ファラデーは「ロウソク」にどのようにして火をつけたのか!? #マッチ

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▼今年もクリスマスが近づいて来た!!
 クリスマスと言えば、思い出すのがファラデーのクリスマスレクチャー『ロウソクの科学』だ。
 『ロウソクの科学』は、1860~1861年にファラデーが青少年のために行ったものだ。
 とても面白い実験の数々が登場する。
 その実験の一部でも実際にやってみると面白いかも知れない。

 アリガタイことに、私たちはその「記録」を読むことができる!!
 
▼『燐寸(マッチ)一本 化学の元!!』を次にすすめるにあたり、私にはどうしても置き去りにしておけない未解決な「ふしぎ!?」があった。
 
(7) ファラデーは『ロウソクの科学』(1860年)で何を使ってロウソクに火をつけたのだろう!?   
・『ロウソクの科学』第一講~第六講をていねいに見るが、マッチが見あたらない?
・「安全マッチ」は使えたのか!? 微妙 (・_・)......ン?

 「それはマッチを使って…」だろうと私も簡単に考えていた。
 そこで、できるだけていねいに『ロウソクの科学』(ファラデー著 竹内敬人訳 岩波文庫)を読み返してみた。
 なんと不思議なことに「マッチ」という言葉が見当たらないのだ。
 
 原本ではどうなんだろう ?(゜_。)?(。_゜)? 

▼今一度、「ロウソクの科学」の前後のマッチの歴史をふりかえってみよう。
マッチの歴史(マッチの世界 日本燐寸工業会)より)

●1805 年 フランスのJ.シャンセルが浸酸(しんさん)マッチ、即席発火箱(French Fire Machines )を発明。
●1827 年 イギリスの薬剤師J.ウォーカーが摩擦マッチ、ウォーカーマッチ(Friction Lights )を発明し、販売。
●1831 年 フランスの化学者C.ソーリアが黄りんマッチを発明。
●1845 年 オーストリアのA.V.シュロッターが赤りんの精製に成功。
●1851 年 イギリスのオールブライトが純度の高い赤りんで作られた赤りんマッチを第1回ロンドン万国博覧会に出品。
●1855 年 スウェーデン、イェンシェピング社のJ.E.ルンドストレームがスウェーデン式安全マッチを発明、特許取得。
●1860年 ファラデー クリスマスレクチャー『ロウソクの科学』
●1865 年 イギリスのブライアント・アンド・メイ社が安全マッチを製造、販売。

問題はかなり焦点化されてくる。

ファラデーが「安全マッチ」を使ったかどうか!?

だ。

それにしても不思議だ。

 あんなに「ロウソク」についてくわしく話をしているファラデーが、「マッチ」についてはふれていないのはどうしてなんだろう!?

(8) マッチの語源は『蝋燭の芯』という意味である。
・ロウソクとマッチの関係は?

とも関係するのだろうか?

▼この機会にもう一度マッチの種類について復習をしておこう。

(10) 燐寸(マッチ)には4つのタイプがある!!
 (a)初期型「黄燐マッチ」
 (b)改良型「黄燐マッチ」
 (c)赤燐を用いた分離型「安全マッチ」
 (d)どこで擦っても発火できる「硫化燐マッチ」

ファラデーが使ったのはどれ!?
それとも別の…

 私のこだわりの「ふしぎ!?」は今年のクリスマスまでに少しでも解決するだろうか。
誰か教えて…<(_ _)>

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『燐寸(マッチ)一本 化学の元!!』のこれから!! #マッチ

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カチカチ!!『火の用心 マッチ一本 火事のもと !!』
 は師走の夜の風物詩。
 いや田舎では「カチカチ!!」でなく、「カンカン!!」の鐘の音だったような。
 いずれにしても、古い古い昔の話だ。

 『燐寸(マッチ)一本 化学の元!!』は、もちろんこの『火の用心 マッチ一本 火事のもと !!』からきている。
 我ながらうまく言ったものだ、と自画自讃してみる。


▼さてその『燐寸(マッチ)一本 化学の元!!』のこれからである。
 風呂敷広げるだけ広げまくったという感もあるが…(^^ゞポリポリ

 マッチ専門店『マッチ棒』でいただいた資料をみながら考えてみる。
 ところで、ここのマッチのゆるキャラ「モンキーマッチ」がとっても気に入ってしまった!!

