【実験】アルミ缶をななめに立てる!! #ファラデーラボ #かがくカフェ #砂のかがく #安息角 #土肥健二 #野呂茂樹

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▼そもそものはじまりは、ファラデーラボの第135回「かがくカフェ」だった!!

◆ファラデーラボ「砂のかがく」(1) #ファラデーラボ #かがくカフェ

 (゜o゜)ゲッ!!
 500mlのアルミ缶がななめに立っていた!!
 実際に体験もさせてもらった。思いっきり不器用な私にもすぐ立てることができた。
 土肥さんはそのときに謎解きもされた。「安息角」!?
 後日、缶のなかのことが話題となった。

▼再現実験を自分でもやってみたかった!!
 その「ふしぎ!?」熱のさめぬ間にやってみたかった。
 砂の準備ができてからと思っていたが、それでは間延びしてしまう。
 今回はとりあえず市販の砂を手に入れやってみることにした。

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▼せっかちでアバウトな私は、ちかくにあったコーヒーの缶(400mlフタがあるのがとてもいい)でやってみた!!
 砂の質量をはかることもなく適当に!!
 おおっ一発で立った!!
 次は、毎晩お世話になっているビール缶で
 これまた、ほぼ一発で立った!!

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▼さて問題は、缶のなかの「見える化」デアル!!
 水ならば水面は水平になることはわかるが、砂ならばどうだろう!?
 「見える化」について、野呂茂樹さんより非常に具体的なヒント・アドバイスをいただいた。
 それのみならず、やって見せて下さった!!
 それを真似てやってみた!!
 
 やっぱり「水平」にはなってはいなかった!!
 恐るべし「砂のかがく」=「安息角」!!
 ますます興味津々だ!!
 
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「原子論」を科学する(49) #物質の原子論 #古川千代男 #原子論と授業 #三態変化 #原子論的物質観

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「大気の物理学実験室」!!
 この呼び方がとても気に入っていた。

 「大気の物理学実験室」では、日替わりメニューでいろんな実験が行なわれていた。
 いや日替わりどころが、時々刻々とちがう物理学実験が行なわれていた。
 実験の中で水という物質は「三態変化」をくりかえしていた。

 「天気の変化」という謎解きにも「原子論」は有効か!?

▼ 『物質の原子論―生徒と創造する科学の授業』 (古川千代男著 コロナ社 1989.5.10)の「あとがきに代えて」のなかで、古川先生は「物質の基礎概念」としての「三態変化」の重要性を次のように語っていた。

 分子、原子の概念を人間が手に入れたとき、今までばらばらで互いに無関係と考えていた事象が統一的に把握できるようになった。拡散、溶解、三態変化、気体の圧縮性、など、分子と分子運動の概念を手に入れると統一的にみることができ、さらに化学変化、電気分野での深い理解につながっていく。
(同書 P116より)

 この原子論のすごさを教えたい。それにはどんな教材をどのような順序で提供すればよいのだろうか。試行錯誤しているうちに三態変化教材の重要さに気づいてきた。三態変化は太古から知られたマクロ現象だが、なぜ生じるのかを追究していくとミクロの世界が見えてくる。しかも最も単純な姿の分子像できる入門にはふさわしい教材でもある。
 つまり、「三態変化」はマクロの世界とミクロの世界を結び合う大切な「結節点」になるということに気づいたのである。
(同書 P117より)


▼さらには、次のように述べていた。

 ただ、三態変化が生じる原因が分子、分子運動であった……というような解釈形の授業ではねらいは半減する。ぜひ、早い段階で分子概念を導入し、つぎの予想にどんどん使っていく演繹形授業をやっていただきたい。そうすることによって分子概念の有用性を知らせ、概念の深化が図れるし、何よりも発言が増し実験の結果に大きい関心をよせてくる生徒が増えてくる。
(同書 P117より)

 「原子論」を自然探検の最も有効な「武器」にしよう!!

ということだろう。

▼私は中学校全単元のなかでも、この「三態変化」がもっともお気に入り単元のひとつだった。
 拙い実践だが「記録」を少し残していた。

◆ 【三態変化】実践DB

 「原子論的物質観」という常套句はこのあたりから使いはじめたのだろう。

 さて、ここ数日の「大気の物理学実験室」で、台風11号はどんな展開(実験)を見せてくれるのだろ!?


(つづく)

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「原子論」を科学する(48) #物質の原子論 #古川千代男 #原子論と授業 #三態変化 #200℃の水蒸気

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▼それは「三態変化」教材BOXのなかに今も残していた。

 グニャグニャに曲げられた銅管にゴム栓が!!
 今ではそれはまるで芸術作品のオブジェのようだった。

 制作者は私である。
 自慢気にいうことではないが、私は昔からとびっきり不器用であった。
 40年近く前に最初に制作したときは、「螺旋形」に銅管を巻くはずだった。
 長年使用しているあいだにここまでなってしまったのか!?
 それでもなかなか処分することのできない。
 私にはとっておきの「お宝教材」だった。

▼この「お宝教材」を使う実験も、この本に出てくるのだった。

◆ 『物質の原子論―生徒と創造する科学の授業』 (プロジェクトサイエンスシリーズ)(古川千代男著 コロナ社 1989.5.10)

 今一度、【目次】を追ってみよう。

[第1章]すべての物質は「分子」と呼ばれる粒でできている
[第2章]すべての分子は「分子運動」をしている
[第3章]物体の「膨張と収縮」は分子運動の変化の現れ  
[第4章]分子運動が変化すれば「気化と液化」が起きる
[第5章]「融解と凝固」も分子運動の変化で起きる
[第6章]「昇華」を見よう

▼「お宝教材」を用いた実験は、第4章に登場した。
「4.6 200℃の水蒸気」(『物質の原子論―生徒と創造する科学の授業』p75)にこの「物語」が語られていた。
 あまりに興味深いので、しばしばこの「物語」を引用させてもらっている。  
「200℃の水蒸気物語」はこんな「問題」から始っていた。

問題 水は100℃で沸騰し、すべて水蒸気になる。さて、水蒸気を100℃以上にすることは可能だろうか。200℃というような水蒸気は存在するのだろうか。予想を出し、その根拠を明らかにしてみよう。 (同書p75より)

