「日本理科教育史」をプロットする!!(26) #ファラデーラボ #かがくカフェ #共愉の科学

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▼昨日(2020/10/24)は、ファラデーラボで第114回かがくカフェがあった。
 かねてから準備を進めてこられたファラデーラボ(加古川)への光回線設置が完了し、快適な通信環境のなかでのかがくカフェであった。
 これでリアル・オンラインどちらでも参加可能になった!!
 私は、zoomを利用したオンラインで参加させてもらった。
 第一部・第二部ともに充実した内容であり、存分に愉しませてもらった!!

▼「日本理科教育史」をプロットする!! をつづける。
 このシリーズで、「日本理科教育史」を現在進行形で語ることを旨とするならこの
 自然とかがくの学び舎 「ファラデーラボ」
 の「歩み」にふれておくことが最もふさわしいだろう。

▼「ファラデーラボ」の歩みは、なんとあの3.11の翌日からはじまった!!

●2011年3月12日 自然とかがくの学び舎 「ファラデーラボ」 設立!!

・「これまで」の歩みのすべての「記録」が残っていた!!→「過去の実績」 
・「これから」の予定をすべてを知ることができる!!→「今後の予定」
 ※オンラインかがくカフェも月一回のペースで予定されている!!

▼第1回から第114回までの「歩み」を圧倒されるような思いで見せてもらった。
 このなかでも、最近 私が特に気に入っているのは 第2部だった。あらかじめテーマのきまった第1部が興味深いのはもちろんであるが、それに劣らず面白いのだ!!

◆第2部    
実験・観察、授業実践、話題提供などを、参加者のみなさんに紹介
していただく時間です。物品配布・販売も歓迎です。

 「案内」ではこうなっていた。なにが飛び出すか、当日のその時間になるまで誰も知らない!!
 昨日ならオンライン・リアル含めて6人の方から発表があった。
 その充実ぶりはスゴイ!! 実に面白い!!
 これからゆっくりその反芻作業を愉しませてもらおうと思っている。

 私は、これを勝手に「共愉の科学」と呼んでいる!!
  
(つづく)

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「日本理科教育史」をプロットする!!(25) #オンライン学習会 #青空文庫 #オンライン「寅の日」 #オンライン句会

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▼夕暮れどき、気儘なひとり「吟行」に出かけた。
 ネタの仕込みすっかり忘れ、景を堪能するのみだった!!
 まあ、それもいいか!!

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▼「日本理科教育史」をプロットする!!をつづける。
 NIFTY-Serve教育実践フォーラム【理科の部屋】時代のお気に入り企画として
 【オンライン学習会】
 というのがあった。特定のテキスト本を決めて、オンラインでやる読書会のようなものだった。
 半年で一冊の本を読むぐらいのペースでやっていった。
 【理科の部屋】の「学び合い」の作風をより確かなものしていくとても有意義な企画だった。
▼インターネット時代になってもそれを引き継ぐような企画があればいいなと思っていた。
 そんな私たちにとって、とてもうれしい取り組みがはじまった。

●1997年7月  「青空文庫」 はじまる!!

 アリガタイ!!
 共通のテキスト本は瞬時に読むことができるのだ。
 これを利用させてもらって、思いつきの企画をはじめた。
 科学者・寺田寅彦の随筆をオンラインで読むという企画だ。題してオンライン「寅の日」!!

●2012年4月~ オンライン「寅の日」 はじめる!! 

 オンライン「寅の日」は原則、12日に一回巡ってくる。
 面白くなくなったらすぐやめようと思っていた。ところがやればやるほど面白くなってくるのだった!!
 今年であしかけ9年目!!これまでになんと266回もやってきた。よくぞここまで… 自画自讃ダ \(^O^)/
 これはやっぱりプロットしておきたかった。
▼今年の9月、ここから派生してかねてより念願のオンライン句会「寅の日」をはじめた。

●2020年9月~ オンライン句会「寅の日」 はじめる!!

