本日(2020/02/17)、第246回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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見かける蓑虫が少なくなった!!
 なんとなくそう感じていた。

 雨だった。春のしとしと雨が降り続いていた。
 屋外に出て蓑虫探しの散策をしたかった。雨がやみそうでなかったので傘をさして、近くを散策してみた。
 しかし、まったく見かけることはなかった。ひとつとして… 灯台もと暗し!!
 自宅の庭の石榴の木に ふたつの蓑虫をみつけた!!
 このなかにガの幼虫がほんとうに暮らしているのだろうか?
 それはどんな暮らしなんだろう?
 この巧妙なシェルターのような蓑はどのようにつくりあげたのだろう?
 いかに雨が降ろうともこの蓑のおかげで雨水がしみこむはないのだろうか?
 雨はわかっていたが、風は感じなかったが、ゆれているようにも見えた。どうして!?
 考えてみると、以前にも同じような位置に見かけた気がする。
 なぜだろう? マーキングでもしているのだろうか!?
 知れば知るほど「ふしぎ!?」が増えていく生きものがここに!!

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▼本日(2020/02/17)は、第246回オンライン「寅の日」である。
 2月のテーマは
 ●「寅彦」の生きもの観察!!
 今回は、この「ふしぎ!?」な生きもの、「蓑虫」をとりあげる。
 「蓑虫と蜘蛛」である。

◆本日(2020/02/17)、第246回オンライン「寅の日」!!

「蓑虫と蜘蛛」(青空文庫より)

▼この随筆が書かれたのは大正十(1921)年である。
 つまり今からやく100年前である。どうやら、そのころは蓑虫もずいぶんたくさんいたようだ。
 寅彦は庭の楓を蓑虫の食害から守るために、蓑虫駆除にのりだす。
 その様子が例のみごとな文章でリアルに語られている。ユーモアもあり、具体的にその様子が見えてくるようだ。
 たとえば

 

 ぶらぶらする竿の先を、ねらいを定めて虫のほうへ持って行った。そして開いた鋏の刃の間に虫の袋の口に近い所を食い込ませておいてそっと下から突き上げると案外にうまくちぎれるのであった。それでもかなりに強い抵抗のために細長い竿は弓状に曲がる事もあった。幸いに枝を傷つけないで袋だけをむしり取る事ができたのである。

 なんとこうして大小取り混ぜて49個もの蓑虫をgetするのである。
 寅彦の興味はこれだけではおさまらなかった。

  なかんずく大きなのを選んで袋を切り開き、虫がどうなっているかを見たいと思った。竿(さお)の先の鋏(はさみ)をはずして袋の両端から少しずつ虫を傷つけないように注意しながら切って行った。袋の繊維はなかなか強靱(きょうじん)であるので鈍い鋏の刃はしばしば切り損じて上すべりをした。やっと取り出した虫はかなり大きなものであった、紫黒色の肌がはち切れそうに肥(ふと)っていて、大きな貪欲(どんよく)そうな口ばしは褐色(かっしょく)に光っていた。袋の暗やみから急に強烈な春の日光に照らされて虫のからだにどんな変化が起こっているか、それは人間には想像もつかないが、なんだか酔ってでもいるように、あるいはまだ長い眠りがさめきらないようにものうげに八対の足を動かしていた。

寅彦の観察はいつもアクティブだった!!
自然(生きもの)にはたらきかけることに、ストーリーを描きながら観察していた!! 

寅彦の観察は常に次へ次へとツナガッテいった!! 

 ある蜘蛛が、ある蛾(が)の幼虫であるところの簔虫の胸に食いついている一方では、簔虫のような形をしたある蜂(はち)の幼虫が、他の蜘蛛(くも)の腹をしゃぶっている。このような闘争殺戮(さつりく)の世界が、美しい花園や庭の木立ちの間に行なわれているのである。人間が国際連盟の夢を見ている間に。

ツナガリツナガッテ
「蓑虫」駆除の話は、生物界のバランス、「進化」へと話が進む。
 そして、いつもきまっていた。
 落としどころはもっとも身近に!!

 

こうして私の庭での簔虫と蜘蛛の歴史は一段落に達したわけである。
 しかしこれだけではこの歴史はすみそうに思われない。私は少なからざる興味と期待をもってことしの夏を待ち受けている。

 うまい!!実にうまいなあ!!