◆マッチのキャラクター「モンキーマッチ」公式PV♪

は一度聞くと忘れられない!!
なぜか聞く度に元気が出てくるんだ!!

▼ここから、いつも参考にさせてもらっている

◆•マッチの歴史(「マッチの世界」 日本燐寸工業会)

のことについて、「日本燐寸工業会」に連絡してみたことがある。
 実にていねいに対応していただいた。
 不明だったこともいくつか知った。
 今度は実際に訪ねて行って、資料を前にさらにくわしいことを教えてもらおうと思っている。

▼思いつくままに当面の「これから」を列挙してみる。

(1) 「日本燐寸工業会」訪問!!

(2) 初めて工業的にマッチの生産を始めた人(マッチの始祖)・清水誠を訪ねる旅!!

(3) マッチ製造工場の見学!!

(4) 学校現場でのマッチ使用状況の調査!?

(5) ミニテキスト試案『マッチ』!!

等々

ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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『燐寸(マッチ)一本 化学の元!!』はどこまで!?(2) #マッチ

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「ばっかり病」にも利点があった!!
 病に「利点」とは不思議な話であるが、病であるがゆえに見えてくるものがあった。
 「ばっかり病」を発症しているときは、きわめて視野が狭い。
 それは逆に言えば、いらぬ雑なることを排して、純粋にそのものを焦点化できる。
 
 マッチばっかりに固執し、焦点化することによって、見えてくるツナガリがあった!!

▼宇田川榕庵、久米通賢と多くの人の世話になりながらの「日本のマッチ」を追う旅は、とても面白い展開となってきていた。私は完全に調子にのっていた(^^)V
 次なるターゲットは、川本幸民だった。
 ここでも私は、想像以上の成果をあげたのだった。

(18) 川本幸民の資料・文献は三田ふるさと学習館にある。川本幸民は郷土のほこりだった!!

(19) 川本幸民がつくった燐寸(マッチ)ついては、『川本幸民の 遠西竒器述 解読』(足立元之編著 NPO法人歴史文化財ネットワークさんだ 2010.4.10)にとてもくわしくわかりやすく書かれていた。
 もちろんこの段階では「黄リンマッチ」である。
 なんとうれしいことに、学習館の方のはからいで著者の足立先生と電話でお話をさせてもらった!!
 

▼ここで今一度、日本のマッチの歴史を「マッチの歴史(「マッチの世界」 日本燐寸工業会) 」を参考に三人の科学者についてピックアップしてみる。


●1837 (天保8)年
・ 宇田川榕庵(ようあん)が欧州の文献を参考にマッチについての記述もある化学書『舎密開宗(せいみかいそう)』を著す。

● 1839 (天保10)年
・ 高松藩士、久米通賢(くめつうけん)栄左衛門がドンドロ附木、吹弾子(雷汞(らいこう)マッチ)を発明。史実としてはわが国最初の国産マッチの発明。

●1848 (弘化4)年
・兵庫県加古郡横谷村(現在の三田市)出身の蘭学者、川本幸民(かわもと こうみん)が黄りんを使ったマッチの試作に成功。

宇田川榕庵、久米通賢、川本幸民を訪ねる旅でだいぶんその「マッチの歴史」が見えてきた!!
三人ともマッチだけでなかった。

(20) 宇田川榕庵、久米通賢、川本幸民はいずれもが最先端のきわめてマルチな科学者だった!!
 
▼これらの事実からもつくづく実感することがある!!

(21) 「マッチの歴史」は日本近代「化学」の歴史そのものである!!

(22) 「燐寸(マッチ)一本 化学の元!!」は本当だ!! 

 このふたつが、現段階の「結論」である。
 まだまだ旅はつづく!!

(つづく)

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『燐寸(マッチ)一本 化学の元!!』はどこまで!?(1) #マッチ

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もうあきらめた!!
 私の相反する2つの持病の完全治癒は不可能である!!
 かくなるうえはこの2つの持病とうまくつき合っていくしか方法はなかった。
 「ばっかり病」!!
 と
 「あれもこれも病」!!

