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本日(2024/03/03)、第373回オンライン「寅の日」!! #銀座アルプス #traday #寺田寅彦

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▼私は寺田寅彦先生の生涯を俯瞰したいときには、高知県立文学館で手に入れた次を参考にしている。

◆『寺田寅彦 ー天然に育まれし眼差しー』(高知県立文学館)

 ここにある「年譜」はとてもわかりやすい。
 「この随筆は、寅彦先生が何歳のころに書かれたものだろう?」と思ったときは、いつもこの「年譜」を参照するようにしている。

▼本日(2024/03/03)は、第373回オンライン「寅の日」!!
 3月テーマは

【3月テーマ】「寅彦と防災・減災」

 である。
 本日はその一回目、読むのは はじめてめて読む「銀座アルプス」である。

◆本日(2024/03/03)、第373回オンライン「寅の日」!!

●「銀座アルプス」(青空文庫より)


▼先の「年譜」を参照しながら、「銀座の幻影」をプロットしてみた。

 自分の幼時のそういう夢のような記憶の断片の中に、明治十八年ごろの東京の銀座(ぎんざ)のある冬の夜の一角が映し出される。

 明治十九年にはもう東京を去って遠い南海の田舎に移った。そうして十年たった明治二十八年の夏に再び単身で上京して銀座(ぎんざ)尾張町(おわりちょう)の竹葉(ちくよう)の隣のI家の二階に一月ばかりやっかいになっていた。

 明治三十二年の夏、高等学校を卒業して大学にはいったのでちょうど四年目に再び上京した。谷中(やなか)の某寺に下宿をきめるまでの数日を、やはり以前の尾張町(おわりちょう)のI家でやっかいになった。

 運命の神様はこの年から三十余年後の今日までずっと自分を東京に定住させることにきめてしまった。明治四十二年から四年へかけて西洋へ行っている間だけがちょっと途切れてはいるが、心持ちの上では、この明治三十二年以後今日まではただひとつながりの期間としか思われない。

プロットしながら、寅彦先生の名随筆を楽しんだ!!
そして「銀座アルプス」へ!!

▼ここまでで存分に名随筆だと思ったが、テーマにそった本命の部分は最後の最後にあった!!

 八歳の時に始まった自分の「銀座の幻影」のフィルムははたしていつまで続くかこればかりはだれにもわからない。人は老ゆるが自然はよみがえる。
しかしもし自然の歴史が繰り返すとすれば二十世紀の終わりか二十一世紀の初めごろまでにはもう一度関東大地震が襲来するはずである。その時に銀座(ぎんざ)の運命はどうなるか。その時の用心は今から心がけなければ間に合わない。困った事にはそのころの東京市民はもう大地震の事などはきれいに忘れてしまっていて、大地震が来た時の災害を助長するようなあらゆる危険な施設を累積していることであろう。それを監督して非常に備えるのが地震国日本の為政者の重大な義務の一つでなければならない。
それを予防する人柱の代わりに、今のうちに京橋と新橋との橋のたもとに一つずつ碑石を建てて、その表面に掘り埋めた銅版に「ちょっと待て、大地震の用意はいいか」という意味のエピグラムを刻しておくといいかと思うが、その前を通る人が皆円タクに乗っているのではこれもやはりなんの役にも立ちそうもない。むしろ銀座アルプス連峰の頂上ごとにそういう碑銘を最も目につきやすいような形で備えたほうが有効であるかもしれない。
  そして、最後にこう締めくくっていた。
 人間と動物とのちがいはあすの事を考えるか考えないかというだけである。こういう世話をやくのもやはり大正十二年の震火災を体験して来た現在の市民の義務ではないかと思うのである。
   寅彦先生はずっと警鐘=「天災は忘れられたる頃来る」を鳴らしつづけていたのである!!

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