 我が家の庭で出会った「ふしぎ!?」生きもの
 「クマムシ」「ゲホウグモ」「コウガイビル」に追加して「蓑虫」をあげてみたくなるのだった。
 まだ姿が見えているうちに…。

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本日(2020/02/05)、第245回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼彼女(ジョロウグモ)は確かにここに居た!!
 「大寒」の日にも
 雨の日にも
 それが、「立春」の昨日、姿がなかった。
 朝は冷え込んだものの、昼ごろには「立春」らしくぽかぽか陽気になってきた。
 消えた彼女をさがしてみた。
 金柑の木のてっぺんも根元も…。そして、となりのナンテンの木も…。
 居ない!! ?(゜_。)?(。_゜)?

 あの人だったら、見逃しはしなかっただろうか?

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▼本日(2020/02/05)は、第245回オンライン「寅の日」である。
 2月のテーマは
●「寅彦」の生きもの観察!!
である。1月に引き続き寅彦のするどい「観察眼」「観察力」に学ぼうというわけである。
 とりわけ生きものの観察に関連して…。本日はその一回目、「蜂が団子をこしらえる話」を読む。

◆本日(2020/02/05)、第245回オンライン「寅の日」!!

●「蜂が団子をこしらえる話」(青空文庫より)

▼もう唸ってしまう!!
 「寅彦」の観察眼の鋭さに。よくぞここまで観察したものと!!

断えず噛みながら脚で器用に団塊を廻して行くので、始めには多少いびつであったのが、ほとんど完全な球形になってしまって、もうどこにも毛などの痕跡は見えなくなってしまった。廻す拍子に一度危なく取落そうとしてやっと取り止めた様子は滑稽であった。蜂はやがてこの団子をくわえて飛び出そうとしたが、どうしたのかもう一遍他の枝に下りた。人間ならばざっと荷物をこしらえて試みにちょっとさげてみたというような体裁であった。そしてまたしばらく噛んで丸める動作を繰り返していた。からだ全体で拍子をとるようにして小枝をゆさぶりながらせっせと働いているところは見るも勇ましい健気(けなげ)なものであった。
 

 唸ってしまうのはそれだけではなかった。するどい観察からはじまって、それを巧みなコトバにしてしまう「文章力」だった。
例えばこんなふうに。

 私は毛虫にこういう強敵のある事は全く知らなかったので、この目前の出来事からかなり強い印象を受けた。そして今更のように自然界に行われている「調節」の複雑で巧妙な事を考えさせられた。そして気紛れに箸の先で毛虫をとったりしている自分の愚かさに気が付いた。そしてわれわれがわずかばかりな文明に自負し、万象を征服したような心持になって、天然ばかりか同胞とその魂の上にも自分勝手な箸を持って行くような事をあえてする、それが一段高いところで見ている神様の目にはずいぶん愚かな事に見えはしまいか。ついこんな事も考えた。

▼読み進めるうちに、いつの間にやら「寅彦」ワールドにはまってしまうのだった!!
 そして、最後の「とどめ」にこうくる。

 虫の行為はやはり虫の行為であって、人間とは関係はない事である。人として虫に劣るべけんやというような結論は今日では全く無意味な事である。それにもかかわらず虫のする事を見ていると実に面白い。そして感心するだけで決して腹が立たない。私にはそれだけで充分である。私は人間のする事を見ては腹ばかり立てている多くの人達に、わずかな暇を割いて虫の世界を見物する事をすすめたいと思う。

 この最後の文を読んでいるうちに、なぜかあの大杉栄が『ファーブルの昆虫記』を翻訳したという話を思い出した。
 そう言えば、寅彦も『ファーブルの昆虫記』について書いた随筆があったはずだ。
 あった!! 「科学と文学」である!!

  手近な例を取ってみても、ファーブルの昆虫記(こんちゅうき)や、チンダルの氷河記を読む人は、その内容が科学であると同時に芸術であることを感得するであろう。ダーウィンの「種の始源」はたしかに一つの文学でもある。ウェーゲナーの「大陸移動論」は下手(へた)の小説よりは、たしかに芸術的である。

やっぱり寅彦もファーブルも愛読していたのだ!!
なぜかうれしくなってしまう。

それにしても、彼女(ジョロウグモ)が唐突に1月に出現したのはどうしてだったんだろう?  

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本日(2020/01/24)、第244回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼雨だった!!
 それはまるで「春雨」のような雨だった!!
 その雨の中、彼女(ジョロウグモ)はやっぱりいつものその場所に居た。
 雨滴はネットの糸だけでなく、彼女のからだからもしたたり落ちていた。
 目を凝らすと、ネットの端の方に小さなクモが活発に動いていた。雄グモだろうか!?
 さらにまわりを見回すと、さらにもう一匹が…。
 
 それはまるで晩秋の光景だった。
 彼女たちはなにか勘違いしているのだろうか?
 そもそも彼女たちはいつ成体になったクモなんだろう?
 如何なるレセプターを駆使して、何を感受して今ここにいるのだろう?
 「これから」どうするのだろう?
 次々と「ふしぎ!?」が浮かび上がってくるのだった!!

