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本日(2022/03/02)、第310回オンライン「寅の日」!! #津浪と人間 #traday #寺田寅彦

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「土蔵の土壁は、この度落ちたものですが、あのヒビ割れはその前のときのものです。」

 と宮澤商店の方は説明してくださったと記憶している。
 賢治「産湯の井戸」!!
 2011.08.27。宮澤賢治(1896年(明治29年)8月27日 - 1933年(昭和8年)9月21日)115歳の誕生日。
 その日、私はそこに立っていた。そして、この説明を聞いた。
 「その前」を調べていて驚くべき事実に気づいた。

・1896.6.15に発生した明治三陸地震による津波(明治三陸津波)
・1933.3.3 に発生した昭和三陸地震による津波(昭和三陸津波)

 これは宮澤賢治37年の生涯と!!

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▼本日(2022/03/02)は、第310回オンライン「寅の日」である。
 3月のテーマは
【3月のテーマ】「寅彦の防災と減災」
である。本日は「津浪と人間」を読む。

◆本日(2022/03/02)、第310回オンライン「寅の日」!!

●「津浪と人間」(青空文庫より)

▼出だしの文章から、ついつい宮澤賢治37年の生涯と重ねをあせてしまうのだった。

 三十七年と云えば大して長くも聞こえないが、日数にすれば一万三千五百五日である。その間に朝日夕日は一万三千五百五回ずつ平和な浜辺の平均水準線に近い波打際を照らすのである。

 もっとも強く響いてくるコトバがあった。

 しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。科学の方則とは畢竟(ひっきょう)「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。

そして、こう言いきった!!

残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう。

 これこそが、警鐘「天災は忘れられたる頃来る」にツナガルのだろう。

▼寅彦の警鐘は、より具体的でもあった。

 津浪の恐れのあるのは三陸沿岸だけとは限らない、寛永安政の場合のように、太平洋沿岸の各地を襲うような大がかりなものが、いつかはまた繰返されるであろう。その時にはまた日本の多くの大都市が大規模な地震の活動によって将棋倒しに倒される「非常時」が到来するはずである。それはいつだかは分からないが、来ることは来るというだけは確かである。今からその時に備えるのが、何よりも肝要である。

 理科教育の役割についても熱く語っていた。

 しかし、昆虫はおそらく明日に関する知識はもっていないであろうと思われるのに、人間の科学は人間に未来の知識を授ける。この点はたしかに人間と昆虫とでちがうようである。それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる。この水準を高めるには何よりも先ず、普通教育で、もっと立入った地震津浪の知識を授ける必要がある。
地震津浪の災害を予防するのはやはり学校で教える「愛国」の精神の具体的な発現方法の中でも最も手近で最も有効なものの一つであろうと思われるのである。

 そして、最後のコトバは示唆的であり、今日ももっとも有効な提言をも含んでいる。

それからもう一つ意外な話は、地震があってから津浪の到着するまでに通例数十分かかるという平凡な科学的事実を知っている人が彼地方に非常に稀だということである。前の津浪に遭った人でも大抵そんなことは知らないそうである。

 寅彦がこの文章を書いたのは、宮澤賢治が亡くなった1933年(昭和8年)だった。それから89年の歳月が…。

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