「日本理科教育史」をプロットする!!(51) #鉄と硫黄の化合実験 #大竹三郎 #理科教室 #理科実験法の再検討 #教材論

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▼今一度、ふりだしにもどって「鉄と硫黄のダンゴ」実験は、日本理科教育史のなかでいつごろどのようにはじまったのだろう!?
 その「記録」が『理科教室』(当時新生出版刊)に残っていた。

●1974年10月 「鉄・いおう反応の新しいやり方とその意義について」(大竹三郎 『理科教室』1974年10月号 P68)

 その記事によれば、大竹三郎先生たちは1962年に今も教科書にある「鉄といおう反応のやり方」をすでに提案していた。
 そして、それから12年ほどたっていた。
 たいへん興味深い記述があるので少し引用させてもらう。

  しかし、12年ほどたってその間、わたしが見聞きしたことを整理してみると、つぎの2つの点で、なお現場の先生方には不満があるらしい。   1つは、生成物の硫化鉄が、塊状のままでは磁石に吸引されないが、粉状にくだいてしまうと、やはり吸引されてしまうということ。もう1つは、たしかに自発的な発熱は顕著だが、はじめにバーナーで加熱することで何人かの子どもは、発熱がそのためだと主張し、なかなか先生の説明に納得しないということ。 

そして…!!


▼これらの取り組みをまとめたとても参考になる本が出ていた。

●1980年10月『理科実験法の再検討~教材論的研究~』(大竹三郎著 明治図書 1980.10.5)

 ここに、これまでの「鉄と硫黄の化合実験」の歴史、教材としての意義等のすべてが語られていた。

▼実に教えられることの多い、名著中の名著だ!!
 特に感銘をうけ、しばしば引用させてもらう部分を今一度あげてみる。

 わたしは、現在、学校で実施されている多くの実験が、なお教材として仕上げられていないと考えます。これらの実験が授業の課題にピタリ答えられるように、その内容、形式ともに仕上げられなくてはなりません。ところが、わたしたちは、もうこれ以上、変えようとしても変えられないものと受けとめています。とくに長い歴史をもった伝統的な実験に対してそうです。(同書 P119より)

 なんと示唆的でしょう!!
 定番実験こそ、吟味を重ねる必要があると言っているのです。

▼大竹先生の指摘はさらに具体的です!!
 

やはり、自分の中に、それだけの必然性がなくてはなりません。そうした必然性は、果実の熟するのに似ていて、ある期間の熟成を待たないと、具体的に現れてこないようです。それもなにかのきっかけが必要です。わたしの場合実験改善の必然性も、新しい実験の発見も、そのきっかけは、授業における子どもの発言です。また、授業をした先生のつまずきです。もちろん、わたし自身によるその経験です。こうした諸条件が整っていないときは、鉄・硫黄の反応に見たように、いくら本を読んでいても気づかずに通ってしまうのだと思います。(同書 P120より)

 納得です。(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン

 さて、次はどんな定番実験をプロットしてみるかな。

(つづく)

 

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「日本理科教育史」をプロットする!!(50) #鉄と硫黄の化合実験 #三井澄雄 #ファーブル #化学の学校 #オストワルド #光学 #ニュートン

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▼「鉄と硫黄の化合実験」という定番実験の歴史についてもう少しくわしくみていこう。
 参考にさせてもらったのは前回につづきこれだった。

●1977年2月 『化学指導ノート』(三井澄雄著 むぎ書房 1977.2.28)
[6]「鉄とイオウの化合実験」物語 (同書 P160)
(2)銕和硫黄(鉄はイオウと化合する)

 ここでは、『舎密開宗』からはじまり、これまでにこの定番実験が出てくる文献がくわしく紹介されていた。
 紹介されている順番にあげてみる。

●1935年 『化学講座実験法』(大幸勇吉著 共立社)
 「室温に於いても鉄と硫黄と化合することを示さんには次のようにする。…」
 三井先生も実際にこの方法で挑戦されたようだ。


▼次にあげてあるのが、あのファーブルの本だ。

●1961年 『ファーブル 化学のふしぎ -混合・化合、元素-』(ファーブル著 市場泰男訳 さ・え・ら書房)
 
 三井先生は、この20年ほど前に田中実先生からその英訳をお借りして読まれたそうだ。
 私はまだこの本をみたことがなかった。ぜひ見てみたいものだと思っているが。

▼次はあの有名なオストワルドの『化学の学校』だ。

●1959年5月 『化学の学校 下』(オストワルド著 都築洋次郎訳 岩波書店)
 『化学の学校』原著の初版 は1903年!!
 