 さて、このあとどんな展開に。

(つづく)


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「日本理科教育史」をプロットする!!(24) #日本ヒガンバナ学会 #中学校理科を楽しむ会 #サイエンスカフェ寅の日

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庭の定点ヒガンバナは、<花の季節>から<葉の季節>へシフトしはじめた!!
 冬場の<葉の季節>には、光をたっぷりひとり占めして栄養をつくり、地下の球根に貯め込む。
 来年のお彼岸が近づけば、その栄養を使ってスルスルと花茎をのばしてくる。
 なんとみごとな戦略だ!!
 この感動こそがヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うきっかけとなった。

 <読み物>『彼岸花の一生』

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▼「日本理科教育史」をプロットする!! をつづけよう。
 「歴史」を学ぶとき、どうしてか現代史をあまりくわしくやらないという「暗黙の了解」があるのだろうか!?
 ほんとうは、そこがいちばん興味あるところなんだが。

 ここでは、より等身大でリアルタイムな「歴史」を現在進行形で語ってみよう。
▼すでにFacebook版【理科の部屋】についてはふれたが、より個人的な興味から3つのグループをたちあげていた。

●2016年11月8日 中学校「理科」を楽しむ会 

●2019年3月9日 サイエンスカフェ「寅の日」

●2019年10月14日 Facebook版「日本ヒガンバナ学会」

 「開店休業中」のものもあるが、すべて現在進行形デアル!!
▼他に理科教育関係だけでいくつかのグループに参加させてもらっている。
 まったくちがう視点での情報は新鮮で実に面白い!!
 自らも情報発信をしながら、手に入れる情報は 自分で求めていた情報に近い!!

 情報は発信するところに集まる!!

 は時代を超えた鉄則だ!!
 また、次も言える。

 あなたがノックするところがドア(入口)です!!
 ドアがみつからなかったら、自分でつくってしまおう!!

(つづく)
 
 


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「日本理科教育史」をプロットする!!(23) #理科の部屋 #Twitter #rikanoheya #Twitter的

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▼究極の道楽3つ。

・賢治の「雲見」!!
・寅彦の「宇宙見物」!!
・気儘なひとり「吟行」!!

 どんな景に出会えるかは、その日の運まかせ  それとも!?

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▼「日本理科教育史」をプロットする!! をつづけよう。
 【理科の部屋】のよりマイナーなアナザーストーリーをひとつ。
 ネット世界で、創設期の【理科の部屋】の雰囲気を味わうことができるものに出会った!!
 それが
 「Twitter」
 である。
▼私がひょんなことからTwitterをはじめたのは、2009年の9月だった。

●2009年9月23日 Twitter をはじめる。

 「これは行ける!!」「これは使える!!」と直感的に思った。
 【理科の部屋】創設期の熱いものを感じた。
 やがて ハッシュタグ「#rikanoheya」 を頻繁に使うようになった。
 さにには 「Twitter的」 というコトバまで勝手につくってしまった。

 Twitter的=
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」
「アクティブ」

「Twitter的」はTwitterのみを意味しない!!
 今では、ネット世界における「流儀」「作法」と思うようになった。
 そして、私には

 Twitter的=【理科の部屋】的!!

 と読めてしまうのだった。
▼Twitter版【理科の部屋】は 「かたち」としては存在していない。
 しかし
 未来形として 大いなる可能性 をもっていると確信している。
 思い思いの ハッシュタグをつけて ツナガル!!

 未来形【理科の部屋】はそんなところにあるかも知れない。 

(つづく)
 

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「日本理科教育史」をプロットする!!(22) #理科の部屋 #サイエンスフォーラム #Facebook

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▼私たちはうすっぺらい「大気の物理学実験室」に暮らしている!!
 実験室では日々刻々、ちがうメニューで実験が繰りかえされる。
 一刻たりとも中止されることなく!!
 この実験を観察することを、賢治は「雲見」と呼んだ!!

 【理科の部屋】7では、毎月 「きょうの雲見」というトピックが立ちあげられる。
 遠く離れた「あの人」の「雲見」画像が見せてもらえるのだ。
 画像を撮る「あの人」のことも想像しながら、見るとさらに愉しい!!
 もちろん自分でも「雲見」画像をアップできる。そうすれば面白さも倍増!!
 まさに
 「雲見」の連帯だ!! 

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▼「日本理科教育史」をプロットする!! をつづける。
 【理科の部屋】の歩みの プロットを続けよう。
 folomy【理科の部屋】4 書き込みが終了するとほぼ同時に次なるステージがはじまった。

●2013年9月18日 【理科の部屋】5(理科大好き!)はじまる!!

▼さらにステージはかわった。今度は「サイエンスフォーラム」にお世話になることとなった。
 
●2017年8月1日 【理科の部屋】6(サイエンスフォーラム)はじまる!!