▼今年になって、急激に再発症してきた「ばっかり病」に「マッチばっかり病」がある。
 6月の後半から、いろいろの「あれもこれも病」にまぎれて、すっかり忘れてしまうところだった。
 ところが先日、それを思い出させてくれるひとつの文章に出会った。
 その文章は、今月号の『科教協 ニュース』(No.711 2018・12・1(12月号))にあった。

◆『シリーズ実験観察91 マッチは、擦り方の訓練だけなんてもったいない~マッチは文明の利器、楽しく遊びながらマッチの科学を学ぼう! 菅原正志』 

 実に興味深い報告・提案である。
 納得も共感もできる。(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン

 そう言えば私も…と、「マッチばっかり病」を思い出した次第だ。
マッチ専門店『マッチ棒』で手に入れ、そのままになっていたマッチの数々をラボの机のうえにならべてみた。
 たったそれだけの作業をしているだけで、自覚症状に気づいた!!

 「マッチばっかり病」再々発症を!!

▼ポンコツ頭、再々「整理」のため、「これまで」を繰り返してみよう。
 
◆『燐寸(マッチ)一本 化学の元!!』

 半年以上前に番号付けをしていたそのままに列挙してみる。

(1) 「マッチ一本 化学の元 !!」プロジェクトは7年前から頭のなかで「醸成」したきたこと。

(2) なぜ今、私は「燐寸(マッチ)」に注目するのか!?
・理科室のマッチが今、「風前の灯火」だ!!
・こんなすぐれもの「教材」の火を消してはならない!!
・マッチでなければできなない理科実験がある!!
・「より簡単に」「より安全に」の歴史は近代化学の歴史である!!
・マッチづくりは誇りある姫路の地場産業だ!!全国生産の7~8割がココで!!

(3) マッチの歴史(「マッチの世界」 日本燐寸工業会) はココできまりだ!!アリガタイ!!

(4) THE MAKING (101)マッチができるまで (サイエンスチャンネル 科学技術振興機構) マッチはこのようにしてつくられる!! わかりやすい貴重なビデオである!!  

(5) 「マッチの火をつける」だけでもりっぱな実験デアル!!
 くり返しになるが、これを私は大いに強調しておきたい。「実験の安全性」とあわせて指導すれば、充分一時間楽しめる実験である。子どもたちには大人気だ!!

(6) ぜひとも「マッチ」を使用したい実験(中学校を中心に)

(a) 水でマッチに火をつける。(過熱水蒸気の実験)

(b) 流れる食塩でマッチに火を!!(【三態変化】より)

(c) FeとSの「化合」は発熱反応であるを、マッチで確認する!!(【化学変化】より)

(d) 「気体」確認にマッチを使用する。水素の燃焼はマッチで!!

等々 まだまだいっぱいありそうだ!!
ともかく理科の授業でも
マッチ棒一本からはじまる化学の世界!!
を大いに楽しみたいものだ!!

(7) ファラデーは『ロウソクの科学』(1860年)で何を使ってロウソクに火をつけたのだろう!?   
・『ロウソクの科学』第一講~第六講をていねいに見るが、マッチが見あたらない?
・「安全マッチ」は使えたのか!? 微妙 (・_・)......ン?

(8) マッチの語源は『蝋燭の芯』という意味である。
・ロウソクとマッチの関係は?

(9) 小箱マッチには平均44本のマッチ棒が入っている!!
    実際に数えてみると多い少ないアリ!! 

(10) 燐寸(マッチ)には4つのタイプがある!!
 (a)初期型「黄燐マッチ」
 (b)改良型「黄燐マッチ」
 (c)赤燐を用いた分離型「安全マッチ」
 (d)どこで擦っても発火できる「硫化燐マッチ」

(11) 『マッチ売りの少女』が売ったのは、「安全マッチ」でなく改良型「黄燐マッチ」である可能性が高い!!

(12) マッチ専門店「マッチ棒」にマッチ情報のすべてがある!! 