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▼本日(2020/01/24)、第244回オンライン「寅の日」である。
 一月のテーマは
●「寅彦」の観察眼!!
である。そして、本日読むのは「物質群として見た動物群」である。

◆本日(2020/01/24)、第244回オンライン「寅の日」!!

●「物質群として見た動物群」(青空文庫より)

▼私は今回読むこの随筆がずっと気になっていた。
 それはここで寅彦が提言していることが、あまりにも今日的であったからである!!
 たとえばこうだ。

いわゆる「大数」の要素の集団で個々の個性は「充分複雑に」多種多様であって、いわゆる「偶然」の条件が成立するからである。
 地理学のほうでは人口の分布や農耕範囲の問題などについて、興味ある物理学的統計学的研究をしている少壮学者もある。これはわれわれには非常におもしろく有益な試みであると思われるが、これも「人間のことに物理的方法に適用しない」という通有の誤解のために、あまり一般には了解されないようである。これも遺憾なことと思われる。こういう試みは、もっともっといろいろの方面に追求されるべきはずのものである。
   これは昨今話題になることの多い「ビッグデータ」そのもののことを言っているのではないか!!  寅彦は87年も前にこう提言していたのである!!  寅彦はやっぱりいつも今日的だ!!

私は知りたい!!

 もちろんそういう簡単な無機的な現象の実験から、一足飛びに有機的現象の機構を説明しようというのならば、それは問題外であるが、研究者のほうではそれほど大胆な意図はもちろんあるはずはない。ただ遼遠(りょうえん)な前途への第一歩を踏み出そうとする努力の現われに過ぎないのである。しかしこの意図はほとんど常に誤解されがちである。「生物の事は物理ではわからぬ」という経典的信条のために、こういう研究がいつもいつも異端視されやすいのは誠に遺憾なことである。
 
科学の進歩を妨げるものは素人(しろうと)の無理解ではなくて、いつでも科学者自身の科学そのものの使命と本質とに対する認識の不足である。深くかんがみなければならない次第である。

私は科学者・研究者の世界におどろくほど疎い。
87年前の寅彦の提言は今どうなっているのだろ? それが知りたい!!

 ジョロウグモの「これから」は「ビッグデータ」解析すればわかるのだろうか?
 

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2020年2月のオンライン「寅の日」は #traday #寺田寅彦

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▼「大寒」の朝。
 私は自分の眼を疑った。陽の当たりだした金柑の木に彼女が居たのだ!!
 彼女・ジョロウグモは、まるまると太っていた。
 そんなに昔から、真剣にクモたちとつき合ってきたわけでない。言わばにわか「クモ学」ファンだ!!
 だから、あまりエラそうに言い切れないが
 「大寒」にジョロウグモは「ふしぎ!?」だ。
 記憶の範囲では、この姿では年を越せないはずだ。
 「Q10 の法則」というのがあるらしい。温度が10℃下がると反応速度は半分以下になるという。
 死んでいるのかと思ったら、彼女はきわめてゆっくり脚を動かした。
 生きもののからだの生理反応も基本的には化学反応だ。ダカラ生きものたちはそれなりの越冬対策をたてなければならない。
 元々熱帯生まれのクモたちの越冬対策は!?
 食べなければ活動のエネルギーを得ることができない。食べれば消化管内に残ったものが凍結の氷晶核になる可能性がある。
 この相矛盾するリスクをどう克服してきたのか?
 
 やっぱり「暖冬」の影響がここにも現われているのだろうか?
▼2020年2月のオンライン「寅の日」の計画を立てる時期が来ていた。
 「寅彦」ならば、この「暖冬」の生きものたちの様子をどのように観察しただろう?
 一月のテーマは「「寅彦」の観察眼!!」だった。その延長で考えてみよう。
 二月のテーマは
 ●「寅彦」の生きもの観察!!
 としたい。二月は3回あった。

■2020年2月オンライン「寅の日」!!
◆第245回オンライン「寅の日」 …2/05(水)
◆第246回オンライン「寅の日」 …2/17(月)
◆第247回オンライン「寅の日」 …2/29(土) 

▼昨年の11月に11回目の「土佐の寅彦」詣にでかけたとき、たいへん興味深い小冊子を手に入れた。
●『あなたに読んでほしい 寺田寅彦随筆』(寺田寅彦記念館友の会編集・発行)である。
 子ども向けに読みやすいように配慮してあった。
 ここから、テーマ「「寅彦」の生きもの観察!!」にそったもの3編を選ばせてもらった。
 「蜂が団子をこしらえる話」 「蓑虫と蜘蛛」「とんぼ」(『三斜晶系』より)
 
■2020年2月オンライン「寅の日」!!