 さらに進化をとげ、オープン化されて今日にいたっている。

●2019年1月5日 【理科の部屋】7 (サイエンフォーラム)はじまる!!

 NIFTY-Serve 「教育実践フォーラム」から連綿として続いてきた【理科の部屋】の思念は今も生き続けているのです!!

▼今、忘れてはならないもうひとつの【理科の部屋】があります。
 Facebook版【理科の部屋】です。
 多くの方が参加され 大いに盛り上がっています。 Facebookをやっておられる方はぜひ…!!

●2015年3月8日 Facebook版【理科の部屋】開設!!

(つづく)


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「日本理科教育史」をプロットする!!(21) #理科の部屋 #ニフティサーブ #mixi #folomy

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▼9月の【理科の部屋】7で、クズの結実率の悪さのことが話題となっていた。
 それからずっとそのことが気になっていた。
 一ヶ月たった。
 枝豆そっくりの毛むくじゃらの鞘のなかに、うっすらと豆らしきものが見えてきた。
 ぷっくらと膨らんでくるということはないのだろうか!?
 もう少し継続観察をつづけてみようと思う。

▼「日本理科教育史」をプロットする!! をつづけよう。
 「日本理科教育史」をより等身大に語ろうとするとき、この【理科の部屋】の歴史にふれないわけにいかない。
 書きかけの

◆【理科の部屋】30年史年表

 を追加修正しながら、【理科の部屋】の歴史を追いかけてみたい。
▼パソコン通信時代の【理科の部屋】は、インターネット時代の幕開けと同時にそちらに舞台を移していったのだった。
 最終的にニフティサーブ教育実践フォーラム【理科の部屋】が閉じたのは2005年3月のことだった。

●2005年3月16日 NIFTY-Serve教育実践フォーラム【理科の部屋】閉じる!!

 開設が1993年11月23日であるから、この間は11年4ヶ月たらずということになる!!
 今から考えるともっともっと長かったような気がする。
 いっぱいの愉しい思い出がある。
 すべてはここからはじまった!!
 この時代の【理科の部屋】ヒューマンネットワークは、私の一生の宝ものである!!

▼【理科の部屋】のほんとうにすごいと思うところは、ここで終わらなかったところだ。
【理科の部屋】の<思念>は生き続けた!!

●2006年9月23日 mixi版【理科の部屋】登場!!  

 mixiが時代の最先端を行っていた時代、それに対応した【理科の部屋】が登場したのはうれしかった。
 アリガタイ!!

▼さらにNIFTY-Serve時代の「フォーラム」のすばらしさを引き継ぐかたちで folomyが起ち上がった。

●2007年3月28日 folomy【理科の部屋】4 はじまる!!

●2013年9月   folomy【理科の部屋】4 書き込み終了!!

 こちらは6年半つづいたことになる。
 そして…

(つづく)

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「日本理科教育史」をプロットする!!(20) #日本理科教育史 #板倉聖宣 #年表

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あの硬い硬い石榴の果実が割れ始めた!!

 人の手で割ろうとすると、なかなか割れない硬さだ。
 それがみごとに裂けるように割れている!!
 どんな力が働いたのだろう!?
 割れる「臨界点」はどこにあるのだろう!?

▼「日本理科教育史」をプロットする!!をつづける。
 あれっ!?
 いつの間にやら20回目にもなった。ここらでいちど立ち止まって、このシリーズって何だったけ?
 自問し確認しておこう。
 
 そもそものはじまりは、サイエンスコミュニケーターとして「現在地」を確認するための5つ目の座標軸にあった。

(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

 である。残された時間も限られてきた。
 そこで、しばらくこれに集中して、歩みを加速してみようと思ったのだった。
▼「日本理科教育史」ということでとても参考にしてきた文献があった。

●2009年4月10日 『増補 日本理科教育史 付・年表』(板倉聖宣著 仮説社)

 である。初版は1968年に出版されていた。その増補版である。
 とりわけ付録の「年表」が気に入っていた。
 「年表」だけコピーしておいて、「日本理科教育史」に関するできごとをチェックするのに利用していた。
▼この「年表」を更新していきたかった。
 私ごときがこんなこというのも 気恥ずかしい限りだが (^^ゞポリポリ
 主に次の3つのことでこの「年表」の更新に挑戦してみたかった。

