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「日本理科教育史」をプロットする!!(9) #日本理科教育史 #科学観 #常民の科学

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▼ 秋は空からやって来た!!
 
 雨は一日降ったりやんだりを繰りかえしていた。
 夕方になって、遅れているヒガンバナ探索と「雲見」をかねて少し遠くまで歩いてみた。
 足元ばかりをみつめていたから、なおさら顔をあげて空を見たとき実感した。
 「雲見」の秋がやって来た!! と。

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▼「日本理科教育史」をプロットする!! をつづけよう。
 理科の授業・教材を語るとき、そのバックグランウドには教師自身の自然観・科学観があると思っていた。
 またまた大げさな話をと笑われそうだが、そのときどきにいちばん夢中になっている科学観を私は「○○の科学」と表現して使っていた。
 最初に夢中になったは、
 「常民の科学」
 だ。使い始めたころの「記録」が残っていた。

●1986年9月 「常民の科学」を授業に (『地下茎』39号より)

▼しばらくしてから今度は雑誌『理科教育』(明治図書 1988年2月号)に「もうひとつの科学史を授業に」と題して寄稿していた。

●1988年2月 「もうひとつの科学史を授業に」(『理科教育』(明治図書 1988年2月号)より)

 このとき広げた大風呂敷はどこまで具現化したかと問われると恥ずかしいかぎりである。
 しかし、今なお「常民の科学」と聞けばワクワクしてくるのである。

▼「常民の科学」からはじまった私の「○○の科学」遍歴は次々と変わっていった。
 思い出すままに列挙してみると
●「等身大の科学」
●「ファラデーの科学」
●「萃点の科学」
●「デクノボーの科学」
そして、終着点としての
●「私の科学」

 ところが、最近またまたワクワクする「○○の科学」に出会ってしまった!!
●「共愉の科学」
である。
 これらについてはまた別の機会に追いかけてみたい。

(つづく)

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