2019年9月のオンライン「寅の日」は #traday #寺田寅彦

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▼我が家の大賀ハス観察池にはじめて蓮の花が咲いたのはちょうど10年前の2009年の夏だった。
 咲いたのは、たった一輪だけだったが、私には大感動であった!!
 2008年に発芽処理をして、その翌年に咲いてくれたのだからなんともうれしかった。
 その年から毎年の蓮根の植え替えをし、毎年いくつもの「あこがれ4日間」見てきた。
 今年は最初からずいぶん様子がちがっていた!!なかなか元気のよい立葉がみられなかった。
 花芽はいくらたっても見られなかった!!
 今年は花をあきらめるにしても、蓮根だけは大きくして来年につなぎたかった。ところが、今年はとことん災難の年だった。
 観察池は、蓮根の植え替えから21週目だった。
 観察池に水をいれてもいれてもすぐ乾いてしまう。どうやら池の容器が水漏れを起こしているいるようだ!!
 大ピンチ(^_^;)
▼2019年9月のオンライン「寅の日」の計画を考える時期がきていた。
 こちらも大ピンチ!! 
 8月のテーマとして、とりあげている「ルクレチウスと科学」はいっこうに進んでいなかった。
 前回でやっと「緒言」を終えただけだった。
 もう一回で、全編を読んでしまうことなど不可能だ。かたちだけは今月かぎりにして、またの機会に再挑戦する方法もあるが、ここはいっきょに最後まで読んでしまいたい!!
 そこで、一ヶ月だけ延長することにする。9月3回も、「ルクレチウスと科学」を読むこととする。

■2019年9月オンライン「寅の日」
◆第232回オンライン「寅の日」 …9/02(月)
◆第233回オンライン「寅の日」 …9/14(土)
◆第234回オンライン「寅の日」 …9/26(木)

▼長編であるので、もう少し詳細に計画をたててみることとする。
とりあえず次回、第231回には、第一章を読んでしまうこととし、9月3回には以下のようにしたい。
・第232回…第二章、第三章
・第233回…第四章、第五章
・第234回…第六章、後記
もちろん、人によって読むスピードもちがうし、興味ある部分、問題意識のありようもちがうだろう。
だから、これはあくまで目安デアリ、9月中はどこを話題にしてもらってもいいです。
 少しでも読んだ感想・意見をぜひおしえてください。<(_ _)>
■2019年9月オンライン「寅の日」

◆第232回オンライン「寅の日」 …9/02(月)「ルクレチウスと科学」(3)(青空文庫より)

◆第233回オンライン「寅の日」 …9/14(土)「ルクレチウスと科学」(4)(青空文庫より)

◆第234回オンライン「寅の日」 …9/26(木)「ルクレチウスと科学」(5)(青空文庫より)

▼寅彦がこの「ルクレチウスと科学」を書いたのは1929年(昭和4)だ。今からちょうど90年前である。
 それから36年たって、戦後1965年(昭和40)に「現代の小中学生」にもルクレチウスは有効であると力説した人がいる。
 板倉聖宣氏である!!
 板倉氏は『少年少女科学名著全集4 宇宙をつくるものアトム』(板倉聖宣他共編 国土社 1965初版)の「解説」(同書p288より)のなかで次のように言っていた。

 ルクレチウスの本は実験的に原子の存在が確認されるよりもはるか大むかしに書かれたものなのに、現代の原子論の考え方とおどろくほど一致しているのです。このことは、現代の小中学生や一般の人々にひとつひとつ実験的な証明を示すことができなくても、生き生きした原子のイメージをえがかせることができる可能性を示しているともいえましょう。そして、ルクレチウスの本は、広い視野から宇宙について正しい見通しをもつような哲学的あるいは詩的な思索が科学にとっていかにたいせつなものであるかということを教えるのに、またとない本であるといえるのです。

 なんと示唆的なコトバでしょう。
 そして、このときのルクレチウスの著訳者はなんとあの国分一太郎氏なのです。

 それからでも54年です。
 21世紀の今、ルクレチウスは有効でしょうか!?

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本日(2019/08/09)、第230回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼先日読んだ『青の物理学』(ピーター・ペジック 著 , 青木 薫 訳 岩波書店)で、次の文章に出会ったとき私は愕然とした!!

