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本日(2022/08/05)、第323回オンライン「寅の日」!! #俳句の精神 #traday #寺田寅彦

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私は写真が好きだ!!
 動画よりも写真の方が好きだ!!

 単にすばやい対応の必要な「動画」が苦手だというだけのことと言ってしまえば、身も蓋もない話だが(^^ゞポリポリ
 瞬間の景を、一枚の写真に「記録」する!!
 だからと言って、特別の技を持ち合わせぬ私は、いつも「ヘタな鉄砲方式」だ。
 同じような写真を何枚も何枚も撮りまくる。ときには「お気に入り」の一枚があるハズ!!
 「お気に入り」の一枚は動画以上に饒舌に物語を語り始める!!

 まったく同じ理由で、短歌より私は俳句が好きだ!!

▼本日(2022/08/05)、第323回オンライン「寅の日」である。
 オンライン句会「寅の日」をはじめて2年である。
 8月のオンライン「寅の日」では、それを記念してテーマをきめた。
 
【8月テーマ】「寅彦と俳句」

 である。その第一回目の本日は、定番中の定番「俳句の精神」を読む。

◆本日(2022/08/05)、第323回オンライン「寅の日」!!

●「俳句の精神」(青空文庫より)


▼これは寅日子先生に師事にする私たちにとっては、最高のテキスト(教科書)だった。
 寅日子先生の「俳句観」すべてがここに詰まっていた!!
 書かれたのは最晩年(昭和10)の10月である。
 まず一章は
 「俳句の成立と必然性」からはじまる。
 同時期にかかれた「日本人の自然観」といろんなところでリンクしているように思われる。

 日本人は西洋人のように自然と人間とを別々に切り離して対立させるという言わば物質科学的の態度をとる代わりに、人間と自然とをいっしょにしてそれを一つの全機的な有機体と見ようとする傾向を多分にもっているように見える。
また別の言い方をすれば西洋人は自然を征服しようとしているが、従来の日本人は自然に同化し、順応しようとして来たとも言われなくはない。
 この自然観の相違が一方では科学を発達させ、他方では俳句というきわめて特異な詩を発達させたとも言われなくはない。
 何度読んでも、なるほどと納得のいく文脈である!! 次に<季題>について、次のように語っていた。
「春雨」「秋風」というような言葉は、日本人にとっては決して単なる気象学上の術語ではなくて、それぞれ莫大(ばくだい)な空間と時間との間に広がる無限の事象とそれにつながる人間の肉体ならびに精神の活動の種々相を極度に圧縮し、煎(せん)じ詰めたエッセンスである。またそれらの言葉を耳に聞き目に見ることによって、その中に圧縮された内容を一度に呼び出し、出現させる呪文(じゅもん)の役目をつとめるものである。そういう意味での「象徴」なのである。
一つはすでに述べたとおり、日本人の自然観の特異性によるのである。ひと口に言えば自然の風物にわれわれの主観的生活を化合させ吸着(アドソーブ)させて自然と人間との化合物ないし膠質物(こうしつぶつ)を作るという可能性である。
 俳句における季題の重要性ということも同じ立場からおのずから明白であろう。限定され、そのために強度を高められた電気火花のごとき効果をもって連想の燃料に点火する役目をつとめるのがこれらの季題と称する若干の語彙(ごい)である。
そして、<俳句の可能性>について、次のようにまとめていた。
 十七字のパーミュテーション、コンビネーションが有限であるから俳句の数に限りがあるというようなことを言う人もあるが、それはたぶん数学というものを習いそこねたかと思われるような人たちの唱える俗説である。少なくも人間の思想が進化し新しい観念や概念が絶えず導入され、また人間の知恵が進歩して新しい事物が絶えず供給されている間は新しい俳句の種の尽きる心配は決してないであろう。
やっぱりまちがいない。 私たちには最高のテキストだ!!

▼第二章
「二 俳句の精神とその修得の反応」
 
 キーワード<不易流行>はこう語られた。

 「春雨」「秋風」は日本人には直ちにまた人生の一断面であって、それはまた一方で不易であると同時に、また一方では流行の諸相でもある。「実」であると同時に「虚」である。
 
「俳句」のキモはここにありと
 このように自然と人間との交渉を通じて自然を自己の内部に投射し、また自己を自然の表面に映写して、そうしてさらにちがった一段高い自己の目でその関係を静観するのである。

それどころか、ややもすればわれわれの中のさもしい小我のために失われんとする心の自由を見失わないように監視を怠らないわれわれの心の目の鋭さを訓練するという効果をもつことも不可能ではない。

 さていよいよ<俳句修業>の心得!!である。
 俳句の修業はその過程としてまず自然に対する観察力の練磨(れんま)を要求する。俳句をはじめるまではさっぱり気づかずにいた自然界の美しさがいったん俳句に入門するとまるで暗やみから一度に飛び出してでも来たかのように眼前に展開される。今までどうしてこれに気がつかなかったか不思議に思われるのである。これが修業の第一課である。
しかし自然の美しさを観察し自覚しただけでは句はできない。次にはその眼前の景物の中からその焦点となり象徴となるべきものを選択し抽出することが必要である。これはもはや外側に向けた目だけではできない仕事である。自己と外界との有機的関係を内省することによって始めて可能になる。

そして、<俳句修業>の極意を次のように語る。
 一般的に言って俳句で苦労した人の文章にはむだが少ないという傾向があるように見える。これは普通字句の簡潔とか用語の選択の妥当性によるものと解釈されるようであるが、しかしそれよりも根本的なことは、書く事の内容の取捨選択について積まれた修業の効果によるのではないかと思われる。俳句を作る場合のおもなる仕事は不用なものをきり捨て切り詰めることだからである。

 断捨離こそ<俳句修業>の極意デアル!!
 
 オンライン句会「寅の日」の最高テキストはすべての寅彦ファン必読!!
 さあ<俳句修業>第一課からはじめてみよう!! 

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