 「200℃の水蒸気は存在するのか?」と問われた生徒たちはどう答えたのだろう。
 生徒たちはすでにエタノールと加熱したときの温度変化を調べ、「沸点」の存在、そのとき加えた熱エネルギーが何に使われたかを知っている。
 しかし、ほんとうの意味での「沸点」「分子運動」が見えていたわけではない。
 古川千代男先生は次のように語っていた。
 生徒の意見を聞いてみると、確信を持って200℃の水蒸気の存在を予測できる者はほとんどいない。考えてみたこともないというのが本当のところのようである。100℃以上にならないという確信を持っていることが多い。水は100℃で沸騰するという知識は信仰の域に達しているとしか思えない。2,3の物質の沸点測定や解説くらいで打ち破れない。(同書p76より)

 ではどうするか。それが次なる課題である。
 沸点以後も熱を加え続けるのである。そうすれば、「分子運動」はより活発になり「200℃の水蒸気」も可能なのかも知れない。生徒と一緒に実験方法を考えていった。
 その方法の前に、ここでぜひ引用させてもらいたい一文があった。
コラム風に囲みで書かれていた。
 実はこの一文を紹介したくてながながとこの本の引用をさせてもらっているところもあった。
 素朴で原理むき出しの実験を  現在、高校で行われている実験の中心は定量実験である。数値を得て法則性をみるというだけでなく、一つ一つの手順がそのものがきちんと量を測定しながら行われるものが多い。当然、複雑で時間もかかるようになって、結局何を目的にしていたのかラビリンス(迷宮)の世界に入ってしまう。  定量実験の前に、余計なものをできるだけ省いた、目的がミエミエの実験がもっとあってよいし、そういう実験こそ生徒にやらせたい。その後に、つまり原理がすでにわかった後に、定量実験をやり、法則化してこそ、使える法則になりうると思う。たぶん、原理や法則を先に解説し、その検証として実験をやらせることが多いために、こうなりやすいのだろうが、もっと「発見」のための実験こそ、生徒に考えさせ、計画させ、実施させたい。 そうすると素朴で一目みて納得のいく実験がつくられると思う。(同書p76より)

「素朴で原理むき出しの実験」!!心に留め置きたいコトバだ。
 「物語」をつづけよう。
 具体的にはどのようにして、「200℃の水蒸気」をつくり出したのだろう?
どんな実験装置を考えついたのだろう。
 せっかく100℃の「水蒸気」をつくり出しても、すぐに冷えて湯気(水滴)になってしまう。そうさせないためには「水蒸気」の再加熱することが必要であった。
 どんな方法を考えたのだろう?
(a)水蒸気丸底フラスコを通して加熱  
(b)水蒸気の通るガラス管を加熱
(c)銅板を巻く
(d)銅管を手に入れた
段階を追って進化していった。
そして、銅管を手に入れることによって、実験装置は飛躍的に進化した。
 ここでまたたいへん興味深いことが語られていた。
 ちょうどその頃、船具屋さんの家庭の生徒がいたので、船舶用のエンジンの銅パイプを探して欲しいと頼んでみた。家の近所の船舶エンジン修理工場にあるとのことでさっそくたずねてみた。新品は高いが中古ならやすくしてくれるというので、2mほどわけてもらった。  生徒たちの家業を知っておくのも大切なことだと思う。それぞれの専門で使っている器具や道具など大変便利なものが多い。配線に使う圧着端子など早い時期に教えてもらったのも、熱に強い磁器のソケットを手に入れたのも、生徒の家庭からだった。教科書に載っているような古いものではなく、最新鋭のものがある。商売なのだから当たり前なのだろうが、家庭との連携というのは生活指導だけのことではない。(同書p78より)

「それぞれの専門で使っている器具や道具など大変便利なものが多い。」
「最新鋭のものがある。商売なのだから当たり前なのだろうが」
 これまた
 教材開発にヒントを与えてくれる示唆的なコトバだ。
 銅管を入手して、実験装置はさらに進化した。
 熱効率をあげるため銅管をらせん状に巻きそこを集中的に加熱するようになった。
 これで安易に「200℃の水蒸気」は実現したのだ。
 そして「200℃の水蒸気」でマッチに火をつけるというあの驚異の実験も可能になったのである。
 そして、今、三態変化「定番」実験としてアタリマエのように教科書にも登場してくるようになったのだった。

 すぐれた教材(実験)には必ず興味深い「物語」がある!!

▼これを真似ての拙い授業の「記録」を残していた。

●【三態変化】実践DB 6低温の世界・高温の世界

 あまりにもせっかちな授業になってしまっている。
 もっともっとじっくり考えさせたかったな。\(__ ) ハンセィ

(つづく)

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「原子論」を科学する(47) #物質の原子論 #古川千代男 #原子論と授業 #三態変化

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▼まだまだ「原子論」教育史をつづけようと思う。
 板倉聖宣氏の「原子論」教育史年表に<追加>してみようと思う。
 まずはこれだ。

●1989年 古川千代男著『物質の原子論-生徒と創造する科学の授業-』コロナ社刊(1989.5.10)


▼この本の「はじめに」は、朝永振一郎氏のコトバの引用からはじまっていた。

 「近代物理学の大きい成果は原子論の発展上に立っている。物理学が単なる直接的な現象の記述だけで満足していたならば、こんな成果は得られなかったであろう。物理学者の目に見える現象の背後に原子の世界を推定する。この世界は初めはたんにいくつかの現象をまとめて記述する便利な仮説と考えられていただろうが、現在のわれわれにとって原子の存在は太陽の存在と同じように確実なものである。ここでは、こういう認識にわれわれが達した道行きと、それによって得られた成果とを明らかにすることに努める。」
(朝永振一郎編「物理学読本」第二版みすず書房(1969)から)
(『物質の原子論-生徒と創造する科学の授業-』「はじめに」ⅰより)

 古川氏はなぜこの引用からはじめたのだろう!?
 そんなことを考えながら、次に読み進めてみよう。

▼続けて「はじめに」から引用させてもらおう。

 現代の自然科学を成立させている基礎的な概念を与えなければならないという理想と、具体化された内容との落差が大きすぎたようである。それでは一体何が基礎的で基本的な概念なのだろうか。
 現代科学は、「原子論」と「エネルギー論」の2本柱で成立しているといわれている。18~19世紀にかけてこの二つの概念はアリストテレス的自然観と鋭く対立しながら確立されてきた。最初に引用した文章にあるとおりである。自然科学教育の担うべき目標は、この二つの概念を豊かに与えることである。
(『物質の原子論-生徒と創造する科学の授業-』「はじめに」ⅲより)

「概念を豊かに与える」とは!?
 