青空の謎を解くための道のりは、小さな世界へと向かう旅である。なぜなら、もしも原子が実存しなかったなら、空は青色になりえなかったのだから。空に目を向けるとき、わたしたちは原子論の正しさを証明する証拠のうち、もっとも美しいものを見ているといえよう。(同書p184より)

 正直に言って、私の頭の中で「青空」と「原子論」とはそんなにダイレクトにツナガッテいなかった!!
 あれほど「原子論的物質観を…」と言っておきながら
 「レイリー散乱」と言うコトバでわかったつもりになっていただけかも。
 今一度、私にとっての「原子論」って!? を問うてみたくなってきた。
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▼本日(2019/08/09)、第230回オンライン「寅の日」である。
 8月のテーマは、上記の私自身の課題に沿ったかたちで、勝手にきめさせてもらった。
 長編「ルクレチウスと科学」を読むことにした。
 寅彦がかくも熱くルクレチウスを語ったのか!? 
 その謎解きをすることが、上記の課題に応える途であるとも考えていた。

◆本日(2019/08/09)、第230回オンライン「寅の日」!!
●「ルクレチウスと科学」(1)(青空文庫より)

▼実はオンライン「寅の日」で「ルクレチウスと科学」を読むのはこれで3回目である。
 これまで2回はいずれも一ヶ月かけていた。だから「寅の日」の回数で言えば、5回(日)である。
 ポンコツ頭はますますさび付いてきているのだろうか!?
 寅彦のコトバが頭に入ってくるのに時間がかかる。(^^ゞポリポリ

要するにルクレチウスは一つの偉大な科学的の黙示録アポカリプスである。そのままで現代の意味における科学書ではもちろんありうるはずがない。

 ヨハネは目的の上からすでに全然宗教的の幻想であるのに反して、ルクレチウスのほうは始めから科学的の対象を科学的精神によって取り扱ったものである。彼の描き出した元子の影像がたとえ現在の原子の模型とどれほど違っていようとも、彼の元子の目的とするところはやはり物質の究極組成分としての元子であり、これの結合や運動によって説明せんと試みた諸現象はまさしく現在われわれの原子によって説明しようと試みつつある物理的化学的現象である。

しかし私のここで問題とするところは、現代の精密科学にとってルクレチウスの内容もしくはその思想精神がなんらかの役に立ちうるかということである。ルクレチウスの内容そのものよりはむしろ、ルクレチウス流の方法や精神が現在の科学の追究に有用であるかどうかということである。

実際ルクレチウスに現われた科学者魂といったようなものにはそれだけでも近代の科学者の肺腑はいふに強い共鳴を感じさせないではおかないものがある。のみならず、たとえ具体的にはいかに現在の科学と齟齬そごしても、考えの方向において多くの場合にねらいをはずれていないこの書物の内容からいかに多くの暗示が得られるであろうかという事はだれでも自然に思い及ばないわけには行かないであろう。

▼寅彦のルクレチウスを熱く語る言葉はつづく!!

 十九世紀二十世紀を予言した彼がどうしてきたるべき第二十一世紀を予言していないと保証する事ができようか。今われわれがルクレチウスを読んで一笑に付し去るような考えが、百年の後に新たな意味で復活しないとだれが断言しうるであろうか。

今もしルクレチウスが現代の科学者にとって有効に役立ちうるとすれば、それはまさにこの稲妻の役目をつとめうる点である。

要するに私がかりに、「科学学者」と名づける部類の人々には役に立たないが、「科学研究者」と名づけるべき階級の人々には、このルクレチウスは充分に何かの役に立つであろうと信じるのである。
 一方において私は若い科学の学生にこの書の一読をすすめてもよいと思うものである。

 

そういう学生にとってルクレチウスが確かに一種のヴィタミンの作用を生じうるであろうと考えるのである。

 

とりわけ若い人に「ルクレチウス」を薦めているのが印象的である。
なんと、ここまでで「緒言」が終わっただけである。
 本論はここからである。到底もう一回でおわりそうにない。(^^ゞポリポリ
 なお本論については、あわせて
◆『物の本質について』(ルクレーティウス著 樋口勝彦訳 岩波文庫) を読まれることをお薦めする。
 まだまだ道は遠そうだ!!