この実験は、同書の「五八 鉄 二」の最後(同書p112)と「五九 鉄 三」の最初(同書P113)です。
 その部分を少し引用させてもらいます。

先生 -鉄とイオウは非常にたやすく結合します。鉄屑とイオウ粉とをその化合比32:56の割合にまぜて、一部分をとって乾いた試験管で熱します。

生徒 あ、全部真赤にもえている。
 
先生 そうして硫化鉄ができます。もう一つの部分を水でうるおし、壺の中へ入れて放置します。明朝どんなものができているか、見てみたい。(中略)


 五九 鉄 三
生徒 あの混合物から何が出てきたか、よくみました。まるっきり黒い塊です。これも硫化鉄ですか。 
先生 自分でたやすく検査できます。硫化鉄については、どんなことをご存知ですか。
生徒 塩酸を加えると、硫化水素を出します。試してみてもよいですか。うへ、これは完全に硫化水素です。
先生 ごらんのように、両元素は常温でも結びつくことができるのですが、ただその変化は緩慢です。しかし結果がわかる程度の早さです。この実験を君にやらせたのは、ゆるやかな反応にも親しんで貰うためです。
生徒 しかし、混合物を小試験管で熱したとき発生した熱はどこに残っているのですか。(後略)

 
 
 このあと「発熱反応」についての問答が続きます。
 まったく驚きです!!もうここまで出ていたとは!!

▼これで驚いていると、もっとびっくりすることがあった。
 もっと古い例があがっていた。

●1983年11月『光学』(ニュートン著 島尾永康訳 岩波書店)

 三井先生は旧版をあげておられたが、私は新版を参照した。
 原著の初版は、なんと1704年だ。

 三井先生が田中実先生に教えられ、しらべたと言うところがあった。
 第三篇の最後にある「疑問三十一」の中に出ていた。
こうである。

 粗大な硫黄でさえも、これを粉末にし、等しい重量の鉄のやすり屑と少量の水を混ぜてペーストにすると、鉄に作用して、5,6時間もすれば触れられないほど熱くなって炎を発する。(同書P335より)

 なんとこんな昔からよく知られていたのか!!
 驚くばかりである。
 
(つづく)

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「日本理科教育史」をプロットする!!(49) #鉄と硫黄の化合実験 #化学指導ノート #三井澄雄 #田中実

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▼「定番実験」のルーツをたどることは最高の教材研究となるだろう!!
 ・実験のねらいはどこに!?
 ・実験の留意点は!?
 今一度、自分の「記録」をみておく。

●5-1 鉄と硫黄の化合


▼私の追究はいつも無手勝流だ!!
 しかし、いつもヒントをもらいキーになる本や人に出会う。
 この場合は次の本だった。

●1977年2月 『化学指導ノート』(三井澄雄著 むぎ書房 1977.2.28)

 この本に、このときまでのすべてが書かれていた。
 次のタイトルで

[6]「鉄とイオウの化合実験」物語 (同書 P160)


▼ここにすべてがあった!!
 なかでも (1)はじめに の文章は三井先生自身の「鉄とイオウの化合実験」出会いからはじまり、なぜ「定番」になったのかがくわしく語られていてとても参考になる。少し長くなるが引用させてもらう。

[6]「鉄とイオウの化合実験」物語

(1) はじめに

 「鉄とイオウの化合実験」と私の最初の出会いは、もうかれこれ20年もまえのことになろうか。当時、東京化学サークルでは教材整理の原則を検討するとともに、その具体化の第一歩として中学1年の「水の化学」の学習プランづくりを行なっていた。その検討の中で、化合の実験として、反応の前後の物質を、生徒があいまいさなしに、感覚的にしっかりつかまえることのできるものを選びたいと考え、鉄とイオウの化合実験を使うことにしたのである。「これを使うと、単に鉄とイオウとをまぜただけの混合物の場合には各成分がルーペで見わけられたり、磁石でよりわけるこができるが、化合すると、全然べつのものに変化することが、磁石を使って、かなりうまく実験的に証明ができる。塩酸を加えて硫化水素を発生させれば、なおさら新しくできた物質の性質を強く印象づけるこができる」からである。このときが、私と「鉄とイオウの化合実験」との最初の出会いであった。


