「日本理科教育史」をプロットする!!(47) #コロンブスの卵 #立春の卵 #中谷宇吉郎 #板倉聖宣

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残りの4個は昨日もアタリマエに立ち続けていた!!
 なんとも偉大なるこのアタリマエ!!

 こうしてみると、2015年の『立春の卵』191日の軌跡は驚異に見えてくるのだった。
▼昨日の書き込みの後、FBで次のようにコメントをいただいた。
 「コロンブスの卵との関連性は不明だが⁉」
 私は「「コロンブスの卵」の逸話は、「卵がたつわけがない」という前提からうまれたんでしょうね。」だから、「この実験とは直接関係ないと思っています。」と答えた。
 コメントの本意をよく理解していなかった。私は大間違いをするところだった。<(_ _)>

 「コロンブスの卵」の逸話があるからこそ、「立春の卵」の凄さが際立ってくるのだった!!

 『科学的とはどういうことか』「卵を立ててみませんか」(板倉聖宣著 仮説社 1977.4.25)から、「コロンブスの卵」について書かれたところを引用させてもらおう。

 卵を立てる話といえば、中谷さんの「立春の卵」の話よりもさらに有名な話ががあります。それは「コロンブスの卵」という話です。私が小学生のころの国語の教科書にはその話がのっていました。文部省編の『小学国語読本 巻八』、つまり小学校四年後期の第二十二課です。同じ内容の話は、大正十年度から昭和二十二年度あたりまで使われていた国定(あるいは準国定)教科書にのっていましたから、少し年配の読者なら、「ああ、あれか」と思い出すことでしょう。知らない人もいるでしょうし、短いものですから、上に全文のせておきました。読んでみてください。(同書 P16より)

 ネットでも調べてみました。わかりました!!

●1921(大正10)年 1921年発行の第3期「尋常小学国語読本」第8巻 第19章に4年生用教材として、「コロンブスの卵」が登場

 ちょうど今から100年前です!!

▼板倉さんの言によれば「大正十年度から昭和二十二年度あたりまで」、「コロンブスの卵」は教科書に載っていたのです。
 昭和二十二年と言えば、「立春の卵」の年です。
 
●1947(昭和22)年4月1日 『立春の卵』(中谷宇吉郎 青空文庫より)

 今一度、「コロンブスの卵」に焦点をあてて読んでみた。もちろんふれられていた!!

 

昔から「コロンブスの卵」という諺(ことわざ)があるくらいで、世界的の問題であったのが、この日に解決されたわけである。

 それにしても、考えてみれば余りにも変な話である。卵というものが何時(いつ)でも必ず立つものならば、コロンブスにまで抗議をもって行かなければならない始末になる。

 こういう風に説明してみると、卵は立つのが当り前ということになる。少くもコロンブス以前の時代から今日まで、世界中の人間が、間違って卵は立たないものと思っていただけのことである。

つまり「コロンブスの卵」から「立春の卵」へ!!
今から74年前のことである!!

▼ますます、「立春の卵」最後の中谷宇吉郎先生の言葉が気になってくるのだった。

何百年の間、世界中で卵が立たなかったのは、皆が立たないと思っていたからである。  人間の眼に盲点があることは、誰でも知っている。しかし人類にも盲点があることは、余り人は知らないようである。卵が立たないと思うくらいの盲点は、大したことではない。しかしこれと同じようなことが、いろいろな方面にありそうである。そして人間の歴史が、そういう瑣細(ささ)いな盲点のために著しく左右されるようなこともありそうである。

「コロンブスの卵」から100年!!
「立春の卵」から74年!!
 私たちは今、どこにいるのだろう!? 

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「日本理科教育史」をプロットする!!(46) #立春の卵 #中谷宇吉郎 #板倉聖宣

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今年も「節分」に立てた「立春の卵」5個。はやくも1個が倒れてしまった!!
 どうしてだろう!?
 重心から下ろした垂線は、凸の三角形からはみ出してしまった。
 風!? 振動!? それとも…!?

 はやくもとは少し残念であるが、うれしいこともあった!!
 今年はたくさんの方の「立春の卵」体験のお話を聞くことができたのだ。
 それは実に面白い内容だった。
▼お話を聞いているうちに思い立った。

 「立春の卵」実験は、「日本理科教育史」のうえでいつ登場したのだろうか!?

