「日本理科教育史」をプロットする!!(45) #200℃の水蒸気 #過熱水蒸気 #三態変化 #古川千代男

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「200℃の水蒸気ってあるのかな!?」
 「何言ってんだ、水の沸点は100℃で、そこで水蒸気になるんだよ!!」
 「それ以上は?」
 「えっ ?(゜_。)?(。_゜)?」

 三態変化の学習で今やアタリマエの定番実験として教科書等にも載っているあの「過熱水蒸気の実験」!!
 この実験が、日本の理科室に登場したのは
・いつごろ?
・誰によって?
・どんな<ねらい>をもって?

 だったのだろう。しばし これを追ってみよう。

▼「歴史」を追う前に、自分の授業の「記録」をみてみる。

6 低温の世界・高温の世界

 えらくあっさり自分で答え言ってしまっていたんだ!!
 でも考えてみると
 「水(水蒸気)でマッチに火をつける!!」
 って、とても「ふしぎ!?」で面白い実験だ。

▼では、その「歴史」を追ってみよう。
 最初にことわっておくが、これは今の時点で私の知る範囲での話で、別の「歴史」があるかも知れない。
 別のあるいは追加の情報がある場合はぜひ教えていただきたい。<(_ _)>

●1973年2月 「三態変化の範囲を広げよう」古川千代男(『理科教室』1973年2月号P56)

●1976年4月10日 『やさしくて本質的な理科実験2』(高橋金三郎・若生克雄共編 評論社)
11. 200℃もある水蒸気 (古川千代男 P48~) 

●1981年8月 「100℃以上の水蒸気」古川千代男 (『理科教室』1981年8月臨時増刊号『楽しくわかる実験・観察』P44)

▼古川千代男先生は、後に次の著書に、この実験誕生の「物語」を詳しく語られていた。

●1989年5月 『物質の原子論―生徒と創造する科学の授業』 (プロジェクトサイエンスシリーズ)(古川千代男著 コロナ社 1989.5.10)

「4.6 200℃の水蒸気」(p75)にこの「物語」が語られていた。
あまりに興味深いので、しばしこの「物語」を引用させてもらおう。  
「物語」はこんな「問題」から始っていた。

問題 水は100℃で沸騰し、すべて水蒸気になる。さて、水蒸気を100℃以上にすることは可能だろうか。200℃というような水蒸気は存在するのだろうか。予想を出し、その根拠を明らかにしてみよう。 (同書p75より)

 「200℃の水蒸気は存在するのか?」と問われた生徒たちはどう答えたのだろう。
 生徒たちはすでにエタノールと加熱したときの温度変化を調べ、「沸点」の存在、そのとき加えた熱エネルギーが何に使われたかを知っている。
 しかし、ほんとうの意味での「沸点」「分子運動」が見えていたわけではない。
 古川千代男先生は次のように語っていた。
 

 生徒の意見を聞いてみると、確信を持って200℃の水蒸気の存在を予測できる者はほとんどいない。考えてみたこともないというのが本当のところのようである。100℃以上にならないという確信を持っていることが多い。水は100℃で沸騰するという知識は信仰の域に達しているとしか思えない。2,3の物質の沸点測定や解説くらいで打ち破れない。(同書p76より)

 ではどうするか。それが次なる課題である。
沸点以後も熱を加え続けるのである。そうすれば、「分子運動」はより活発になり「200℃の水蒸気」も可能なのかも知れない。生徒と一緒に実験方法を考えていった。
 その方法の前に、ここでぜひ引用させてもらいたい一文があった。
コラム風に囲みで書かれていた。
 実はこの一文を紹介したくてながながとこの本の引用をさせてもらっているところもあった。

 素朴で原理むき出しの実験を  現在、高校で行われている実験の中心は定量実験である。数値を得て法則性をみるとというだけでなく、一つ一つの手順がそのものがきちんと量を測定しながら行われるものが多い。当然。複雑で時間もかかるようになって、結局何を目的にしていたのかラビリンス(迷宮)の世界に入ってしまう。  定量実験の前に、余計なものをできるだけ省いた、目的がミエミエの実験がもっとあってよいし、そういう実験こそ生徒にやらせたい。その後に、つまり原理がすでにわかった後に、定量実験をやり、法則化してこそ、使える法則になりうると思う。たぶん、原理や法則を先に解説し、その検証として実験をやらせることが多いために、こうなりやすいのだろうが、もっと「発見」のための実験こそ、生徒に考えさせ、計画させ、実施させたい。 そうすると素朴で一目みて納得のいく実験がつくられると思う。(同書p75より)

