
▼今年の元旦はうれしい報告からはじまった。
ラボ(物置!?)に設置していた「藤の実」が3つも一斉にはぜったという。
たまたまそこに泊っていた子供からの報告だった。
夕方になって、2つがはぜった。さらに深夜には、2つが追加してはぜった。
けっきょく2022/01/01だけでなんと7つもの「藤の実」が一斉にはぜったことになった!!
元日はまさに「藤の実」の「潮時」だったのだろうか。
普段はほとんど使わないエアコン暖房を使ったことも影響しているのだろうか!?
▼「ふしぎ!?」な「偶然」があるものだ。
この日は今年最初の「寅の日」でもあった。それだけでない。
以前から予約注文していた一冊の本が年賀状とともに届いた。
それが今回の【お薦め本】である。
◆【お薦め本】『寺田寅彦「藤の実」を読む』(山田功・松下貢・工藤洋・川島禎子著 窮理舎 2021.12.31)
なんと発行日は前日の「寅彦忌」だ!!
例によってお薦めポイントを先に3つをあげておく。
(1)寅彦の謎解きの科学を何倍にも増幅して楽しめる!!
(2)多面的な視点から寺田物理学の読み解きがされている!!
(3)名作「藤の実」をより面白く読むための豊富な資料がここに集めてある!!
▼3つのお薦めポイントは重なるところもあるが、順次少しだけ詳しくのべてみる。
まず
(1)寅彦の謎解きの科学を何倍にも増幅して楽しめる!!
はじめの山田功氏の読み解きは実に面白かった。
十段落に分けての読み解きは、寅彦の文章のバックグラウンドを詳しく興味深く解説するものだった。
なるほどと納得することしきりだった。
特に第三段落までの「藤の実」が一斉にはじける現象の謎解きはみごとである。
それは、まるでコナンの探偵物語でも読むような面白さだ。
謎解きは、自ら体験することからはじめておられた。
藤の実がはぜたときの音とは、いったいどんな音だろうか。私も確かめたくなった。ある年の十一月中頃、藤の実を探すことにした。大きな公園の藤棚を見に行くと、手入れがされていて藤の実はない。近くの家に藤棚があることを思い出し出かけた。幸い、いくつかの藤の実が残っていた。
それを貰い、部屋にひもを張りつるした。十二月中頃、部屋で本を読んでいると、突然「ぴしっ」と乾いた短い音がし、藤の実がはぜた。その時、体がピクリと緊張した。そして、タネは部屋のドアに当り床に落ちた。これが寅彦の体験した藤の実のはぜる音なのかと納得したのである。それだけのことだが、作品「藤の実」がぐっと自分に近づき、いっそう深い関心がもてたのである。(同書P17より)
これはこの探偵物語のはじまりにすぎなかった。
謎解きは、次々とリアルに展開された。
寺田邸の藤棚はいつどこにつくられたのか?
タネがはげしくあたった障子のある居間とガラス窓の台所と藤棚の位置関係は?
寺田邸平面図、現場写真、居間スケッチ等々。
次には藤の実が一斉にはじけた時の気象条件の検証を行なっていた。
当日の「天気図」、中央気象台の観測データから、「異常に低い湿度」の謎を読み解こうしていた。
それで驚いてはいけない。
山田氏とその教え子の川口氏はなんと2014年、二ヶ月にわたり数百の藤の実で、はじけた数と、気象状況(湿度)との関係を調べているのである。
まだまだある。
猛烈な勢いで飛び出すタネの「初速度」を寅彦がやったように「高校物理」の問題として計算しているのである。さらには「その瞬間」を写真に収めようと根気よく試み成功しているのである。(この本にはそのときの写真が口絵に紹介されている)
この取り組みを読んでいるあいだに、寅彦の次のコトバを思い出したのだった。
一方で、科学者の発見の径路を忠実に記録した論文などには往々探偵小説の上乗なるものよりもさらにいっそう探偵小説的なものがあるのである。実際科学者はみんな名探偵でなければならない。
(「科学と文学」青空文庫より)
山田氏の「むすび」のコトバを引用させてもらおう。
こうして、「藤の実」を読み終えてみると、身近な事象も気を付けて眺めると、「おや」、「不思議だな」と思うことが結構あることに気づく。それは、興味深いことで、楽しい疑問である。そうした出会いができるためには、普段から自分の五感の感度を少し上げておかねばならぬ。五感というアンテナを磨き、いくつも立てておくことだ。そして、不思議だと思ったことを、「それは偶然だ。」とか、「悪日」とか、「神様や悪魔の仕業だ。」と、簡単に思考を止めてしまわないことである。根気強くもう一歩調べていくと「不思議」の原因を発見できるかもしれないのである。(同書P29より)
▼次のお薦めポイントにいこう。
(2)多面的な視点から寺田物理学の読み解きがされている!!