(13) 宇田川榕庵が『舎密開宗』(せいみかいそう 1837年)で燐寸についてふれていた!?
・「第百三十章 燐の燃焼性」おそらくこの部分だろう。

(14) 津山洋学資料館に宇田川榕庵に関する資料がいっぱいある!!
・榕庵はきわめてマルチに活躍していた!!

(15) 『舎密開宗―復刻と現代語訳・注 (1975年)』 (講談社 宇田川 榕菴 (著),田中 実 (著))は面白い!!
・ついに手に入れてしまった!!

(16) 久米通賢が「わが国最初の国産燐寸(マッチ) 」(1839年 天保10年)を作っていた。!!
・雷汞(らいこう)マッチは「黄燐マッチ」ではなかった!!

(17) 鎌田共済会 郷土博物館に久米通賢の資料が集中してあった!!必見!!

(つづく)
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『燐寸(マッチ)一本 化学の元!!』はどこまで!? #マッチ

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▼大賀ハス「花芽」2号はいつのまにやら、「花芽」1号を追い越してしまっていた!!
 立葉のあいだを縫うように花茎をのばし、逆転してしまったのである。
 「花芽」2号の蕾は、誰かが囓ったのだろうか、少しあの赤い色が覗いていた。
 蓮根の植え替えから13週目だった。

 「あこがれの4日間」はいつだろう。 o(^o^)o ワクワク

▼「ばっかり病」と「あれもこれも病」の往復運動を飽きもせず繰り返していた。
 今年になって急激に発症してきた「ばっかり病」のひとつに「マッチばかり病」がある。
 その軌跡をページにしていた。

◆『燐寸(マッチ)一本 化学の元!!』 

である。
▼その病もやや小康状態が続いている。
 どこまで来ていたのだったかな!?
 少しその「記録」を見ながらふり返ってみた。

 宇田川榕庵、久米通賢、川本幸民を訪ねる旅を通してその「歴史」が少し見えてきていた!!
二つのことが確信にかわりつつあった。

(1) 「マッチの歴史」は日本近代「化学」の歴史そのものである!!

(2) 「燐寸(マッチ)一本 化学の元!!」は本当だ!! 

▼私の持病のこまったところは、「ばっかり病」だけではないのだ。
 同時に「あれもこれも病」も併発するところだ。
 いくつもの「あれもこれも」が出現して、「マッチばっかり病」から一ヶ月近く遠ざかってしまっていた。

 せっかくの確信もうすれてしまってはモッタイナイ!!
 次の一手は決めていた!!

 ある場所の訪問だ!!
 「これから」はきっとそこから見えてくるはず!!
 さあ、いつ行こうかな o(^o^)o ワクワク

(つづく) 


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私の「科学」雑話(24) #マッチ #川本幸民 #化学新書

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▼手に入れた冊子は3つある。

◆『川本幸民の足跡をたどる~蘭学の伝統~』(八耳俊文著 NPO法人歴史文化財ネットワークさんだ 2011.1.25)

◆『川本幸民の 遠西竒器述 解読』(足立元之編著 NPO法人歴史文化財ネットワークさんだ 2010.4.10)

◆『蘭学者 川本幸民の「化学新書」解読・実験の手引き』(阪上正信著 三田市郷土先哲顕彰会刊行 1998.3.1)

である。
 まだ完全に読んでしまったわけではないが、実に面白い!!
 求めていたもの、いやそれ以上のものがそこにはあった。アリガタイ!!

 川本幸民もまた、宇田川榕庵、久米通賢たち同様きわめてマルチな活躍をした科学者だった!!

▼では肝心の川本幸民がつくった燐寸(マッチ)とはどんなものだったのだろう!?
 くりかえしいろんなところに書かれているようだ。
 なかでも、『遠西竒器述 第二輯』にくわしく書かれているようだ。しかし、それがわかったとしても私にはちんぷんかんぷんで手も足も出なかった。
 そこでアリガタイのが、この度手に入れた

◆『川本幸民の 遠西竒器述 解読』(足立元之編著 NPO法人歴史文化財ネットワークさんだ 2010.4.10)

だ。
 これなら私にもわかった!!(なおうれしいことに、電話で少し足立先生と話をさせてもらった。深謝)
 「I 燐柹 マッチ (ホスホルストック リュシヘルス)」の項にたいへんくわしく書かれていた。
 洋書のなかのマッチの作り方の紹介にとどまらず、独自に工夫したマッチの作り方が書かれていた。
 
 川本幸民のすごいのはそこまでにとどまらず実際にマッチを作っているところだ!!