「素朴で原理むき出しの実験」!!心に留め置きたいコトバだ。
 「物語」をつづけよう。
 具体的にはどのようにして、「200℃の水蒸気」をつくり出したのだろう?
どんな実験装置を考えついたのだろう。
 せっかく100℃の「水蒸気」をつくり出しても、すぐに冷えて湯気(水滴)になってしまう。そうさせないためには「水蒸気」の再加熱することが必要であった。
 どんな方法を考えたのだろう?
(a)水蒸気丸底フラスコを通して加熱  
(b)水蒸気の通るガラス管を加熱
(c)銅板を巻く
(d)銅管を手に入れた
段階を追って進化していった。
そして、銅管を手に入れることによって、実験装置は飛躍的に進化した。
 ここでまたたいへん興味深いことが語られていた。

 ちょうどその頃、船具屋さんの家庭の生徒がいたので、船舶用のエンジンの銅パイプを探して欲しいと頼んでみた。家の近所の船舶エンジン修理工場にあるとのことでさっそくたずねてみた。新品は高いが中古ならやすくしてくれるというので、2mほどわけてもらった。  生徒たちの家業を知っておくのも大切なことだと思う。それぞれの専門で使っている器具や道具など大変便利なものが多い。配線に使う圧着端子など早い時期に教えてもらったのも、熱に強い磁器のソケットを手に入れたのも、生徒の家庭からだった。教科書に載っているような古いものではなく、最新鋭のものがある。商売なのだから当たり前なのだろうが、家庭との連携というのは生活指導だけのことではない。(同書p78より)

「それぞれの専門で使っている器具や道具など大変便利なものが多い。」
「最新鋭のものがある。商売なのだから当たり前なのだろうが」

教材開発にヒントを与えてくれる示唆的なコトバだ。
銅管を入手して、実験装置はさらに進化した。
 熱効率をあげるため銅管をらせん状に巻きそこを集中的に加熱するようになった。
 これで安易に「200℃の水蒸気」は実現したのだ。
 そして「200℃の水蒸気」でマッチに火をつけるというあの驚異の実験も可能になったのである。

 そして、今、三態変化「定番」実験として教科書にもアタリマエのように登場してくるようになったのだ。

 すぐれた教材(実験)には必ず興味深い「物語」がある!!

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「日本理科教育史」をプロットする!!(44) #液体窒素 #液体窒素物語 #左巻健男

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▼「液体窒素」が日本の理科室にはじめて持ち込まれてからどうやら半世紀近くが経つようだ!!

 流れ転がる空気(窒素)を目の前で見た生徒たちは歓声をあげ
 青く透き通った酸素の液体に感動し
 エタノールの固体が、エタノールの液体に沈むのを「ふしぎ!?」に思い、やがて納得する!!
 
 生徒たちのみならず、持ち込んだ教師自身の物質観をも変えてしまった!!
 最初は今のように簡単に入手できなかった。
 それでも、やっぱりこの「液体窒素」を、どうしても自分のところの理科室に持ち込みたかった。
 そして、半世紀近くのあいだに全国各地に多くの「液体窒素物語」が生まれた!!

▼早くから「液体窒素」を理科室に持ち込んだ左巻健男さんは、次の近著でたいへん詳しく左巻さんの「液体窒素物語」を語られていた。

●2019年5月『おもしろ理科授業の極意 未知への探究で好奇心をかき立てる感動の理科授業』(左巻健男著 東京書籍 2019.5.15)


▼この著書の3章「液体窒素とドライアイスで物質の状態変化」(P95より)である。
 とても興味深く、面白い「液体窒素物語」である。
 項目のみ引用させていただく。

A 液体窒素の授業
1. 液体窒素を使った授業
(1)教師1年目の悩み
(2)液体窒素を使った授業などが、教師生活を変えた
(3)液体窒素の基本実験

2.液体窒素の実験時の発問集

3.液体窒素を扱うときの注意と安全対策
(1)凍傷の事故
(2)容器破裂の事故
(3)窒息、酸欠の事故
(4)液体酸素

4.液体窒素の入手法

5.液体窒素をどのようにつくっているか

 なんと詳しいことか !!
 これはとても役に立つ!!
 これから「液体窒素物語」に挑戦という人は必見だ!!