▼より具体的に述べて、古川氏の基本的立場を明らかにしていた。

 ここでとり上げようとしている「三態変化」は、その概念のうち「原子論」の重要な一翼を担うものである。“すべての物質は三態のいずれかで存在”し“すべての物質は三態変化する”という事実は、その裏に隠れている『すべての物質は原子で構成されており、その原子はたえず分子運動をしている』ことを巨視的に表現しているといえよう。身のまわりによく起きる現象だからとり上げるのでなく、物質の基本的な成り立ちを探るために欠かせない現象だからとり上げるのである。そうなると当然、三態変化も現象面だけとり上げて終わらせるわけにはいかないし、また、概念の一般化を図るためにもできるだけ多種類の物質をとり上げなければならない。これが私の基本的立場である。
(『物質の原子論-生徒と創造する科学の授業-』「はじめに」ⅲより)

 ここから、古川氏の有名な数々の実験が誕生した!!
 「原子論」の具体的な授業実践の典型!!
 ということで、しばし この本から学んでみたいと思う。

(つづく)

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「原子論」を科学する(46) #原子論の歴史 #歴史年表 #科学史 #ルクレチウス物語 #原子論教育史

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▼ものごとを「時系列」にならべてみる!!
 そうすると、今まではまったく見えなかった
 ツナガリや「物語」が見えてきたりする。

 「時系列」にならべたものが、「歴史年表」デアル!! 

『原子論の歴史-復活・確立-』を参照させてもらいながら、つづけてきた「原子論」の歴史もいよいよ終りである。
 この本にはとてもうれしい付録がついていた。

◆「原子論の歴史」年表
『原子論の歴史-復活・確立-』年表P178~P200)

である。今一度、引用させてもらったものだけでも列挙してみよう。

●前370年頃 デモクリトス(前460~前370頃)、没。「すべてのものは<それ以上こわれないアトム=原子>と<空虚=真空>とからなる」という原子論を提唱。

●前355年 アリストテレス(前384~前322)、アテナイのリュケイオンに学校を開く。デモクリトスの原子論をきびしく批判。

●前310年冬 エピクロス(前342~前271) この頃、重さと隙間=真空に目をつけた研究始まる。

●前286年頃 ストラトン(前340頃~前268)、アレクサンドリア市からアテナイに戻り、逍遙学派の第三代学頭に就任。「空虚について」「軽さと重さについて」「機械学」などを著し<自然学者>と呼ばれる。

●前267年 アルキメデス(前287~前212)、20歳に達する。この前後にシシリー島のシュラクサイからアレクサンドリア市のミューゼオンへ留学か? その著の『浮体について』は、明らかにエピクロスの<重さの保存法則>の発見を受けついで研究されたものだが、その他の『平面板の平衡について』『球と円柱について』『円錐状体と球状体について』『円の計測』『砂粒を数えるもの』なども、エピクロスの原子論で<重さの保存則>の主張に影響を受けて研究されるようになったものと思われる。

●前58年 ルクレティウス(前95~前55)の保護者ガーイウス・メンミウス、小アジアの属州ビティニアに行くとき、詩人キンナおよびカトゥルスを伴う。この頃『宇宙をつくるものアトム』なるか。

●後50年 セネカ(前5/4~後65)、法務官となる。セネカは、52年頃までに『(兄ノバトックスあて)怒りについて』を著す。「われわれにとって、デモクリトスの、あの健康的な教えは役に立つだろう。そこで教えられているのは心の平静ということであって、私的にも公的にも、自分の能力に余るようなことを行なわないことである」と記す。

●79年8/24 ヴェスヴィウス火山大爆発。ポンペイ市とヘルクラネウムの町は埋没した。のち考古学者たちは、ヘルクラネウムの町の別荘の一角から図書室を発掘し1806巻のパピルスを発見。「パピルス荘」と名付けたが、そのパピルスの大部分はエピクロス派の哲学者ピロデモスの著書だつたという。

●165~175年 ルキアノス(120~185頃)の制作活動頂点に達する。とくに「空を飛ぶメニッポス」「二重に訴えられて」「悲劇役者ゼウス」で原子論の主張を支持し、ストア派を批判する。

●180~85頃 ルキアノス、ノンフィクション「偽預言者アレクサンドロス」を、エピクロス派の哲学者ケルソスあての手紙形式で書く。

●389年 ローマ帝国、キリスト教を国教に昇格させる。 

●1417年 ポッジョ(イタリア、1380~1459)、ある修道院でルクレティウスの『事物の本性について』の全文を発見。

●1599年 シェークスピア著『ロミオとジュリエット』刊。<アトム>の語を用いる。『お気に召すまま』『ヘンリー4世・第二部』でも<アトム>の語を用いる。

●1600年 ブルーノ(イタリア、1548~1600)、火あぶりの刑に処せられる。
ギルバート(英国、1544~1603)『磁石について』刊。エピクロスとルクレティウスの原子論的な磁石論に言及。磁気と違って、電気はすべての物体の性質であることを明らかにする。

●1614年 サントリオ(イタリア、1561~1636)『釣り合いの医学』間。<人間が飲み食いしたり排便したりしたときの体重の変化>を解明。

●1624年 パリの議会<原子論またはアリストテレスに反する学説を支持したり教えたりする者は死罪に処する>との法令を定める。

●1632年 ガリレイ(イタリア、1564~1642)『天文学対話』刊。翌年、宗教裁判にかけられて、有罪となり、自宅に監禁される。

●1638年 ガリレイ、別荘に監禁の身で、密かにオランダで『新科学対話』を出版。<慣性の法則>を提出。<空気の重さ>を明らかにする。

●1643年  ガリレオの弟子のトリチェリ(イタリア、1608~1647)とヴィヴィアーニ(1622~1703)、水銀を入れたガラス管を倒立して真空の存在の実証に成功。