◆第245回オンライン「寅の日」 …2/05(水)「蜂が団子をこしらえる話」

◆第246回オンライン「寅の日」 …2/17(月)「蓑虫と蜘蛛」

◆第247回オンライン「寅の日」 …2/29(土)「とんぼ」(『三斜晶系』より)

▼彼女(ジョロウグモ)はこの後どうするのだろう。
 しばらくは目を離さずに観察を続けたい。
 他の生きものたちは、この「暖冬」なかをどう過ごしているのだろうか?
 「寅彦」の観察眼に学びながら、野山を散策してみようと思う。
 なにかに出会えるかな!?
 思わぬ「発見」があるかも o(^o^)o ワクワク

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本日(2020/01/12)、第243回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼山の上の雲に春を感じた!!
 その根拠は?と問われれば ?(゜_。)?(。_゜)?
 私の「雲見」とはその程度のものだった!!

 寅彦は違っていた。
 寅彦は「雲見」の達人でもある!!と強く思ったのは「春六題(六)」(青空文庫より)を読んだときであった。
 「日本の春は太平洋から来る。」ではじまるこの一文を読んだとき、私は寅彦の「観察眼」「観察力」に唸ってしまった!!
▼本日(2020/01/12)は、第243回オンライン「寅の日」です。
 本年になってからの初回です。今年もよろしくお願いします。
 一月のオンライン「寅の日」のテーマは
 ●「寅彦」の観察眼!!
 である。今回読むのは、こんなところにも「寅彦」の観察眼が…というような作品です。
 「電車の混雑について」です。

◆本日(2020/01/12)、第243回オンライン「寅の日」!!

●「電車の混雑について」(青空文庫より)

▼この随筆の題名だけみていると、他の随筆と異質な感じを受ける。
 しかし、読み進めてみると、如何にも寅彦らしい展開に驚いてしまう。

 満員電車の観察からはじまる。

そういう時刻に、試みにある一つの停留所に立って見ると、いつでもほとんどきまったように、次のような週期的の現象が認められる。
 私はいつもこうした混雑の週期的な波動の「峰」を避けて「谷」を求める事にしている。そうして正常な座席にゆっくり腰をかけて、落ち着いた気分になって雑誌か書物のようなものを読む事にしている。波の峰から谷まで待つために費やす時間は短い時で数十秒、長くて一分か二分を越ゆる事はまれなくらいである。その間には私はそこらの店先にある商品を点検したり、集まっている人たちの顔やあるいは青空に浮かぶ雲の形態を研究したりする。

おっ!!こんなときに「雲見」もやっていたんだ!!
 徐々に寅彦の世界に引き込まれていく。

 しかしここで私の考えてみたいと思う事は、そういう大多数の行為の是非の問題ではなくて、そういう一般乗客の傾向から必然の結果として起こる電車混雑の律動に関する科学的あるいは数理的の問題である。
    そして、ここに行き着くとき、やっぱり「寅彦」だ!!強く思うのである。
私はこのような考えを正す目的で、時々最寄(もよ)りの停留所に立って、懐中時計を手にしては、そこを通過する電車のトランシットを測ってみた。その一例として去る六月十九日の晩、神保町(じんぼうちょう)の停留所近くで八時ごろから数十分間巣鴨(すがも)三田(みた)間を往復する電車について行なった観測の結果を次に掲げてみよう。

▼そして「結論」へと導いていく。

第一には電車の車掌なり監督なりが、定員の励行を強行する事も必要であるが、それよりも、乗客自身が、行き当たった最初の車にどうでも乗るという要求をいくぶんでも控えて、三十秒ないし二分ぐらいの貴重な時間を犠牲にしても、次のすいた電車に乗るような方針をとるのが捷径(しょうけい)である。これがために失われた三十秒ないし二分の埋め合わせはおそらく目的地に着く前にすでについてしまいそうに思われる。
 