多面的・多角的な視点で読み解きがおこなわれているということは、著者たちのそのタイトルからもわかった。
○「藤の実」によせて:偶然と必然のはざま 松下 貢
「銀杏の一斉落葉」にふれて次のように語っていた。
ここでのポイントは、落葉集団の表面は外部の空気抵抗を受けるが、その内部では空気も一緒になっているので、葉っぱ達は空気の抵抗なしに落ちるということである。こうなると、落葉集団の縁の葉っぱはひらひらとするが、集団内の葉っぱは滝の流れのようにどどっと一斉に落ちるであろう。
この落葉の流れのきっかけを考えてみると、どの一枚の葉がどこで落ちるのかは、まったく偶然であろう。しかし、落葉が集団となって滝のように流れる段階では、この流れは実際の滝の水の流れと同様に、必然的な現象ということになる。すなわち、寅彦が見た銀杏の一斉落葉は偶然から必然への推移を観察したことになる。(同書P36より)
思わず、なるほどと膝をたたくのだった。
○植物生態学からみた「藤の実」 工藤 洋
自然科学者としての立場では、あらゆることに先入観を持ち込まない。まずは、現象をよく観察し、数値データを集め、偶然でなく説明し得る仮説を立てる。そして、その仮説が否定されるあらゆる可能性を考えて、観察と実験を繰り返す。この行為は自分が仮説を信じるかどうかとは別次元の行為で、仮説は証明されるものではなく、否定されないことをもって保持される。(同書P53より)
さすが自然観察のプロのコトバは示唆的である。
○寺田寅彦「藤の実」に見る自然観 川島禎子
「藤の実」について、文学的な考察をしてきました。とても短い作品ですが、これは備忘録であると同時に、連句的手法を活用して今寅彦が見ている世界を写した試みであり、身近な出来事から「潮時」という現象を読み取る実験である、と言っていいでしょう。
また科学者として分析的で論理的な自然観を持つのみならず、連句的手法を随筆に取り込むことで東洋的な自然観で対象をとらえることも意識的に行なっていたのではないかと指摘しましたが、そうした複眼的な自然観が、文学者としても、また科学者としても独自の興味深い視点を提示し得た理由だと考えられます。(同書P76より)
「連句的手法」「複眼的な自然観」私にはなんとも興味深いキーワードだ!!
最後のポイントに行こう。
(3)名作「藤の実」をより面白く読むための豊富な資料がここに集めてある!!
これはこれまでのお薦めポイントと重なることにもなるのだが、やっぱりこの本の大きな特徴ともなっているのであげておきたい。
よくありがちなケースとして、「これをより深く知るためには、こんな参考資料・文献がありますよ」と紹介のみに終わることが多いのだが、この本はちがっていた!!
この本にはこのすべてが<付録>として「ここに集めて」あった。
<付録>
・「十五メートルも種子を射出す 藤の莢の不思議な仕掛」平田 森三
※必読!!寅彦たちの論文をわかりやすく『子供の科学』(昭和八年十月号)に発表したもの
・「破片(抄)」 吉村冬彦(寺田寅彦)
・「雪子の日記(昭和七年十二月~昭和八年一月)」
・「鎖骨」 吉村冬彦(寺田寅彦)
・寺田寅彦 略年譜
この一冊で名作「藤の実」のバックグランウドのすべてがわかるのだ。
寅彦ファン必読の一冊だ!!
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