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本日(2020/07/22)、第259回オンライン「寅の日」!!#妖怪 #化け物の進化 #traday #寺田寅彦

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▼ 
 「妖怪」と「化け物」はちがうのか!?

 我が町にあらたな観光スポットができていた。
 「福崎町辻川観光交流センター」である。
 そこには将棋をさしながら、対局してくれる人を待つ河童いた!!
 のれんをくぐりなかに入ると、「全国妖怪造形コンテスト」で入賞した「妖怪」たちが展示されている妖怪ギャラリーだった。
 そこは、まさに「妖怪の世界」への入口だったのである!!

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▼本日(2020/07/22)は、第259回オンライン「寅の日」である。
 7月のテーマは、6月に引き続き
 「教科書に掲載された 寺田寅彦作品を読む」
である。
 5回連続でこのテーマで読んできて、その最終回である。
 本来は前著にふれられた「たぬきの腹つづみ」を読むべきところであるが、それは青空文庫にないので、その話も少し出てくる「化け物の進化」を読むことにしていた。

◆本日(2020/07/22)、第259回オンライン「寅の日」!!

「化け物の進化」(青空文庫より)

▼結論から言う。
 「化け物の進化」を代わりに読んだのは正解だった!!
 実に面白い!!

 まずは「化け物」の定義からはじまった。

 人間文化の進歩の道程において発明され創作されたいろいろの作品の中でも「化け物」などは最もすぐれた傑作と言わなければなるまい。 化け物もやはり人間と自然の接触から生まれた正嫡子であって、その出入する世界は一面には宗教の世界であり、また一面には科学の世界である。 同時にまた芸術の世界ででもある。

 そしてこう続ける。

昔の人は多くの自然界の不可解な現象を化け物の所業として説明した。 やはり一種の作業仮説である。
 自然界の不思議さは原始人類にとっても、二十世紀の科学者にとっても同じくらいに不思議である。 その不思議を昔われらの先祖が化け物へ帰納したのを、今の科学者は分子原子電子へ持って行くだけの事である。 昔の人でもおそらく当時彼らの身辺の石器土器を「見る」と同じ意味で化け物を見たものはあるまい。 それと同じようにいかなる科学者でもまだ天秤(てんびん)や試験管を「見る」ように原子や電子を見た人はないのである。

ここまでくれば、もう寅彦の独壇場だった。
いつのまにやら、寅彦ワールドに引き込まれいくのだった。

▼話は、「科学教育」にまで発展していく。
 示唆的な文章がつづく。長くなるが引用させてもらう。

 不幸にして科学の中等教科書は往々にしてそれ自身の本来の目的を裏切って被教育者の中に芽ばえつつある科学者の胚芽(はいが)を殺す場合がありはしないかと思われる。 実は非常に不可思議で、だれにもほんとうにはわからない事をきわめてわかり切った平凡な事のようにあまりに簡単に説明して、それでそれ以上にはなんの疑問もないかのようにすっかり安心させてしまうような傾きがありはしないか。 そういう科学教育が普遍となりすべての生徒がそれをそのまま素直に受け入れたとしたら、世界の科学はおそらくそれきり進歩を止めてしまうに相違ない。
 こういう皮相的科学教育が普及した結果として、あらゆる化け物どもは箱根(はこね)はもちろん日本の国境から追放された。 あらゆる化け物に関する貴重な「事実」をすべて迷信という言葉で抹殺(まっさつ)する事がすなわち科学の目的であり手がらででもあるかのような誤解を生ずるようになった。 これこそ「科学に対する迷信」でなくて何であろう。 科学の目的は実に化け物を捜し出す事なのである。 この世界がいかに多くの化け物によって満たされているかを教える事である。
 
 古人の書き残した多くの化け物の記録は、昔の人に不思議と思われた事実の記録と見る事ができる。 今日の意味での科学的事実では到底有り得ない事はもちろんであるが、しかしそれらの記録の中から今日の科学的事実を掘り出しうる見込みのある事はたしかである。
 

このあたりから、具体的「化け物」の話が続く。
寅彦なりにその科学的解明する話が実に面白い!!
読み進めるうちにはたとわかった!!

柳田国男の「妖怪」と寺田寅彦の「化け物」は同じだ!!

 先の「たぬきの腹つづみ」も登場した。
 そして、「天狗」も「河童」も登場してくるのだった!!  

 そして<結論>へと誘導されるのだった。

現在の世界じゅうの科学者らは毎日各自の研究室に閉じこもり懸命にこれらの化け物と相撲(すもう)を取りその正体を見破ろうとして努力している。 しかし自然科学界の化け物の数には限りがなくおのおのの化け物の面相にも際限がない。 正体と見たは枯れ柳であってみたり、枯れ柳と思ったのが化け物であったりするのである。 この化け物と科学者の戦いはおそらく永遠に続くであろう。 そうしてそうする事によって人間と化け物とは永遠の進化の道程をたどって行くものと思われる。

さらに続けて

化け物がないと思うのはかえってほんとうの迷信である。 宇宙は永久に怪異に満ちている。 あらゆる科学の書物は百鬼夜行絵巻物である。 それをひもといてその怪異に戦慄(せんりつ)する心持ちがなくなれば、もう科学は死んでしまうのである。
またこんな事を考える、科学教育はやはり昔の化け物教育のごとくすべきものではないか。 法律の条文を暗記させるように教え込むべきものではなくて、自然の不思議への憧憬(どうけい)を吹き込む事が第一義ではあるまいか。 これには教育者自身が常にこの不思議を体験している事が必要である。

 この夏は、ぜひいくつかの「妖怪」「化け物」と出会いたいものである!!

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