▼このすぐれた教材「液体窒素」を使った授業は、これからもつづいていくだろう。
 「液体窒素」使ったあらたな実験も開発されるかもしれない!!
 そして、あらたな「液体窒素物語」も生まれていくだろう。

 入手も以前にくらべればうんと簡単になったかも知れない。
 しかし
 入手するにあたり、自分で動いて注入してもらう工場(現場)にでかけていくことをお薦めする。

 その様子を見学すること、「液体窒素が現在どんなところに使われているか」などのお話を聞くことは、最高の教材研究になる!!

 
 

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「日本理科教育史」をプロットする!!(43) #理科教室 #千葉薫 #液体窒素 #液体窒素物語

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今やアタリマエの定番実験にも、かならず「はじまり」があった!!

 その「はじまり」から、今日までの発展史を追いかけるのが
 現代理科教材発展史!!
 「液体窒素物語」も、このひとつに加えたくなってきた。

▼それぞれの「液体窒素物語」を聞かせてもらうことは、実に面白い!!
 高橋匡之さん(岩手)が、FBで次のように語ってくださった。

わたしが液体窒素をはじめて知ったのは、千葉薫(しげる)先生が、野田中学校の実践を理科教室に発表されていたのを読んだことがきっかけです🍀当時、わたしは久慈高校山形分校に勤務しており、山形農協では、牛の精液保存のために、液体窒素が使われており、魔法瓶をもって、ただで分けてもらっていました🍀その時初めて、液体窒素を実験で使うことができました😃

 昭和55年頃(1980年)、今から40年前!!

▼高橋匡之さんに「きっかけ」を与えた『理科教室』の記事があった。

●1980年8月 「口絵 写真  液体ちっ素」「口絵写真解説 理科の授業と液体ちっ素」千葉 薫(『理科教室』1980年8月号)

 「口絵 写真」は、ジュアー瓶から液体窒素をビーカーに注ぎ込む千葉先生の姿とそれを興味津々でのぞき込む生徒たちの姿が大きく写っていた。アルコールの氷(固体)をアルコールの液体に入れると沈む!!それがアタリマエ!!その写真も。
 「解説」の最初に千葉薫先生は次のように語られていた。
 「液体窒素を理科の授業に使いはじてから、かれこれ10年近くなる。…」
 
 と言うことは70年代のはじめのころからということだろうか。
 だとすると「液体窒素物語」は半世紀近くの歴史があることになる。
 さらに多くの「液体窒素物語」を聞いてみたいものだ!!
    
▼今では、教科書にもアタリマエのように登場する「液体窒素」!!
 青い液体の「液体酸素」!!

 画像だけでなく、やっぱりなんとか生で見せたいものだ!!
 物質観がかわる!! それはマチガイナイ!!


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「日本理科教育史」をプロットする!!(42) #やさしくて本質的な理科実験 #石井進 #三態変化 #液体窒素物語

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「-40度の世界では、バナナで釘が打てます。新鮮なバラも…」

 あの衝撃のTVCM(「モービル1」)が流れはじめたのは、1977年頃からのようだ。
 「液体窒素」を教室に持ち込むと、「あれをやれ!!」というリクエストが出てきたもんだ。(^^ゞポリポリ

▼石井進さんの「液体窒素物語」(1975.2)以前の「記録」はないのだろうか!?
 少しだけ以前で、同じく石井進さんの文章が残っていた。

●1974年11月 「物の温度の学習」石井進(『理科教室』新生出版 1974年11月号)

 このなかで石井さんは次のように言っていた。

 アルコールにドライアイスのかたまりを入れるだけで-72℃が得られるのでこれでいろいろなものを冷やしてみます。水は氷に、油もかたくなり、さくさんはすぐにかたまります。水銀もかたい金属になります。  実験としては液体窒素を用いてやることが望ましいが、手に入りにくい。  液体窒素を用いれば上記のものはほとんど固体になってしまう。  アルコールが、油のようにどろどろのように固まってしまうところなどは実に面白い。  液体窒素は特製のマホービン(金属製)が必要であり、それさえあれば約一週間は保存できる。小中学校でも是非そろえ実験して見せたいものです。 

