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本日(2023/06/25)、第351回オンライン「寅の日」!! #病室の花 #traday #寺田寅彦

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「右巻き」 それとも 「 左巻き」 !?
 この螺旋形にどんな意味があるの!?

 いつものひとり吟行できまって休憩する場所がある。
 その池の土手に腰を下ろす。今まで気づかなかった、腰を下ろした真後ろにネジバナの群生地があった。
 何気なく見てきた螺旋形に、じっくり見ていると右巻きと左巻きがあるように見える。
 なにかルールがあるのかな!?
 
 とびだすのは、あのコトバだ!!
 「ねえ君、不思議だと思いませんか?」


▼本日(2023/06/25)は、第351回オンライン「寅の日」である。
 6月のテーマは次のようにしていた。

【6月テーマ】「寅彦と植物学」

今月3回目の本日は、「病室の花」を読む。

◆本日(2023/06/25)、第351回オンライン「寅の日」!!

●「病室の花」(青空文庫より)

▼この年(大正9年)から約2年間大学を休んで静養していた。
 そのときに発表した随筆である。
 病室に居るだけで、これだけでけの「観察眼」とは 驚くばかりだ。
 

 いつでも思う事ではあるが、いかに精巧をきわめた造花でも、これを天然の花に比べては、到底比較にならぬほど粗雑なものである。

色彩や形態に関するあらゆる抽象的な概念や言葉を標準にして比較すれば造花と生花の外形上の区別は非常に困難な不得要領なものになってしまう。「一方は死んでいるが他方は生きている」という人があるかもしれない。しかしそれはただ一つの疑問を他の言葉で置き換えたに過ぎない。実際の明白な区別は、やはり両者を顕微鏡で検査してみて始めてわかるのではあるまいか。

こんな事を考えながらベコニアの花をしみじみ見つめていると、薄弱な自分の肉眼の力ですら、花弁の細胞の一つ一つから出る生命の輝きを認めるような気もする。

 病室にあっても「科学者」寅彦の「軸足」はぶれなかった!!
 いや、むしろ病室だからこそ見えた「輝き」だったのかも知れない。

▼寅彦の不思議はいつもふくらんでいった!!

いったい自然はどうしていつもの習慣にそむいてこの植物の生殖器をこんなに見すぼらしくして、そのかわりに呼吸同化の機関たる葉をこれほどまでに飾ったのだろう。植物学者や進化論者に聞いたら何かの学説はあるかもしれないが、それにしても不思議な心持ちがしないではいられない。

残った葉もほんのちょっと指先でさわるだけでもろく落ちるのであった。何かしら強い活力で幹から吹き出しているように見えた威勢のよかった葉がきわめてわずかな圧力にも堪えず、わけもなく落ちるのが不思議なようにも思われた。このようにして根もとに近いほうから順序正しくだんだんに脱落して行くのであった。

 この文章の本意は、やっぱりいつものように最後にあった!!
今こうしてただ病室をにぎわしてくれた花の事だけを書いてみると入院中の自分の生活のあらゆるものがこれで尽くされたような気がする。人が見たらなんでもないこの貧しい記録も自分にとってはあらゆる忘れがたい貴重な経験の総目次になるように思われる。
 
 
 寅彦はいつ読んでもやっぱり面白い!!

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