 しばし、これを追ってみたい。

 もちろん、はじまりは中谷宇吉郎先生の「立春の卵」である。

●1947(昭和22)年4月1日 『立春の卵』(中谷宇吉郎 青空文庫より) 

 青空文庫のおかげで、今すぐ読めるのがとてもアリガタイ!!
 読めば読むほど 面白い!! 名随筆!!

▼私自身の体験、それに今回お話を聞いたことを総合すると、今のところ次のように判断した。

 この中谷先生の『立春の卵』に感動し、「卵を立ててみませんか」と提案した人がいる。
 板倉聖宣氏である。

●1977(昭和52)年4月25日 『科学的とはどういうことか』「卵を立ててみませんか」(板倉聖宣著 仮説社 1977.4.25)
 
 ちょうど『立春の卵』から30年がたっていた!!
 この本のトップにとりあげられていた。
 さらに、この話の初出は とみてると次のようになっていた。

●1974(昭和49)年3月 『のびのび』(朝日新聞社教育雑誌)1974年3月号 「卵はいつでも立つ」板倉聖宣

 前著よりさかのぼること3年だ。
 『のびのび』の創刊号に記載されたわけだから、けっこうそのころ話題になったと思われる。

▼それから20年近くたって次のような本も出されていた。

●1991(平成3)年4月1日 『たまごの立つ話』(科学入門名著全集7)(中谷宇吉郎著 板倉聖宣 国土社)

 それからでも、今年でちょうど30年!!

 今、やりたいこと・知りたいことが2つある。
 ひとつは、今、プロットした以外にプロットのあいだをうめる

 『立春の卵』に関連しての資料はないだろうか!? 

 もうひとつは

 今もつづく多様な『立春の卵』実験実践はないだろうか!? 

 ということである。

 繰りかえして言うが、今すぐ誰でも『立春の卵』は読める!!
 だから、まったくあらたな展開も考えられる。

 「おうち実験」に『立春の卵』は最高!!
 「卵は 誰が いつ やっても 立つ」!!
  ダカラ 「科学」 なんだ!! 


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今年も「立春の卵」を立てた!!(2021/02/02) #立春の卵 #中谷宇吉郎

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「三点主義!!」「三点主義!!」「三点主義!!」
 呪文のように唱えてみた。
 5~6分で5つの卵はアタリマエに立った!!

 卵の殻の表面は思っている以上に凸凹があった。
 その凸の三点を床に着地させ、三角形を描く。
 卵の質量は50~60g、その重心から床に垂線を下ろす。
 下ろした垂線が描いた三角形のなかに着地すれば、必ず卵は立つ!!
 これが「三点主義!!」
 誰が いつやっても 卵はアタリマエに立つ!!
 コロンブスを呼んでくるまでもなく、卵は立つ!!
 だから 「科学」なんだ!! 

▼このアタリマエ実験を、124年ぶりに2/2が「節分」となった昨日(2021/02/02)やってみた。
 「立春」をはずして「節分」にやってみると言うのがミソだった。
 いつしかこの「卵立て」が私の年中行事となっていた。
 このアタリマエ実験を教えてくれたのは、あの中谷宇吉郎だった。

● 「立春の卵」(中谷宇吉郎 青空文庫より)

 「卵立て」とあわせてこの名文を読むことも恒例としていた。
 このアタリマエ実験をめぐって、今から74年前の1947(昭和22)年「立春」に科学者、メディアをも巻き込んで世間では大騒動になったという。その顛末の一部始終をあの中谷宇吉郎が巧みな文章で語ってくれていた。
 先の「三点主義」のヒントもちゃんと語ってくれていた。アリガタイ!!

▼6年前の2015年の「節分」にも、私は同じ実験に挑戦していた。
 時間的にゆとりの生活をはじめたころだからだろうか、妙な「実験」にも挑戦していた。
 「実験」と言うには、ちょっと気が引けるが…。
 きわめて簡単なことだ。

 「立った卵はいつまで立っているだろう!?」

 これを毎日観察するのである。観察した結果をTwitterで画像つきでつぶやくのである!!
 倒れたときは、その卵の「なかみ」も調べてみた。
 最後の一個が倒れるまでなんと 191日 が経っていた!!
 その「全記録」がこれだ!!