しかしそういう美徳の問題などはしばらくおいて、単に功利的ないし利己的の立場から考えても、少なくも電車の場合では、満員車は人に譲って、一歩おくれてすいた車に乗るほうが、自分のためのみならず人のためにも便利であり「能率」のいい所行であるように思われる。少なくも混雑に対する特別な「趣味」を持たない人々にとってはそうである。

と。しかし、ここで終わらないのが寅彦の随筆の魅力でもあった。

 これは余談ではあるが、よく考えてみると、いわゆる人生の行路においても存外この電車の問題とよく似た問題が多いように思われて来る。そういう場合に、やはりどうでも最初の満員電車に乗ろうという流儀の人と、少し待っていて次の車を待ち合わせようという人との二通りがあるように見える。

そして、最後はこうしめくくる。

私はただついでながら電車の問題とよく似た問題が他にもあるという事に注意を促したいと思うまでである。
   ここにこそ寅彦の本意がある!!  と思うのは私の勝手な思い込みがすぎるのだろうか。  大正11年(1922)今から98年前の随筆である。やっぱり寅彦はいつも今日的!!

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 蓮根の植え替えから42週目の大賀ハス観察池。
 うすい氷が観察された。寅彦だったら氷の模様の観察から何を読み解いただろう!?

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本日(2019/12/31)、第242回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼ちょうど84年前の大晦日。
 1935(昭和10)年12月31日午後0時28分、寺田寅彦は転移性骨腫瘍で永眠した!!
 享年58歳であった。若い!!若すぎる!!
 昨年の7月24日、「オーテピア」敷地に建立された銅像の前に立つと、今も「ねえ君、ふしぎだとおもいませんか」と問いかけられるようだ。
▼84年後の大晦日。
 今年もオンライン「寅の日」特番だ!!
 2012年4月にはじめたオンライン「寅の日」。定例「寅の日」は12日に一回巡って来た。
 寅彦の命日である大晦日は特番・オンライン「寅の日」と決めていた。
 本日(2019/12/31)は、8回目の特番・オンライン「寅の日」である。
 読むものも決めていた。
 「日本人の自然観」である。

◆本日(2019/12/31)、第242回オンライン「寅の日」!!

●「日本人の自然観」(青空文庫より)

▼「日本人の自然観」が発表されたのは
 

(昭和十年十月、東洋思潮)

 となっている。つまり最晩年の亡くなる2ヶ月前である。
 ここには寅彦が「これまで」に語ってきたことのすべてが含まれている。
 私は勝手に次のように思っていた。
 この「日本人の自然観」は、今日の私たちに遺してくれた寅彦からの「遺言」である!!
 84年の時空を超えて響いてくるものがある!!
 「寅彦」はいつも今日的である!!

 オンライン「寅の日」をはじめてすぐの第2回オンライン「寅の日」(2012/04/23)で、この「日本人の自然観」を読んでいた。
 それも含めると、今回は9回目となる。
 なんでもゆっくりな私もさすがに少しずつわかってきた。「遺言」の本意が…
 
 試しに読んでみてください。
 きっと思うはずだ。
 「こんなこといつ書かれたのだろう!?」
 と。 
▼これまでに何回も「お気に入り」の部分を引用させてもらってきたが、今回は「結語」から2つの文章を引用させてもらいたい。

  以上の所説を要約すると、日本の自然界が空間的にも時間的にも複雑多様であり、それが住民に無限の恩恵を授けると同時にまた不可抗な威力をもって彼らを支配する、その結果として彼らはこの自然に服従することによってその恩恵を充分に享楽することを学んで来た、この特別な対自然の態度が日本人の物質的ならびに精神的生活の各方面に特殊な影響を及ぼした、というのである。
そうして人は千里眼順風耳を獲得し、かつて夢みていた鳥の翼を手に入れた。このように、自然も変わり人間も昔の人間とちがったものになったとすると、問題の日本人の自然観にもそれに相当してなんらかの変化をきたさなければならないように思われる。

やっぱり
「寅彦」は今日的である!!

以上で2019年のオンライン「寅の日」も終りです。
一年間おつきあいありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。<(_ _)>

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2020年1月のオンライン「寅の日」は #traday #寺田寅彦

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530個のヒガンバナの「種子」!!
 どうならべてみても、それは圧巻であった。
 その圧巻に酔いしれるため、しばらくは部屋いっぱいにならべていた。
 もうそろそろ「保存」にシフトしよう。
 輪ゴムで束ねて、ケースにいれた!!これもまた圧巻だった!!
 
 「保存」はほんとうにこれでよいのか!?
 これらの「種子」を使っての実生実験はどう展開するのか!?
 2020年の春を考える時期となった!!

