本日(2019/06/10)、第225回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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をとゝひの へちまの水も 取らざりき

 

糸瓜咲きて 痰のつまりし 佛かな

 

痰一斗 糸瓜の水も 間にあはず

 「子規絶筆三句」である。子規と糸瓜には浅からぬ縁があった。
 先月、二度目の訪問をした「子規庵」の庭には子規の愛した糸瓜棚があり、今も糸瓜を育てられていた。
 そのとき、糸瓜の種5粒を「おすそ分け」にいただいた。
 5/30に蒔いて、4粒まで今 発芽してきた。さて、うまく大きく育てることができるだろうか!?
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▼2019年6月のオンライン「寅の日」のテーマは決まっていた。
 7年間の取り組みから生まれた  
◆寺田寅彦「俳句入門」十選 !!  を順次読むことだった。
 今回はそのベスト1、「俳句の精神」を読む。

◆ 本日(2019/06/10)、第225回オンライン「寅の日」!!

●「俳句の精神」(青空文庫より)

 

▼今回の作品の発表年月を見てみると

(昭和十年十月、俳句作法講座)

となっている。寅彦は昭和十年の大晦日に亡くなっている。
つまり、これは最晩年の作品である。
 俳句に関する寅彦の考えのすべてがここに集約されていると言ってもいいぐらい濃厚な作品である。
 何度読んでも、読むたびにあらたな発見がある。
 
 「俳句」に対する考えのみならず、そこには日本人の自然観・科学観についても深く考察されていた。

  日本人は西洋人のように自然と人間とを別々に切り離して対立させるという言わば物質科学的の態度をとる代わりに、人間と自然とをいっしょにしてそれを一つの全機的な有機体と見ようとする傾向を多分にもっているように見える。
 この自然観の相違が一方では科学を発達させ、他方では俳句というきわめて特異な詩を発達させたとも言われなくはない。

「季題」の重要性、俳句の必然性、可能性についても語ってくれていた。

俳句における季題の重要性ということも同じ立場からおのずから明白であろう。限定され、そのために強度を高められた電気火花のごとき効果をもって連想の燃料に点火する役目をつとめるのがこれらの季題と称する若干の語彙(ごい)である。
十七字のパーミュテーション、コンビネーションが有限であるから俳句の数に限りがあるというようなことを言う人もあるが、それはたぶん数学というものを習いそこねたかと思われるような人たちの唱える俗説である。少なくも人間の思想が進化し新しい観念や概念が絶えず導入され、また人間の知恵が進歩して新しい事物が絶えず供給されている間は新しい俳句の種の尽きる心配は決してないであろう。

▼私は今、「俳句」というものにこだわりながらも、人に「今、なぜ俳句なのか!?」と問われれば答えに窮してしまう。
 寅彦の「俳句の精神」を読んでください!!  と答えるようにしようと思う。
 私にはなかなかコトバにならないところを、きっちりと代弁してくれていた。
 「俳句のキモ」についてこうだ!!

このように自然と人間との交渉を通じて自然を自己の内部に投射し、また自己を自然の表面に映写して、そうしてさらにちがった一段高い自己の目でその関係を静観するのである。

 またその「俳句修業」の効用についてこうだ!!

 俳句の修業はその過程としてまず自然に対する観察力の練磨(れんま)を要求する。俳句をはじめるまではさっぱり気づかずにいた自然界の美しさがいったん俳句に入門するとまるで暗やみから一度に飛び出してでも来たかのように眼前に展開される。今までどうしてこれに気がつかなかったか不思議に思われるのである。これが修業の第一課である。

さらに続けて

しかし自然の美しさを観察し自覚しただけでは句はできない。次にはその眼前の景物の中からその焦点となり象徴となるべきものを選択し抽出することが必要である。これはもはや外側に向けた目だけではできない仕事である。自己と外界との有機的関係を内省することによって始めて可能になる。

そして極めつけがこうだ!! 

  一般的に言って俳句で苦労した人の文章にはむだが少ないという傾向があるように見える。これは普通字句の簡潔とか用語の選択の妥当性によるものと解釈されるようであるが、しかしそれよりも根本的なことは、書く事の内容の取捨選択について積まれた修業の効果によるのではないかと思われる。俳句を作る場合のおもなる仕事は不用なものをきり捨て切り詰めることだからである。

なんと「断捨離」こそ俳句の極意である!!と説くのデアル。
勉強にナリマス!!