(つづく)
 

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講演『オンライン「寅の日」の取り組みを通して~今、なぜ寺田寅彦なのか!?~』 #traday #寺田寅彦

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▼私が、はじめて土佐の「寺田寅彦記念館」を訪ねたのは、2012年の夏の終りだった。
 庭に咲くシロバナヒガンバナについて、ひつこく尋ねた記憶がある。
 2012年と言えば、オンライン「寅の日」をはじめた年である。その年の4月からスタートしたのだった。
 この土佐への旅が、オンライン「寅の日」の取り組みと深く関わってくることは当時まだそれほど意識していなかった。
 この旅をきっかけに、「寺田寅彦記念館」を基点にして「土佐の寅彦」を訪ねる旅にはまってしまった!!
 名づけて、「土佐の寅彦」詣!!
 この「土佐の寅彦」詣は、今年の春でついに10回となった。
▼この「土佐の寅彦」詣の参考にさせてもらっている最高のページがあった。
 
土佐の寅彦 寺田寅彦記念館友の会公式HP

 最初の「土佐の寅彦」詣から、このページを参考にさせてもらいながら「ゆかりの地」を巡った。
 「友の会」にも加えてもらった。
 「友の会」の総会、研修会、懇親会にも参加させてもらうようになった。
 いつも、寅彦に関する多くのことを学ばせてもらっている。
 にわかファンの私など、先達会員のお話を聞く度に感動するばかりだ!!
▼昨年の秋の終りにお話を聞いた。
 「来年総会のときに、取り組まれていることについて話をしてくれないか?」と。
 元々人前で話をすることなど苦手な方だ。ましては、現場を離れて月日も経っている。
 おことわりすべきだったが、つい簡単に「わかりました。」返事をしてしまったのだ。
 後でゆっくり考えるとあせってきた。
 あの「友の会」の方々を前にと思うと…(^_^;)
 その後、「まあ自分にできるかぎりのことをお話しして、自分の勉強の機会にしよう。」と思い直し、今年の総会で話をさせてもらった。
 そのときの話を、「友の会」会誌編集部山本さんの方でPDF化してくださっていた。(友の会HP「友の会文庫」より)

◆槲85号「オンライン『寅の日』の取り組みを通して 楠田 純一(平成31年度総会報告)」 /編集部山本 PDF版
  (寺田寅彦記念館友の会公式HP「友の会文庫」より )

 
 今、読み返しみても赤面するばかりだ。(^^ゞポリポリ

▼話の終りの方で、オンライン「寅の日」の「これから」についてふれている。
 Facebook版・サイエンスカフェ「寅の日」の取り組みも少しずつ少しずつすすんできている。
 お恥ずかしいかぎりの話だったが、ひとつの「成果」としてあらたに若い人たちのツナガリができつつあるのがとてもうれしい!!
 
 次回オンライン「寅の日」は、8/9(金)第230回である。


 

 

 

 

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本日(2019/07/28)、第229回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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うすいうすい「大気の物理学実験室」をひたすら水平移動を続けた!!
 その移動距離はこの4日間で優に2,000㎞を越えているかも知れない。
 移動手段は「青春18きっぷ」にこだわった。
 初日の大雨による事情で「新白河~仙台」新幹線を利用した以外すべて「青春18きっぷ」である。
 早朝より昼も夜もひたすら移動を続けた。
 そして、移動を続けながら「雲見」をした!!
 海も山も川も…そして「空」を…
 「梅雨明け」「青空」「大雨」「雷雨」「台風」…を見た!!
▼本日(2019/07/28)、第229回オンライン「寅の日」である。
 7月のテーマは、寺田寅彦「気象入門」八選である。
 その最終回の本日は、ちょっと欲ばりに二つを読む。
 その二つはとてもよく似たテーマであった。
 「海陸風と夕なぎ」 「夕凪と夕風」である。

◆本日(2019/07/28)、第229回オンライン「寅の日」!!
●「海陸風と夕なぎ」(青空文庫より)
●「夕凪と夕風」(青空文庫より)

▼帰宅してから、アメダスで私の暮らすこの地の「一日の風」を確認してみた。
 台風の影響が少しあったかも知れないが、明らかに「海陸風」が確認できるようになっていた。
 なんということだ、私は長くこの地に暮らしながら、この地が「海陸風」の典型の地であることをごく最近まで認識していなかったのだ。
 理科の教師だったのに…(^^ゞポリポリ

 寅彦は「海陸風と夕なぎ」の最初に、とてもくわしくその原理を説明してくれている。
 また「夕なぎ」についてもこう言ってくれていた。

  夏期瀬戸内海(せとないかい)地方で特に夕なぎが著しいのはどういうわけかと思って調べてみると、瀬戸内海では、元来どこでもいったいに強くない夏の季節風が、地勢の影響のために特に弱められている。そのために海陸風が最も純粋に発達する。従って風の変わり目の無風が著しく現われるのである。夕なぎに対して朝なぎもあるが、特に夕なぎの有名なのはそれが気温の高い時刻であるがためであろう。
 夕なぎの継続時間の長短はいろいろな事情にもよるが海岸からの距離がおもな因子になる。すなわち海岸から遠くなるほどなぎが長くなるわけである。

