。

・「京大型カード」(1)
・「京大型カード」(2)

 授業計画、1時間の授業、実験・観察 等々をすべて「カード」に書き込んでいた。

▼「袋ファイル」を使い始めたころ、同時に「システム手帳」というアイテムも使いはじめた。
 「カード」は、「システム手帳」の「リフィル」にシフトしていった。
 最初から使っていたサイズは、バイブル版だった。
 自分専用のリフィル作成を試みたこともある。すべての「情報」をそこに詰め込もうとした。
 別のサイズの用紙も縮小・拡大して「リフィル」にしようとした。そのときの資料が今も残っていた。

Dscn0091

▼時は流れて、時代はWebの時代となった。
 しかし、私はまだ旧態依然とスケジュール管理はこの「システム手帳」でやっていた。
・週間ダイヤリー
・月間ダイヤリー
・年間計画表
・月間テーマ 等々

 なんでもゆっくりな私には、このアナログの方がぴったり来るのだった。

▼「カード」時代から引き続いてやってきたことを、いまいちど見直し、吟味をすすめたい。
 カード・リフィルの断捨離!!
 
 ・スケジュール管理
 ・自然観察日記
 ・オンライン「寅の日」計画
 ・情報発信計画
 等々

 「断捨離」作業を「これから」のクリエイティブな営みにどのようにツナゲルかが、私の当面の課題だ。

(つづく)

Dscn0079

Dscn0049_20210512052201

 
 

| | コメント (0)

「袋ファイル」という方法!! #袋ファイル #山根式 #情報整理学

Dscn9893

Dscn9863

▼うす汚れた「袋ファイル作成定規」には
「第1号 90.12.06 作」の日付が記してあった!!

第1号とあるから、第2号、第3号があるかというとそれはなかった。
第1号は30年以上たった今も「現役」だった。
『スーパー書斎の仕事術』(山根一眞著 ビジネスアスキー 1986.1.10)で提案されたこの「袋ファイル」は、山根式「袋ファイル」と呼ばれていた。
 この定規の使い、角2封筒に切り込みにそって線を引き、封筒上部をカットしてしまうのである。これで自家製「袋ファイル」の完成である。

Dscn9902_20210509041501

▼「袋ファイル」を使った個人データーベースの構築は、当時の私には画期的に思えた。
 長く長く使い続けることになる。
 20年ほど前に書いた「整理学」についての文章では、こう語っていた。

●学年末の「整理学」~パソコン・システム手帳・袋ファイルを連動させて~

・F(袋ファイル):ひところブームになった袋ファイルであるが、私は今も初
          期の「山根式」を使っている。どんどんこれに書類をほりこ
          んでいくのである。
         メンテナンスだけは、怠ることのないようにしたいものであ
         る。時系列で、どんどん更新していく必要がある。


▼「進歩がない」と言うか、「旧態依然」というか、私はいまだにこの山根式「袋ファイル」に固執していた。
 足元のBOX、本棚、ケース等々に「袋ファイル」があふれていた。
 メンテナンス・更新を心がけてきたつもりだが、ついつい…(^^ゞポリポリ
 
 「店じまい」に向けての断捨離!!
 というなら、この「袋ファイル」の断捨離からはじめる必要があるだろう。

▼「断捨離」作業をすすめながら、あらたな情報発信をする手段はないものだろうか!?
 そんなことを考える今日この頃である。

(つづく)

Dscn9830

Dscn9839

Dscn9849

| | コメント (2)

新年の抱負2021 !! #2021年

_dsc7409

去年今年ひらけくるみちさそふかな @福崎

 

 あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いします。 <(_ _)>  2021.01.01

 

▼2021年「新年の抱負」もコトバにしておきます。

(1)「記録」する!!

(2)「整理」する!!

(3)「発信」する!!

(4) 捨てる!!

(5) 詠む!!

 

▼今年の3月で、自らを「サイエンスコミュニケーター」と名のりはじめてから10年が経つ。
 節目の年になることは確かだ。
 
 ゆっくり ゆっくり 急ぎたい!!  

 

 

| | コメント (0)

【私の撮った写真・ベスト5】2020!!

