Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(139)

Dscn4450
「大気の物理学実験室」!!
 私は、このいい方がとっても気に入っていた。
「また、そんなところでなにしょるん?」
「実験見とるや」
「はあ? (゜_。)?(。_゜)?」
「このごろおかしいなと思ったらやっぱり…」
「いやいや 雲 見ているんや」
「雲 を (・_・)......ン?」
「それがなんで実験なん?そもそもそんなん 何が面白い?」
「それはやな…」
「あっ、また長くなりそうやな。まあ、それお金かからんでええな!!」
「……」
▼100年ほど前に、この「大気の物理学実験室」で、とても興味深い夢物語を語った気象学者がいた。

◆『大気の科学~新しい気象の考え方~』(小倉義光著 NHKブックス76 1968.9.20)

に次のように書いてあった。

 日食や月食は、ニュートン以来、力学が発展したのに応じて、力学の法則にしたがって軌道の計算をし、ひじょうによい精度で予報されている。それと同じように、天気の予報、将来の気圧や気温や風の分布の予報は計算でできないのだろうか。これが一九一〇年代のはじめ、英国の気象学者リチャードソンの考えたことだった。(同書p63より)

▼これが今日の「数値予報」のはじまりだった。
 今も「リチャードソンの夢」として語り継がれている。

◆リチャードソンの夢(「数値予報の歴史」気象庁)

▼この最初に試みは失敗に終わったが、『数値計算による天気予報』を出版(1922年)した。
 ところが、リチャードソン自身はその後、気象学から離れてしまう。
 たいへん興味深いエピソードが紹介されていた。
 

 彼がどんなに戦争に反対し、平和に献身的であったか。彼の夫人はこう書いている。「彼の大気の研究に最も興味をもっていた人たちが、実は毒ガスの専門家であったことを知った時、彼の苦悩のときがきました。ルイス(リチャードソンの名前)は気象学の研究をやめ、未印刷だったものを破棄してしまいました。これによってどれだけのものを失ったか、誰にもわからないことなのです!」(同書p67より)

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(138)

Dsc_9693
▼久しぶりにまとまった雨が降った!!
 ふだんは屋内に置いておきときどき水やりをしている実生ヒガンバナ・実生コヒガンバナたちを外に出して自然の水分補給をしてやった。
 ところでこの雨、どんな「からくり」で降っているのだろう?
 あの「低気圧」との関係は?
 「地上天気図」「高層天気図」をみながら考えてみた。
▼「暴風雨」の謎解き物語は、100年も続いてきたあの「低気圧」モデル図に行き着いたところまで来ていた。

◆『大気の科学~新しい気象の考え方~』(小倉義光著 NHKブックス76 1968.9.20)

で続ける。
 モデル図を使っての「天気の変化」が説明されていた。

北向きに動く軽い暖気は、進行の障害となる重い冷気のドームの上をはいのぼる。この暖気と冷気の境界面が地面と交わる線が温暖前線である。逆に低気圧中心の背後では、冷気が暖気の下にもぐりこんで寒冷前線をつくる。このような構造をもつ低気圧にともなう天気としては、温暖前線に沿って幅広く雲および雨が広がり、寒冷前線に沿って、時には寒冷前線の前方に幅狭いしゅう雨性の雨が降る。(同書p58より)

続けて

 この段階では、ふつう低気圧は北東方向に進行する。中心の気圧は降下し風はしだいに強まる。寒暖前線の方がほうが温暖前線より進む速さが大きいので、やがて追いついてしまう。このときには温暖・寒冷前線間はさまれた地域の暖気は地表から姿を消し、上空にのみ存在するようになる。これを閉塞という(第28図e)。この段階で低気圧は発達の頂点に達したといえる。地表から暖気が消え、地表が全部冷気におおわれるにつれ、低気圧も衰弱してくる。こうして低気圧の一生は終わる。(同書p59より)

ナットクだ!!(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン
アタリマエだ。
 この説明が今も教科書に書かれ、自分自身でも何十年も授業で語ってきたストリーである。
 定期テスト最頻出事項だ!!
▼今さらではあるが、これってほんとうだろうか?
 ほんとうにこの通りのことが起こっているのだろうか?

 「低気圧」の実像(原寸大)をイメージするが、なかなかできない?
 そのわけがここに書かれていた!!