●1647年 パスカル(フランス、1623~1662)『真空に関する新実験』刊。

●1649年 ガッサンディ(フランス、1592~1655)『エピクロスの哲学体系』刊。

●1654年 ゲーリケ(ドイツ、1602~1686)、レーゲンスブルクでのドイツ平和会議で真空ポンプによる真空実験を公開披露。

●1660年 ボイル(英国、1627~1691)、フックの協力で真空ポンプを作り、『空気の弾性に関する新実験』を著し、翌年の改訂版で<気体の体積と圧力の法則>を一般化し、『懐疑的な化学者』を出版する。

●1665年 フック(英国、1635~1703)『ミクログラフィア』刊。液体の性質はその分子の振動で説明できるとし、結晶の分子配列説を提唱。

●1687年 ニュートン(英国、1642~1727)、『自然哲学の数学的原理』刊。

●1718年 ニュートン(英国、1642~1727)、『光学』(1704)の第二版刊。

●1725年 トリーヴァルト(スウェーデン、1691~1747)、<二つの鉛の玉を手で持って押しつけ合わせると、結合する事実>を発見。

●1731年 レオミュール(フランス、1683~1757)、<体積50ずつのアルコールと水とを混合させると、混合液体の体積は98にしかならない>事実を発見。

●1754年 ブラック(英国、1728~1799)、普通の空気と異なる気体<固定空気=二酸化炭素ガス>を発見。

●1766年 キャベンディッシュ(英国、1731~1810)、水素ガスを発見。

●1772年 シェーレ(スウェーデン、1742~1786)、酸素ガスを発見。
      D.ラザフォード(英国、1749~1819)、窒素ガスを発見。

●1774年 プリーストリー(英国、1733~1804)、『いろいろな<空気>に関する実験と考察』刊。一酸化二窒素/(シェーレと独立に)酸素の発見を発表。 

●1775年 シェーレ(スウェーデン、1742~1786)、塩素ガスを発見。

●1789年 フランス大革命、はじまる。
ラヴォアジエ(フランス、1743~1794)、『化学の基礎的研究』刊。実験的な元素概念を提出。

●1794年 ラヴォアジエ(フランス、1743~1794)、処刑される。

●1808年 ドールトン(英、1766~1844)、『化学哲学の新体系』刊。化学的原子・分子論を提出。原子模型も作る。

●1811年 アヴォガドロ(イタリア、1776~1856)、<気体分子は種類によらず、温度と圧力が同じなら、同じ体積を占める>との仮説を提唱。

●1827年 植物学者のブラウン(英国、1773~1858)、<花粉に含まれている微粒子が不自然な運動する現象=ブラウン運動>を発見。

●1860年 国際化学会議、カニッツァロ(1826~1910)の働きかけにより<アボガドロの仮説>を採用する。

● 1905年 アインシュタイン(ドイツ、1879~1955)、<ブラウン運動は、水の分子運動によるもの>とする数学理論を提出。

●1908年 ペラン(フランス、1870~1942)、ブラウン運動の実験により、水の分子運動説の理論と一致することを明らかにして、分子の存在の証明に成功。

●1909年 オストワルド(ドイツ、1853~1932)、『一般化学の原理』第4版の序文で<原子の実在>を認める。

●1929年 寺田寅彦(日本、1878~1935)「ルクレチウスと科学」『(岩波講座)世界思潮』)に発表。

●1949年 田中実著『原子論の誕生・追放・復活』三一書房刊。古代の原子論は空想的なものでアリストテレスによって論破されたとする。

●1961年 板倉聖宣「ニュートンの質量の定義とガリレオ・ニュートンの原子論」『科学史研究』。

●1962年 山内・平田・富山監訳『PSSC物理』岩波書店刊。原子分子の教育をはじめて前面に出した高校教科書。
 板倉聖宣「原子論からみた力学入門①②/原子論から見た力学①②③」『科学読売』に連載(~翌年)。

●1963年 板倉聖宣<仮説実験授業>を提唱 
板倉聖宣・江沢洋共著『物理学入門-科学教育の現代化』国土社刊。「原子論からみた力学入門」を再録。

●1964年 板倉聖宣編著『(発明発見物語)デモクリトスから素粒子まで』国土社刊。

●1965年 国土社版「少年少女科学名著全集4」として、ルクレチウス著・国分一太郎訳『宇宙をつくるものアトム』/ブラック著・亀井理訳『宇宙をつくるものアトム』合冊で刊行。 

●1965年  ファインマンほか、『ファインマン物理学』刊(坪井忠二ほか訳、岩波書店、1967年)。その冒頭に「躍るアトム」の章をおき、「最小の語数で最大の情報を与えるもの」は原子論だ、と指摘。 

●1985年 板倉聖宣・吉村七郎「分子模型の作り方」『たのしい授業』。
 板倉聖宣『原子とつきあう本』仮説社刊。


▼この「年表」で特に興味をもっていることがふたつある。
 ひとつは、「原子論」の歴史におけるターニングポイントである。
 その年を再びあげてみよう。

●1417年 ポッジョ(イタリア、1380~1459)、ある修道院でルクレティウスの『事物の本性について』の全文を発見。

●1929年 寺田寅彦(日本、1878~1935)「ルクレチウスと科学」『(岩波講座)世界思潮』)に発表。

 これらをツナイデ浮かび上がってくる「物語」!!
 それは

◆「ルクレチウス物語」だ!!


▼特に興味あるもうひとつとは、戦後の「日本理科教育史」における「原子論」である。
 田中実氏や板倉聖宣氏以外には、「原子論」をとりあげたひとはいなかったのだろうか!?
 著書は残っていないだろうか。
 この年表にもひとつあった!!

●1972年 大竹三郎『ミクロ探検隊-わたしたちの原子論』大日本図書(大日本ジュニアブックス)刊。

 さらには「これまで」のなかから、「原子論」に関係することを追加しながら、また「これから」のことも射程に入れながら

◆新・「原子論」教育史年表!!