なんと当地のことまで…。
▼「夕凪と夕風」のなかでも、「各地の風」について次のように説いてくれていた。
その結果を綜合してみると、それらの各地の風は大体二つの因子の組合せによって成り立っていると見ることが出来る。その一つの因子というのは、季節季節でその地方一帯を支配している地方的季節風と名づくべきもので、これは一日中恒同なものと考える。第二の因子というのは海陸の対立によって規定され、従って一日二十四時間を週期として規則正しく週期的に変化する風でいわゆる海陸軟風に相当するものである。そこで、実際の風はこの二つの因子を代表する二つのヴェクトルの矢の合成によって得られる一本の矢に相当する。

 今回の「雲見」の旅でもあらためて認識した。
このうすいうすい「大気の物理学実験室」でおこるすべての現象は、地形の凸凹の影響を大きくうけるものである!!
というアタリマエのことだった!!

 寅彦も「海陸風と夕なぎ」の最後に、各地の「気象学入門」のすすめを書いてくれていた。

  以上は一通りの理論から期待される事であるが、実際の場合にどこまでこれが当たるか、各地方の読者の中で気象のほうに興味を持たれるかたがたの各自の研究をおすすめしたいと思うのである。

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2019年8月のオンライン「寅の日」は #traday #寺田寅彦

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▼雨は降り続いていた!!
 しかし、大賀ハスの葉はいっこうに濡れる気配はなかった。
 葉の上に落ちた雨粒はコロコロと転がり、中央に集結する。中央に集結した雨粒は巨大な「水たまり」となり丸まってゆらゆらとしている。
 「水たまり」は徐々に巨大化して、臨界点に達すれば葉が傾き、丸ごと転がり落ちる。
 転がり落ちる周期を見ていたら、自ずと雨の強さがわかるというものだ!!
 雨の日のなかなか面白い景だ!!
 それにしてもやっぱり「ふしぎ!?」だ。雨粒はかくもみごとにハスの葉の上を丸まって転がるのか!?
 「表面張力」!!
 「ロータス効果」!!
 言葉だけでわかったつもりになるのでなく、今一度自分の頭で「ふしぎ!?」を吟味すること!!
 それを「科学研究」というのかも知れない。
▼2019年8月のオンライン「寅の日」の計画を立てる時期である。
 8年目になる今年度は、7年間のオンライン「寅の日」の取り組みから生まれた定番選を読むことからはじめた。
・4月、5月 寺田寅彦「科学(理科)教育」十選
・6月    寺田寅彦「俳句入門」十選
・7月    寺田寅彦「気象入門」八選
という具合に。
 8月は少しちがった切り口で、読んでいきたい。8月は2回ある。

■2019年8月オンライン「寅の日」
◆第230回オンライン「寅の日」 …8/09(金)
◆第231回オンライン「寅の日」 …8/21(水)

▼ではちがった切り口とはどういうことだろう。
 今までは、比較的よく読まれた定番随筆を読んできたが、今度はあまり読まれることはないかもしれないが、とても興味深いものを読んでいきたい。あまり読まれないわけとして長編であることがあげられるものがいくつかある。
 そのなかでも、私が今一番気になっている長編が、「ルクレチウスと科学」である。そのなかにこんな言葉があった。

要するに私がかりに、「科学学者」と名づける部類の人々には役に立たないが、「科学研究者」と名づけるべき階級の人々には、このルクレチウスは充分に何かの役に立つであろうと信じるのである。
 一方において私は若い科学の学生にこの書の一読をすすめてもよいと思うものである。

 寅彦はなぜかくも熱くルクレチウスを語ったのか!?
 若い「科学研究者」にルクレチウスを読むことを薦めたのか!?
 寅彦はちょうど90年前にこれを書いた。90年の時空越えて今も有効だろうか?
 夏休みいっぱいを使ってじっくり読んでみよう。
■2019年8月オンライン「寅の日」

◆第230回オンライン「寅の日」 …8/09(金)「ルクレチウスと科学」(1)(青空文庫より)

◆第231回オンライン「寅の日」 …8/21(水)「ルクレチウスと科学」(2)(青空文庫より)

▼うれしいことに最近オンライン「寅の日」にコメントをいただくことが増えている。
 オンライン「寅の日」で、はじめて寺田寅彦を知ったという若い人に出会った。うれしいかぎりである!!
 多くの人と一緒に寅彦を読んでいるんだという実感は最高に楽しい!!
 ちょうど8月は夏休みだ!!
 私もじっくりとルクレチウスに再挑戦してみたい!!
 
