甲斐へ「雲見」の旅(3)















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甲斐へ「雲見」の旅(2)









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甲斐へ「雲見」の旅(1)





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出雲へ「雲見」&ヒガンバナ&「たたら」の旅(2)

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▼昨日朝、目覚めても私は「和鋼博物館」の感動の余韻なかにいた!!
 この旅、さらに「たたら」にこだわり続けたいと思った。そこで、今話題の「出雲たたら村」に行ってみることにした。幸いなことに出雲市駅直通のバスが出ていた。限られた時間ではあるが、「たたら」に関するあらたなことを知ることができるかも知れないと考える楽しみだった。
 バスは川に沿い奥出雲に入っていた。車窓からはヒガンバナを見逃すまいとカメラをかまえて待っていた。
 一昨日にくらべるはるかに高頻度にヒガンバナを見た!!川の土手に、河原に、田んぼ畦にところがカメラにとらえることはなかなか難しかった。
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▼予定よりはやく「出雲たたら村」に着いた。
 なにより楽しみなのは2017年公開映画『たたら侍』の撮影を行った巨大オープンセットが見られるという「たたら映画村」である。
 ご縁坂にはいくつかもの楽しそうなブースががある。
 「しまねっこ」も迎えてくれた。
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▼少し説明を聞いて、いよいよ「映画」村に入った。
 「和鋼博物館」での予習が大いに助けとなった。ここではすべてものが撮影させてもらえるのがアリガタイ!!
 いつしか、自分がほんとうの「たたら村」にタイムスリップしたような気分になる。
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 来年の映画公開が楽しみだ!!
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▼出雲市駅にもどってきたのは、ちょうど一昨日(9日)安来に着いたぐらいの時間になった。
 帰りの電車のなかでもも窓に張り付き「雲見」とヒガンバナに夢中になっていた。
 鳥取あたりにさしかかったとき、天気も少しあやしくなってうすぐらくなってきた。
 そのときだ!!ついに線路沿いの土手にヒガンバナをバッチリととらえた。満足だ\(-o-)/

 暗くなってからは、長いあいだ積ん読のままにしていた(読んだかも知れないが、もうその記憶すらない。時間があったら読もうと持参していた。)『たたら師鎮魂 中国山地に炎の跡を追う』(寺林峻著 三省堂 1981.4.1)を読み始めた。この旅のなかだけにすごくリアルに読める。
 またしても持病の「ばっかり病」が発症しそうだ。「たたらばっかり病」が…。
 
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出雲へ「雲見」&ヒガンバナ&「たたら」の旅(1)

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▼青春18きっぷがあと二日残っていた。
毎年ことながら期限ぎりぎり迷っていた。こんなときはやっぱり「雲見」の旅だ。列車の車窓から「雲見」するだけだ。これがけっこう楽しいものだ!!
 もうひとつ加えよう。この時期だからやっぱりヒガンバナだ。
 もうすでに近くでは咲き始めているのを確認していたから、他の地方ではどうだろう?
 どんな場所がもう咲き始めているだろう?
 今回はもうひとつ欲張りをしてみることにした。出雲と言えば、私にはこれが気になってしまう。
「たたら」だ!!金属と私たちとつき合いの歴史を語るときはずことのできぬテーマだ。
 ついでにしては面白すぎるテーマだ。どこまで成果があるかは別問題だ。
 いつも無手勝流、出たとこ勝負で行ってみよう。
▼とは言っても列車に乗っている時間は異常にながかった。
でも不思議と飽きなかった。
空の「雲見」と地上の「ヒガンバナ」、ひとつとして見逃したくない。
残念ながら、ヒガンバナの大群落をみつけることはできなかった。かろうじて草むらに数本のヒガンバナ、田の畦に咲き始めているかな?
というのを目撃したに過ぎなかった。しかし、おかげで各地の稲田がどんな状況にあるのかよく観察できた。
これは思わぬ収穫である。
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▼第一目的地である安来に着いたのは14時を少しまわっていた。
はるか昔に「和鋼記念館」を訪れた記憶があるのみだった。「和鋼博物館」になってからは訪れたことがなかった。ずっと行ってみたいと思い続けていた。
 駅から10分ばかりあるくととても特色なる建物が見えてきた。
 入ってみると、たまたま館長さん自らが団体さん向けにくわしい説明をされていた。その場におられた方に「一緒にどうですか?」と誘われて一緒にお話を聞かしてもらった。ラッキー!!
 そのお話が実に面白かった。興味津々のお話が次から次へと…。
 あまり面白かったので、後でひとりでもう一度ゆっくりビデオ見たり、展示品を見て回った。
 いつの間にやら閉館時間がせまっていた。
 これは、しばらく反芻作業が必要なようだ。
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▼博物館を出て次に向かったのは松江だ。
ここまで来ているのだからあの「夕日」を見ようと、有名な「夕日」スポット、県立美術館に向かった。
まあ、これも「雲見」のひとつ思えば…。

ところが…。

(つづく)
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杜の都へ「雲見」の旅(3)