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オンライン「寅の日」も、もう2020年の新春を考える時期が来ている。
 少し遅れているぐらいだ。
 2020年1月は何をテーマとするか?
 新春ということで、今一度「原点」にもどってみようと思う。
 「寅彦」の科学の「原点」は、どこにあるのか?
 ひとりよがりの勝手な結論をもっていた。
 あのするどい観察力・観察眼にある!!
 誰もが気づかないような視点で、自然をあるいはものごとを観察する。そこから「寅彦」の科学ははじまっていた!!
 そこで1月のテーマは
 ●「寅彦」の観察眼!!
 としたい。1月は2回ある。

■2020年1月オンライン「寅の日」!!
◆第243回オンライン「寅の日」 …1/12(日)
◆第244回オンライン「寅の日」 …1/24(金)

▼さてそのテーマで何を読むかである。
 どの作品もが、寅彦の観察眼のするどさを教えてくれているように思えてくる。
 困ったなあ。
 こちらも少し視点を変えて、あまり読んでこなかった作品で挑戦してみようと思う。
 「電車の混雑について」  
「物質群として見た動物群」
 の2作品にきめた。

■2020年1月オンライン「寅の日」!!

◆第243回オンライン「寅の日」 …1/12(日)「電車の混雑について」(青空文庫より)

◆第244回オンライン「寅の日」 …1/24(金)「物質群として見た動物群」(青空文庫より)

▼今年ももう一回ある。
 大晦日の第242回オンライン「寅の日」である。
 寅彦の命日にあわせて実施する特番だ。今年はこの特番と定例とが重なった。
 読むのはいつもと同じ「日本人の自然観」である。
 今年も「ゆく年くる年」は、オンライン「寅の日」で!!

 来年も引き続きオンライン「寅の日」でのおつきあいよろしくお願いします。<(_ _)>

 

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中谷宇吉郎を訪ねて(3) #中谷宇吉郎

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▼宇吉郎の墓を離れるやいなや再び雨が降り出した。
 まずい!!
 ここで旅を終えるなら、あとはのんびりとでいいのだが、私にはこの旅でどうしても行っておきたい場所があった。
 「大聖寺」デアル!!
 当初の予定では、バスでいったん加賀温泉駅までもどって、そこから再びバスか列車で向かう予定にしていたが、もうその時間はない!!
 それに雨だ。こんなとき、私はいつもタクシーを利用することにしていた。
 「青春18きっぷ」で節約旅行しながら、タクシーを利用するなんて相矛盾するようだが、ここがいちばんのゼイタクのしどころだと思っていた。他のところでいくら節約しても、このゼイタクだけは譲れなかった。
 近くのホテルに寄って、そこでタクシーをよんだ。
 タクシーに乗るなり言った。
 「大聖寺駅へお願いします。」
 「えっ? ここからなら加賀温泉駅の方が近いですよ。」「大聖寺駅でほんとうにいいんですか?」
 かなり年配のベテラン運転手さんだった。
 ここからが面白かった!!
 なぜ大聖寺をめざすのか?今、宇吉郎の「ゆかりの地」をめぐる旅の途中であることなどを話した。
 半世紀以上この地でタクシー運転手さんの話は滅茶苦茶面白かった。
 ガイドブックやネットには絶対ないような面白情報満載だった!!豊富な体験をまじえて語ってくださる「片山津(加賀)温泉物語」はずっと聞いていたかった。今から行く大聖寺の歴史についてもくわしく教えてもらった。
 今回もやっぱり タクシーは最高!!大正解だった!!
 大聖寺駅に着いたときは、午後2時半近くになっていた。

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「大聖寺」でどうしても行ってみたい場所とは、錦城小学校と錦城山であった!!
 ここではいつもとは逆だった。
 前々からとても気になる宇吉郎の随筆があった。気になるよと言うよりわけもわからず「お気に入り」という方がいいかも。
 ●「簪を挿した蛇」(青空文庫より)
 特に、最後の一文が特に気になっていた。

 眼に見えない星雲の渦巻く虚空(こくう)と、簪をさした蛇とは、私にとっては、自分の科学の母胎である。人には笑われるかもしれないが、自分だけでは、何時(いつ)までもそっと胸に抱いておくつもりである。

この「簪を挿した蛇」の舞台こそ、錦城小学校であり錦城山なのである。
宇吉郎は6年間この小学校に通ったのである。
だから、はじめに「簪を挿した蛇」ありきなのである!! 