▼一方、「液体窒素物語」はその後どのように発展していったのでしょう。
 またしても、「やさしくて本質的な理科実験3」にあった。

●1985年4月10日 『やさしくて本質的な理科実験3』(高橋金三郎・鈴木清龍・若生克雄共編 評論社)

11. 何でも三態変化 ~続、液体窒素を使おう~  (千葉 薫)

12. 体積変化を注射器で見る ~続々、液体窒素を使おう~ (中村敏弘)

 千葉 薫さんの言葉をかりると
 「液体窒素を使って、物質学習を広く、深く豊かに展開しようという実践はどんどんひろがってきました。」

▼「液体窒素物語」を書いた石井進さんは、後に次のように語っていました。

●1989年3月20日 『理科教育・理論と実践』(石井進・中原正木共著 新生出版 1989.3.20)
 
 第1部 「実践的研究 ものと子どもそして教師 石井進」
  の最後の「第8話 ものと ものの温度 融点と沸点」に「実験5 沸点さまざま 液体窒素を使って」が書かれていた。

  液体が気体になること、又は気体が液体になることには劇的な相変化として重要な意義を発見します。気体という姿は、目にはあまり見えない世界なので、あまり、ものとしてとらえにくい面があるからです。  目に見えない気体を目に見える液体の姿にしてみることは大変面白いし、衝撃的なことなのです。そこで液体窒素に登場してもらい、-200℃の世界を展開して、わが地球をとりまく空気について、二酸化炭素について、いろいろな気体を見てしまおうというわけです。そもそも液体窒素そのものが見える気体の姿です。-200℃の世界というが、まずものが実在していて、それに温度があることを意識しないといけないと思います。ものがあってそこに温度が実在することをなんとか子どもに教えたいものです。

(つづく)

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「日本理科教育史」をプロットする!!(41) #やさしくて本質的な理科実験 #石井進 #三態変化 #液体窒素

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▼ひとつの実験教材の「はじまり」を知ることは、その実験の授業展開を考えるうえでとても参考になる。
 また「これから」のあらたな教材開発にも大きなヒントを与えてくれる。
 「液体窒素」の「はじまり」を追ってみよう。

 「液体窒素」は日本の理科室に
・いつごろ
・誰によって
・どんな「ねらい」を持って
持ち込まれたのだろう!?

▼私が1981年に「三態変化」の実践報告を書いたときに、液体窒素に関する[参考文献]としては、2つをあげていた。
 ひとつは『やさしくて本質的な理科実験2』であった。

●1976年4月10日 『やさしくて本質的な理科実験2』(高橋金三郎・若生克雄共編 評論社)

 このなかに次の提案があった。 
8. 液体窒素を使おう (千葉 薫・古川秀子)(同書P34 )
<ねらい>
<実験までに知っておきたいことと注意>
<方法>と授業のなかで その1 沸とう ~その8 気体の圧力

 たいへんくわしく提案されている。
▼もうひとつの[参考文献]にあげているのが次だった。

●1975年2月 「液体窒素物語」石井進 (『理科教室』新生出版 1975年2月号)

 きわめて具体的な授業実践報告である。
 実際にはじめて「液体窒素」を授業に導入するときにとても参考になった。
 生徒たちの反応がとても面白い!!
 自分でもやってみたい!! と思わしてくれる実践報告だった。
 ここから、私の「液体窒素物語」がはじまったのかも。

ではこれ以上前の提案・報告はないのだろうか!?
 また
 この後、「液体窒素物語」はどのように発展していったのだろう!?

 今しばらくは、「液体窒素」を追い続けたい!!
 「液体窒素」に関する情報を教えてください。 <(_ _)>

 あなたの「液体窒素物語」は!?

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「日本理科教育史」をプロットする!!(40) #理科教室 #三態変化 #液体窒素

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「ものごとは記憶せずに記録する。」(梅棹忠夫)

 「記憶」をたどることはなかなか難しい!!
 しかし、「記録」されたものをたどることは比較的簡単にできる。
 その「記録」も、できるだけパブリックな場に「記録」化されたものが有効である!!

 教材「液体窒素」を追ってみよう!!