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▼「雲見」の旅はいつも楽しい!!
旅をしながら「雲見」スポットをみつけるのである。絶景の「雲見」スポットと出会えたときは最高にうれしい。
 今回も研究会自体は11日の朝に解散であった。
 研究会で教えてもらった杜の都・「雲見」スポット=青葉城跡に11日の午前中に行ってみた。
 これまた教えてもらった「るーぷる仙台」(観光スポット巡回バス)を利用した。
 とても便利だ。
▼青葉城跡から「雲見」は最高だった!!
 何時間でも「雲見」を続けていたかった。

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杜の都へ「雲見」の旅(2)

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▼今回の旅の目的である研究会で、Webテキスト『天気の変化』の今!!について発表した。
 この「雲をつかむような話」に
 貴重なアドバイス・意見をもらった。アリガタイ<(_ _)>
▼つくづくと思う。
 情報は発信するところに集まる!!
 情報は交流するところに生まれる!!
は真実であると。
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(つづく)

 

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杜の都へ「雲見」の旅(1)

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▼昨日(2016/08/08)早朝より久しぶりの「雲見」の旅に出た。
目的地は杜の都、仙台だった。
新幹線の車窓からの「雲見」を画像とともに報告する。
▼「雲見」の旅はいとも簡単だった。
ただ走る新幹線の車窓から画像をとるだけだった。
富士山あたりまではそんなに雲は多くなかった。ところが東京が近づくにしたがって雲の量が多くなってきた。
▼東北新幹線ではなおさらであった。
雲の種類も関西・関東・東北とこれだけいっきょに水平移動をすれば違っていた。
▼仙台に着いたとき気づいた。
まだ「七夕まつり」であることに…
 駅でははげしく雨が降ってきた!!
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「お水取り」とは!?

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▼まだ旅の余韻のなかにいた。
いやそんなきれいなものではなかった。ポンコツ頭のキャパシティをはるかに超えていた。
記憶しきれいことを、なんとか「記録化」したいという思いから撮った写真は膨大な量になっていた。
「整理」すると言っても簡単な作業ではなかった。
「整理」をしているのか、頭の中を攪拌しているのかわからぬ状況になってしまった。
久しぶりに持病の「ばっかり病」を発症していることは確かだった。(^^ゞポリポリ
▼「お水送り」「お水取り」連続して見ることで、見えてきたものとは?
若狭で見た「遠敷神社」がなぜ東大寺二月堂にあるのか?
二月堂の正面にまず「若狭井」があるのはどうしてか?
そもそも「お水取り」とはなにか?
それらの「ふしぎ!?」の幾分かは見えて来つつあった。
旅に先立ち、部分的に読んだ本がある。それは前回「お水送り」に参加したときに教えてもらった本だった。
◆『十一面観音巡礼』(白州正子著 講談社文芸文庫)
なかなか面白い!!
このなかに「若狭のお水送り」(p81)「奈良のお水取」(p99)があった。
若狭の「山八神事」について次のように書いていた。

この祭りでかわっているのは、お餅のかわりに赤土を丸めたものを舐めることで、私もためしに頂いてみた。
ざらざらして味気ないものであったが、これはたぶんよい土を得るためのお呪いであろう。が、それだけでないと思うのは、遠敷は古くは小丹布とも書き、若狭から越前・近江へかけて、丹生と名づけるところが多い。丹生はいうまでもなく朱砂の生産地で、赤土を舐めるのはおそらくそのことと関聯する。丹生については、若狭の郷土史家である水江秀雄氏の著書にくわしいが、朱砂は川から採集したため、水の信仰と結びついていた。思うに若狭彦は朱の産地を確保していた為に、大きな勢力を得たのであろう。朱も水銀も、大仏建立に欠くことの原料で、そこから東大寺のとの関係が生まれたのではないだろうか。(同書P91より)

全面的に賛成である。
「遠敷神社」については、次のようにも書いていた。
してみると、姫神の前身は、丹生津姫ではなかったか。丹生津姫とはいわなくても、水の女神であったことは確かである。その証拠には、若狭姫神社の別名を、「遠敷神社」と呼ぶことでもわかる。赤土を舐めるのは、朱砂を尊んだ遠い祖先の記憶が、そういう形で残っているのだと思う。(同書 P92より)

 納得である!!
「お水送り」「お水取り」の「お水」とは、「霊水」だけを意味するものでなく、「丹生」=「朱」→「水銀」をも意味している!!
という作業仮説が、もはや「事実」に近づいている気がしてきた。
▼今にも、あの松明の火の粉が降ってきそう気分はまだ続いていた。
「お水取り」の興味深いところは、丹生の謎解き面白さだけではなかった。
これについても白州正子は次のように語っていた。
人生観といっては大げさだが、修二会の前と後では物を見る眼が違って来る。視野が広くなるというか、今まで夢にも見たことのない世界がひらける。朝までがんばらくては、そういう体験は得られない。テレビやカメラに写らないもの、写せない所に、ほんとうの「お水取」があるのだ。(同書P112より)