◆【立春の卵】191日の軌跡

▼少々くどくなるが、「いつ 誰がやっても 卵は立つのだ!!」
 卵も選ぶ必要はない!!
 台所にころがっている その卵で充分だ!!
 さあ!!

 「立春の卵」実験は、家族で楽しむ「おうち実験」に最適だ!!

 卵が立ったら、「立春の卵」の最後を読み返してみよう。
 

  人間の眼に盲点があることは、誰でも知っている。しかし人類にも盲点があることは、余り人は知らないようである。卵が立たないと思うくらいの盲点は、大したことではない。しかしこれと同じようなことが、いろいろな方面にありそうである。そして人間の歴史が、そういう瑣細(ささい)な盲点のために著しく左右されるようなこともありそうである。

 ちなみに、今朝(2021/02/03)「立春」、その場所に行ってみた5つの卵は立ったままだった。

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サイエンスコミュニケーター宣言(422) #日本理科教育史 #理科の部屋30年史

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「環天頂アーク」!!
 確かに色づいている。まちがいない!!
 待てよ、右手の離れたところにも虹のように…!?
 「幻日」!?
 それにしては高いような ?(゜_。)?(。_゜)?

 昨日(2021/01/25) 16:31
久しぶりに晴れた日のひとり吟行だった。
 「雲見」の空にはケンケン三兄弟(巻雲・巻積雲・巻層雲)が目立った。その高さでは氷晶だ!!
 このレア度の高い「雲見」は、そんなとき起こった!!
 「雲見」はやっぱり 面白い!!

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▼さあ、サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」の確認、続けよう。
 最後の座標軸に行こう。

(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

 心がけておきたいことがあった。
 「現在進行形のかたち」というところだ。
 過去の「歴史」を終わったものとしてとらえるのでなく、地続きの「進行形」でとらえたい!!
 どこまでも「これから」にツナガルものとしてとらえたい!!

▼2つの大きな「作業」にとりかかっていた。
 ひとつは

●「日本理科教育史」をプロットする!!

 このシリーズの展開である。現在45回まできていた。
 あらためて元々の意図を語っておこう。

●『増補・日本理科教育史 付・年表』(板倉聖宣著 仮説社 2009.04.10)

 原著初版は1968年3月1日である。
 まさに「日本理科教育史」のはじまりから、現代までをくわしくわかりやすく語った名著中の名著である。
 特に付録の「年表」が気に入っていていた。
 ところが、その年表は2009.4.01で途切れていた。
 著者板倉聖宣氏が亡くなられたのは2018年2月7日である。途切れていた年表はその後、追記されたのだろうか?
 私はそれを知らない。

・この「年表」の続きを書きとめておきたい。「記録」しておきたい!!
・この「年表」よりももっともっと等身大の「日本理科教育史」を「記録」しておきたい!!
・ポンコツ理科教師ひとりの試みとしては大それた企画であること百も承知だ!!
・どこまでも、等身大に語っていきたい!!
・誰もが「日本理科教育史」の渦中の人だ!!
・私の「日本理科教育史」がツナガレバ、これまで誰も書かなかった「日本理科教育史」が生まれるかも知れない!!
 
▼もうひとつは上記の「日本理科教育史」をプロットする!! に含まれることではあるが、特に自分も関わってきたこととしてやってみたいことである。

●【理科の部屋】30年史 年表を作成する!!

・すでに、まったく個人的レベルの【理科の部屋】30年史年表は書き始めていた。
・視点を変えれば、もっともっとちがった「歴史」があるはず!!
・2023年11月23日で、【理科の部屋】は30歳になる!!それまでに
・これまたポンコツひとりの作業としてはとても手に負いかねる。(^^ゞポリポリ
・【理科の部屋】30年史作成委員会をつくりたい!!メンバー大募集だ!!
・「【理科の部屋】って、それなに!?」と言う人も加わっていただくとより豊かなものになるだろうな。<(_ _)>


「サイエンスコミュニケーター10年」が終わるまでにあと65日!!
 さあ、
 ゆっくり ゆっくり 急ごう!!
 

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サイエンスコミュニケーター宣言(421) #理科カリキュラム #理科教育コミュニティ

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雨の日のひとり吟行!!
 以前ならばちょっと渋るところだが、今はちがう。
 「籠り」の暮らしが長くなった今は、これが一日の楽しみであった。
 それが、たとえ雨であっても
 雨の日には、雨でなければ見えてこない景もあった!!