俳句結社「寅の日」発足会をひらいて、この「俳句の精神」一緒に読みませんか (^^)V

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本日(2019/05/29)、第224回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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「大気の物理学実験室」!!
 この言い方が気に入っていた。誰かに教えてもらったものだろうか、それともどこかの本に書いてあったのだろうか?
 いやそれとも私の勝手な造語!?
 \(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
 ともかくけっこうの「お気に入り」だった。自分で使える「理科準備室」=「実験室」がなくなってからなおさらであった。
 私の暮らす「大気の物理学実験室」に久しぶりの雨が降った。
 雨粒が前の田んぼの水面に落ちるのを観察していると、なかなかの見もので飽きなかった!!
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▼本日(2019/05/29)、第224回オンライン「寅の日」である。
 4・5月とかけて読んできた
 寺田寅彦「科学(理科)教育」十選!!
 の最終回である。読むのはベスト5の「物理学実験の教授について」である。

◆本日(2019/05/29)、第224回オンライン「寅の日」!!

●「物理学実験の教授について」(青空文庫より)

▼「理科は実験があるから好きだ!!」
 生徒からよく聞いたコトバだ。逆に言えば「実験がナケレバ…」(^_^;)
 「理科と言えば実験!!」「実験をやれば理科!!」 それはほんとうにアタリマエだろか!?
 昔からそうだったのだろうか!?
 チコちゃん風に言うならば
 「理科の時間に実験するのはなんで?」
 
 この問いに101年前の寅彦が答えた。それが、今回読む「物理学実験の教授について」である。
 「生徒実験のすすめ」を次のように書いていた。

ビーカーに水を汲むのでも、マッチ一本するのでも、一見つまらぬようなことも自分でやって、そしてそういうことにまでも観察力判断力を働かすのでなければ効能は少ない。


先生の方で全部装置をしてやって、生徒はただ先生の注意する結果だけに注意しそれ以外にどんな現象があっても黙っているようなやり方では、効力が少ないのみならず、むしろ有害になる虞(おそれ)がある。御膳を出してやって、その上に箸で口へ持ち込んでやって丸呑みにさせるという風な育て方よりも、生徒自身に箸をとってよく選り分け、よく味わい、よく咀嚼(そしゃく)させる方がよい。

▼寅彦のほんとうにすばらしいのは、単に持論を展開するだけでなく現場の理科教師にほんとうに役立つようなことをいっぱい書き残してくれていることだ。

  数十種の実験を皮相的申訳的にやってしまうよりも、少数の実験でも出来るだけ徹底的に練習し、出来るだけあらゆる可能な困難に当ってみて、必成の途を明らかにするように勉(つと)める方が遥かに永久的の効果があり、本当の科学的の研究方法を覚える助けになるかと思う。実験を授ける効果はただ若干の事実をよく理解し記憶させるというだけではなく、これによって生徒の自発的研究心を喚起し、観察力を練り、また困難に遭遇してもひるまずこれに打勝つ忍耐の習慣も養い、困難に打勝った時の愉快をも味わわしめる事が出来る。その外観察の結果を整理する技倆も養い、正直に事実を記録する癖をつける事やこのような一般的の効果がなかなか重要なものであろう。
 

実験をするときの注意点も具体的に語ってくれていた。アリガタイ!!

 物理実験を生徒に示すのは手品を見せるのではない。手際(てぎわ)よくやって驚かす性質のものではなく、むしろ如何にすれば成功し如何にすれば失敗するかを明らかにする方に効果がある。それがためには教師はむしろ出来るだけ多く失敗して、最後に成効して見せる方が教授法として適当であるかと思う。
もともと実験の教授というものは、軍隊の教練や昔の漢学者の経書の講義などのように高圧的にするべきものではなく、教員はただ生徒の主動的経験を適当に指導し、あるいは生徒と共同して新しい経験をするような心算(つもり)ですべきものと思う。
このような場合における教員の措置如何(いかん)は生徒の科学的精神の死活に関するような影響を有するものと思う。この場合に結果を都合のよいようにこじつけたり、あるいは有耶無耶(うやむや)のうちに葬ったり、あるいは予期以外の結果を故意に回避したりするような傾向があってはならぬ。却って意外な結果や現象に対しては十分な興味をもってまともに立向かい、判らぬ事は判らぬとして出来る限りの熱心と努力をもってその解決に勉めなければなるまい。

101年の時空を超えた理科教師に向けた熱きエールにしばし耳を傾けてみよう!!