 

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本日(2019/07/16)、第228回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼「海の日」
 梅雨晴れ間の一日だった!! 
 青空に白い雲!!このアタリマエが妙にうれしかった。!!
 10種雲形すべてが登場するのか、と思うぐらい次々といろんな雲が登場した。一日中、アタリマエの「雲見」を楽しんだ!!
 ときに飛行機雲が、その高さを明示してくれた。
 それにしてもやっぱり「ふしぎ!?」だ。この薄っぺらな「大気の物理学実験室」のなかで何が起こっているのだろう?
 アタリマエの「雲見」は何を教えてくれているのだろう?
 我らが寅彦先生は、この謎解きをどう語ってくれていたのだろう。
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▼本日(2019/07/16)は、第228回オンライン「寅の日」である。
 7月テーマは、寺田寅彦「気象入門」八選を順次読むことである。
 本日は、その第二弾、名著中の名著「茶わんの湯」を読む。

◆本日(2019/07/16)、第228回オンライン「寅の日」!!

●「茶わんの湯」(青空文庫より)

▼今回の「茶わんの湯」は、数ある寅彦の随筆のなかでも、最も多くの人に読まれた随筆だろう。
 私自身も、「国語」の教科書に登場して最初に読んだ寅彦の作品である。
 元々があの鈴木三重吉が創刊した児童文学雑誌『赤い鳥』に記載されたものであり、子どもから大人まで楽しめる名作である。
 「科学読み物」最高傑作!!と言えよう。
 
 出だしはこうだ。

  ここに茶わんが一つあります。中には熱い湯がいっぱいはいっております。ただそれだけではなんのおもしろみもなく不思議もないようですが、よく気をつけて見ていると、だんだんにいろいろの微細なことが目につき、さまざまの疑問が起こって来るはずです。ただ一ぱいのこの湯でも、自然の現象を観察し研究することの好きな人には、なかなかおもしろい見物(みもの)です。
 

 一杯の茶わんの湯から語りはじめ、「大気の物理学実験室」で起こる不思議のすべての謎解きをしてくれていた。
 それはみごとなものだった。
  あの中谷宇吉郎は、次のように語っていた。(「「茶碗の湯」のことなど」中谷宇吉郎 青空文庫より

  恐しいもので、この「茶碗の湯」を数行よみかけたら、これは寺田先生以外には誰も書けないものだとすぐ直観された。それは、文章の良い悪いなどの問題では勿論なく、また内容が高級で表現が平易であるなどということを超越したものであった。強いて言えば、それは芸が身についた人の芸談にあるような生きた話であった。
「茶碗の湯」は全部で、印刷にして六頁(ページ)くらいの短いものである、しかしその中には、先生が一杯の熱い湯のはいった茶碗を手にして、物理学の全体を説き明かして行かれる姿が出ていた。
 
 これまたみごとなものだ。これほどの解説はないだろう。
▼そのひとつひとつの謎解きについては、自分でぜひ味わってみてほしい!!
 きっと うまい!!と膝をたたくこと屢々であろう。
 最後に、
 
茶わんの湯のお話は、すればまだいくらでもありますが、今度はこれくらいにしておきましょう。

 と締めくくられると、もっともっとお話を聞きたい気分になるのである。

 今回、ぜひぜひお薦めしたい【お薦め本】がある。
◆【お薦め本】『科学絵本 茶わんの湯』(文:寺田寅彦 解説:髙木隆司/川島禎子 絵:髙橋昌子 窮理舎)

「茶わん湯」のすべてがわかる科学絵本である!!

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本日(2019/07/04)、第227回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼いつの間やら前の田の稲はずいぶんのびてきた。
 その東を流れる川の水量は、まだ流れているのを確認できる程度だった。(2019/07/03 14:22)

昨日(2019/07/03)午前中には気象庁から次の発表があった。
◆梅雨前線による大雨の見通しについて(気象庁)
できるだけリアルタイムの気象情報に注意を傾けたいものである。
大きな被害が出ないことを祈るばかりだ!!
▼本日(2019/07/04)は、第227回オンライン「寅の日」である。
 7月のオンライン「寅の日」のテーマは

・寺田寅彦「気象入門」八選!!