 ところがこの極前面はほとんど水平面に近い。二〇〇キロメートル北にいって、やっと一キロメートルの高さとなっている程度である。ところが、当時、低気圧は、対流圏の下から上までの空気が鉛直にたった軸のまわりをぐるぐる回転している巨大な渦巻きであると考えられていた。この低気圧像と、ほとんど水平面にちかい極前面で起こる波動とが、どうもぴったりしないのである。(同書p59より)

 ここに私の「ふしぎ!?」の答えがあった。
 100年も続いてきたモデル図はすばらしい!!しかし万能ではない!!
 
 超うすっぺらい空間で起こっていることだ!!

 まだ謎解きは終わってはいない!!
▼それにしてもやっぱり、このモデル図をつくりあげた科学者たちはすごい!!
どこがすごいのかそれも書いてあった。

 しかし、ここで重要なことは、V・ビヤークネスたちの大気に対する態度である。一七世紀ニュートン以来、大気中の現象を物理法則で説明することは、もちろん気象学の分野のあちこちでなされた。気圧が高さとともに減る割合、上昇する空気のかたまりは断熱膨張で冷えて(二〇一ページ)、雲をつくることなど。しかし、V・ビヤークネスほど徹底して、流体力学と熱力学を一体として大気に応用した人はなかったであろう。(同書p59より)
 

さあ、今日の「大気の物理学実験」は!?

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月のオンライン「寅の日」は #traday

Dscn4431
春分の日の「日の出」を「雲見」定点より見た!!
 「冬至」「元旦」「立春」と同じ位置から同じことをした。
 画像をならべてみてあらためてこのアタリマエに感動する!!
 日の出の位置はあきらかに北に移動していた。
 
 教科書に書いてあった通りだ!!

▼こんなアタリマエにいたく感動するというのも、きっと科学者・寺田寅彦の随筆を読み始めたことと大いに関係あると思っていた。
 そのオンライン「寅の日」も、この3月末をもってまる5年が終わる。
 2012年4月からはじめて次回で第156回となる。
 4月からは6年目がスタートする。あらたな気持ちではじめたいものだ。
 テーマは、昨年と同じ 
 寅彦と「春」
 としたい。4月は2回ある。

■2017年4月オンライン「寅の日」

◆第157回オンライン「寅の日」 …4/09(日)
◆第158回オンライン「寅の日」 …4/21(金)

▼先日、寺田寅彦記念館友の会『槲』が送られてきた。 巻頭に寅彦の「春六題(六)」が記載されていた。
 すばらしい「雲見」に関する随筆だ。 やっぱり寅彦も「雲見」をしていた!!
 それもかなり本格的なものだ!!
 さすがだとうれしくなってしまった。
 でも変な話だ。オンライン「寅の日」では、昨年の春にもこの「春六題」を読んでいながら、こんな感動的に読めなかったのに。
 それが寅彦だった。何度読んでも読む度に深く味わえるのが寅彦の随筆のすばらしさだ!!

 6年目もゆっくりゆっくりはじめよう。
 4月はこの「春六題」を2回に分けて味わってみようと思う。

■2017年4月オンライン「寅の日」

◆第157回オンライン「寅の日」 …4/09(日)「春六題(一)~(三)」(青空文庫より)

◆第158回オンライン「寅の日」 …4/21(金)「春六題(四)~(六)」(青空文庫より)


▼6年目の目標は

・さらに ゆっくり ゆっくり
・より多くの人と一緒に
・より愉しみながら

すすめることだ。6年目もよろしくお願いします。<(_ _)>

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(137)

Dsc_9594
▼大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから51週目だった!!
 予定ではあと一週間で今年度の植え替えである。今年度もこの観察池でいろんなものを観察してきた。
 大賀ハス「あこがれの四日間」はもちろんのこと、夏にあの25匹のコウガイビルに出会ったのも観察池が中心であった。葉っぱの上を這うコウガイビルは驚異であった。
 久しぶりの大雪も、この池に積もった雪を目安にした。氷の張り方も入念に観察させてもらった。
 もうあげればきりがない!! 
 一年間たって池の土は小さい粒になり、「粘土質」に変わっていた。
 そこから古株の芽だろうか。黒い芽が突き出ていた。

 「観察」こそ「科学」のはじまり!!