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2019年6月のオンライン「寅の日」は #traday #寺田寅彦

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▼我らが寅彦は、子規をずいぶん敬愛していたようだ。
 例えば「子規の追憶」(青空文庫より)には次のように語っていた。

 

写生文を鼓吹(こすい)した子規、「草花の一枝を枕元に置いて、それを正直に写生していると造化の秘密がだんだん分って来るような気がする」と云った子規が自然科学に多少興味を有つという事は当然であったかも知れない。
『仰臥漫録(ぎょうがまんろく)』に「顕微鏡にて見たる澱粉でんぷんの形状」の図を貼込んであるのもそういう意味から見て面白い。
 とにかく、文学者と称する階級の中で、科学的な事柄に興味を有ち得る人と有ち得ない人とを区別する事が出来るとしたら子規はその前者に属する方であったらしい。この事は子規という人とその作品を研究する際に考慮に加えてもいいことではないかと思う。

自然科学を理解する文学者として身内意識も持っていたのかも知れない。敬愛のほどは、「子規自筆の根岸地図」を「お宝」として大切に持っていたことからもわかる。
 その根岸「子規庵」に私も先週訪問してきた。
▼2019年6月のオンライン「寅の日」の計画を考える時期が来ていた。
 4月・5月は7年間の取り組みのなかで生まれた 寺田寅彦「科学(理科)教育」十選!!を読んできたが、6月は 
 ◆寺田寅彦「俳句入門」十選 !!
(1) 俳句の精神 6
(2) 天文と俳句 6
(3) 俳諧の本質的概論 4
(4) 思い出草 3
(5) 伊吹山の句について 2
(6) 俳句の形式とその進化 1
(7) 子規の追憶 1
(8) 俳諧瑣談 1
(9) 夏目漱石先生の追憶 1
(10) 連句雑俎 1

を順次読みたい。 6月は2回ある。
■2019年6月オンライン「寅の日」
◆第225回オンライン「寅の日」 …6/10(月)
◆第226回オンライン「寅の日」 …6/22(土)

▼6月は、ベスト1.2の「俳句の精神」「天文と俳句」を読みたい。
 いずれも、寅彦が晩年に書いたものであり、寅彦の俳句に関しての到達点を示唆するものだろう。
 読み応えがありそうだ。o(^o^)o ワクワク
■2019年6月オンライン「寅の日」

◆第225回オンライン「寅の日」 …6/10(月)「俳句の精神」(青空文庫より)

◆第226回オンライン「寅の日」 …6/22(土)「天文と俳句」(青空文庫より)

根岸「子規庵」は、不思議な「空間」だ。
 「子規終焉の間」に座して庭をながめているといつしか、120年のタイムスリップを起こしてしまうのだった。
 こんな狭い空間のなかに多くの若人・文学者が集い、句会をひらき、文学を熱く語ったのだろか!!
 横たわる子規に「あいさつ」をしてみたくなってくるのだった。
 
 俳句結社「寅の日」への道を考えるひと月としたい!!
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本日(2019/05/17)、第223回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼先日、オンライン「寅の日」7年の歩みを報告したときにも、オンライン「寅の日」をはじめるまでの、私と寺田寅彦の強いての「接点」として、石原純のことついて少しだけ触れた。
そうして見ていくと、オンライン「寅の日」も、どこかで理科ハウスとツナガッテイタ!!
不思議なもんだ。
▼ 本日(2019/05/17)は、第223回オンライン「寅の日」である。
 4月、5月かけて
 ◆寺田寅彦「科学(理科)教育」十選!! を順次読んでいくことにしていた。
本日読むのは、そのベスト4にあげた「科学上の骨董趣味と温故知新」を読むことにしていた。

◆ 本日(2019/05/17)、第223回オンライン「寅の日」!!