▼物語は続いていた。

(2)銕和硫黄(鉄はイオウと化合する)
 宇田川榕庵の『舎密開宗』にこの実験が出ていることを、三井先生は1973年9月の初めごろ、田中実先生から教えてもらっている。
 この頃、田中実先生は前回ふれた『舎密開宗』の現代語訳にあたられていたのである。
 このあとも、田中先生とのやりとりのなかで、この実験の歴史について語られている。
 実に興味深い!!

(3)鉄粉さがし

(4)鉄粉工場見学

も実に面白い!!

(つづく) 

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「日本理科教育史」をプロットする!!(48) #鉄と硫黄 #化学変化 #舎密開宗 #宇田川榕庵 #田中実

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▼私には相矛盾するふたつの持病がある。
 「ばっかり病」と「あれもこれも病」である。
 今さらなげいてもはじまらない。これらの持病とうまくつき合っていくしかない。
 
 今年の夏、「夏の創造」という大げさなプロジェクトをかかげた。そのなかでいくつかの課題(宿題)を設けていた。
 そのひとつが

(3)「日本理科教育史」をプロットする!! を続ける

である。しばし、これに集中してみようと思う。


▼最近、中学校理科から、「化合」という用語が消えると話題になっていた。
 驚いて、あの実験はどうなるんだろう?と、教科書を取り寄せ確かめてみた。
 あの実験はあった!!

【実験】「鉄と硫黄の混合物を加熱したときの変化」

 として。
 やっぱり定番実験だ!!
 私としては、さらに発展させてた、「鉄と硫黄のダンゴ」実験が気に入っていた。

【実験】「鉄と硫黄のダンゴ」実験


▼この機会に、この定番実験が、日本理科教育史のなかでいつごろ、どのように「定番」となっていったのだろう。
 しばし、それを可能な範囲で追いかけてみたいと思う。
 日本の科学史で「化学」と言えば、これだ!!という本があった。
 『舎密開宗』である。

●1837~1847年 『舎密開宗』(宇田川榕庵著)日本で最初の「化学書」!!

 貴重な資料だ。それはわかるがこのままでは私には歯が立たない。
 アリガタイことに現代語訳が出ていた。

●1975年 『舎密開宗―復刻と現代語訳・注 』(講談社 宇田川 榕菴 (著),田中 実 (著))

 マッチを追いかけていたときに、かなり思いきって手に入れていた。
 こんなときにこそ見なければ…。


▼ここに、この定番実験はすでに出ていた!!

 「銕和硫黄 第二百七章」

 現代語訳ではこうだ。引用させてもらう。

 第二百七章 鉄は硫黄と化合する    鉄くずに適当量の硫黄を加え、水で練って泥状にすると、自然に発火する。  …

 (『舎密開宗―復刻と現代語訳・注 』(講談社 宇田川 榕菴 (著),田中 実 (著))P308より)

 驚きデアル!!

(つづく)

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「日本理科教育史」をプロットする!!(45) #200℃の水蒸気 #過熱水蒸気 #三態変化 #古川千代男

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「200℃の水蒸気ってあるのかな!?」
 「何言ってんだ、水の沸点は100℃で、そこで水蒸気になるんだよ!!」
 「それ以上は?」
 「えっ ?(゜_。)?(。_゜)?」

 三態変化の学習で今やアタリマエの定番実験として教科書等にも載っているあの「過熱水蒸気の実験」!!
 この実験が、日本の理科室に登場したのは
・いつごろ?
・誰によって?
・どんな<ねらい>をもって?