(1) 2009.4.1以降の年表を更新していきたい!! 
 「年表」は、「2009.4.1 「学習指導要領」の算数理科を前倒しして実施。」の記述で終わっている。その後の作業は続いているのかもしれない。私が知らないだけかも知れない。
 こんなレベルのものは、私にはとてもできない。私にできる範囲でのプロットである。

(2) 「日本理科教育史」をより等身大で語ってみたい!!
 私自身が現場で体験してきた「理科」にできるだけひきつけて、「日本理科教育史」を等身大に語ってみたい。
 この「年表」には「記録」されていない、でも私にはとても重要な点をプロットしておきたい。

(3) 同時に「現代理科教材発展史」を追いたい!!
 これもまた、今やっておかなければ、消えてしまう「記録」がある。
 それをプロットしておきたい。

 ひとりのポンコツ理科教師の手に負えるような「作業」ではない。
 まあ ゆっくり ゆっくり 楽しみながら 急ごう!!
 「共有DBの構築」を夢みながら!!

(つづく) 
 

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「日本理科教育史」をプロットする!!(19) #日本理科教育史 #理科の部屋 #オフ会 #記念オフ

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▼雨が降っていた。
 子規庵の糸瓜の一本は10月に入っても元気だ!!
 どんどんのびて糸瓜の実を次々とつくっていた!!

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 しばしながめていると、子規庵のこと、子規庵での「句会」のことが思い浮かぶのだった。
 オンラインではあるがはじめて「句会」を体験した。
 俳句の醍醐味は「句会」にアル!! を実感した。
「座の文学」=俳句!!

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▼「日本理科教育史」をプロットする!! をつづけよう。
 【理科の部屋】の歴史を追うことをつづけてみよう。
 少し強引なこじつけかも知れないが、【理科の部屋】にも「句会」に類する楽しみがあった。

 それが、【理科の部屋】オフ会である。

 「オフ会」簡単に「オフ」と呼んでいた。オフラインミーティングの略だったのだろう。
 日頃、オンラインで交流のある仲間が、実際に出会って懇親を深めるのである。
 これが実に楽しいモノだった。たとえ初対面でも、いつもオンラインでツナガッテイルひとたちばかりである。
 いろんな話題で盛り上がった。
 実験を披露してくれる人、モノ(教材)の「おすそ分け」をしてくれる人、一芸を披露してくれる人等々
▼いろんな研修会、研究会の機会をとらえて、あるいはひとつのテーマをもって、【理科の部屋】オフが頻繁におこなわれた。
 数人のオフから、何十人レベルの大きなオフまでいろいろあった。
 
 「記録」に残っているものの一部だけでも再度、あげてみよう。

●1997年8月2日 【理科の部屋】オフ兼『化学の広場・放課後』オフin新潟

●1998年9月26日~27日  ’98巾着田ヒガンバナオフ

●1999年11月27日 99【理科の部屋】大阪オフの報告

▼これ以外にも、各地でいっぱい頻繁に行なわれていた。
 「時空を超えて 学び合い 高め合う世界を」を具現化したのがオフでもあった。
 これ以外にとくに「記録」しておきたいのは【理科の部屋】開設○○周年を記念しておこなった記念オフである。
 会場はいずれもナリカさんのご好意で お世話になりました。深謝<(_ _)>

●2003年11月23日 【理科の部屋】10周年記念オフ(inナリカ)

●2013年11月23日 【理科の部屋】20周年記念オフ(inナリカ)

●2018年11月23日 【理科の部屋】25周年記念オフ(inナリカ)

 「座の文学」ならぬ「座の科学」も面白い!!
 「座の科学」→「共愉の科学」へ!!

(つづく)

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「日本理科教育史」をプロットする!!(18) #日本理科教育史 #理科の部屋 #100人リンク集 #HPづくり

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▼定点Cのヒガンバナはちょっと特別待遇だった。大きな植木鉢で育てていた。
 5年前に東京の野島高彦さんのところから、「引っ越し」してきた株だった。観察
を続けているお互いのヒガンバナの株を交換して、「開花期」の違いなどを報告し合おうという計画だった。
 昨年は、この株からひとつだけ「自然結実」までしてしまった。
 今年は3本の花茎が立っていた。どうやら少し満開をすぎてしまったようだ。花が白っぽくなってきている。
 問題は花茎の足元だ!!
 葉が顔を出してきている!!いくつかの場所から!!