● 「科学上の骨董趣味と温故知新」(青空文庫より)

▼オンライン「寅の日」でこの随筆を読むのは5回目である。それだけ何度も読むのはとても気に入っているところが随所にあるからである。
書かれたのは大正8年(1919)ちょうど100年前だ!!  
寅彦はいつ読んでも今日的である!!を実感するのである。 

ズバリこの指摘は、さすが寅彦である。

科学上の真理は常に新鮮なるべきもので骨董趣味とは没交渉であるべきように見える。しかし実際は科学上にも一種の骨董趣味は常に存在し常に流行しているのである。
    寅彦の指摘は100年経った今も有効である。

その種類の人には歴史という事は全く無意味である。古い研究などはどうでもよい。最新の知識すなわち真である。これに達した径路は問う所ではないのである。実際科学上の知識を絶対的または究極的なものと信じる立場から見ればこれも当然な事であろう。また応用という点から考えてもそれで十分らしく思われるのである。しかしこの傾向が極端になると、古いものは何物でも無価値と考え、新しきものは無差別に尊重するような傾向を生じやすいのである。


 
しかし自分の見る所では、科学上の骨董趣味はそれほど軽視すべきものではない。この世に全く新しき何物も存在せぬという古人の言葉は科学に対しても必ずしも無意義ではない。

▼いつものことだが、後半になると寅彦の本意も益々ヒートアップしていく。

このような類例を探せばまだいくらでもあるだろう。新しい芸術的革命運動の影には却って古い芸術の復活が随伴するように、新しい科学が昔の研究に暗示を得る場合は甚だ多いようである。これに反して新しい方面のみの追究は却って陳腐を意味するようなパラドックスもないではない。かくのごとくにして科学の進歩は往々にして遅滞する。そしてこれに新しき衝動を与えるものは往々にして古き考えの余燼(よじん)から産れ出るのである。

しかしその半面の随伴現象としていわゆる骨董趣味を邪道視し極端に排斥し、ついには巧利を度外視した純知識慾に基づく科学的研究を軽んずるような事があってはならぬと思う。直接の応用は眼前の知識の範囲を出づる事は出来ない。従ってこれには一定の限界がある。予想外の応用が意外な閑人的学究の骨董的探求から産出する事は珍しくない。

そして、本意中の本意を繰りかえす!!

自分は繰返して云いたい。新しい事はやがて古い事である。古い事はやがて新しい事である。

思わず調子にのって自説をひっぱりだして
ホンモノの「流行」は、「不易」を内包する!!

ホンモノの「不易」は、「流行」を創造する!!

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本日(2019/05/05)、第222回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼昨日(2019/05/04)も暑かった!!
 アメダスによれば、最高気温27.7℃(14:50)まであがったようだ。
 立夏を前に、庭も山もすっかり初夏の様相だ。
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 大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから6週目だった。浮葉の数は、開きはじめを加えると16枚に達していた。
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▼本日(2019/05/05)は、第222回オンライン「寅の日」である。
 5月は4月に引き続いて
 ◆寺田寅彦「科学(理科)教育」十選!! を順次読んでいくことにしていた。
本日読むのは、そのベスト3にあげた「雑感」(『理科教育』より )を読むことにしていた。

 

◆本日(2019/05/05)、第222回オンライン「寅の日」!!

 

●「雑感」(『理科教育』より  青空文庫より)

 

▼最初に注目しておきたいのは、前回の「研究的態度の養成」も今回の「雑感」も、雑誌『理科教育』に寄稿されたものであることだ。
 まずは雑誌『理科教育』について、その歴史について簡単にふれておきたい。(『日本理科教育史 付・年表』(板倉聖宣著)より)
●1918年(大正7) 1.19 理科教育研究会、東京帝国大学で発会式(会長 林博太郎)。
●1918年(大正7) 4.△ 理科教育研究会『理科教育』創刊。
 その10月号に「研究的態度の養成」が、そして10年後1928年(昭和3)の11月号に「雑感」が寄稿されたのである。
 このふたつを貫くものは何か!?変化したことはあるのか?
 
 「雑感」にもどろう。「科学魂」というコトバに少し時代的背景を感じる。
 それを差し引いても、やっぱり響いてくるものがある。それは何!?

 

 子供の時代から現在までに自分等の受けた科学教育というものの全体を引くるめて追想してみた時に、そのうちの如何なるものが現在の自分等の中に最も多く生き残って最も強く活きて働いているかと考えてみると、それは教科書や講義のノートの内容そのものよりも、むしろそれを教わった先生方から鼓吹された「科学魂」といったようなものであるかと思われる。
 ある先生達からは自然の探究に対する情熱を吹き込まれた。ある先生方からは研究に対する根気と忍耐と誠実とを授けられた。

 

 時代を超えて響いてくるものがある!!