 だったのだろう。しばし これを追ってみよう。

▼「歴史」を追う前に、自分の授業の「記録」をみてみる。

6 低温の世界・高温の世界

 えらくあっさり自分で答え言ってしまっていたんだ!!
 でも考えてみると
 「水(水蒸気)でマッチに火をつける!!」
 って、とても「ふしぎ!?」で面白い実験だ。

▼では、その「歴史」を追ってみよう。
 最初にことわっておくが、これは今の時点で私の知る範囲での話で、別の「歴史」があるかも知れない。
 別のあるいは追加の情報がある場合はぜひ教えていただきたい。<(_ _)>

●1973年2月 「三態変化の範囲を広げよう」古川千代男(『理科教室』1973年2月号P56)

●1976年4月10日 『やさしくて本質的な理科実験2』(高橋金三郎・若生克雄共編 評論社)
11. 200℃もある水蒸気 (古川千代男 P48~) 

●1981年8月 「100℃以上の水蒸気」古川千代男 (『理科教室』1981年8月臨時増刊号『楽しくわかる実験・観察』P44)

▼古川千代男先生は、後に次の著書に、この実験誕生の「物語」を詳しく語られていた。

●1989年5月 『物質の原子論―生徒と創造する科学の授業』 (プロジェクトサイエンスシリーズ)(古川千代男著 コロナ社 1989.5.10)

「4.6 200℃の水蒸気」(p75)にこの「物語」が語られていた。
あまりに興味深いので、しばしこの「物語」を引用させてもらおう。  
「物語」はこんな「問題」から始っていた。

問題 水は100℃で沸騰し、すべて水蒸気になる。さて、水蒸気を100℃以上にすることは可能だろうか。200℃というような水蒸気は存在するのだろうか。予想を出し、その根拠を明らかにしてみよう。 (同書p75より)

 「200℃の水蒸気は存在するのか?」と問われた生徒たちはどう答えたのだろう。
 生徒たちはすでにエタノールと加熱したときの温度変化を調べ、「沸点」の存在、そのとき加えた熱エネルギーが何に使われたかを知っている。
 しかし、ほんとうの意味での「沸点」「分子運動」が見えていたわけではない。
 古川千代男先生は次のように語っていた。
 

 生徒の意見を聞いてみると、確信を持って200℃の水蒸気の存在を予測できる者はほとんどいない。考えてみたこともないというのが本当のところのようである。100℃以上にならないという確信を持っていることが多い。水は100℃で沸騰するという知識は信仰の域に達しているとしか思えない。2,3の物質の沸点測定や解説くらいで打ち破れない。(同書p76より)

 ではどうするか。それが次なる課題である。
沸点以後も熱を加え続けるのである。そうすれば、「分子運動」はより活発になり「200℃の水蒸気」も可能なのかも知れない。生徒と一緒に実験方法を考えていった。
 その方法の前に、ここでぜひ引用させてもらいたい一文があった。
コラム風に囲みで書かれていた。
 実はこの一文を紹介したくてながながとこの本の引用をさせてもらっているところもあった。

 素朴で原理むき出しの実験を  現在、高校で行われている実験の中心は定量実験である。数値を得て法則性をみるとというだけでなく、一つ一つの手順がそのものがきちんと量を測定しながら行われるものが多い。当然。複雑で時間もかかるようになって、結局何を目的にしていたのかラビリンス(迷宮)の世界に入ってしまう。  定量実験の前に、余計なものをできるだけ省いた、目的がミエミエの実験がもっとあってよいし、そういう実験こそ生徒にやらせたい。その後に、つまり原理がすでにわかった後に、定量実験をやり、法則化してこそ、使える法則になりうると思う。たぶん、原理や法則を先に解説し、その検証として実験をやらせることが多いために、こうなりやすいのだろうが、もっと「発見」のための実験こそ、生徒に考えさせ、計画させ、実施させたい。 そうすると素朴で一目みて納得のいく実験がつくられると思う。(同書p75より)

「素朴で原理むき出しの実験」!!心に留め置きたいコトバだ。
 「物語」をつづけよう。
 具体的にはどのようにして、「200℃の水蒸気」をつくり出したのだろう?
どんな実験装置を考えついたのだろう。
 せっかく100℃の「水蒸気」をつくり出しても、すぐに冷えて湯気(水滴)になってしまう。そうさせないためには「水蒸気」の再加熱することが必要であった。
 どんな方法を考えたのだろう?
(a)水蒸気丸底フラスコを通して加熱  
(b)水蒸気の通るガラス管を加熱
(c)銅板を巻く
(d)銅管を手に入れた
段階を追って進化していった。
そして、銅管を手に入れることによって、実験装置は飛躍的に進化した。
 ここでまたたいへん興味深いことが語られていた。