よりベスト4を順次読んでいくことであった。まず本日は、その第一弾として「颱風雑俎」を読む。

◆本日(2019/07/04)、第227回オンライン「寅の日」!! 

●「颱風雑俎」(青空文庫より) 

▼私は勝手に寅彦が晩年に発表した、「津浪と人間」「天災と国防」「日本人の自然観」をさして寅彦の「防災・減災」三部作と呼んでいた。
 また、最晩年(昭和10年)に発表されたこの「颱風雑俎」を加えれば、「防災・減災」四部作と言えると思っていた。
 警鐘「天災は忘れられる頃来る」の主張は伏線としてしっかり語られていた。
 
 いつものように、「事実」「歴史」「科学的根拠」を次々とあげながら、自らの最も本意とするところに落とし込む手腕はみごとである!!
 私が、寅彦の本意と読み取ったものは「地相術」である!!
 「地相術」についてこう語っていた。

 昔は「地を相(そう)する」という術があったが明治大正の間にこの術が見失われてしまったようである。颱風もなければ烈震もない西欧の文明を継承することによって、同時に颱風も地震も消失するかのような錯覚に捕われたのではないかと思われるくらいに綺麗に颱風と地震に対する「相地術」を忘れてしまったのである。

 このように建築法は進んでも、それでもまだ地を相することの必要は決して消滅しないであろう。
地震による山崩れは勿論、颱風の豪雨で誘発される山津浪についても慎重に地を相する必要がある。

地を相するというのは畢竟(ひっきょう)自然の威力を畏(おそ)れ、その命令に逆らわないようにするための用意である。

▼主文脈と少し離れるのだが、読むたびに気になって引用させてもらう部分がある。ここだ!!

これは人々の心がけによることであるが、しかし大体において学校の普通教育ないし中等教育の方法に重大な欠陥があるためであろうと想像される。これに限ったことではないが、いわゆる理科教育が妙な型にはいって分りやすいことをわざわざ分りにくく、面白いことをわざわざ鹿爪(しかつめ)らしく教えているのではないかという気がする。子供に固有な鋭い直観の力を利用しないで頭の悪い大人に適合するような教案ばかりを練り過ぎるのではないかと思われる節もある。これについては教育者の深い反省を促したいと思っている次第である。

 理科教師としては即座に反駁したい気持ちになる。しかし…
 いつかきっちり根拠をもって反駁したい!!
\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ

 颱風のような複雑な現象の研究にはなおさら事実の観測が基礎にならなければならない。それには颱風の事実を捕える観測網を出来るだけ広く密に張り渡すのが第一着の仕事である。

この寅彦の警鐘が84年の時空を超えて響いてくる!!
今一度、耳を傾けてみよう。

大きな被害が出ないことを願いつつ。

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本日(2019/06/22)、第226回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼本日(2019/06/22)は、「夏至」だ。
 雲が多い蒸し暑い朝だ。せめて「日の出」の位置だけでも記録しておきたくて「雲見」定点で待ってみたが無理なようだ。

 昨日、子規庵のヘチマはグングン成長していた!!
 つるが巻き付くため棒を添えたが、うまく巻き付くかな。
 次回「寅の日」までにどこまでのびているかな!?
▼本日(2019/06/22)、第226回オンライン「寅の日」である。
 6月のオンライン「寅の日」のテーマは決まっていた。
 7年間の取り組みから生まれた  
 ◆寺田寅彦「俳句入門」十選 !! を順次読むことだった。
 本日はその第2弾!! 「天文と俳句」を読む。

◆本日(2019/06/22)、第226回オンライン「寅の日」!!

●「天文と俳句」(青空文庫より)

▼なぜ今さら「俳句」なのか!?
 この随筆のなかに、その答えがあるような気がしていた。
 まずは俳句の本質的テーマ 「季語(季題)」とは何か? からはじまる。
 

季節の感じは俳句の生命であり第一要素である。此れを除去したものは最早俳句ではなくて、それは川柳であるか一種のエピグラムに過ぎない。俳句の内容としての具體的な世界像の構成に要する「時」の要素を決定するものが、此の季題に含まれた時期の指定である。時に無關係な「不易」な眞の宣明のみでは決して俳諧になり得ないのである。「流行」する時の流の中の一つの點を確實に把握して指示しなければ具象的な映像は現はれ得ないのである。