▼サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を確認する作業を続けよう。
 次の座標軸はこうだ。

(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!! 

 この座標軸を設定した当時は、まだ少しは授業実践に関わっていたからリアリティがあった。
 しかし、今となってはあまり関係ないかと思っていたら大間違いだった。
 
 私の場合、思考のすべてのはじまり「授業実践」だった。
 理科授業こそ、私の「科学」の原点だった!!

 いつも授業ではどうだったかな? とこれを見返して見るのだった。

◆私の「ふしぎ!?」からはじめて「卒業論文」にいたるまでの中学校3年間「理科」全課程を構想する!!
 新・中学校「理科」を構想する(2016年版)

 もちろん完成しているわけではない。
 あてはなくても今度やるときは、どうするかな!?と考えるのだ。それが楽しい!!

 Webテキストを構想するときも、やっぱり「授業」を射程に入れて考えるのだ!!
 そして 最近気づいてきた
 「テキスタイル」は私の最高の学びの方法だ!!

▼次の座標軸に行こう。

(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!

 ひよっとしたら、これがサイエンスコミュニケーターとしての最大の「仕事」なのかもしれない。
 理科教育コミュニティと聞いて、まず私の頭に浮かぶのはやっぱりあの【理科の部屋】である。

●【理科の部屋】とは? 

 「あらたな」というのがいちばん曲者だ!!

 ホンモノの「流行」は「不易」を内包する!!
 ホンモノの「不易」は「流行」を創造する!!

 どこまでも、理科教育コミュニティの「不易流行」を追い続けよう!!

▼「サイエンスコミュニケーター10年」が終わるまでにあと何日あるのだろう?

 1月(今日を入れても8日)+2月(28日)+3月(31日)=67日!!

 さあ!!
 ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

(つづく)


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サイエンスコミュニケーター宣言(420) #道楽的科学 #サイエンスイベント #サイエンスコミュニケーター

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寒の植物「ヒガンバナ」は元気だ!!
まだまだ書き入れ時だ。

 私が「サイエンスコミュニケーター」と名のりはじめてやがて10年である。

●サイエンスコミュニケーター宣言(1) 

▼「籠り」の暮らしが長くなっているので、自分自身の「現在地」がわからなくなっている。
 今一度、「現在地」を確認し、この10年間のやり残しに挑戦してみようと思う。
 いつものように「現在地」確認の5つの座標軸をひっぱりだしてくる。

(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

▼ひとつひとつの座標軸でみていこう。
 まず

(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求! 

 道楽的「科学」とは、いかにも気儘なネーミングだ。
 道楽的と聞いてすぐさま頭に浮かぶ 究極の道楽 3つがあった。
 ・「雲見」
 ・「宇宙見物」
 ・「歳時記」(俳句)
 である。
 「雲見」「宇宙見物」は続行中!!「雲見」の旅は解禁されれば再開だ!!
 「歳時記」(俳句)は、第5回オンライン「寅の日」が進行中だ!!最高に面白い!!

▼次の座標軸に行こう。

(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。

 ここのところが今いちばんの課題だ!!
 zoomなどを使ってオンラインで参加させてもらっているが、なかなかリアルにはかなわない。
 いつも無手勝流で動くことで学んできた人間にとってはきびしい状況だ。
 今だからこそ できること 考えてみたい!!

(つづく) 

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1.17 あれから26年の歳月が!!そして…

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 1995年(平成7年)1月17日5時46分52秒

 26年前のあの瞬間も、今朝と同じようにパソコンに向かっていた。
 【理科の部屋】は、1993年11月23日に始まったのだから。
 その瞬間は何が起こったのかを把握しかねていた。

▼しばらくは、【理科の部屋】にツナガレない日が過ぎた。
 やがてはじめたことが2つある。ひとつは

●第2期 オンライン学習会 1995年4月~1995年10月
    『変動する日本列島』(藤田和夫著 岩波新書 1985.6.20)

 オンライン学習会はすでにはじめていた。(第1期 1994年10月~1995年3月)
 そのときテキストとした『変動する日本列島』は、ちょうど10年前の出されいた。
 「近畿トライアングル」
 「山は上り海は沈む」
 「大阪層群」
 「第四紀地殻変動」
 …とつづく。

▼もうひとつは、【授業】「大地の動きをさぐる」の更新である。

●【授業】『大地の動きをさぐる』

▼26年経った今、「これから」もやりつづけたいことも2つある。

(1)自分が暮らす「動く大地の物語」を現在進行形で読み解く!!
 ・あの山はどうしてできたのか?
 ・あの川は昔からそこを流れていたのか?
 ・この竹やぶは?(段丘崖に竹やぶアリ)
 ・この坂道は?
 ・あの平らな山なみの意味することとは?
  