 を教えてくれているようだった。
▼飽きもせずに、「暴風雨」の謎解き物語の歴史をつづけて追ってみる。
 参考にさせてもらうのは変わらず次である。

◆『大気の科学~新しい気象の考え方~』(小倉義光著 NHKブックス76 1968.9.20)

 もう一度もどって19世紀半ば謎解きはどこまできていたかをふりかえる。

 時を同じくして一八六一年、似たような低気圧モデルが船乗りジンマンなる人によって提出された(第24図)。彼は、レッドフィールドやピディングトンのいうような、中心に対して対称な構造は、中緯度低気圧にはまったくあてはまらないことを強調した。「暴風雨は、互いに相反する方向に流れる二つのちがった気流によって形成される二つの側面をもつ。」いいかえれば、二つの気流が合流する二本の線をもつというのである。そして一般に西側の合流線の方が顕著で、ここでは風は南西から北西に急変する。(同書P50より)

 いい線まで来ている!!
▼しかし、歴史は直線的には展開しない。いつも螺旋的だ!!
 それから半世紀が経て画期的展開をみせる。
 
 それもやはり徹底した「観察」からだった。

そこで長男のJ・ビヤークネスや数人の若い助手とともに、実験的な天気予報を組織した。彼はそれまで実際の天気予報に従事したことはなかったのである。食料確保のためには、自国の農業と水産業に頼らざるえない母国への寄与であった。彼のグループはきわめてこまかい観測網を展開した。ただし観測者は素人ばかりであった。飛行機や気球による上層の気象観測ができないので、雲とその動きを綿密に報告させた。戦争をしている国やノルウェーの西の海からの気象電報もはいらないので、彼らは「天気図上のどんな現象も異常も、物理的な解釈なしでは見すごさない」決心をかためたのである。(同書p55より)

▼そして、ついにあのモデル図にいきついたのだ。

 こうして、一九一九年、J・ビヤークネスによって温帯低気圧の構造図が発表された(第26図)。これまでに使われていた気流の合流線ということばの代わりに、温暖前線・寒冷前線ということばがはじめて使われたのは一九一八年である。(中略)  さらに、一九二二年、J・ビヤークネスとソルベルクは温帯低気圧の一生の模式図を発表する(第28図)。 (同書p55より) 

 この図について著者・小倉義光氏はこう言った。

この第26図と第28図は、その後大変有名となった。半世紀ちかくたった現在でも、我が国の中学校理科や高等学校地学の教科書などに、そのままの形で記載されることもあるほどである。(同書p55より)

 それからまた半世紀!!
 つまり100年前!!のその図は今もアタリマエのように教科書に載っているのである!!
 
(つづく)
Dsc_9620


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(136)

Dscn4371
▼私にはいくつかのお気に入り「雲見」画像があった。
 特段めずらしいものではないが、そんな「雲見」に出会うと思わず「いいね(^^)V」と口し、カメラを向けてしまう。
 昨日もそんなひとつに出会った。
 東の空に横一列に行儀よく積雲が並ぶ「雲見」だ!!
 
 【理科の部屋】の【星空の連帯】にちなみ【「雲見」の連帯】を提案している。
 提案といってもそんな大げさなものでなく、ネット上で友人・知人たち「雲見」や空の画像をみかけけると
 「いいね(^^)V」
 をプッシュして楽しませてもらっている。醍醐味は、その画像をとっているその人の姿も想像できることだ!!

 私は、こんなのこそほんとうの「情報」だと思っている!!

▼「暴風雨」の謎解き物語の歴史を続ける。

◆『大気の科学~新しい気象の考え方~』(小倉義光著 NHKブックス76 1968.9.20)

 ここにおいても情報手段の発展は大きな変化をもたらしたようである。

やがて、一八五〇年代から六〇年代にかけて、大きな変化が起こった。電信が実用化され、ヨーロッパ各地の気象観測結果は一、二時間の間に集められ、天気図がその日のうちにできるようになったのである。これによって、大西洋の低気圧の接近も、ある程度予知できるようになり、ヨーロッパ沿岸の船の暴風雨による被害も著しく減少した。(同書p52より)

▼画期的な変化である!!
 「天気図」がその日のうちにできるなんて!!
 では、「暴風雨」の謎解き物語もいっきょに進んだのだろうか?