 ちょうどその頃、船具屋さんの家庭の生徒がいたので、船舶用のエンジンの銅パイプを探して欲しいと頼んでみた。家の近所の船舶エンジン修理工場にあるとのことでさっそくたずねてみた。新品は高いが中古ならやすくしてくれるというので、2mほどわけてもらった。  生徒たちの家業を知っておくのも大切なことだと思う。それぞれの専門で使っている器具や道具など大変便利なものが多い。配線に使う圧着端子など早い時期に教えてもらったのも、熱に強い磁器のソケットを手に入れたのも、生徒の家庭からだった。教科書に載っているような古いものではなく、最新鋭のものがある。商売なのだから当たり前なのだろうが、家庭との連携というのは生活指導だけのことではない。(同書p78より)

「それぞれの専門で使っている器具や道具など大変便利なものが多い。」
「最新鋭のものがある。商売なのだから当たり前なのだろうが」

教材開発にヒントを与えてくれる示唆的なコトバだ。
銅管を入手して、実験装置はさらに進化した。
 熱効率をあげるため銅管をらせん状に巻きそこを集中的に加熱するようになった。
 これで安易に「200℃の水蒸気」は実現したのだ。
 そして「200℃の水蒸気」でマッチに火をつけるというあの驚異の実験も可能になったのである。

 そして、今、三態変化「定番」実験として教科書にもアタリマエのように登場してくるようになったのだ。

 すぐれた教材(実験)には必ず興味深い「物語」がある!!

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「日本理科教育史」をプロットする!!(44) #液体窒素 #液体窒素物語 #左巻健男

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▼「液体窒素」が日本の理科室にはじめて持ち込まれてからどうやら半世紀近くが経つようだ!!

 流れ転がる空気(窒素)を目の前で見た生徒たちは歓声をあげ
 青く透き通った酸素の液体に感動し
 エタノールの固体が、エタノールの液体に沈むのを「ふしぎ!?」に思い、やがて納得する!!
 
 生徒たちのみならず、持ち込んだ教師自身の物質観をも変えてしまった!!
 最初は今のように簡単に入手できなかった。
 それでも、やっぱりこの「液体窒素」を、どうしても自分のところの理科室に持ち込みたかった。
 そして、半世紀近くのあいだに全国各地に多くの「液体窒素物語」が生まれた!!

▼早くから「液体窒素」を理科室に持ち込んだ左巻健男さんは、次の近著でたいへん詳しく左巻さんの「液体窒素物語」を語られていた。

●2019年5月『おもしろ理科授業の極意 未知への探究で好奇心をかき立てる感動の理科授業』(左巻健男著 東京書籍 2019.5.15)


▼この著書の3章「液体窒素とドライアイスで物質の状態変化」(P95より)である。
 とても興味深く、面白い「液体窒素物語」である。
 項目のみ引用させていただく。

A 液体窒素の授業
1. 液体窒素を使った授業
(1)教師1年目の悩み
(2)液体窒素を使った授業などが、教師生活を変えた
(3)液体窒素の基本実験

2.液体窒素の実験時の発問集

3.液体窒素を扱うときの注意と安全対策
(1)凍傷の事故
(2)容器破裂の事故
(3)窒息、酸欠の事故
(4)液体酸素

4.液体窒素の入手法

5.液体窒素をどのようにつくっているか

 なんと詳しいことか !!
 これはとても役に立つ!!
 これから「液体窒素物語」に挑戦という人は必見だ!!

▼このすぐれた教材「液体窒素」を使った授業は、これからもつづいていくだろう。
 「液体窒素」使ったあらたな実験も開発されるかもしれない!!
 そして、あらたな「液体窒素物語」も生まれていくだろう。

 入手も以前にくらべればうんと簡単になったかも知れない。
 しかし
 入手するにあたり、自分で動いて注入してもらう工場(現場)にでかけていくことをお薦めする。

 その様子を見学すること、「液体窒素が現在どんなところに使われているか」などのお話を聞くことは、最高の教材研究になる!!

 
 

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「日本理科教育史」をプロットする!!(43) #理科教室 #千葉薫 #液体窒素 #液体窒素物語

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今やアタリマエの定番実験にも、かならず「はじまり」があった!!