を更新しつづけたい。

(つづく)

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ファラデーラボ「砂のかがく」(2) #ファラデーラボ #かがくカフェ

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ファラデーラボ「かがくカフェ」の案内には次のように書かれていた。

【第2部】   16:15~18:00
実験・観察、授業実践、話題提供などを、
参加者のみなさんに紹介していただく時間です。
物品配布・販売も歓迎です。

この【第2部】がファラデーラボの名物になりつつあった。
  休憩時間のあいだにホワイトボードに発表者の一覧が書き込まれた。
  あらかじめ予定していてくださった方もあるが、その場できめられた場合もある。
  実際はこのときまで誰も知らない。なにが飛び出すかわからない。
  このなんとも言えぬ「予定不調和!?」これもまた魅力のひとつだ!!
  
▼次から次へと報告がつづいた。
【尾瀬旅行記 寄木康彦さん】
・プリントでの報告もあった。アリガタイ!!
・たいへん興味深い情報がいっぱい!!
・東京・東武鉄道浅草駅 尾瀬夜行23:45 (゜o゜)ゲッ!!  面白そう!!
・日程をお聞きしているだけでも、こちらまでワクワクしてくる。
・「山小屋」「携帯電話」「公衆トイレ」「飲料」「食事」「歩荷さん」等々行った人ならでは貴重な情報もいっぱい!!
・自分でもぜひ行ってみたくなってきた。
・楽しい旅の「おすそ分け」!! 深謝!!

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【ギンヤンマ捕獲裏技!! 高田昌慶さん】
・魚獲り用の青い網をグルングルン回す!!そしたら、ギンヤンマが…!!
・緑や黄色の網ではダメ!?
・昔から言い伝えのある裏技だそうな!? ほんとうかな!?
・2日間、5時間の「青網グルングルン回し技」の立証実験!!
・動画も含めて顛末のすべてを報告!!
・2頭のギンヤンマget!!get!! 
・とても楽しい高田さんの「夏休み自由研究」報告だった。

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【屋久島の砂・岩石 神原優一さん】
・「砂のかがく」のテーマにあわせて
・免許更新の研修で屋久島に行かれたときに手に入れた砂、岩石をみせてくださった。
・同じ屋久島でも地域によって、「白い砂」と「黒い砂」があると。
・「鳴き砂」体験 セットも紹介!!みごとな音だ!!
・屋久島の花崗岩の「長石」にうんと大きいものがあった!!ほんとうだった。
・いろいろめずらしい岩石も見せてもらった!!
・それしても、研修で屋久島とは いいな!!うらやましいかぎりだ!!

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【バターフライピーの変色実験 中谷幸希さん+森本雄一さん】
・バターフライピーの花の抽出液を使っての実験を体験させてもらった。
・抽出液は冷蔵庫で保存ができる。
・花にお湯を加えると色はしだいに青くなっていった。
・酸性(塩酸水溶液、クエン酸)、アルカリ性(水酸化ナトリウム水溶液、重曹)ものを加えることによって液の色はみごとに変色した。
・中和の過程も、色の変化で追うことができる。
・ムラサキキャベツに代わる教材化をめざして!?
・花を乾燥させて保存もできるそうだ。なか便利そうだ!!

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【3Dプリンターでつくった滑車など 円尾豊さん】
・円尾さんお得意の黒板実験!!(特にマル棒はスグレモノ!!)
・お手製滑車を使って、「力のつりあい」の問題
・さっそく「ああでもない、こうでもないと」 ?(゜_。)?(。_゜)?
・授業でもすぐ使えそうだ!!
・3Dプリンターでつくた滑車プレゼン!!
・くわしくは「マル爺の実験室」へ 面白いモノいっぱいある!!

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【長瀞への旅 山本理恵さん】
・あこがれの「長瀞」へ(「ブラタモリ」で見たのがきっかけで)
・車で「長瀞」まで
・「片岩」の「ふしぎ!?」に惹かれて
・全国に「片岩」を追いかけて…!!
・ライン下り(動画でみせてもらった)、ここでも「片岩」を
・「赤壁」に注目!!
・高位、中位、低位段丘面等々 まあ、次々とオモシロイことが出てくる。
・徹底的に学びを追究される旅の報告を圧倒される思いで聞かせてもらった!!
・スバラシイ!!旅の「おすそ分け」ありがとうございます。

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【「恐竜学博物館」訪問記 佐伯彩恵さん】
・科教協岡山大会会場予定だった 「恐竜学博物館」(岡山理科大学)!!
・最初はあまり面白くない印象だった。
・わかりやすく面白い学芸員さんの話に惹かれた。
・実に面白かった!!恐竜大好き学芸員さんプレゼンに感動!!
・ホンモノの「学問」を楽しんでいる若者たちがおられた。
・15分で帰ろうとしていたところ2時間たっぷり楽しませてもらった。
・この「恐竜学博物館」はホンモノ!! 
・お話を聞いているとぜひ行ってみたくなりました!!

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▼実はここまで、1部、2部ともにオンライン(zoom)でつながっていた。
 そこで、オンラインの方からもひとつだけ報告もあった。

【消えるぷよぷよボールのおもちゃ 西川徹さん】
・夏休みに「子ども食堂」で実施した「おもしろ実験」の紹介
・透明な「ぷよぷよボール」、水が入ると消える!!
・これを利用してオリジナルおもちゃをつくられていた。
・すぐに水を入れたり、抜いたりのアイデアがスバラシイ!!

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▼また、リアル会場にもどり

【10年間の我が家の電力事情 觜本格さん】 
・10年の42円買取り終了
・10年間の収支決算
・今後は蓄電池で貯めて使う
・日本の電力の現状と未来
等々についてプリントで報告。たいへん興味深い内容だった。

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【加圧減圧ポンプ改良型 森本雄一さん】
・改良を加えることによりますますスグレモノ教材に!!

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はからずも第2部も「夏休み特集」のようになり盛り上がった!!
とても愉しいひとときであった!! 