 我が家のヒガンバナ観察園もやがて「葉の季節」へとシフトしていくのだろう!!

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▼「日本理科教育史」をプロットする!! をつづけよう。
 【理科の部屋】の歴史を追っている。
 今回は、より個人的な歴史をプロットしておきたいと思う。
 インターネット版【理科の部屋】の展開がはじまったころ、【理科の部屋】でも先行する仲間たちが、個人のホームページをつくりはじめていた。うらやましかった!!
 元々コンピューター大の苦手の私には、ハードルは高かった。
 しかし、あこがれだけは強かった。
 多くの人に教えてもらいお世話になりながら、自分のページを立ち上げたのは1998年4月だった。

●1998年4月25日 楠田 純一の【理科の部屋】スタート!!

 なんとそれから22年!!
 もともと邪魔くさがりの私は、ほとんど大枠は当初のまま今日まで来ている。
 一週間に一度の週末定例更新は、今では「生活習慣」である。
▼最初のホームページ立ち上げからちょうど4年たったころ、私はとんでもないページをつくっていた。
 今、読み返すと赤面ものだが、「やっぱりそうだよな」と妙にナットクするところもある。
 これも「記録」としてあげておく。

●2002年4月28日 理科教師のためのHPづくり講座

 今からみると陳腐なところもあるが、「今こそ、これが有効!!」ということもある。
 
▼この「講座」でもふれている「リンク集」であるが、自分のホームページをたちあげるとほぼ同時に【理科の部屋】ヒューマンネットワークを駆使して、私の【100人リンク集】という取り組みをはじめていた。

●1998年10月11日~2000年12月3日 私の【100人リンク集】 

 100人に達するのにほぼ2年2ヶ月を要したのだ。実に愉しかった!!
 これが私のホームページの目玉のひとつとなった。
 今から20年前の話だ。だから、今ではほとんどがリンク切れになってしまっている。
 しかし、20年前のインターネット事情をよく表しており、時代の「記録」として価値あるのではと…。

 2011年4月から少し自由に動けるようになって、このときリンクさせていただいた人たちを実際に訪ねる旅、題して
 【100人リンク集】の旅!!
 をはじめた。現在31名に達している。
 また再開したいものだ。

(つづく)  

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「日本理科教育史」をプロットする!!(17) #日本理科教育史 #理科の部屋 #100人発言 #ロボコン

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▼定点Bのシロバナヒガンバナの方も満開である!!
 「シロバナ」と言いながら、見る時間帯、光の当り具合で クリーム色のようにも見える。
 蕊の先はピンク色にも…。
 遅れているとなりの赤いヒガンバナとコラボすれば「シロバナ」が。
 さらに満開の定点Aともコラボすれば、さらに「シロ」さが増してくるようにも。

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▼「日本理科教育史」をプロットする!! をつづける。
 【理科の部屋】が開設から一周年がたったころ、ひとつの【記念企画】が行なわれた。
 【記念企画】~100人発言プロジェクト~である。
 「100校プロジェクト」を意識しての「100人発言」だったのだろう。
 そのころの合い言葉は「情報は発信するところに集まる」だった。
 「まずは、自分から発言をして、発信してみよう。」という試みだった。

●1994年10月31日~1995年8月29日 【記念企画】~100人発言プロジェクト~

 この企画が、その後の【理科の部屋】の展開を大きく方向付けた。
 ここで提案された企画・提言は次々と具体化していった。
 このとき、すでに「なるほどの森」もインターネット版【理科の部屋】も提案されていた。
▼その頃に、さらに興味深い企画が具体的にもちあがっていた。
 そのころ人気のあった「高専ロボコン」を、ネット上で実現しようという企画だった。

●1995年9月~ 【理科の部屋】杯 ロボットコンテスト

 多くの人の献身的な協力により、大いにもりあがり、第9回(1999年9月)までつづいている。

▼今、ふり返ってみても 画期的な企画である。
 先駆的でもある。
 
 「これから」にとても参考になることがありそうな気がしてくるのだった。
 ここでまたまたあのコトバを使いたくなる。
 
 「不易流行」!!

 ホンモノの「流行」は「不易」を内包する!!

 ホンモノの「不易」は「流行」を創造する!!

(つづく) 
 


 

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