 さっそく、錦城小学校に行ってみた。
 幸い雨はやんでいた。校門の前を流れる川にも歴史を感じる。
 江沼神社のそばを通り、裏山の錦城山・大聖寺跡に行ってみる。そこには遊歩道があった。
 ゆっくりする時間はないが、とりあえず登れるところまで登ってみた。
 山の上から錦城小学校とそのグランドが見えた。 
 曇っていたが、小松のあたりまで見えているようだった。
 降りてきて、再び江沼神社の沼のあたりを歩いてみた。
 「簪を挿した蛇」が出現するかと思ってしまった。境内には、あの『日本百名山』の深田久弥文学碑があった。

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▼もうタイムリミットだ。
 駅へ歩いて向かう。タクシーの運転手さんの話を思い出した。
 ほんとうに歴史ある町なみだ!!

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 もうひとつだけ行ってみたいところがあった。
 石川県九谷焼美術館だ。
 なかに入ってゆっくり見せてもらう時間はない。せめて入口だけでも…
 宇吉郎は「九谷焼」にはこだわりがあった。そのあたりをくわしく次に書いていた。
 ●「九谷焼」(青空文庫より)
 
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 大聖寺駅にもどり列車で、加賀温泉駅に向かうことにした。
 そこに荷物を置いていたからである。
 そして加賀温泉駅17:34発で帰路についた。
▼一泊二日の「中谷宇吉郎を訪ねて」の旅はまたたくまに終わってしまった。
 最初の「なぜ今、中谷宇吉郎なのか!?」に対する
 もうひとつの答えを記するには拙速すぎるかも知れない。
 あくまで、暫定的中間報告ということで思いつくまま、気まぐれにあげてみる。
 
(1)「宇吉郎」の科学は、「寅彦」の科学を継承しつつもさらにそれを超えるものがあるかも!?

(2) 「寅彦」の科学をコトバにしたのは、「宇吉郎」のテガラだ!!

(3) 美しい文章にすることにより、「科学」を美しい「かたち」にした!!

(4)宇吉郎は「科学」の面白さを誰にでも挑戦できるように伝えてくれている!! 
  例 「霜柱の研究」
    「立春の卵」(【立春の卵】191日の軌跡) 

 まだまだありそうだ。
 しばし、この旅の反芻作業を繰りかえしてみよう。
 そして、またいつか…。

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中谷宇吉郎を訪ねて(2) #中谷宇吉郎

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「雪は天から送られた手紙である」

 なんと美しく含蓄のある言葉であることか!!
 私はこの旅のなかで何度も何度もこの言葉に出会うのだった。
 

 このように見れば雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。そしてその中の文句は結晶の形及び模様という暗号で書かれているのである。その暗号を読みとく仕事が即ち人工雪の研究であるということも出来るのである。(「雪」青空文庫より)

▼旅の二日目(2019/12/18)は小松からの出発だった。
 せっかく小松にいるんだから、宇吉郎の「ゆかりの地」は!?と考えたとき格好の場所があった。
 小松中学校(現石川県立小松高等学校)である。
 ここで宇吉郎は5年間寄宿舎生活をしていた。
 どうも小松駅からそう遠くないようだ。しかし、タイミングが悪かった、どしゃ降りの雨だ!!
 限られた時間なかで、この雨の中、簡単に目的地にたどり着く自信がなかった。
 そこでタクシーを利用することにした。
 校門に着くなり、すぐわかった。小松高等学校記念館(旧小松中学校校舎)が!!
 化粧直しもされて、とってもきれいな記念館である。
 このころの思い出を宇吉郎は書き残してくれていた。
 ●「若き日の思い出」(青空文庫より) 
 そこに登場する中村先生の像があったりしてびっくりする。
 また、近くには北大で宇吉郎の助手として人工雪の研究に携わった関戸弥太郎氏の記念碑もあった。
 いちばん見たいと思っているものがなかなか見つからない。雨の中右往左往!!
 みつけた!!
 「雪は天から送られた手紙である」と記された六角柱の記念碑!! 
 ここでもとんでもない信じられないアクシデントだ。
 もっていたデジカメの電池ぎれだ。もちろん予備の電池は持っていた。しかし、どしゃ降りのなかの行動、できるだけ軽装でとすべての荷物は駅のロッカーのなかだ!!
 あきらめきれなかった!!ここまできてこれでは笑い話にもならない。
 雨も幸い小降りなってきた。私は急ぎ足で駅まで引き返し、再び小松高校までやって来た!!
 思い存分「下手な鉄砲も」方式でシャッターをきった。