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ファラデーラボ「砂のかがく」(1) #ファラデーラボ #かがくカフェ

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▼楽しみにしていた第135回ファラデーラボ「かがくカフェ」が実施された。

●第135回 ファラデーラボ「かがくカフェ」
日 時 :2022年8月20日(土) 14:00~18:00
場 所 :ファラデーラボ(加古川)
第1部 14:00~16:00
【テーマ】 砂のかがく
【話題提供】土肥 健二さん (広島市立舟入高等学校)

▼遠路広島から駆けつけてくださった土肥さんは、会場に着くなり工作の準備をしてくださっていた。
 アリガタイ!!
 たくさんの空き缶等も準備してあった。

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 話がはじまった。
 いきなり「ふしぎ!?」なものを見せてもらった。
 500mlの空き缶が斜めに立っていた。(゜o゜)ゲッ!! 
 いきなり種明かしをしてもらった。中に砂が入っているという。
 たい積した砂はある角度ももって安定するという。その角度を「安息角」というらしい。
 「安息角」説明の装置を見せてもらった。
 
  空き缶に砂を入れて、これを利用してバランスを保つ。
 おおっ立った!!私にも…!! 
 さらにバージョンアップしてジエンガの上に立てることに挑戦だ!!
 
ここでとても面白いものを見せてもらった。
 重心の作用線が底面のなかにあれば、モーメントがはたらかないで立つというものだ。
これって、「立春の卵」立て説明に使えないかな!?
 
さらに、ジョージアブラックの缶コーヒーの空き缶で挑戦。机の端でやればよりスリリングに。

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▼次にヨーグルトの容器に砂を入れて、フタをして、フタを擦り倒し起ち上がらせるというものだった。
 容器には顔と手をつけて、起ち上がったときに回転する等をわかりやすくした!!
 これを一人ひとつずつ作らせてもらった。
 
椅子に座ったエリーちゃんを立たせるためには「腰を曲げて足の上に」重心を移動させる必要があるということを説明するための装置模型!!
 おもしろい!!口頭、図だけの説明より俄然 オモシロイ!!
 それにしても、このアイデア・発想はどこから スゴイ!!

 重心つながりでジエンガを積み上げるというだけのゲーム!!
 これがまた大いに盛り上がった。

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▼さあ、今度は「音」だ!!
最初に見せてもらったのは  いや 聞かせてもらったのは
「アイウエオ」と聞こえる気がするコップだ!!
「アイウエオ」と聞こえる 笛だった。
「アイウエオ」を決めているのは コップの 「体積」!!
ナラバとつくったのは ピストンのようにして「体積を変化させることのできる笛」
=「アイーウエーオー(愛ー飢えー男ー)」君だ!!

「ピストン」+「笛」+「顔用紙」を分けてもらって
そのミニチュア版をひとりずつ作らせてもらった。
叫び声!?呻き声!? これまたうるさく盛り上がった!!(感染防止対策に気をつけながら)   

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最後に見せて(聴かせて)もらったのは、手回しレコードプレーヤー!!
針は発泡スチロールにつけてある。
レコード盤の溝→針→振動(音)→発泡スチロール(スピーカー)
軽く発泡スチロール(スピーカー)を置くだけ!!
確かに聴こえる!! スゴイ!! 

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(つづく)

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「原子論」を科学する(45) #原子論の歴史 #私の原子論史 #ルクレチウスと科学 #寺田寅彦 #仮説実験授業

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▼またまた大げさな言い方をしますが

 私にとって「原子論」って何だろう!?

 今さらであるが、この問いに答えるためにこの『「原子論」を科学する』シリーズを続けているのかも知れない。少しは答えは見えてきたのだろうか!?
 目を閉じて、自問してみる!!

▼「原子論」の歴史をつづけよう。
『原子論の歴史-復活・確立-』を参照しながら

●「私の原子論とのつきあいと原子論の教育の歴史」
 ……あとがきにかえて

の後半である。

 著者は強く言い切っておられた。

-というような事情で、本書はまるで先行研究をもたないことになります。もちろん、個々の史実については、それぞれの先行研究があって、それらを利用させていただきましたが、「原子論の歴史」としてまとまったものには、先行研究がまったくないといっていいと思います。  
 そこで私は、「原子論の知識の普及の歴史も加えて、原子論の歴史を全面的に書きあらためる」という仕事に挑戦したというわけです。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P164より)

 確信に満ちた「宣言」です!!
 ほんとうにすごいのはここからです。
 板倉聖宣氏の「原子論」研究史のはじまりです。全部スゴイです!!
 せめて項目だけでもピックアップしてみます。

●科学知識の普及の歴史も加えて科学史を書きあらためる

●私の原子論教育史の研究の始まり

●『PSSC物理』と「仮説実験授業」の提唱

●仮説実験授業の中での原子論の展開

 板倉聖宣氏の「原子論」研究史の全貌が見えてきます。
 各章の必然性及びその根拠が見えてきます。

▼圧倒される思いで読み進めるなかで、私の「文脈」のなかでは、もっとも重要部分をみつけた。というより「これ!!」を探して読んでいた!!
 「これ!!」とは

 また、その翌1965年3月には、私が中心になって編集して国土社から出した「少年少女科学名著全集」全20巻の第4巻として、ルクレチウス著・国分一太郎訳『宇宙をつくるものアトム』/ブラック著・亀井理訳『宇宙をつくるものアトム』が出ました。ルクレチウスの詩は、学生時代に寺田寅彦(1878~1935)の科学随筆集に収められた「ルクレチウスと科学」(1929)を読んで以後、憧れの本でした。それで、早くから子どもたちにも読めるようにしたいと思っていたのが、実ったのです。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P172  より)

 やっぱりそうでした!!
 板倉聖宣氏も寺田寅彦著「ルクレチウスと科学」を読んでいたのです。
そして、ルクレチウスに憧れたのデス。
 アリガタイことに、私たちはたった今、すぐにでもコレを読むことができるのです。

◆「ルクレチウスと科学」(寺田寅彦 青空文庫より) 


▼著者はこの本を次のようにしめくくりました。

 このような経緯を見れば、本書は「私の原子論との付き合いの総決算のようなもの」とも理解していただけると思うのですが、どうでしょうか。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P175より)

 今、衝動的にあの問いを板倉氏にぶつけてみたい気分になった。

  「板倉先生にとって、原子論って何ですか!?」
 
 きっと…!!