 その「はじまり」から、今日までの発展史を追いかけるのが
 現代理科教材発展史!!
 「液体窒素物語」も、このひとつに加えたくなってきた。

▼それぞれの「液体窒素物語」を聞かせてもらうことは、実に面白い!!
 高橋匡之さん(岩手)が、FBで次のように語ってくださった。

わたしが液体窒素をはじめて知ったのは、千葉薫(しげる)先生が、野田中学校の実践を理科教室に発表されていたのを読んだことがきっかけです🍀当時、わたしは久慈高校山形分校に勤務しており、山形農協では、牛の精液保存のために、液体窒素が使われており、魔法瓶をもって、ただで分けてもらっていました🍀その時初めて、液体窒素を実験で使うことができました😃

 昭和55年頃(1980年)、今から40年前!!

▼高橋匡之さんに「きっかけ」を与えた『理科教室』の記事があった。

●1980年8月 「口絵 写真  液体ちっ素」「口絵写真解説 理科の授業と液体ちっ素」千葉 薫(『理科教室』1980年8月号)

 「口絵 写真」は、ジュアー瓶から液体窒素をビーカーに注ぎ込む千葉先生の姿とそれを興味津々でのぞき込む生徒たちの姿が大きく写っていた。アルコールの氷(固体)をアルコールの液体に入れると沈む!!それがアタリマエ!!その写真も。
 「解説」の最初に千葉薫先生は次のように語られていた。
 「液体窒素を理科の授業に使いはじてから、かれこれ10年近くなる。…」
 
 と言うことは70年代のはじめのころからということだろうか。
 だとすると「液体窒素物語」は半世紀近くの歴史があることになる。
 さらに多くの「液体窒素物語」を聞いてみたいものだ!!
    
▼今では、教科書にもアタリマエのように登場する「液体窒素」!!
 青い液体の「液体酸素」!!

 画像だけでなく、やっぱりなんとか生で見せたいものだ!!
 物質観がかわる!! それはマチガイナイ!!


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「日本理科教育史」をプロットする!!(42) #やさしくて本質的な理科実験 #石井進 #三態変化 #液体窒素物語

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「-40度の世界では、バナナで釘が打てます。新鮮なバラも…」

 あの衝撃のTVCM(「モービル1」)が流れはじめたのは、1977年頃からのようだ。
 「液体窒素」を教室に持ち込むと、「あれをやれ!!」というリクエストが出てきたもんだ。(^^ゞポリポリ

▼石井進さんの「液体窒素物語」(1975.2)以前の「記録」はないのだろうか!?
 少しだけ以前で、同じく石井進さんの文章が残っていた。

●1974年11月 「物の温度の学習」石井進(『理科教室』新生出版 1974年11月号)

 このなかで石井さんは次のように言っていた。

 アルコールにドライアイスのかたまりを入れるだけで-72℃が得られるのでこれでいろいろなものを冷やしてみます。水は氷に、油もかたくなり、さくさんはすぐにかたまります。水銀もかたい金属になります。  実験としては液体窒素を用いてやることが望ましいが、手に入りにくい。  液体窒素を用いれば上記のものはほとんど固体になってしまう。  アルコールが、油のようにどろどろのように固まってしまうところなどは実に面白い。  液体窒素は特製のマホービン(金属製)が必要であり、それさえあれば約一週間は保存できる。小中学校でも是非そろえ実験して見せたいものです。 

▼一方、「液体窒素物語」はその後どのように発展していったのでしょう。
 またしても、「やさしくて本質的な理科実験3」にあった。

●1985年4月10日 『やさしくて本質的な理科実験3』(高橋金三郎・鈴木清龍・若生克雄共編 評論社)

11. 何でも三態変化 ~続、液体窒素を使おう~  (千葉 薫)

12. 体積変化を注射器で見る ~続々、液体窒素を使おう~ (中村敏弘)

 千葉 薫さんの言葉をかりると
 「液体窒素を使って、物質学習を広く、深く豊かに展開しようという実践はどんどんひろがってきました。」

▼「液体窒素物語」を書いた石井進さんは、後に次のように語っていました。

●1989年3月20日 『理科教育・理論と実践』(石井進・中原正木共著 新生出版 1989.3.20)
 
 第1部 「実践的研究 ものと子どもそして教師 石井進」
  の最後の「第8話 ものと ものの温度 融点と沸点」に「実験5 沸点さまざま 液体窒素を使って」が書かれていた。