▼10年前の「記録」つづいて、もっと古い私が「記録」したものはないだろうか!?
 さがしてみた。あった!! 今から27年も前のものだった!!

●1994年9月・10月 「物質学習のはじめに「三態変化」の授業を(1)・(2)」楠田純一 (『理科教室』1994年9月号・10月号)

 たしかにここにも、「三態変化ダイジェスト」として液体窒素を使っての授業を記録していた。

▼ほぼ同様の内容のものを後にページ化して「記録」していた。

● 三態変化ダイジェスト(1)~液体窒素を使って~

●三態変化ダイジェスト(2)~液体窒素を使って~

 今、読み返してみてもワクワクしてくるような一時間だった。

▼さらにもっと古い自分が「記録」したものはないだろうか!?
 あった!!古い古いものだ!!
 なんとそれは40年も前の「記録」だった!!
 
●1981年10月 「気体の鉄・固体の酸素はあるだろうか 物質をとらえるPartⅠ「三態変化」<中1>」楠田純一(『理科教室』1981年10月号)

 そこでも「いよいよ液体窒素を使って~三態変化ダイジェスト~」として、次のような一文からはじまる報告をしていた。
 
「教師になってからの念願である「液体窒素を使って」の授業である。三態変化のまとめとして、またグッと三態変化の領域を広める意味おいてもやってみた。」

(つづく)

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「日本理科教育史」をプロットする!!(39) #日本理科教育史 #教材史 #三態変化 #液体窒素

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▼Wコップの実験でできた「根毛のようなもの」は、お昼過ぎてもなかなか消えなかった。
 もっと驚いたのは、近くをながれる小川まで凍っていたことだ。

 温度が低ければ水は液体から固体の氷に変化する!!
 アタリマエすぎるほどアタリマエ!!
 それは水に限ったことではない。すべての物質が…!!

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▼このアタリマエに自分自身が感動した「三態変化」の学習を思いだした。

◆【三態変化】

 自分でもお気に入りの単元だった。
 いっぱい楽しめる実験があった!!
 なかでもいちばん印象深かったのは「液体窒素」を使っての実験だった。

▼しばらくやすんでいた「「日本理科教育史」をプロットする!!」のシリーズを再開する。
 今回の再開では、「教材史」にスポットあてていきたい。

 どこまでも等身大に!!
 「これから」にツナガル!!

 をこころがけておきたい。

 まず最初にスポットを当てるのは 「液体窒素」!!

▼等身大に「歴史」をさかのぼるのも、できるだけ今に「近い」ところからはじめてみようと思う。
 「記録」に残しているもっとも最近のものはこれだ。
 ちょうど10年前の「記録」である。

●2011年2月1日 【授業】私の「液体窒素物語」・最終章(1)

             【授業】私の「液体窒素物語」・最終章(2) 

(つづく)
     

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「日本理科教育史」をプロットする!!(38) #理科の部屋 #30年史 #自分史

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▼風は冷たかった!!
 すっかり葉を落としてしまった柿の古木にあの紡錘形の生命体がぶらさがっていた!!
 今ではずいぶん珍しくなってしまった「蓑虫」である。
 それも、ひとつふたつでなくすくなくとも10個は越えている!!

 寅彦の「蓑虫と蜘蛛」(青空文庫より)を思いだして読んでみた。
 しばし、「蓑虫」の一生に思いを馳せるのだった!!

▼久しぶりに 「日本理科教育史」をプロットする!! をつづけよう。
 27歳をむかえたばかり【理科の部屋】の歴史が気になっていた。

 あと3年で30歳である!!

▼3年後を想定して、「【理科の部屋】30年史年表」を書き始めていた。

【理科の部屋】30年史年表 

 あくまで私自身が把握する範囲の「歴史」である。
 行がみだれてしまったり、リンク切れがいっぱいあったりしてなかなか思うように作成できない。
 いつまでもパソコン苦手はかわらなかった。進歩がない。(^^ゞポリポリ

いつのまにやらこの「30年史」と「自分史」を重ねてしまうのだった!!

 【理科の部屋】の最もすばらしいところは、多くの人の「自分史」に支えられてきたところだ。
 他の人が「【理科の部屋】30年史」を描けばまたちがったものができるだろう。
 それらをリンクすれば より豊かな「30年史」になるだろう。

 それに とても興味がある!!
 ここで思いつき提案だ!!3年後をめざして

 「【理科の部屋】30年史」作成委員会(仮称)をつくりませんか!!
 