「その通り!!」
三回ばかり(朝までは二回)参加したぐらいで、えらそうなことは言えないが…。
やっぱり不思議な魅力ある世界なのだ。
なぜだろう? 
修二会は今年で1265回目であるという。この間一度たりとも途絶えることがなかった。
驚異でしかない!!
 今年の「お水取り」もまだはじまったばかり、「お水取り」本番、若狭井で「お水」を汲むのは、13日午前2時頃だろうか。
 そもそも「お水取り」とは?
の私の答えは、まだまだ遠いようだ。
▼生徒の「夏休み自由研究」の「ふしぎ!?」に端を発した「丹生」を追う旅も、もう30年以上になる。
時間は経過したが、まだまだ途上にある。
 若狭にもたくさんの宿題を残して来た。
 もちろん奈良にも…。
 あらたな「ふしぎ!?」も生まれつつある。

私の「丹生」巡礼の旅はまだまだ続く!!

きっとこれからもこの「ばっかり病」は間歇的に発症するだろう。
そしたら旅に出よう。
ひとまず …

(いつかに つづく)
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若狭から奈良の「お水取り」へ!!

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▼今回の旅最大の楽しみは、若狭の「お水送り」と奈良の「お水取り」を連続してみることだ!!
これまでは別々の年に見ていた。今回連続してこの眼で見ることによって、今まで見えていなかったことが見えてくるのではないか。それが楽しみだ!!
 そのためには、昨日の朝のうちに奈良に向かう必要があった。
朝、敦賀駅を列車が出発したのは9:23であった。
一路奈良をめざした。
車窓からの「雲見」もまた楽しかった。前日の「雲見」とちがった面白味があった。
あらためて驚くのは「琵琶湖」の大きさだ!!
巨大な「水瓶」というより、それは「もうひとつ海」だ!!
琵琶湖と「雲見」の旅!!いつかは実現させたいテーマだ。
次に驚くのは若狭と奈良の距離だ。
こんなに近いのか!!
 これまで、別々に訪れているときは、私の住むところから真逆の方向に出発していたから、こんな近いイメージはなかった。
 地図を見てアタリマエのことも、実際に旅してみなければわからない実感だった。
▼列車はちょっとしたトラブルがあって、少しだけ遅れたが正午過ぎには奈良に着いた。
ちょうどそれは前日、若狭の東小浜に着いたような時刻だった。
 少しゆっくり、今回の旅ではじめての食事らしい食事をした。
と言ってもチャーハンだが…。これがとてもおいしかった!!
 腹ごしらえが済んだ後は、迷うことなく東大寺に向かった。
奈良公園に着くと、あの鹿たちが向かえてくれた。幸いあたたかすぎるぐらいよい天気だ。
大仏殿に入る。
 なんど見ても圧倒される!!
 当時の最先端の科学・技術を結集した建造物だ!!
この迫力はなんだろう!?
 駆使した科学・技術のひとつに「鍍金技術」があった。
金鍍金にして、丹生が必要だった。
その丹生に関連して「お水取り」がある。それが今、私が追いかける仮説「文脈」だった。
▼大仏殿を出て、いよいよ二月堂に向かった。
本日のメイン会場だ。
 さっそく「若狭井」が見えてきた。
「お水取りのおこり」を解説の看板がきれいになっている気がした。
その隣には「興成社」があった。
「若狭井」のうらでは、本日の松明の準備がすすんでいた。
それをゆっくり見せてもらった。
そして、二月堂の本殿に向かった。石段を真っ直ぐ登ると、「飯道神社」の文字が見えてきた。
お堂の裏を回って左にすすむと、「遠敷神社」である!! 
一日ぶりに再会する「遠敷」の文字がうれしい!!
正面に回ると、奈良の都が一望できた。二月堂のこの位置にも深い意味がありそうだ。
修二会そのものメインの場所である。
昼間と夜では、またちがった雰囲気だった。真夜中にはさらにちがった雰囲気が…。
▼上から見ていると、はやく今夜の「おたいまつ」をカメラにおさめようと、場所取りがはじまっていた。
今回は、その場所取りに私も参加してみることにした。
まだ16時を少し過ぎたぐらいだった。
これまでとはちがったところで場所をとった。
待ち時間のあいだに再び二月堂の周辺を探索したりしながら時間をすごした。
とても面白いことがあった。となり場所をとられた「カメラマン」(おじさん、同年配?)に、カメラに関するトンデモない初心者質問をしてみた。
 とてもていねいに写真撮影のイロハを教えてくださった。さっき撮ったばかりプロの作品「鹿」も見せてもらった。
すばらしかった。そんなこんなしているあいだに本番の19時になった。
今までに見たことない角度からの「おたいまつ」がみごとなもんだった!!
感動だった!!
 再び二月堂にのぼった。局では、法会が続いていた。
 明日の朝までここに居たい気持ちになるが、今回はここまでとした。
 奈良駅に向かった。
 福崎駅に戻ったのは、23時56分!!もうすぐ日がかわるところだった。

まだ旅は終わっていなかった。
今から、「下手な鉄砲も…」方式で撮った写真の整理をはじめよう!!

(つづく)
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