さらに「時の決定」について次のように語っていた。
無常な時の流れに浮ぶ現實の世界の中から切り取つた生きた一つの斷面像を、その生きた姿に於て活々と描寫しようといふ本來の目的から、自然に又必然に起つて來る要求の一つが此の「時の決定」であることは、恐らく容易に了解されるであらうと思はれる。花鳥風月を俳句で詠ずるのは植物動物氣象天文の科學的事實を述べるのではなくて、具體的な人間の生きた生活の一斷面の表象として此等のものが現はれるときに始めて詩になり俳句になるであらう。

▼私のもっとも好きなコトバ「不易流行」はここに出てくる。
要するに俳句は抽象された不易の眞の言明だけではなくて具體的な流行の姿の一映像でなければならない。其れが爲めには一見偶然的な他物との配合を要する、しかも其配合物は偶然なやうであつても、其配合によつて其處に或必然な決定的の眞の相貌を描出しなければならないのである。

 最後には私にとっては「挑発的」な文言がならぶ!!
氣象學教科書に引用し得るものであらう。古人の句には往々かういふ科學的の眞實を含んだ句があつて、理科教育を受けた今の人のに、そのわりに少ないやうに思はれるのも不思議である。昔の人は文部省流の理科を教はらないで、自分の眼で自然を見たのである。

 寅彦流に今回の「まとめ」も語ってくれていた。
 要するに此處で所謂「天文」の季題は俳句の第一要素たる「時」を決定すると同時に「天と地の間」の空間を暗示することによつて、或は廣大な景色の描寫となり、或は他の景物の背景となる。子規が天文地理の季題が壯大なことを詠ずるに適して居ると云つたのも所由のあることである。

 俳句結社「寅の日」に向けた歩みはまだまだはじまったばかり!!
 いかに歩みが遅々たるものになろうとあきらめるつもりはない。さあ、一緒に…!!

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2019年7月のオンライン「寅の日」は #traday #寺田寅彦

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▼私は毎日の夕方の散策ではその近くを通っていた。
 昨日は久しぶりにその間近まで行ってみた。アメダス測候所である!!  風向風速計は明らかに南からの風を示しているようだった。
 アリガタイことに、その記録は「福崎のアメダス」として残っていた!!
 まちがいない。やっぱり「南風」が吹いていたのだ。
 それだけでない「海陸風」の顕著な季節に入ったことも教えてくれていた!! Dscn3174

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▼7月のオンライン「寅の日」の計画を立てる時期が来ていた。
 この「海陸風」についてだけでなく、「大気の物理学実験室」で日々行われている「実験」について寅彦はくわしく語ってくれていた。
 7年間に読んで来たものかから「気象」関係の随筆を選び出し、寺田寅彦「気象入門」八選 をつくっていた。
◆寺田寅彦「気象入門」八選 !! (1) 颱風雑俎 6
(2) 茶わんの湯 5
(3) 夕凪と夕風 4
(4) 海陸風と夕なぎ 4
(5) 春六題 3
(6) 凍雨と雨水 2
(7) 伊吹山の句について 2
(8) 自然現象の予報 1
 7月はこのなかから順次読んでいきたい。7月は3回あった。
■2019年7月オンライン「寅の日」 ◆第227回オンライン「寅の日」 …7/04(木)
◆第228回オンライン「寅の日」 …7/16(火)
◆第229回オンライン「寅の日」 …7/28(日)

▼寺田寅彦「気象入門」八選ベスト3を順次読んでいきたい。
 ただし、3回目のときは「夕凪と夕風」「海陸風と夕なぎ」を一緒に読みたい。

■2019年7月オンライン「寅の日」

◆第227回オンライン「寅の日」 …7/04(木)「颱風雑俎」(青空文庫より)

◆第228回オンライン「寅の日」 …7/16(火)「茶わんの湯」(青空文庫より)

◆第229回オンライン「寅の日」 …7/28(日)「夕凪と夕風」「海陸風と夕なぎ」(青空文庫より)

 

▼7月もよろしくお願いします。
 読んでの感想・意見などひと言でも聞かせてもらうと大いに励みになります。
 ぜひよろしくお願いします。
 またFacebookをやっておられる方は
 ◆Facebook版・サイエンスカフェ「寅の日」 への参加お待ちしています。
 こちらでは毎日が「寅の日」です!!