  液体が気体になること、又は気体が液体になることには劇的な相変化として重要な意義を発見します。気体という姿は、目にはあまり見えない世界なので、あまり、ものとしてとらえにくい面があるからです。  目に見えない気体を目に見える液体の姿にしてみることは大変面白いし、衝撃的なことなのです。そこで液体窒素に登場してもらい、-200℃の世界を展開して、わが地球をとりまく空気について、二酸化炭素について、いろいろな気体を見てしまおうというわけです。そもそも液体窒素そのものが見える気体の姿です。-200℃の世界というが、まずものが実在していて、それに温度があることを意識しないといけないと思います。ものがあってそこに温度が実在することをなんとか子どもに教えたいものです。

(つづく)

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「日本理科教育史」をプロットする!!(41) #やさしくて本質的な理科実験 #石井進 #三態変化 #液体窒素

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▼ひとつの実験教材の「はじまり」を知ることは、その実験の授業展開を考えるうえでとても参考になる。
 また「これから」のあらたな教材開発にも大きなヒントを与えてくれる。
 「液体窒素」の「はじまり」を追ってみよう。

 「液体窒素」は日本の理科室に
・いつごろ
・誰によって
・どんな「ねらい」を持って
持ち込まれたのだろう!?

▼私が1981年に「三態変化」の実践報告を書いたときに、液体窒素に関する[参考文献]としては、2つをあげていた。
 ひとつは『やさしくて本質的な理科実験2』であった。

●1976年4月10日 『やさしくて本質的な理科実験2』(高橋金三郎・若生克雄共編 評論社)

 このなかに次の提案があった。 
8. 液体窒素を使おう (千葉 薫・古川秀子)(同書P34 )
<ねらい>
<実験までに知っておきたいことと注意>
<方法>と授業のなかで その1 沸とう ~その8 気体の圧力

 たいへんくわしく提案されている。
▼もうひとつの[参考文献]にあげているのが次だった。

●1975年2月 「液体窒素物語」石井進 (『理科教室』新生出版 1975年2月号)

 きわめて具体的な授業実践報告である。
 実際にはじめて「液体窒素」を授業に導入するときにとても参考になった。
 生徒たちの反応がとても面白い!!
 自分でもやってみたい!! と思わしてくれる実践報告だった。
 ここから、私の「液体窒素物語」がはじまったのかも。

ではこれ以上前の提案・報告はないのだろうか!?
 また
 この後、「液体窒素物語」はどのように発展していったのだろう!?

 今しばらくは、「液体窒素」を追い続けたい!!
 「液体窒素」に関する情報を教えてください。 <(_ _)>

 あなたの「液体窒素物語」は!?

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「日本理科教育史」をプロットする!!(40) #理科教室 #三態変化 #液体窒素

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「ものごとは記憶せずに記録する。」(梅棹忠夫)

 「記憶」をたどることはなかなか難しい!!
 しかし、「記録」されたものをたどることは比較的簡単にできる。
 その「記録」も、できるだけパブリックな場に「記録」化されたものが有効である!!

 教材「液体窒素」を追ってみよう!!

▼10年前の「記録」つづいて、もっと古い私が「記録」したものはないだろうか!?
 さがしてみた。あった!! 今から27年も前のものだった!!

●1994年9月・10月 「物質学習のはじめに「三態変化」の授業を(1)・(2)」楠田純一 (『理科教室』1994年9月号・10月号)

 たしかにここにも、「三態変化ダイジェスト」として液体窒素を使っての授業を記録していた。

▼ほぼ同様の内容のものを後にページ化して「記録」していた。

● 三態変化ダイジェスト(1)~液体窒素を使って~

●三態変化ダイジェスト(2)~液体窒素を使って~

 今、読み返してみてもワクワクしてくるような一時間だった。

▼さらにもっと古い自分が「記録」したものはないだろうか!?
 あった!!古い古いものだ!!
 なんとそれは40年も前の「記録」だった!!
 
●1981年10月 「気体の鉄・固体の酸素はあるだろうか 物質をとらえるPartⅠ「三態変化」<中1>」楠田純一(『理科教室』1981年10月号)

 そこでも「いよいよ液体窒素を使って~三態変化ダイジェスト~」として、次のような一文からはじまる報告をしていた。
 
「教師になってからの念願である「液体窒素を使って」の授業である。三態変化のまとめとして、またグッと三態変化の領域を広める意味おいてもやってみた。」

(つづく)

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