(2)寅彦の警鐘「天災は忘れられたる頃来る」に耳を傾け、オンライン「寅の日」を続ける!!

まもなく その時間だ!!  合掌

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サイエンスコミュニケーター宣言(419) #日本理科教育史

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▼本日は「処暑」である!!
 昨日も猛暑日は続いていた。しかし、「雲見」の空はいっときにくらべると少し変化してきているように見えた。

 ところで、「雲見」というコトバ。
 ずいぶん昔から使われてきたアタリマエのコトバのように思える。
 しかし、どうやらそうではないようだ。私の知るかぎりではあの宮沢賢治がはじめてのようだ!!
 「蛙のゴム靴」(宮沢賢治著 青空文庫より)に次のようなシーンが出てくる。

 ある夏の暮れ方、カン蛙ブン蛙ベン蛙の三疋は、カン蛙の家の前のつめくさの広場に座って、雲見といふことをやって居りました。一体蛙どもは、みんな、夏の雲の峯を見ることが大すきです。じっさいあのまっしろなプクプクした、玉髄(ぎょくずゐ)のやうな、玉あられのやうな、又蛋白石(たんぱくせき)を刻んでこさへた葡萄(ぶだう)の置物のやうな雲の峯は、誰(たれ)の目にも立派に見えますが、蛙どもには殊にそれが見事なのです。眺(なが)めても眺めても厭(あ)きないのです。そのわけは、雲のみねといふものは、どこか蛙の頭の形に肖(に)てゐますし、それから春の蛙の卵に似てゐます。それで日本人ならば、丁度花見とか月見とかいふ処ところを、蛙どもは雲見をやります。 「どうも実に立派だね。だんだんペネタ形になるね。」 「うん。うすい金色だね。永遠の生命を思はせるね。」 「実に僕たちの理想だね。」

どんなアタリマエにもはじまりがあるかも知れない!?

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▼サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」の検証をつづけよう。
 最後の第五の座標軸にいこう。

(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
 なんと遠大なる座標軸だろう。
 ひとりのポンコツ理科教師が語るには大風呂敷過ぎる話だろうか!?
▼「日本理科教育史」と聞いてすぐさま思い出す著書があった。

●『増補・日本理科教育史 付・年表』(板倉聖宣著 仮説社 2009.04.10)

 原著初版は1968年3月1日である。
 まさに「日本理科教育史」のはじまりから、現代までをくわしくわかりやすく語った名著である。
 特に付録の「年表」が気に入っていていた。
 ところが、その年表は2009.4.01で途切れていた。
 著者板倉聖宣氏が亡くなられたのは2018年2月7日である。途切れていた年表はその後、追記されたのだろうか?
 そのことがずっと気になっていた。
 
 また年表を引き継ぐ作業は今あるのだろうか?
 それが知りたい!!
▼私の座標軸の話にもどろう。
 私が「日本理科教育史」というとき、もう少し等身大の歴史の話である。
 自らの理科教師としての歩みは、「日本理科教育史」のどう関連しているのか?
 ウメサオタダオのあのコトバが…。
 
 ものごとは、記憶せずに記録する。

 ひとりひとりが、その歩みを記録し、それらをツナゲバ、最高に面白い「日本理科教育史」になるかもしれない。
 まずは、小さな事実のプロットからはじめよう!!

●【理科の部屋】30年史


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サイエンスコミュニケーター宣言(418) #理科の部屋 #理科教育のコミュニティ

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クズの花を見ていると思い出すことがあった!!
 