 

科学教育の根本は知識を授けるよりもむしろそういう科学魂の鼓吹にあると思われる。しかしこれを鼓吹するには何よりも教育者自身が科学者である事が必要である。先生自身が自然探究に対する熱愛をもっていれば、それは自然に生徒に伝染しないはずはない。実例の力はあらゆる言詞より強いからである。

 

ただ先生自身が本当に自然研究に対する熱があって、そうして誤魔化さない正直な態度で、生徒と共に根気よく自然と取込み合うという気があれば十分である。先生の知識は必ずしもそれほど広い必要はない。いわゆる頭の良い必要はない。

 

時空を超えた理科教師への熱きエールは続く!!

 間違いを教えたとしてもそれはそれほど恥ずべき事ではない。また生徒の害にもならない。科学の歴史は一面から見れば間違いの歴史である。間違える事なしには研究は進められない。誤魔化さないことだけが必要である。

   

先生の分らない事は大抵誰にも本当はよく分らない事である。分らない事は恥でも何でもない。分らない事を分ったような顔をするほど恥ずべき事はない。

 

 これだけではない。具体的な展開についてのヒントも書いてくれていた。
 反駁したいところがないわけではない。でもやっぱり今日においても示唆的だ!!
 またしても思ってしまうのだった。
 「こんなことほんとうに90年、いや100年も前から言っていたのか!!」
 
 寅彦はやっぱりいつも今日的だ!!

 

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サイエンスカフェ「寅の日」への誘い(5) #traday #寺田寅彦

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「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」!!
 昨日も口の中で思わずこうつぶやいていた。
 青空が支配しはじめ、今日は降らないだろうと「雲見」していた。昼過ぎたころから、少しあやしい空になった。
 そしてはげしい雨になった。
 そんなとき「上がるとザアザア」 では、どうして大気は上がったのだろう!?
 見えない大気の謎解きがはじまるのだった。

 このコトバをはじめて教えてもらったのは40年近く前だった。「発案者」の中原正木先生から直接お聞きした。
 これは使える!!と思った。そして使い続けた。
 そして 今も、「これから」も 天気は「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」で決まりだ!!
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▼先日「情報は発信するところに集まる!!」というコトバに共感してもらうことがあった。
 あまりにうれしかったもので、ついつい 私の「専売特許」のように自慢話をしてしまった。\(__ ) ハンセィ
 なるほど、はじめてこのコトバを口にしたのは私かも知れないが、ネットの世界を体験しはじめた誰もが抱く実感だった。
 だからこそ時空を超えて今なお有効なのである!!
 「情報は発信するところに集まる」!!
▼反省するのはそれだけでなかった。どうして、もうひとつのコトバを紹介しなかったのだろう。
 もうひとつのコトバとは
 「情報は交叉するところに生まれる」!!
 まったく異質なものが出会い、響きあい、学び合い、高め合う。きっとそこにあらたな「情報」が生まれる。
 誰もが、想像することができなかったようなクリエイティブな「情報」が。
▼あまりコトバばかりを先行させると現実離れしてしまいそうだ。
 まずは小さな一歩を踏み出してみよう。
 「寅の日」に少しでも関連しそうな人の集まりがあれば語り合ってみよう。
 提案してみよう。
 サイエンスカフェ「寅の日」を!!

(つづく) 

 

 
 

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サイエンスカフェ「寅の日」への誘い(4) #traday #寺田寅彦

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▼庭の定点ヒガンバナはカラスノエンドウ、スギナ、ドクダミ等の完全包囲網のなかにあった!!
長い冬の間独り占めしてきたその場所を、他の植物に受け渡す時期が来たのだ。
それは定点ヒガンバナだけでなく、種子から育てた実生ヒガンバナでも同様だった。葉先より黄色くなり枯れ始めていた!!
季節は進む。

