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「原子論」を科学する(16) #原子論の歴史 #燃焼 #フロギストン説 #プリーストリ #酸素の発見

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▼スチールウール(鉄)を蚊取り線香の支柱に突き刺して燃焼してみた!!
 燃焼の前と後の皿ごとの重量を台所の「はかり」で測ってみた。
 燃焼前 45g
 燃焼後 47g
やっぱり!!でもほんとうかな!?

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▼「原子論」の歴史をつづけよう。
 自然研究者のつぎなる課題は「燃焼」だった。

 ギリシアの哲学者が元素の一つに火をかぞえたのは、火は物質変化の原動力だという考えからであった。多くの化学変化は熱するとめざましくおこるし、鉱物から金属をとるには火が必要である。化学変化に注目し錬金術を信じたファン・ヘルモントは「火の哲学者」と自称した。燃焼は物質の変化の中でも一番はっきりとしたものである。化学の研究が学問上の仕事として、とりあげられるようになって燃焼とは何かということが、一番大きな問題になったのは当然である。火、炎、熱、熱、高温度-関連しあうこれらのことを区別するのはむずかしい。その区別もつかぬままに、自然研究者は燃焼の問題に手をつけはじめた。
(『原子論の誕生・追放・復活』P127より)

▼ひとつの仮説が登場した。「フロギストン説」である。

十七世紀の終わりから十八世紀のはじめころにかけて、ドイツの学者ベッヒャーその弟子シュタールが、こんな考えを出した。それは物体が燃焼するのは、その中に火のもとになるあるもの(火のもとという意味をとってフロギストンと名づけられた)がふくまれていて、それが非常なはやさでとび出すからである。金属を焼くと灰化するのも、金属中のフロギストンが逃げてゆく現象である。つまり金属とは、灰にフロギストンが結びついてできた物質である。灰の方が金属よりも簡単な物質である。木炭のように、よく燃える物質には、フロギストンが非常に多いと考えられる。だから金属を空気の中で焼いてこしらえた灰を、木炭といっしょに熱すると、フロギストンは金属の灰と結びついて、もとの金属になる。燃焼や金属灰化によって物体からとびだしたフロギストンを飽和するまでいっぱいためこんだ空気の中では、もはや燃焼はおこらず、金属も灰にならない。このようにして、このようにして、フロギストンという仮想物質を使うことによって、たくさんの化学的事実が、つごうよく説明された。
(『原子論の誕生・追放・復活』P130より)

 しかし

 しかし科学的方法という点から見ると、フロギストン説がつづいているかぎり化学者は大きな誤りをおかしていた。というのはフロギストンという「物質」を一つの根本仮定とするなら、この物質がほんとうに存在することを実験によって証明しなければならないのに、そのことを追究しなかったのである。フロギストンが物質だと考えるなら、それをとりだして容器の中につかまえ、重量を測り、性質を調べねばならない。これを目標として追求するのが、この場合、科学的方法というものである。しかし化学者たちは物の質的な変化や関係が、フロギストンで「説明がつく」ことで満足した。フロギストンの重量などは、むしろ第二義なことだった。物質の変化をほんとうに研究するためには、その変化に関係があると思われる物質を、想像の上ではなく、実際にのこらずつかまえ、重量を調べてたしかめなくてはならないのであった。
(『原子論の誕生・追放・復活』P131より)

▼さていよいよ本格的に目に見えない「気体」の研究がはじまる。

 プルーストリが未知の気体の狩猟に熱中したのは、こうした物質探求の歴史があったからである。そのあくことを知らぬ狩猟の中で、プルストーリは赤降汞という物質を熱すると、それが分解して何かガスが出てくるのではないかと考えた。赤降汞は水銀を空気中で熱して得られる赤い粉末である。彼は水銀をみたしたガラス容器の中に、赤降汞をの粉末を浮かべ、外からレンズ(直径が一二インチもある大きなものであった)で太陽の光線をあて、赤降汞を熱してみた。するとこの粉末からガスが発生した。ガラス容器のなかにたまったガスを調べてみて、プルーストリはおどろいた。それはこのガスの中でロウソクが非常に明るい光を出して、はげしく燃えることだった。このガスをつめた容器の中にネズミをいれると、空気の中でよりも二倍も長い時間生きていた。プルーストリは自分でも、このガスを吸いこんでみた。すると非常に気持ちがよかった。彼は今まで知られなかった新しいガスを発見したのだと思った。
(『原子論の誕生・追放・復活』P135より)

 こう考えてプルーストリは、新しいガスを「フロギストンをぬいた空気」とよぶことにした。プルーストリが発見したガスこそ、酸素ガスである。酸素ガスが発見されたのは一七七四年であった。プルーストリは酸素ガスを吸うと気分がさっぱりするから、これはきっと病気をなおす薬になると思った。そのとおり酸素ガスは重い病人の吸入用として使われるようになっている。しかしこの発見の意義は、もっとはるかに大きいところにある。
(『原子論の誕生・追放・復活』P136より)

●1774年 プルーストリ(英国、1733~1819)、『いろいろな<空気>に関する実験と考察』刊。酸素の発見を発表。

(つづく)


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