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本日(2021/01/18)、第275回オンライン「寅の日」!! #マーカス・ショーとレビュー式教育 #traday #寺田寅彦

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  ねえ君 ふしぎだと思いませんか

 この言葉もまた中谷宇吉郎が書き残してくれていた。

 私が理研にいた三年の間に、先生の仕事を手伝った主な題目は火花放電の研究であった。ずっと以前、先生が水産講習所へ実験の指導に行っておられた頃の話であるが、その実験室にあったありふれた感応起電機を廻(まわ)してパチパチ長い火花を飛ばせながら、いわゆる稲妻形に折れ曲まがるその火花の形を飽あかず眺めておられたことがあったそうである。そして先(ま)ず均質一様と考うべき空気の中を、何故(なぜ)わざわざあのように遠廻りをして火花が飛ぶか、そして一見全く不規則と思われる複雑極まる火花の形に或る統計的の法則があるらしいということを不思議がられたそうである。「ねえ君、不思議だと思いませんか」と当時まだ学生であった自分に話されたことがある。このような一言ひとことが今でも生き生きと自分の頭に深い印象を残している。そして自然現象の不思議には自分自身の眼で驚異しなければならぬという先生の訓えを肉付けていてくれるのである。(「指導者としての寺田先生」中谷宇吉郎 青空文庫より

 これこそ、寅彦の訓えを象徴する言葉に思えてくるのだった!!

▼本日(2021/01/18)は、第275回オンライン「寅の日」である。
 2021年1月のテーマは

【1月のテーマ】「寅彦と現代社会」

である。その二回目の本日読むのは、「マーカス・ショーとレビュー式教育」である。

 

◆本日(2021/01/18)、第275回オンライン「寅の日」!!

 

●「マーカス・ショーとレビュー式教育」(青空文庫より)

 

▼1934(昭和9)年6月、『中央公論』に発表した随筆らしい。
 いかにも寅彦らしい展開の随筆である。
 私などには縁遠い話かと、「なるほどそんなものなのか!?」「そんな世界もあるんだなぁ」と半分別世界の話と聞き流しているあいだに寅彦の本論に引き込まれていく!!
 寅彦のいつもの常套手段だ。

 筋の通った劇よりも、筋はなくて刺戟と衝動を盛り合わせたレビューの流行(はや)る現代に、同じような傾向が色々の他の方面にも見られるのは当然のことかもしれない。それについて先ず何よりも先に思い当るのは現代の教育のプログラムである。

えっ!?
いつの話なんだ!?と確かめたくなる。そう思ったら寅彦の思うつぼ!!

 自分等が商売がら何よりも眼につくのは物理学の中等教科書の内容である。限られた紙幅の中に規定されただけの項目を盛り込まなければならないという必要からではあろうが、実にごたごたとよく色々のことが鮨詰(すしづめ)になっている。一頁の中に三つも四つもの器械の絵があったりする。見ただけで頭がくらくらしそうである。そうしてそれらの挿図の説明はというとほとんど空っぽである。全く挿図のレビューである。そのうちの一つだけにして他は割愛して、その代りその一つをもう少し詳しく分かるように説明した方が本当の「物理」を教えるためには有効でありそうに思われる。それからまた、近頃の教科書には本文とは大した関係のない併(しか)し見た眼に綺麗なような色々の図版を入れることが流行(はや)るようである。これも一体「物理」とどんな関係があるのか少なくも本文をよんだだけではちっとも分からない。

  汽車弁当というものがある。折詰の飯に添えた副食物が、色々ごたごたと色取りを取り合せ、動物質植物質、脂肪蛋白澱粉(でんぷん)、甘酸辛鹹(かんさんしんかん)、という風にプログラム的に編成されているが、どれもこれもちょっぴりで、しかもどれを食ってもまずくて、からだのたしになりそうなものは一つもない。
 物理の教科書を見るたびに何となくこの汽車弁当を思い出すのであったが、今度レビューを見学してからレビューと教科書の対照を考えさせられるような機会に接した。

▼「駅弁教科書」と痛烈に批判しながらも、そこにどまらないのが寅彦の魅力だった。
 対策を提案するのだった。

 三つのものを一つに減らしてもその中の一番根本的な一つをみっしりよく理解し呑込んでしまえば、残りの二つはひとりでに分かるというのが基礎的科学の本来の面目である。そうでなくても一つのものをよく玩味(がんみ)してその旨(うま)さが分かれば他のものへの食慾はおのずから誘発されるのである。

そして、それは究極の教授術へとツナガッテいくのだった。

 一体「教えるためには教えない術が必要である。」というパラドックスが云わば云い得られなくはない。

 それはまた、最初のあの言葉にツナガル!!

 

ねえ君 ふしぎだと思いませんか

 

   寅彦の随筆に最高の魅力を感じるのは、ここまでで終わらないところだ!!
 批判、提案、さらには 次なるものをめざす。
 そして、私の場合は と 「着地点」を示唆してくれる!!

  一体レビュー式ということには何もそれ自身に悪い意味は少しもないはずである。善用すればむしろ非常に好い効果をあげ得べき可能性を多分にもっているものである。

 そして、こう「着地」する。

 庭の霧島つつじが今盛りで、軒の藤棚の藤も咲きかけている。
 あらゆるレビューのうちで何遍繰返し繰返し観ても飽きない、観ればみる程に美しさ面白さの深まり行くものは、こうした自然界のレビューである。この面白いレビューの観賞を生涯の仕事としている科学者もあるようである。ずいぶん果報な道楽者だとも云われるであろう。
やはり天(あめ)が下(した)に新しいものは一つもないと思ってひとりで感心して帰って来たのであった。

寅彦はやっぱりいつ読んでもどこまでも今日的である!!

 

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