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▼先日、オンライン「寅の日」7年の歩みを報告したときに最後に
◆Facebook版・サイエンスカフェ「寅の日」
への参加もよびかけた。特別の参加資格があるわけではなかった。
 ただ一点、オンライン「寅の日」、科学者・寺田寅彦に興味がある だけだった。
 オンラインでの話だが、究極の目標はそこにはなかった。
 究極めざすのは、オフライン「寅の日」!!
 オフライン・サイエンスカフェ「寅の日」!!
▼【理科の部屋】を大いに牽引してくださった今は亡き友人・山本央明さんは「オフ会」を次のように言った。
 「オフ会」は「学研の付録」です!!
 あのワクワクドキドキ感をこう表現したのです。
 一度体験してしまうと病みつきになります。オンラインの交流が加速されます。
 そうしてつくられるヒューマンネットワークは、生涯の宝ものです!!
▼「オフ会」の延長線上に恒常的なサイエンスカフェ「寅の日」が見えてくると思っています。
 そして、さらには
 俳句結社「寅の日」も!!

 まずは、あなたからノックしてみてください。!!
 あなたがノックするところがドアです!!

(つづく)


 

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本日(2019/04/23)、第221回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼昨日は10回目の「土佐の寅彦」詣最終日であった。
 暑かった!!あらたに「土佐の寅彦」詣の定番スポットに加えている「高知地方気象台遠隔露場」を訪れたときがいちばん気温があがっていたようだ。記録を見ると「26.0℃」(10:50)に達していたようだ。すっかり「夏日」だったのだ。
 寅彦が先駆的に提唱した高層気象観測のための装置「ウィンドプロファイラ」は白くまぶしく輝いていた。
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▼本日(2019/04/23)、第221回オンライン「寅の日」である。
 4月は
 ◆寺田寅彦「科学(理科)教育」十選!! を順次読んでいる。
 本日読むのは、そのベスト2にあげた「研究的態度の養成」を読む。

◆本日(2019/04/23)、第221回オンライン「寅の日」!!

●「研究的態度の養成」(青空文庫より)

▼最初にどうしても注目しておきたいことがある。
 この文章が書かれた年だ。大正7年(1918年)となっている。この年が日本理科教育史において重要な意味をもつ年である。
 それも、創刊されたばかりの『理科教育』に発表しているのである。
 今から、101年も前の話である。
 そう考えてみると、言っていることがあまりにも今日的なのに驚いてしまう。いつ読んでも今日的、それが寅彦のなのである!!

とにかく児童には、知らないことが恥でない、疑いを起さないこと、またこれを起しても考えなかったり調べなかったりすることが大なる恥である、わるいことであるといった精神を充分鼓吹(こすい)してほしいと思う。
彼等の求知心を強からしめ、研究的態度に出でしむるようにありたい。科学的の知識はそうそうたやすく終局に達せらるるものではない事を呑み込ませて欲しいものである。

 ここに『ねえ君、不思議だと思いませんか?』の精神の本意がある!!

▼いつでも「これから」にヒントをくれるのが寅彦だった。
 科学史を学ぶことの意義を次のように語っていた。

 これらの歴史を幾分でも児童に了解させるように教授する事はそれほど困難ではあるまい。かようにしていって、科学は絶対のものでない、なおいくらも研究の余地はある、諸子の研究を待っているという風にしたいと思うのである。
従来の知識を無視して無闇(むやみ)に突飛(とっぴ)な事を考えるような傾向を生ずる恐れがある。この種の人は正式の教育を受けない独創的気分の勝った人に往々見受ける事で甚だ惜しむべき事である。とにかく簡単なことについて歴史的に教えることも幾分加味した方が有益だと確信するのである。

 「これから」の理科教師必読の一編である!!

 

 「土佐の寅彦」詣の最後は、再び銅像にあいさつをし、墓所でオンライン「寅の日」の現在地と今回の旅の報告をして帰路についた。
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10回目の「土佐の寅彦」詣!!(2)

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▼10回目の「土佐の寅彦」詣の主目的もこの日にあった。
 前日から土佐入りをしていたので、午前中早くから会場である寺田寅彦記念館にでかけていった。
 あの警鐘「天災は忘れられたる頃来る」が迎えてくれた。
 この前に立つと身が引き締まる。警鐘は時空を超えて今こそ…!!
 庭に入ると満天星の花が、今まさに盛りだった。カエデの花も!!
 私を最初にここへ連れてきてくれたシロバナヒガンバナの今もじっくり観察さしてもらった。
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▼午後、ここで寺田寅彦記念館友の会総会・記念講演が行われたのだ。
 記念講演の講師は、なんと私自身だった。演題はこうだ。

