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マッチの祖・清水誠を追う!!(3)~神戸編(その2)~ #マッチ #燐寸 #清水誠

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▼諏訪山の金星台「金星過日測檢之處」碑に「清水誠」の名前をみつけて大満足だった!!
 でもせっかく「神戸」(元町)にいてこれだけで終わらせるのはモッタイナイと思った。
 すぐ近くに「清水誠」の名前を確実に見られる場所があった。それが

マッチ専門店『マッチ棒』…神戸観光スポット「北野工房のまち」にある。マッチ情報発信基地!!

 である。
 ここには「マッチ」に関わる情報のすべてがあった!!
 めずらしいマッチもここなら入手できる!!

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▼こんな場所が、金星台のすぐ近くにあるなんて少し因縁を感じる。
 今回は、「清水誠」「新燧社」(しんすいしゃ)(あとで知ったのだが「燧・ひうち」=火打ち石の意味らしい)に焦点を絞って店内に入った。
 いきなり目に入ったのが「マッチ年表」の清水誠の写真だった。
 それに前回訪問したときには気づかなかった「肖像画」もあった!!

 再び「マッチの歴史(「マッチの世界」 日本燐寸工業会)」から引用させてもらおう。
●1875 (明治8)年 4月、清水 誠、東京霞ヶ関、吉井友実卿私邸において黄りんマッチの試作に成功。
●1876 (明治9)年 9月、清水 誠、4月に東京三田四国町に設立したマッチ製造所「新燧社(しんすいしゃ)」を東京本所柳原町に移転し、安全マッチの本格的製造を開始。
 
(゜o゜)ゲッ!!1875(明治8)年と言えば、「金星観測」の翌年ではないか!!

「マッチ棒」さんに「清水誠」「新燧社」についていろいろ教えてもらった。
貴重な本まで見せてもらいながらほんとうにくわしく教えてもらった。
東京の「紀功碑」のある場所までくわしく教えてもらった。深謝!! 
今回、二種類の「新燧社」商標のマッチも手に入れた。(「銅板枝桜」と「桜花神佛燈火用」)

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▼教えてもらったのは、それだけではなかった。
 今回特に印象深かったのは、商標ラベルの歴史であり、燐寸産業現況だった。
 ここでしか聞けない貴重なお話ばかりだった!!
 「マッチの歴史は文化である!!」
 のコトバに感動した。
 ついつられてこれまでの拙い取り組み「燐寸(マッチ)一本 化学の元!!」のいったんを語ってしまっていた。

 お話を聞いたあと、「マッチ棒」特製の「マッチセット」あらためて手に入れた!!
 きわめて貴重な資料に見えてきた。(姫路市で生産されているものが多いのにあらためて驚く。)

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▼店内にはまだまだめずらしいものがいっぱいだ。
 いくら長居をしてもあきない!!
 何度みてもそのつど「発見」がある。「マッチ」ファン必見のスポットだ。
 
 諏訪山「金星台」「ビーナスブリッジ」~北野工房のまち「マッチ棒」をあらたな観光スポットに!!
 
 「マッチの祖・清水誠」を追う旅、さて次なる展開はどこへ!?
 続けて神戸で「日本燐寸工業会」を訪問するか。
 東京へ向かうか。
 まだきめてはいなかった。
 そのときまで

(つづく)

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