 ところが不思議なことに、暴風雨の構造そのものについては十九世紀後半になってもそれまで以上にあまり進歩がなかった。むしろ、後退した点さえもある。(同書p52より)
 学問の進歩が必ずしも一直線に進んでいくのではないという一例なるかもしれない。(同書p53より)

▼どうもそうではなさそうだ。
取り組みがなかったわけではない!!
それらの取り組みにふれて、この謎解き物語の本質に触れられていた。

 彼は、重要なのは等圧線の形ではなくて、大気の運動がどうであり、大気中で何が起こっているかであることを忘れてしまったのである。(同書p53より)

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(135)

Dscn4347
▼「そんなのアタリマエ!!」
 これほどシロウトの意欲をそぐコトバはない。
 「低気圧が近づいて来ているから天気が悪くなるのはアタリマエ!!」
 ・そもそも「低気圧」って何?
 ・昔からアタリマエだったのか?
 ・いつ頃から、どのようにしてアタリマエになったのか?
 等々
▼「暴風雨」の謎解き物語の歴史を続けてみよう。

◆『大気の科学~新しい気象の考え方~』(小倉義光著 NHKブックス76 1968.9.20)

を引き続き参考にさせてもらう。
 「気圧」が謎解きの鍵になるとわかったからといって、いっきょに歴史が進んだわけではない。
 なにしろ通信手段が限られていたから、今のように瞬時に他の場所の「気圧」を知ることはできなかったのだから。
 毎日アタリマエのように見ている「天気図」が、はじめて書かれたのはいつ頃だろう?

●1820年 ハインリッヒ・ブランデス(独)、1783年のヨーロッパ各地の気圧・気温・風の分布を表す「天気図」を発表  
 
なんとまだ200年と経ってはいない!!

 そのブランデスが「低気圧」について次のように言っている。

ある特定の時刻における気圧と平均気圧との等しい点をむすんで等圧線をひいている。この研究によって、「暴風雨というものは、気圧がまわりより低い部分である。それを起こす原因はまだわからない。この低圧部は西から東へ向って進行する。空気は、ほとんど四方から低圧部の中心を中心をめがけて吹き込んでいる」ということを彼ははじめて結論した。(同書p48より)

▼ブランデスにも大いなる「ふしぎ!?」があった。

 特に彼をおどろかせたのは、低圧部がヨーロッパ全部をおおうほど大きいことであった。気圧が低いということは、それより上にある空気の量が、まわりよりそれだけ少ないことを示す。かくも広大な面積にわたって空気がどこかへいってしまうことを、ブランデスはどうしても理解できなかった。彼はいっている「しかしこの広範囲の気圧の減少の原因が何であるか誰も知らない。大西洋岸全域の空気がまったく消失してしまったのか、あるいは、海が大きな口をあけて空気をのみこんでしまったのか……。」(同書p48より)

 私はこれを読んだとき思わずバンザイをしてしまった。\(^O^)/
 今ではアタリマエにも最初は大いなる「ふしぎ!?」があったのだ。
▼「暴風雨」の謎解きはさらに進む。

一八三八年にはイギリスの船長だったピディングトンは、船の気象データを集めて、゛ベンガル湾およびアラビア海のあらしを調べた。そして、空気は単に中心のまわりを回転しているのではなくて、回転しながら中心にまきこんでいることを発見し、暴風雨にサイクローンという名をつけた。サイクローンとはギリシア語で蛇がとどろをまいた状態をさすのである。以後このサイクローンということばは広く使われるようになり、熱帯低気圧のみならず、中緯度地帯の低気圧、すなわち温帯低気圧を指すまでにいたった。(同書p48より)

なんかうれしくなってくるナ!!
やっぱり そうだ。
アタリマエは昔からアタリマエ!!ではなかった。
「ふしぎ!?」を追う歴史があってこそアタリマエになったのだ。

科学史はやっぱり面白い!! 

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(134)

Dscn2029
つくしの初見だった!!
 今年最初の一本、もう少しで踏んづけてしまうところだった。
 そうなんだ!!と気づき土手をゆっくりみると、もういっぱい顔を出していた。
 昼にはホシノヒトミもすっかり目覚めていた。
 たとえ寒くとも光の春は律儀にやってきていた!!
▼「暴風雨」の謎解き物語を

◆『大気の科学~新しい気象の考え方~』(小倉義光著 NHKブックス76 1968.9.20)

を使ってつづけよう。
 謎解きの最初の手がかりは「気圧」だった。

 暴風雨の実体をさぐる人間の最初の進歩は一七世紀後半、気圧計が発明され、科学者がそれを用いるころから始った。しかし、その結果、ともすれば大気の運動よりも、気圧そのものに注意が向けられるようになってしまったことは否定できない。すでに一六六四年、有名な物理学者ロバート・フックは、同じ物理学者ボイルにあててこう書いている。「気圧がひじょうに下がると、たいてい雨や曇りの天候になることを発見した。気圧計のたすけによって、天気の変化の予測を一歩前進させたい」(同書p46より)