▼これまた恒例としてきた【私の撮った写真・ベスト○○】をあげる。
 いつでもどこでもカメラを持ち歩くようにしている。
 そんな生活をしだしてからでもずいぶん経つ。でもいっこうにそのスキルは向上しない!!
 それでもカメラを持ち歩くのは寅彦の次のコトバをかたく信じているからである。

 しかし写真をとろうという気で町を歩いていると、今までは少しも気のつかずにいたいろいろの現象や事実が急に目に立って見えて来る。つまり写真機を持って歩くのは、生来持ち合わせている二つの目のほかに、もう一つ別な新しい目を持って歩くということになるのである。(寺田寅彦「カメラをさげて」(青空文庫より)

 

 さて、2020年も「下手な鉄砲も」方式で撮りまくった写真も膨大なものとなった。
 「巣籠もり」生活が長かったから、少なめかとおもったがそんなこともなかった。
 「ベスト○○」で厳選する作業もたいへんなことになりそうなので、今年は「思いつきのベスト5」としておく。

 

【その1】<2020.1.6 10:55> 「金星過日測檢之處」(金星台)ここにも確かにマッチの祖・清水誠の名前があった!!

 

Dscn7541_20201230040001

 

 

【その2】<2020.3.20 17:54>ひとり吟行の距離延長を象徴するような夕焼けスポット!!

 

Dscn6167_20201230040101

 

 

【その3】<2020.12.10>530個のヒガンバナの種子を用いた実生実験。51個が「出葉」までこぎつけた!!

 

Dscn1000_20201230040501

 

 

【その4】<2020.10.21 16:31>ひょっとしたらあの「ケルヴィン・ヘルムホルツ不安定波の雲」!?

 

Dscn9692_20201230040601

 

 

【その5】<2020.12.17>「地球照」と「木星」「土星」のコラボ!!

 

20201217tikyushomokudos

 

 

【次点】<2020.4.23 17:41>麦畑に虹が!!

 

Dscn9129_20201230040701

 

 

 さあ!!
 2021年はどんな景と出会えるかな!?

 

| | コメント (0)

【私の重大ニュース 2020】(3) #2020年


Dscn4450

「ものごとは、記憶せずに記録する。」
と言ったのは、『知的生産の技術』のウメサオタダオだ。

 さあ!!2020年もあらんかぎりの「記録」を続けよう。

【私の重大ニュース 2020】
【その7】530個のヒガンバナの種子を使っての実生実験をはじめた!!

 ちょっと大げさに言えば、日本のヒガンバナ研究はここから変わるかも知れない!!
 その顛末の一部始終は、未整理のままであるが【ヒガンバナ情報2020】に「記録」した。
・暫定発芽率140/530個×100= 26.4% !! 
・暫定出葉率51/140個×100= 36.4% !!
 530個の種子全体から見ても
 暫定出葉率51/530個×100= 9.6% !!

●2020年・【ヒガンバナ情報2020】はどこまで!?(1) #2020年 #日本ヒガンバナ学会 #ヒガンバナの種子 #実生実験 #発芽率

●2020年・【ヒガンバナ情報2020】はどこまで!?(2) #2020年 #日本ヒガンバナ学会 #ヒガンバナの種子 #実生実験 #出葉率 #作業仮説


【その8】「虹色コーン」「子規庵の糸瓜」「紅花」などを育てた!!

 「巣籠もり」暮らしのなかでいくつかの思い入れの植物を育てた。

●虹色コーンを収穫する!! (2020/08/25)#虹色コーン

●子規庵の糸瓜(2年目)をついに収穫した!!(2020/11/24) #子規庵 #糸瓜

●最上紅花が咲き始めた!! #最上紅花 #末摘花 #紅花染め #おもひでぽろぽろ


【その9】マッチの祖・清水誠を神戸に追った!!

 「巣籠もり」暮らしに入る前に「動いた」唯一のあしあと。

●マッチの祖・清水誠を追う!!(2)~神戸編(その1)~ #マッチ #燐寸 #清水誠
●マッチの祖・清水誠を追う!!(3)~神戸編(その2)~ #マッチ #燐寸 #清水誠


【10】ひとり吟行のコースを変え距離を延長した!!

 こんなこと「記録」に値することかと少し躊躇したが、やっぱりあげておく。
 「動くこと」であらたなものに出会い、人とモノから学ぶことを我が「作風」としてきた。
 それだけに「動けない」ことはショックだった。
 それでも、可能な限りもがいた。それが このひとり吟行の更新だった。
 見える景が変わってきた。【その1】とも関連してあらたなものも生まれてきた!!

 2021年は「動ける」かな。願望をかねて 思いつくことあげておこう。
 ・「雲見」の旅
 ・「土佐の寅彦」詣
 ・「丹生」を追う旅
 ・俳句結社「寅の日」吟行の旅
 ・マッチを追う旅
 などなど

(了)

| | コメント (0)

より以前の記事一覧