「地下茎のごとく、一時的に枯れたり 刈り取られようと何m 何㎞とのびていき、たくわえた栄養(教材研究)ですばらしい花(授業)をさかせよう。」

 こんな呼びかけから小さなサークルがはじまった。
 1981年夏のことである。
 このとき、クズの地下(葛根)のことをイメージしていたにちがいない。
 小さなサークルを「地下茎舎」(ひめじ理科サークル)と呼んでいた。
 サークル誌『地下茎』は46号までつづいた。

▼サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」の検証をつづけよう。
 第四の座標軸にいこう。

(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
 この「あらたな」というところがミソだった。
 我らが寺田寅彦は「科学上の骨董趣味と温故知新」(青空文庫より)のなかで、こう言っていた。

 

そしてこれに新しき衝動を与えるものは往々にして古き考えの余燼(よじん)から産れ出るのである。

自分は繰返して云いたい。新しい事はやがて古い事である。古い事はやがて新しい事である。

▼このことは理科教育コミュニティについても言えるのではないだろうか。
 「地下茎舎」の集まりがなかなか難しくなった頃、はじまったのが【理科の部屋】であった。
 今、理科教育コミュニティと聞いて真っ先に思い出すのは【理科の部屋】のことだった。

●【理科の部屋】とは

▼今、現在【理科の部屋】とよばれているものがふたつある。

●Facebook版【理科の部屋】

●【理科の部屋】7(サイエンスフォーラム)

 いずれもオープン化されており、その気になればいつでも参加可能である。
 それ以外にもいくつもの理科教育コミュニティができている。自分のニーズにピッタリというのがみつかるはずだ。
 なければつくってしまえばいい!!
 あのコトバを思い出す。

ホンモノの「流行」は「不易」を内包する!!

ホンモノの「不易」は「流行」を創造する!!

 どこまでも、理科教育コミュニティの「不易流行」を追い続けたいものだ!!

(つづく)

 

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サイエンスコミュニケーター宣言(417) #オフラインミーティング #中学理科 #授業感想文

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夕陽に秋を見た!!
 と言えば、感傷がすぎると笑われるだろうか。
 なるほど、アメダスの「記録」をみればまたしても37.2℃まであがったようだ。
 しかし、自然は正直だ。
 「立秋」から数えて二週間がたち「処暑」が近づいてきていた。
 二十四節気は科学ダ!!

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▼サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」の検証をつづけよう。
 第二の座標軸にいこう。

(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
 昨日もzoomを使ってのオンライン会議に参加させてもらった。
 籠り生活を続ける私には、世間の新鮮な空気を吸う機会を与えてもらっているようで、アリガタイ 深謝!!
 今までリアルの暮らしの中でも実現しなかったことも、いっぱいできて楽しい!!
 しかし、いっぽうで 感じてしまうのだった。
 顔を合わせ、モノをいじりながらのオフラインミーティング!!

 オフラインミーティングの有効性、そのすばらしさ!!

 次のオフラインまでに、私に可能なこと準備しておこう。

▼第三の座標軸にいこう。 

(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
 どこまでも私は「中学校理科」にこだわっていた。
 そこにすべてがあると思っていた。私は「これまで」の歩みのすべてを可能かぎりここに「記録」したつもりだ。

私の「ふしぎ!?」からはじめて「卒業論文」にいたるまでの中学校3年間「理科」全課程を構想する!!
 新・中学校「理科」を構想する(2016年版)

 もちろん完結したものではない。
 部分的に更新したいところもいっぱいある。
 今週のはじめから、あるひとつの作業を開始した。ずっといつかはいつかはと後回しにしてきた作業だ。
 「授業感想文」を読む!!
 44年~45年前からの理科の「授業感想文」を大切においていた。その量は膨大なものになる。
 読み始めたら滅茶苦茶面白い!! あらためて痛切に思う。
 
 私は生徒たちに教えてもらいながら授業をしてきたんだ!!
 自然は最高の教科書!!
 生徒は最高の指導書!!
 はほんとうだったんだ。

 この作業は私の当面の最高の楽しみとなりそうだ。
▼関連してもうひとつ楽しみたいことがあった。
 それは

◆新・私の教材試論

である。こちらの方も、ずいぶんご無沙汰である。
 時代はすすみ、教材も進化してきているハズ !!
 今も すぐれた教材の原則

 3K1A(感動・簡単・きれい・安全)の法則は有効!!

 を、自分でも楽しみながら実証していきたいな。
 ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

(つづく)

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