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本日(2020/05/11)、第253回オンライン「寅の日」!!#五月の唯物観 #traday #寺田寅彦

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▼ 卵の重心から下ろした垂線が、卵の表面の凸三点でつくる三角形内にあれば卵は立つ!!
  誰が いつ やっても卵は立つ!!
  それはアタリマエに立つ!!
  それが カガク !! 
  ナラバ
  垂線が三角形内からはみ出してしまう「事件」が起こらないかぎり卵は立ち続ける!!
  それもまたアタリマエの カガク!!

 今年もまた節分に立てた「立春の卵」。三ヶ月経った5/3には一個の卵は確かに立ちつづけていた!!
 ところが、昨日(2020/05/10)には最後の一個の卵も倒れてしまっていた。100日経っていないのに… (/_;)
 「事件」は起きたのだ。

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 してみると、2015年の「191日の軌跡」はやはりギネス級の「記録」だ!!(完全「自画自讃」モード(^^ゞポリポリ)

●【立春の卵】191日の軌跡 

 中谷宇吉郎先生もびっくりしてくれるだろうか!!
 寅彦だったら何と言うだろう!?

▼本日(2020/05/11)、第253回オンライン「寅の日」である。
 5月のテーマはきめていた。

 【5月テーマ】「寅彦と学問」

である。その第一弾として、本日読むのは「五月の唯物観」である。

◆本日(2020/05/11)、第253回オンライン「寅の日」!!

「五月の唯物観」(青空文庫より)

▼寅彦の最晩年(1935年)の5月発表の作品である。
 さすがうまいもんだ!!

若かった時分には四月から五月にかけての若葉時が年中でいちばんいやな時候であった。理由のない不安と憂鬱の雰囲気のようなものが菖蒲や牡丹の花弁から醸(かも)され、鯉幟(こいのぼり)の翻る青葉の空に流れたなびくような気がしたものである。
それが年を取るうちにいつの間にか自分の季節的情感がまるで反対になって、このごろでは初夏の若葉時が年中でいちばん気持のいい、勉強にも遊楽にも快適な季節になって来たようである。

(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン
 私もそうかも知れない。なんて思い出すとそこは寅彦の思うつぼだ!!
 そうして、こうまくし立てられるとすっかりその気になってくる。

この著しい「転向」の原因は主に生理的なものらしい。試みに自分のあやしげな素人生理学の知識を基礎にして臆説を立ててみるとおおよそ次のようなことではないかと思う。  われわれが格別の具体的事由なしに憂鬱になったり快活になったりする心情(ムード)の変化はある特殊の内分泌ホルモンの分泌量に支配されるものではないかと思われる。それが過剰になると憂鬱になったり感傷的になったり怒りっぽくなったりするし、また、過少になると意気銷沈(しょうちん)した不感(アパシー)の状態になるのでないかと思われる。
さらには
 数式で書き現わすと、この問題の分泌量Hがざっと H = H0 + A sin nt のような形で書き現わされその平均水準のH0[#「H0」は縦中横]と振幅Aとが各個人の各年齢で色々になる量だとする。そこで今いちばん適当なHの量を仮にKだとすると、上式をKに等しいと置いたときにその式を満足するような時間tに相当する時季がその人のいちばん気持のいいときになる勘定である。  もしも H0 - A がKより大きいような人ならばその人は年中怒りっぽくまた憂鬱になりやすいし、また H0 + A がKより小さい人は年中元気がなく悄気(しょげ)ていることになる。

と来る。ここにいたってはすっかり寅彦ワールドだ!!

▼でもここまでで終わらないところが、また寅彦の凄いところだ!!
 実は本意はここにあるよと教えてくれる。

しかし自分がここでこんなことを書きならべたのは別にそうした学説を唱えるためでも何でもないので、ただここでいったような季節的気候的環境の変化に伴う生理的変化の効果が人間の精神的作用にかなり重大な影響を及ぼすことがあると思われるのに、そういう可能性を自覚しないばかりに、客観的には同じ環境が主観的にある時は限りなく悲観されたり、またある時は他愛もなく楽観されたりするのを、うっかり思い違えて、本当に世界が暗くなったり明るくなったりするかのように思い詰めてしまって、つい三原山へ行きたくなりまた反対に有頂天(うちょうてん)になったりする、そういう場合に、前述のごとき馬鹿げた数式でもひねくってみることが少なくも一つの有効な鎮静剤の役目をつとめることになりはしないかと思うので、そういう鎮静剤を一部の読者に紹介したいと思ったまでのことである。

そして、最後に「学問」の意義について次のように語っていた。

 しかしたとえこれに関して科学者がどんな研究をしようとも、いかなる学説を立てようとも、青葉の美しさ、鰹のうまさには変りはなく、時鳥の声の喚び起す詩趣にもなんら別状はないはずであるが、それにかかわらずもしや現代が一世紀昔のように「学問」というものの意義の全然理解されない世の中であったとしたら、このような科学的五月観などはうっかり口にすることを憚(はばか)らなければならなかったかもしれないのである。そういう気兼ねのいらないのは誠に二十世紀の有難さであろうと思われる。

寅彦がこう語ってから85年の月日が経った。
 2020年の5月!!
今、寅彦ならはどんな「科学的五月観」を語っただろう!?

 ちなみに「立春の卵」の中谷宇吉郎先生は、その最後にこう書いていた。

 人間の眼に盲点があることは、誰でも知っている。しかし人類にも盲点があることは、余り人は知らないようである。卵が立たないと思うくらいの盲点は、大したことではない。しかしこれと同じようなことが、いろいろな方面にありそうである。そして人間の歴史が、そういう瑣細(ささい)な盲点のために著しく左右されるようなこともありそうである。

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