 もちろんこの段階では「黄リンマッチ」である。

▼ここで今一度、日本のマッチの歴史を「マッチの歴史(「マッチの世界」 日本燐寸工業会) 」を参考にピックアップしてみる。


●1837 (天保8)年
・ 宇田川榕庵(ようあん)が欧州の文献を参考にマッチについての記述もある化学書『舎密開宗(せいみかいそう)』を著す。

● 1839 (天保10)年
・ 高松藩士、久米通賢(くめつうけん)栄左衛門がドンドロ附木、吹弾子(雷汞(らいこう)マッチ)を発明。史実としてはわが国最初の国産マッチの発明。

●1848 (弘化4)年
・兵庫県加古郡横谷村(現在の三田市)出身の蘭学者、川本幸民(かわもと こうみん)が黄りんを使ったマッチの試作に成功。

 先日からの宇田川榕庵、久米通賢、川本幸民を訪ねる旅でだいぶんその「歴史」が見えてきた!!

▼先に進めることでそのときわからなかったことが見えてくることもある。
 宇田川榕庵が『舎密開宗』において、「マッチについて記述」しているということであるが、それが「130章 燐の燃焼性」だけなのかわからなかった。それが、今回、川本幸民ことをくわしく知るなかでわかってきた。
 もう一度『舎密開宗』現代語訳をみかえしてみたい。

 それにつけてもつくづく実感する!!

 「マッチの歴史」は日本近代「化学」の歴史そのものである!!

 「燐寸(マッチ)一本 化学の元!!」は本当だ!! 

さて、次は

(つづく)

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私の「科学」雑話(23) #マッチ #川本幸民 #化学新書

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▼次なるターゲットは決まっていた。

 「川本幸民」 である!! 

 私の「燐寸(マッチ)一本 化学の元!!」の旅はまだまだ続いていた。
 その名は、「舎密開宗」の宇田川榕庵を訪ねて津山洋学資料館に行ったときにも学芸員の方からも聞いていた。
 「マッチの歴史について調べているのですが…」
 「それなら三田のあの川本幸民ですね。ここからも三田の方へもうかがったことがあるんです…」と。
 そのときから、次は「川本幸民」であると決めていた。
▼先ず向ったのは

◆三田ふるさと学習館

だ。中国縦貫道を車で走って一時間あまりのところにあった。
 津山洋学資料館にしろ、この三田ふるさと学習館にしろ、ほんとうに近くにこんな施設があるとはアリガタイ!!

▼自分でも感心してしまうほど、こんなときいつも私はラッキーだった。
 学習館に入るなり、いっぱい情報を教えてもらった。
 文献資料もいっぱいあった。
 「自由に閲覧してください。」の言葉に甘えて、時間を忘れて見せてもらった。
 
 「川本幸民」とは!?
 いただいた子ども向けリーフレットにわかりやすく書いてあった。

 「べんきょうおもしろいね! じっけんたのしいね! 三田ゆかりの川本幸民をご存じですか?」

 ・三田が生んだ偉大な蘭学者・幸民
 ・西洋の最新機器を解説したよ。
 ・自分と妻を自作の写真機で撮影したよ。
 ・日本ではじめてビールをつくって、飲んだよ。
 ・マッチをつくって金持ちの鼻をあかしたよ。
 ・初めて「化学」という言葉を使ったよ。

 私にはやはり「マッチ」「化学」がいちばん気になるところだった。

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▼三冊のくわしい資料を手に入れた。
 なおうれしいことに、その資料の作成者とコンタクトをとっていただき電話でお話をすることができた。
 アリガタイかぎりである!! 深謝!!

 学習館を出て教えていただいた

◆川本幸民 顕彰碑 

◆川本幸民出生地 

を訪ねてみた。


(つづく)

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