【演題】 オンライン「寅の日」の取り組みを通して
      ~今、なぜ寺田寅彦なのか!?~

  私自身もはじめての経験であったが、オンラインでネットに接続したままの状態で話をさせてもらった。

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▼話のアウトラインはこんなことだった。

・はじめに

1.オンライン「寅の日」とは
(1) はじまり(2012年4月~)
(2) いつ・どのようにして

2.オンライン「寅の日」のこれまで
(1) 実施回数 7年間で 219回
(2) 何を読んできたか 全95編 【資料1】
(3) 【お薦め随筆】寺田寅彦「○○随筆」十選!!
(4) 「今、なぜ寺田寅彦なのか!?」

3.私の「土佐の寅彦」詣
(1) これまで
(2) 私の「土佐の寅彦」詣と定番スポット

4.オフライン「寅の日」と記念オフ
(1) オフライン「寅の日」の試み
(2) 記念オフ(企画) 100回達成記念オフと200回達成記念オフ

5.オンライン「寅の日」のこれから
(1) 私の寺田寅彦「活用」方法!!
(2) オフライン「寅の日」の展開
(3) サイエンスカフェ「寅の日」実現に向けて
  ・Facebook版 サイエンスカフェ「寅の日」
  ・俳句結社「寅の日」

▼少々モタモタしながらであるが、私なりに思うところを勝手気ままに語らせてもらった。
 にわか寅彦ファンである私ごときが、寅彦を知り尽くした「友の会」のメンバーを前にお話をさせてもらうなど、ゆっくり考えてみると恥じ入りばかりである!! 
 しかし、終わってみて 今はこんな光栄な機会を与えてくださった「友の会」のみなさんに大感謝である。<(_ _)>
 総会の場でSNS利用のことが話題になったり、懇親会の場では、若い方々とのあらたな出会いがあったことは私にとって大きな収穫であった。
 これからの展開が楽しみになってきた。o(^o^)o ワクワク
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10回目の「土佐の寅彦」詣!!(1)

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▼2012年の夏の終わりに土佐の寺田寅彦を訪ねたのがはじまりであった。そのときにいちばんたよりにしたのが「土佐の寅彦 寺田寅彦記念館友の会公式HP」であった。参考にさせてもらいながら寅彦ゆかりの地を巡った。
 実に面白かった!!すっかり病みつきになってしまった。
 この土佐に寅彦を訪ねる旅を私は勝手に「土佐の寅彦」詣とよぶようになっていた。
 「土佐の寅彦」詣 は、オンライン「寅の日」7年の歩みと深くリンクしていた。
 この度の「土佐の寅彦」詣でついに10回目となった。
▼土佐の高知に着いたときは、お昼を少しすぎていた。車を駐車する場所も食事をする場所ももうきめていた。
 食事を終えて、いちぱんに向かったのは、寺田寅彦記念館だった。今回のメイン会場だった。中に入らず、通信環境の下調べだけにうかがった。
 なんとかなりそうだ。
 記念館の向かいの公園で想定外のうれしい「副産物」をみつけた。
 シロバナタンポポである。以前に友人から「四国ではシロバナタンポポはアタリマエに…」と聞いていた。
 このアタリマエを実感した!!
 複数箇所でシロバナタンポポを観察することができた。
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▼次に向かった定番スポットは高知県立文学館だった。
 文学館では、特別展「高知100年文学展~大正、昭和、平成の記録~」をやっていた。
 大きな年表が掲示してあった。前半の部分には当然、寺田寅彦の名前が多く見られた。
 また、うれしいことに寺田寅彦草稿「糸車」も初公開されていた!!
 特別展のあとは、寺田寅彦記念室に行っていつものようにあの三本のビデオを見せてもらった。
 あのビデオは最高に面白い!!
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▼昨年の7/24以来、特別で最高の「土佐の寅彦」詣定番スポットが追加された。
 寺田寅彦銅像である!!
 9ヶ月ぶりに見る銅像は、10回目の「土佐の寅彦」詣 を歓迎してくれているようだった。
 しばし、そこにとどまり台座のコトバを堪能した。

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 夕食後は、はりまや橋地下の寅彦に出会いに行った。
(つづく)

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