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「原子論」を科学する(37) #原子論の歴史 #偽預言者アレクサンドロス #古代原子論の衰亡 #キリスト教の国教化

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▼灸花が咲いていた!!

 お盆が近づき、この花が咲いているのを見ると、なぜか昔のことを思い出すのだった!!
手の甲にうつ伏せにのせて「灸や、灸や!!」とよく遊んだものだ。
 なぜか唐突に寅彦のあのコトバを思い出した。

自分は繰返して云いたい。新しい事はやがて古い事である。古い事はやがて新しい事である。

「科学上の骨董趣味と温故知新」(青空文庫より)


 
▼「原子論」の歴史をつづけよう。
『原子論の歴史-誕生・勝利・追放-』を参照しながら

 ルキアスの書いたノンフィクション「偽預言者アレクサンドロス」にふれながら、かなりくわしく「偽預言者アレクサンドロス事件」の顛末の全容が語られています。なにか「現代」にも通ずるところがあり驚きです。
 身近なことにもふれて書かれており示唆的でした。

 手品を見る人の場合、どこかにタネが隠されていることは前提になっています。しかし、神秘をよそおう詐欺師がタネを隠しておいて、あくまで「これは神秘的な出来事なのだ」と言い張ったらどうでしょう。そういうとき、そのタネや仕掛けを暴き出すことができなかったら、その詐欺を信用するよりほかはないでしょうか。そんなことはありません。「無から何かが生ずることはあり得ない」という原子論者の立場からすると、「タネがどこに隠されているか分からなくても、タネはどこかにあるに違いない」と考えていいのです。こういうことは、原子論的に考えないと、みんな詐欺師の詐欺に引っかかることになるのです。
(『原子論の歴史-誕生・勝利・追放-』p231より) 

▼たいへん興味深いことに、このあいだまで参照させてもらっていた 『原子論の誕生・追放・復活』(田中実著)にふれた部分がありました。

 少し前まで、日本の科学史家の大部分は「古代原子論は、アリストテレスにはげしく批判されて、ほとんど全滅した」と考えてきました。たとえば、田中実著『原子論の誕生・追放・復活』(三一書房、1949年)という表題の本には、
 「本来ならば、原子と非原子派とは、公平な論争の舞台の上で争うべきであった。しかし、論争のバックにはギリシアの民主政治の危機を前にして、原子派を追放したがっている政治的な力があった。デモクリトスの学問は無抵抗のままで引退するよりほかはなかった」

と書いてあります。
 この本によると、原子論が追放されたのは、アリストテレスとデモクリトスの時代-古代ギリシア時代だったというのです。
 しかし、これまで見てきたように、これは明らかに間違っています。デモクリトスとアリストテレスには、それぞれ、エピクロスとストラトンという後継者がありました。ところが、原子論が引き下がったのではなくて、アリストテレスの後継者のストラトンの方が原子論に近づいたのでした。それに、紀元2世紀のマルクス帝は、アテナイのエピクロス派を、アカデメイア派、逍遙学派、ストア派と共に支援していたことは、前に見た通りです。古代の原子論はその後もルクレティウス、ルキアノスという有力な人々を得て、詩や小説の世界でも優勢を誇ったのです。
(『原子論の歴史-誕生・勝利・追放-』p247より) 

 著者がいちばん力点を置いているところだけに、ついつい引用が長くなってしまいました。
 ここが言いたくて、この本を書かれたのかも知れませんね。

▼ナラバ「古代原子論」は、いつごろどのように姿を消したのでしょう。

 それなら、古代の原子論は、いつごろどうして衰亡したのでしょうか。その理由と時期は、かなりはっきりしています。紀元313年、それまで迫害を受けていたキリスト教の信仰が、ローマ帝国のコンスタンチヌス大帝によって公認されました。そして、紀元389年には、ローマ帝国がキリスト教を国教に昇格させました。すると、今度はそれまで「異端」とされていたキリスト教に代わって、それまで「正統」とされていたものが「異端」のレッテルを貼られるようになったのです。
(『原子論の歴史-誕生・勝利・追放-』p249より) 

さらにつづけて
 エピクロス学派の原子論は、古代ギリシアの哲学のうちでも最後まで元気だったのですが、キリスト教の国教化によって、きわめて大きな打撃を受けことになったに違いありません。250年代後半以降、原子論は急速に衰え、人々の前から姿を消すことになりました。
(『原子論の歴史-誕生・勝利・追放-』p251より)

 私たちのこの「原子論の歴史」を中心に考えると、「原子論が誕生して科学となり、生きる知恵として栄えた時代」を「古代」と考えてもいいわけです。

(『原子論の歴史-誕生・勝利・追放-』p251より)


 寅彦流に言えば「古代」はやがて「新しい時代」なのかも!?


●180~85頃 ルキアノス、ノンフィクション「偽預言者アレクサンドロス」を、エピクロス派の哲学者ケルソスあての手紙形式で書く。

●389年 ローマ帝国、キリスト教を国教に昇格させる。 

(『原子論の歴史-復活・確立-』年表P187、P188より)

(つづく)

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