▼ではどうして「気圧」だったのだろう?
 それについてもていねいに説明してくれていた。
 

 それにしても、大気の状態、その変化を指示するものとして、気圧が有用だというのはなぜだろうか。何か他の量、たとえば気温はだめなのか。中・高緯度の低気圧は特有な風・気圧・気温・湿度の分布をもったままで移動する。だから、こうした量のどれかを観測すれば、あらしが接近しつつあることがわかるのではないだろうか。
 ところが実際には、地表面ちかくで観測しているかぎり、気圧以外のものは、観測点での局所的な影響をうけてしまって、この目的にそわないのである。たとえば、地表面付近では気温の日変化が大きい。それで低気圧が接近し、南よりの風とともに全般的な気温が上がったとしても、それが日没に向かう時刻であれば、温度計は気温が降下しつつあると示すかもしれない。風にしても観測地点の影響をうけやすいのである。(同書p46より)

 さらには、「気圧」こその文がつづく。

 これに反して、気圧はそれより上にある空気の重みをあらわす量であるから、地表面ちかくだけにある擾乱の影響をうけることがほとんどない。この理由から気圧は特別の意義をもつものである。バロメーター(気圧計)ということばは、もう日常語としていろいろのことの鋭敏な指示器の意味に使われている。(同書p47より)

▼「天気の変化」は「気圧計」(バロメーター)でみていく。
 そういう時代を象徴するような面白グッズがある。
「晴雨計」だ!!
 今はいろんなかたちをしたものがネットなどで販売されている。
 部屋のインテリアとしても面白いかもしれない。

 19世紀はじめまでこれがつづくそして…
 
(つづく)
Dsc_8981

Dsc_8987

Dsc_9010

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新03/12】17-11 Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 等更新!!

Dsc_8796


数えるは父の癖なり春の苔 17/03/10撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】17-11
週末定例更新のお知らせ
 まだまだ「宮沢賢治の世界」の余韻のなかにいた。
 なんとも不思議な感覚だ!!
 しばらくは続きそうだ。

◆表紙画像集2017 更新 春の苔
 還暦過ぎてすぐ父は亡くなった。その父は、「数える」ことが好きだった。
 農作業しながらでも、「これが何回目…」と。
 何なのだろう!?と不思議に思っていた。
 その父の亡くなった年齢をいつの間にやら越えてしまった今、私も同じように何でも「数」を数えるようになっていた。
 春の苔、数えるには数が多すぎるような(^^)V

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 いつまでにという期限などきっていなかった。
 だから、ほんとうの「ふりだし」にもどって
 「雲」「雨」「風」…根っこのところからところから問うてみたいと思っていた。
 今週は「低気圧」かな。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!! 「サイエンスコミュニケーター」と勝手に名のりだしてまもなく6年が終わろうとしている。
 そろそろまた、「現在地」の確認をしておいた方がよさそうだ。


 さあ、今週はどこまで!?
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(133)

Dsc_8856
▼大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから50週目だった。
 大賀ハスの観察のためだけでなく、一年間通しての私の「ビオトープ」として役割もして来てくれた。
 それももうあと2週間だけとなった。
  散り始めた紅梅の花びらが観察池に浮いていた!!
  もうその季節なんだ。
▼「ふりだし」にもどって、Webテキスト『天気の変化』の可能性へのヒントを

◆『大気の科学~新しい気象の考え方~』(小倉義光著 NHKブックス76 1968.9.20)

を読み返しながらみつける。
 この作業がとても気に入っていた。
 自己満足にすぎない!!それでもやっぱり面白いものは面白い!!
 ずいぶん時間を費やしたと思ったが、まだ最初の章の「大気のすがた」が終わりかけたところだ。
▼次はいよいよ
「低気圧の実体を求めて」(同書p43)に入る。
 最初に紹介されているのは「あらしの本質は人智のおよぼすところにあらず」の話だ。
 そんな古い話ではない。

  ●1703年 ダニエル・デフォ
 「こうした現象を通じて、自然は、われわれを無限可能の御手に、あらゆる自然の創造者に導く。最高の神秘の宮殿の奥深く、『風』はひそむ。理智のたいまつの灯をかかげ、自然を赤裸にあばいた古の賢人たちも、その途上で地に倒れた。『風』は理智の灯を吹き消し、やみが残った。」(同書p43より)

 18世紀はじめの認識である。この認識から

●1921年 「理想化された低気圧」 (J.ビヤクネスとゾルベルク :ノールウェー)