(つづく) 

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【祝】本日(2020/11/23)、【理科の部屋】は満27歳に\(^O^)/ #1993年 #日本理科教育史 #理科の部屋

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▼「日本理科教育史」にこの日はプロットされるだろうか!?

●1993年11月23日 NIFTY-Serve教育実践フォーラム【理科の部屋】開設!!

 そう!!
 本日は【理科の部屋】満27歳の誕生日だ!!

▼【理科の部屋】創設期からのwelcomeメッセージは一貫していた。

***************************************************
日本の理科教育情報発信基地
    【理科の部屋】へようこそ        

(^o^)/ あなたもここで情報発信者に\(^o^)   
情報は、発信されるところに集まる。
あなたがノックされるところがドアです。
時空を超えて響きあい・学びあい・高めあう世界を 
*************************************************** 

なかでも「情報は、発信するところに集まる!!」は、私たちの合い言葉だった。

▼【理科の部屋】とは何か を次のように語っていた。

●【理科の部屋】とは~情報は発信するところに集まる~

 そのなかに次のような文章があった。少しながくなるが、誕生日ということで読み返してみた。

 10年後、20年後に日本の理科教育研究史を語るとき、かならずや【理科の部屋】にふれられることは確実であろうと思います。 「ああ、あれがこの時代の萌芽期であったのだなあ」と。Y(^^)ピース!  この間ずっと、一貫して【理科の部屋】では『情報は、発信するところに集まる。』と唱えてきました。  これは、これまでの教育研究運動のコペルニックス的転回であり、一大パラダイムの転換です。  つまり、これまでの情報の「受信者」が、「発信者」に変わっていくのです。じつは、ほんとうに必要な情報は「発信」するところに集まってくるのです。  先行する実践者の報告を、ありがたく聞くだけが研修(研究)ではないのです。(先行するすぐれた実践からは大いに学ぶべきです。そこからしか、私たちの研究活動は出発しないのも事実なのですが)自分の実践をどんどん発信するのです。  そのことが、なによりの自分にとって有用な「情報の収集活動」になるのです。

▼27年たった今も、この思念はかわらない。
 今も現在進行形の【理科の部屋】がふたつある。

●【理科の部屋】7(サイエンスフォーラム)

●Facebook版【理科の部屋】

 先の文章を再び引用してみよう。
 
 

私たちは、今こそ自分の学校の理科室を、研究室を、仕事場を、家庭を、フィールドを、・・・
 そして自分自身を「日本の理科教育情報発信基地」に変えてしまいたいものです。
 「私」発→「地球」行きのメディアを駆使して・・・。

 さあ!!

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「日本理科教育史」をプロットする!!(37) #2020年 #サイエンスアゴラ2020 #未来の理科教育

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風は冷たかった。
初冬が帰ってきた!!

 本日(2020/11/22)でサイエンスアゴラ2020が終わる。

●2020年11月13日~22日 サイエンスアゴラ2020『Life』

 科学と社会の関係を深める10日間!!
 オンライン開催「無料配信」!!
 開催初日からいつでも見られるオンデマンド企画!!
 
▼今年のテーマ『Life』に沿って実に多種多様の企画が展開されていた。
 もう済んでしまった企画については、動画でその「記録」が見ることができる。
 アリガタイ!!
 今日(11/22(日))一日とっても、実に多様な企画がライブ配信されるようだ。
 オモシロソウ!!

開催初日からいつでも見られるオンデマンド企画!!
 というのがこれまたいい!!
 ついつい目移りしてしまうほどのメニューだ。
 やはりお薦めは

●企画番号Y-02『やっぱり見たい!原子や分子!!』

 です。8年前に参加したときのことを思いだしてしまった。
 他にもほんとうにいろいろな企画がある。
 オンデマンドだからこそ実現した企画がいくつもある。

▼やっぱり意識は、「理科教育」にもどってしまう。
 2020年という年が、「これから」の「理科教育」に大きな影響をもたらすだろうことはあきらかだ!!

 サイエンスアゴラ2020 に 未来の理科教育 のヒントをみつけに行こう!!
 
(つづく)


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