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▼再び列車に乗り、加賀温泉駅へ。
 そして、バスで片山津温泉まで行った。
 次なる「ゆかりの地」は、宇吉郎生誕の地!!
 ここについても宇吉郎は書き残してくれていた。
 ●「私の生まれた家」(青空文庫より)
 ここにもあの言葉の記された記念碑が立っていた。
 夏の終りに訪れたときとまた趣がちがっていた。
 そのとき意識してみていなかった記念碑前のテーブルも六角形だった!!
 「宇吉郎小径」をつきぬけるとそこは柴山潟!!
 当時の景を残しているのだろうか。

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▼さあ次なる「ゆかりの地」は、念願の宇吉郎の墓所だ。
 「雪の科学館」でくわしい場所を教えてもらっていた。(地図もいただいていた。)
 それでもすんなりと行けないのが私だった。(^^ゞポリポリ
 またしてもポリボックスでお世話になった。ほんとうに親切だ!!くわしくくわしく地図まで書いていただいた。
 なのにである。またしても道に迷ってしまった。
 しかし、最後は書いてもらった「地図」が決め手になってやっとたどり着くことができた\(^O^)/

 宇吉郎の墓は 写真で見たとおり六角形の台座のうえに載っていた!!
 なんと花筒のかたちも六角形!!

 となりに茅誠司氏に墓碑銘があった!!
 さすがだと思った。

 墓前でオンライン「寅の日」の報告をし、「これから」をお願いしていたら時間がずいぶんたってしまった。
 
 アリガタイことに「生誕の地」「墓所」と巡っているあいだは雨はまったく降らなかった。
 墓所を出るととたんに雨が降ってきた。
 しかし…

(つづく)

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本日(2019/12/19)、第241回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼中谷宇吉郎を訪ねての旅の二日目(2019/12/18)。
 ついにかねてからの念願であった 
 中谷宇吉郎の墓の前に立っていた!!

 お墓は雪になぞらえて設計された六角形の台座の上にのっていた。
 いかにも宇吉郎の墓らしいものだった!!
 
 墓前で、オンライン「寅の日」の今月のテーマを報告した!!
 これがこの旅の第一のねらいでもあった!!

▼本日(2019/12/19)、第241回オンライン「寅の日」である。
 宇吉郎の墓前で報告した今月のテーマは
 「中谷宇吉郎に「寅彦」を読む」
 その二回目に読む宇吉郎の随筆は「寺田寅彦の追想」(中谷宇吉郎)であった。

◆本日(2019/12/19)、第241回オンライン「寅の日」!!

「寺田寅彦の追想」(中谷宇吉郎)(青空文庫より)

▼実はこの中谷宇吉郎の随筆を、この旅のあいだに二回読んだ。
 加賀温泉駅までの行きの列車のなかでと帰りの列車のなかでである。
 つまり旅のはじめと終りにである。
 面白いことに気づいた!! 
 宇吉郎がいかに深く師・寺田寅彦を敬愛していたか!!
 旅のはじめと終りでは、その「深さ」に大きなちがいがあるように思えた!!
 これが旅の最大の成果なのかも!!

▼前半においては「宇吉郎」にとって、師「寅彦」がどんな大きな存在であったかを面々と語られていた。
 師「寅彦」の人となりを、「宇吉郎」ならでは表現で語られていた。
 『球皮事件』での「先生の仇(かたき)をとるんだ」と気炎をあげていた若き「宇吉郎」の姿が見えてくるようだった。
 後半、特に最後の方は、単なる師弟の関係を超えて
 
 「宇吉郎」こそが最高の「寅彦」の理解者である!!

 と思わせる文章がならんでいた。

この意味で日本的な物理学の発達もまた不可能ではない。その一つの試みと見られるものは、理研の寺田寅彦博士の研究室の業績である。  その例としては、割れ目の物理学や粉体の力学などが挙げられるであろう。原子の世界においては確率のみが自然法則として成立するのに対し、割れ目の物理学はわれわれの経験世界における確率の物理学の一つの姿である。理研彙報に邦文で発表されている『割れ目と生命』の論文の如きは一部の読者には興味があることであろう。
『寺田寅彦の追想』を書いているうちに、筆がいつかそういう方面に向いてしまった。「寺田寅彦の再認識」という言葉を、そういう悲しむべき事情の下で口にすることは、まことに淋しいことであるが、現実を直視することも、先生の遺訓の一つであるから、致し方がないであろう。

 さあ、今度 「宇吉郎」の墓の前に立つとき何を報告できるかな!?
 それはいつだろう。
 

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