にいたったのか。
 「暴風雨の正体」の謎解き物語である。
 これはたいへん興味深い。
 けっして昔話ではない!!ときとして私たちは今でも18世紀はじめにもどってしまうのだから。
 さらにゆっくり ゆっくりすすめようと思う。
▼ちょっと話がちがうが、これぞ私の究極の道楽と思っている「雲見」のことだ!!
 この「雲見」を最初に言い出したのは宮沢賢治だ。
 

眺(なが)めても眺めても厭(あきな)いのです。そのわけは、雲のみねというものは、どこか蛙の頭の形に肖(に)ていますし、それから春の蛙の卵に似ています。それで日本人ならば、ちょうど花見とか月見とか言う処(ところ)を、蛙どもは雲見をやります。
「どうも実に立派だね。だんだんペネタ形になるね。」
「うん。うすい金色だね。永遠の生命を思わせるね。」
「実に僕(ぼく)たちの理想だね。」
宮沢賢治『蛙のゴム靴』青空文庫より)

 その「宮沢賢治の世界」に今日、あと数時間で出会える!!o(^o^)o ワクワク
 「デクノボーの科学」に!!

(つづく)
Dsc_8890
Dsc_8869


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(132)

Dsc_8634
▼我が家の「風向風速計」はカタカタカタ…とはげしく音を立てて回っていた!!
 モグラ撃退風車である。一時これがよく流行った。どの家の畑でもコレを見かけた。やがてはペットボトルを利用した手作りものもよく見かけた。
 カタカタカタ…という音の振動は地下に伝わりモグラを近づけないという理屈らしい。はたしてその効用はあったのだろうか…!?
 \(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
 物置に眠っていたものを引っぱり出してきて、前の小さな畑のモグラ撃退もかねて、我が家の「風向風速計」として設置したのである。
 「精度」は抜群だった。
 「風向」はダイナミックな一目瞭然!!
 「風速」はカタカタカタ…という音の速さ・大きさで実感!!

▼その我が家を吹く「地上風」の前に今一度、地球をめぐる大気の運動について

◆『大気の科学~新しい気象の考え方~』(小倉義光著 NHKブックス76 1968.9.20)

によってまとめておこう。
 二つ特徴があるということだった。

・その第一は、空気が上下方向に動く速さ(上昇・下降速度)は、水平方向に動く速さにくらべて、著しく小さいということである。(同書p29より)
・大規模運動の第二の特徴は、風が等圧線にほぼ平行に吹いていることである。

 これをいつも頭に入れておきたい!!
▼さて、「地上風」だ。
 これについても実にわかりやすく教えてくれていた。

風が等圧線にほぼ平行に吹き、その風速は気圧傾度の大きさに比例するという関係は、中高緯度地帯の大規模な運動についてだけあてはまる。積乱雲にともなう運動などではだめである。積乱雲のように小さいスケールの運動は、地球が自転していることなど関係ないからである。(同書p33より)

さらにはこのように言っていた。

 もう一つこの関係は、地表面から高さ約一キロメートルまでの範囲内ではあてはまらない。この気層の中では、空気と地面との摩擦のため、第14図に示すように、風は等圧線に対してある角度をなして低圧部に吹きこむ。地面摩擦がきいている層のことを摩擦層あるいは境界層という。摩擦層内で風と等圧線のなす角度は地上からの高さによってもちがうし、地表面の凹凸の程度によってもちがう。一般に海の表面は陸上にくらべると滑らかなので、この角度が小さい。ふつう地上の風としては、地上約一〇メートルで測定されるが、角度は、海上では約一〇度、陸上では約三〇度くらいである。(同書p34より)

 ナルホド(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン
 これなら、納得ダ!!
▼最後には、必ず実感・体感する話に結びつけてくれていた。それがアリガタイ!!

 摩擦層内では風向のみならず、風速も高さによって著しくちがう。地面ではあまり風もないと思っていたのに、高いビルの屋上や塔にのぼってみたら、意外に風が強いのに驚いた経験をおもちかもしれない。地表面付近では風が弱められているからである。地面摩擦のきかないような、高さ約一キロメートルより上の大気の部分でも、もちろん風は高さとともに変わるのがふつうである。(同書p34より)

 大気の流れ(風)を考えているうちに急に川の流れが気になりだした。
 家のすぐ近くを小川が流れている。しばしその流れを観察してみた!!
 大気の流れに似ているところはどこだろう?
 ちがうところはどこだろう?

(つづく)
Dsc_8710


| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