 
●1929年 寺田寅彦(日本、1878~1935)「ルクレチウスと科学」『(岩波講座)世界思潮』)に発表。

●1961年 板倉聖宣「ニュートンの質量の定義とガリレオ・ニュートンの原子論」『科学史研究』。

●1962年 山内・平田・富山監訳『PSSC物理』岩波書店刊。原子分子の教育をはじめて前面に出した高校教科書。
 板倉聖宣「原子論からみた力学入門①②/原子論から見た力学①②③」『科学読売』に連載(~翌年)。

●1963年 板倉聖宣<仮説実験授業>を提唱 
板倉聖宣・江沢洋共著『物理学入門-科学教育の現代化』国土社刊。「原子論からみた力学入門」を再録。

●1964年 板倉聖宣編著『(発明発見物語)デモクリトスから素粒子まで』国土社刊。

●1965年 国土社版「少年少女科学名著全集4」として、ルクレチウス著・国分一太郎訳『宇宙をつくるものアトム』/ブラック著・亀井理訳『宇宙をつくるものアトム』合冊で刊行。 

●1985年 板倉聖宣・吉村七郎「分子模型の作り方」『たのしい授業』。
 板倉聖宣『原子とつきあう本』仮説社刊。

(『原子論の歴史-復活・確立-』年表P196、P198、P199、P200より)

(つづく)

 

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「原子論」を科学する(44) #原子論の歴史 #田中実 #原子論の勝利 #アトムの普及 #原子論教育史

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▼私が、この『「原子論」を科学する』シリーズをはじめたのは2022/05/22 でした。

●「原子論」を科学する(1) #原子論 #原子論的物質観 #原子論の授業(2022/05/22)

 それからまもなく3ヶ月にもなろうとしています。
 ずいぶん遠くまできてしまったものです!!
 
▼「原子論」の歴史をつづけよう。
『原子論の歴史-復活・確立-』を参照しながら
 とは言っても

●「私の原子論とのつきあいと原子論の教育の歴史」
 ……あとがきにかえて

●「原子論の歴史 年表」

を残すのみとなりました。
 しかし、残りのこの二つは、どちらもこの本を特長づける魅力いっぱいのものです。
 ゆっくり ゆっくり 急ぎます!!
 まずは、「あとがきにかえて」です。

 この本の中心は、「古代ギリシアの原子論は、エピクロスによって科学となった」という事実の発見にあります。これまで原子論の歴史を書いた人は、そのことに気づいていなかったので、古代の原子論を単なる空想にすぎないと貶めてきたのです。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P151より)

私は、「この本によって、これまでの世界の原子論教育を全面的に変えることができるだろう」とも自負しています。私はこれまで、「読み、書き、計算、分子模型にコンピュータ」ともいって、原子論の教育を最も基礎的な教育の一つとして重視しているのです。それは私の一方的な思いこみによるものではありません。子どもたちに少しでも原子論を教えたときにその子どもたちの示す驚きと喜びの発見が元になっているのです。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P153より)
 
こんな刺激的な文章からはじまります。

▼そして、あの本との違いが強調してありました。
 あの本とは

◆『原子論の誕生・追放・復活』(田中 実著 新日本文庫 1977.7.25 初版 )

です。私が、今のこの本をテキストするまえにテキストとしていた本です。
 ただし、この本より28年前の旧版です。
 著者・板倉聖宣氏は旧版を学生時代に読まれたようです。

 私が学生時代に読んだ本に、田中実著『原子論の誕生・追放・復活-原子と化学』(三一書房 1949.11)という、「書名だけは本書とそっくり」といえる本がありました。私はその書名が好きで、この本にも同じような表題をつけたい思ったものです。そこでこの本を書きはじめたとき、とくに「追放」の部分にはどんなことが書いてあったのか気になったので、その本の内容を思い出そうとしたのですが、当時かなりていねいに読んだはずなのに、どうしても思い出すことができませんでした。仕方がなく、大切に保存してあったその本を書庫から取り出して読み直してみました。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P154より)

このあとに
●『原子論の誕生・追放・復活』と本書との違い
と題して、詳細な説明がつづきます。
 私もその詳細な説明を前著と見くらべながら追いかけて見ました。
 確かにナルホドと納得できるところもありました。
 これらをまとめると、これは前にも書きましたが、
この本のタイトルを 『原子論の誕生・追放・復活』とせず
 「誕生」と「追放」のあいだに「勝利」をいれたことにつきると思います。
 『原子論の歴史 -誕生・勝利・追放-』!!

▼そのあたりを、さらに板倉氏自身のコトバで言うと次のようになります。

 つまり、「古代ギリシアの原子論は単なる空想的なものではなくて、科学的な実験に基づくものだ」という私の着想は、科学史の研究からというより科学教育の研究から導かれたといってもよいのです。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P160より)

 そこで私は、エピクロスからドールトンまでの<とくに重要な新発見の行なわれなかった時代の原子論>にも目をつけて、その普及の状況を丹念に調べてきたのです。その結果、シェークスピアのような劇作家までが「アトム」という言葉を使っていたことに着目し得たのです。
 以上は「新資料の発見がなくても、科学史を大きく書きかえることができるのはなぜか」という疑問に対する答えです。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P160より)

  このあと、原子論教育史へとつづくのです。


●1949年 田中実著『原子論の誕生・追放・復活』三一書房刊。古代の原子論は空想的なものでアリストテレスによって論破されたとする。

(『原子論の歴史-復活・確立-』年表P197より)

(つづく)

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「原子論」を科学する(43) #原子論の歴史 #ブラウン運動 #オストヴァルト #原子論教育 #ファインマン

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コガネグモ10号デアル!!
 おそらくこれが今年最後のコガネグモとなるだろう。
 そう思うとより近づいて観察しておきたいと思った。
 ソシテ、エラク 唐突であるが

 「このコガネグモの脚も、胸、出糸突起、触肢等々も、そして隠れ帯もネットの糸も みんな みんな 原子でできている!!」

 このアタリマエ!!
 アタリマエすぎるほどアタリマエのこと!!
 だが「生きもの」のこととなると、ちょっとだけ躊躇するのはなぜ!?

