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「原子論」を科学する(9) #原子論 #タレス #デモクリトス #アリストテレス

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▼蓮の葉の上の「水たまり」は丸くなっていた!!
「超撥水」!!
 どんなからくりになっているんだろう!?「ふしぎ!?」だ!!
 ほんとうに蓮の葉の表面にそんな小さな凸凹があるのかな。
 
 水の分子が見えるほど拡大して見たらどんなふうに見えるかな。

▼そう言えば、この「水」ですべてのものができていると唱えた哲学者もいた。
 デモクリトスより以前だ。

●紀元前7世紀 タレス(ギリシャ)は、すべてのものは「水」からできていると唱えた。

 テキスト『原子論の誕生・追放・復活』を見てみよう。
 

 タレスは宇宙を構成する根源について考えた。それは気ままなえたいの知れない神ではありえなかった。宇宙の根源は彼の考えによれば「水」であった。「水」というある根本物質が、さまざまに姿を変えて、世界の万物ができるのだった。(『原子論の誕生・追放・復活』P25より)

▼さて、デモクリトスの唱えた「原子論」であるが、その後どうなったのだろう。
 人々はそれを認めたのだろうか?批判はなかったのだろうか?
 そんなわけがなかった。
 ソクラテス、プラトン、アリストテレスなど次々と名前ぐらいしか知らない哲学者が登場する。
 なかでも、非原子派の急先鋒はあのアリストテレスである。
 アリストテレスの言い分に耳を傾けてみよう。

 アリストテレスの論理を手短にいえば次のようになる。   「第一原子はどんなに微小であるにせよ、考えられるだけの広がりを持っているのだから、自分自身の部分は持っているはずであって、原子がその部分に分割できないというのは、あり得ないことである。」  これはたしかに痛いところをついていた。

 (中略)

 第二の批判は、「空虚な空間」に向けられた。アリストテレスの空間論はひどくこみいっている。つづめていえば、空間とはその中に何かをとりかこんでおり、同時に外からほかの物体によってとりかこまれているようなものであるという。ところが「空虚な空間」は、自己の中に何物もとりかこんでいなくて、しかも外から何かでとりかこまれているものであって、そういう空間はありえないというのである。簡単にいってしまえば、それ自体何物でもないところの「空虚な空間」が、実在する何物かであるというのは論理の矛盾だというのである。
 (中略)

 非原子派がもう一つ許しがたいと考えたのは、生命や霊魂を、生命のない原子からひき出すやり方であった。
 (『原子論の誕生・追放・復活』P42より)


 思わず納得してしまいそうな自分がいた。
 内なるアリストテレスはいつまでも…。

▼アリストテレスの批判は批判だけにとどまらず、その後の「科学」の問いかけとなった。
 また引用させてもらおう。

 それにしてもアリストテレスが原子論に投げつけた批判は、原子論が抑圧された中世をのぞいては、いろいろな形でいつまでも持ちつづけられた。

 第一は物質は不連続であるか、連続であるかという問。
 第二は「空虚な空間」=真空は存在するかという問。

  (中略)

 第三は生命は生命なき物質からつくり出されるのでなはなくて、非物質的な永遠の存在ではないのかという問。
 
(『原子論の誕生・追放・復活』P44 より)

 う~ん!!深いな。

(つづく)

 

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