 

 

 

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本日(2019/06/10)、第225回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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をとゝひの へちまの水も 取らざりき

 

糸瓜咲きて 痰のつまりし 佛かな

 

痰一斗 糸瓜の水も 間にあはず

 「子規絶筆三句」である。子規と糸瓜には浅からぬ縁があった。
 先月、二度目の訪問をした「子規庵」の庭には子規の愛した糸瓜棚があり、今も糸瓜を育てられていた。
 そのとき、糸瓜の種5粒を「おすそ分け」にいただいた。
 5/30に蒔いて、4粒まで今 発芽してきた。さて、うまく大きく育てることができるだろうか!?
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▼2019年6月のオンライン「寅の日」のテーマは決まっていた。
 7年間の取り組みから生まれた  
◆寺田寅彦「俳句入門」十選 !!  を順次読むことだった。
 今回はそのベスト1、「俳句の精神」を読む。

◆ 本日(2019/06/10)、第225回オンライン「寅の日」!!

●「俳句の精神」(青空文庫より)

 

▼今回の作品の発表年月を見てみると

(昭和十年十月、俳句作法講座)

となっている。寅彦は昭和十年の大晦日に亡くなっている。
つまり、これは最晩年の作品である。
 俳句に関する寅彦の考えのすべてがここに集約されていると言ってもいいぐらい濃厚な作品である。
 何度読んでも、読むたびにあらたな発見がある。
 
 「俳句」に対する考えのみならず、そこには日本人の自然観・科学観についても深く考察されていた。

  日本人は西洋人のように自然と人間とを別々に切り離して対立させるという言わば物質科学的の態度をとる代わりに、人間と自然とをいっしょにしてそれを一つの全機的な有機体と見ようとする傾向を多分にもっているように見える。
 この自然観の相違が一方では科学を発達させ、他方では俳句というきわめて特異な詩を発達させたとも言われなくはない。

「季題」の重要性、俳句の必然性、可能性についても語ってくれていた。

俳句における季題の重要性ということも同じ立場からおのずから明白であろう。限定され、そのために強度を高められた電気火花のごとき効果をもって連想の燃料に点火する役目をつとめるのがこれらの季題と称する若干の語彙(ごい)である。
十七字のパーミュテーション、コンビネーションが有限であるから俳句の数に限りがあるというようなことを言う人もあるが、それはたぶん数学というものを習いそこねたかと思われるような人たちの唱える俗説である。少なくも人間の思想が進化し新しい観念や概念が絶えず導入され、また人間の知恵が進歩して新しい事物が絶えず供給されている間は新しい俳句の種の尽きる心配は決してないであろう。

▼私は今、「俳句」というものにこだわりながらも、人に「今、なぜ俳句なのか!?」と問われれば答えに窮してしまう。
 寅彦の「俳句の精神」を読んでください!!  と答えるようにしようと思う。
 私にはなかなかコトバにならないところを、きっちりと代弁してくれていた。
 「俳句のキモ」についてこうだ!!

このように自然と人間との交渉を通じて自然を自己の内部に投射し、また自己を自然の表面に映写して、そうしてさらにちがった一段高い自己の目でその関係を静観するのである。

 またその「俳句修業」の効用についてこうだ!!

 俳句の修業はその過程としてまず自然に対する観察力の練磨(れんま)を要求する。俳句をはじめるまではさっぱり気づかずにいた自然界の美しさがいったん俳句に入門するとまるで暗やみから一度に飛び出してでも来たかのように眼前に展開される。今までどうしてこれに気がつかなかったか不思議に思われるのである。これが修業の第一課である。

さらに続けて

しかし自然の美しさを観察し自覚しただけでは句はできない。次にはその眼前の景物の中からその焦点となり象徴となるべきものを選択し抽出することが必要である。これはもはや外側に向けた目だけではできない仕事である。自己と外界との有機的関係を内省することによって始めて可能になる。

そして極めつけがこうだ!! 

  一般的に言って俳句で苦労した人の文章にはむだが少ないという傾向があるように見える。これは普通字句の簡潔とか用語の選択の妥当性によるものと解釈されるようであるが、しかしそれよりも根本的なことは、書く事の内容の取捨選択について積まれた修業の効果によるのではないかと思われる。俳句を作る場合のおもなる仕事は不用なものをきり捨て切り詰めることだからである。

なんと「断捨離」こそ俳句の極意である!!と説くのデアル。
勉強にナリマス!!

俳句結社「寅の日」発足会をひらいて、この「俳句の精神」一緒に読みませんか (^^)V

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