▼「原子論」の歴史をつづけよう。
『原子論の歴史-復活・確立-』を参照しながら

いよいよテキストも最終章(13章)である。
世紀の大「ふしぎ!?」があった。ブラウン運動の発見である。

 1826年秋もおそくなってからのことです。英国の著名な植物学者のブラウン(1773~1858)は、花粉を顕微鏡で観察しているときに不思議な現象を発見しました。顕微鏡といっても、うんと小さなレンズ一枚のものですが、倍率は300倍以上ありました。彼は花粉が膨潤して(水を含みふくれて)壊れたときに中から出てくる微粒子が、自然にあちらこちらに不自然に動きまわる現象を発見したのです。
 なぜ微粒子がそんな運動をするのか。不思議に思ったブラウンは、その後その正体を突き止めようと思って、つぎつぎといろんな微粒子を観察しました。花粉は生き物です。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P132より)

 世紀の大「ふしぎ!?」の謎解きがはじまります。
ブラウンもはじめ「生き物」にこだわりがあったようです。
 やがて、謎解きは解決します。
 その後、ブラウン運動は、数学的にも実験的にもずっと詳しく研究されました。そして、「数学的理論の結論と、実験結果がぴつたりとあう」ということが明らかになって、落着することになったのです。ブラウンが「もしかすると<生命のもと>のあらわれではないか」と密かに期待した<ブラウン運動>も、その正体が分かってみれば、微粒子が水の分子の乱雑な運動に突き動かされた結果だった、というわけだったのです。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P144より)
 
 最終章だけに、この章には他の興味深い話が次々とでてきます。
・熱はどこにたくわえられるか
・原子の個数に目をつける
・原子のほかに<生命のもと>や<霊気>もあるか
・生物の基本単位=細胞の発見
・進化論とキリスト教の対立
・分子運動の速度をさぐる
・ファン・デル・ワールス半径の発見
等々です。
 詳しくはまた別の機会に \(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ

▼話を少し急ぐ!!

 しかし、科学者の中には、とても疑り深い人もいるものです。とくに「最後の最後まで、原子の実在を認めようとしなかった」というので有名な科学者に、ドイツのオストヴァルト(1853~1932)がいます。
 オストヴァルトは、物理化学の分野の開拓者で、1909年にノーベル化学賞も受賞したすぐれた化学者です。『化学の学校』などすぐれた入門化学書も書いて、教育に熱心だったことでも有名です。ところが、この人は、「原子など実在しないものを、さも実存するかの如く教えるのは間違っている」と言い続けていました。
 ところが、1908年に、フランスのぺラン(1870~1942)が、ブラウン運動の精密な実験をして、水の分子運動の理論と一致することを明らかにして、水の分子の実在の証明に成功すると、はじめてその原子分子の実在を認めたのです。 
 彼は、1909年発行の『一般化学の原理(第四版)』の中で、はじめて<原子分子の実在>を認めることを表明しましたが、翌年改訂した『化学の学校(1910年改訂版)』では、
 「だれもまだ原子を見たものはいないし、また各々の目方を秤ったものもいない。しかし、多くの観察を行なった結果、<原子の実存>ということは、極めて確からしくなってきたので、学問的には原子の仮定について不安を感ずる必要はない」
と書いたのです。
(『原子論の歴史-復活・確立-』P147より)

 ヤッター!!
 「原子論」の完全勝利ですね。 \(^O^)/
 たった100年ばかり前の話です。

▼さあ、この本の大詰めです。
 引用させてもらうのが長くなってしまっているのですが、つづけます。

 しかし、日本の中等教育や大学教育で、原子論の教育が本格的に開始されるようになったのは、日本が第二次世界大戦に負けて以降のことでした。いやその後もずっと、日本の多くの化学教育者は、「原子など目に見えないものを早くから教えるのは間違っている」といって、原子論教育を早くからはじめるのに反対を唱える始末でした。  その人びとは、何となく、「原子論を理解させるには、とても多くのことを教えなければならない」と、思っているのです。しかし、本書を見れば分かるように、特別な偏見さえもたなければ、原子論そのものは小さな子どもでもよく分かるのです。  しかも、原子論というのは、これまで見てきたことでも分かると思いますが、「あらゆる科学知識のうちでも、もっとも生産性の高い考え方」と言っていいのです。 (『原子論の歴史-復活・確立-』P148より)
 著者の主張が、集約して出ていますね。  まったく同感です!!

 「はじめに原子ありき」の授業は今どこまで!?
 
 最後に、これまたいろんなところで引用される文章が出ていました。
 私も引用させてもらいます!!

 そのことに関して、20世紀の米国のもっとも創造的な物理学者として名高いファインマン(1918~1988)は、その著書『ファインマン物理学・Ⅰ力学』(坪井忠二訳、岩波書店 1967)の4ページにこう書いています。
 「もしもいま何か大異変が起こって、科学的知識が全部なくなってしまい、たった一つの文章だけしか次の時代の生物に伝えられないということになったとしたら、最小の語数で最大の情報を与えるのはどんなことだろうか。  私の考えでは、それは原子仮説(原子事実、その他、好きな名前でよんでよい)だろうと思う。すなわち 、すべてのものはアトム-永久に動きまわっている小さな粒で、近い距離では互いに引き合うが、あまり近付くと互いに反駁する-からできている。というのである。これに少し洞察と思考を加えるならば、この文の中に、我々の自然界に関して実に厖大な情報量が含まれていることがわかる」
というのです。  私はこれに全面的に賛成です。「さすがにファインマン」と思うのですが、あなたはどう思いますか。[完] (『原子論の歴史-復活・確立-』P149より)  
いいですね!! 私も時々使わせてもらおう。ファインマンのコトバ!!

 「あらゆるモノは原子でできている!!」と。


●1827年 植物学者のブラウン(英国、1773~1858)、<花粉に含まれている微粒子が不自然な運動する現象=ブラウン運動>を発見。

● 1905年 アインシュタイン(ドイツ、1879~1955)、<ブラウン運動は、水の分子運動によるもの>とする数学理論を提出。

●1908年 ペラン(フランス、1870~1942)、ブラウン運動の実験により、水の分子運動説の理論と一致することを明らかにして、分子の存在の証明に成功。

●1909年 オストワルド(ドイツ、1853~1932)、『一般化学の原理』第4版の序文で<原子の実在>を認める。

●1965年  ファインマンほか、『ファインマン物理学』刊(坪井忠二ほか訳、岩波書店、1967年)。その冒頭に「躍るアトム」の章をおき、「最小の語数で最大の情報を与えるもの」は原子論だ、と指摘。 

(『原子論の歴史-復活・確立-』年表P194、P196、P199より)


(つづく)

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