本日(2019/11/25)、第239回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦
▼実は、只今11回目の「土佐の寅彦」詣の旅の途中だった。
オンライン「寅の日」がスタートしたのが、2012年4月。
第1回目の「土佐の寅彦」詣が同年の8月!!
オンライン「寅の日」と私の「土佐の寅彦」詣とは深くリンクしていた。
▼本日(2019/11/25)は、第239回オンライン「寅の日」である。
11月3回目である。
11月テーマは「寅彦と草花・樹木」!!
このテーマも、このたびの11回目の「土佐の寅彦」詣と深く関係していた。それは後ほど…。
今日、読むのは「どんぐり」である。
◆本日(2019/11/25)、第239回オンライン「寅の日」!!
●「どんぐり」(青空文庫より)
▼今朝起きて、今一度「どんぐり」を読んでみた。
昨日、教えてもらったことをふりかえってみると、この作品の背景を知っておく必要があると思った。
そこで、『寺田寅彦ー天然に育まれし眼差しー』(高知県立文学館)の「年譜」から関連しそうな部分を引用させてもらう。
寅彦の年齢は数え年で示してある。
●1897(明治30)年 20歳
7月24日、阪井重季の娘夏子(15歳)と結婚。
●1901(明治34)年 24歳
2月、夏子と小石川植物園へ行き、夏子は団栗を拾う。のち、高知へ帰り種崎で療養。
5月26日、種崎で長女貞子が生まれる。
9月、(寅彦)夏休みに帰省中肺炎カタルを患い、高知県須崎の浜で療養。一年間大学を休学。
●1902(明治35)年 25歳
4月、須崎から高知の家へ戻り自宅養生。
7月末、夏子は種崎から浦戸へ移って療養。
8月21日、夏子を浦戸に見舞う。
9月19日、正岡子規死去。
11月15日、夏子死去(20歳)。
●1905(明治38)年 28歳
1月『ホトトギス』で漱石の「我が輩は猫である」の連載始まる(翌年の8月まで)。
2月25日、漱石宅の文章会に出席。
4月『ホトトギス』に「団栗」掲載。
かくして、「どんぐり」は生まれた!!
▼単純なふたつの驚き!!
・寅彦も夏子さんも若い!!
・寅彦は文章がうまい!!
2つ目のいかにもシロウトならではの驚きは、次のようなところで感じた。
「実にいい天気だ。「人間の心が蒸発して霞になりそうな日だね」と言ったら、一間ばかりあとを雪駄を引きずりながら、大儀そうについて来た妻は、エヽと気のない返事をして無理に笑顔をこしらえる。この時始めて気がついたが、なるほど腹の帯の所が人並みよりだいぶ大きい。」
「睡蓮(すいれん)もまだつめたい泥の底に真夏の雲の影を待っている。」
「どんぐりを拾って喜んだ妻も今はない。お墓の土には苔の花がなんべんか咲いた。山にはどんぐりも落ちれば、鵯の鳴く音に落ち葉が降る。ことしの二月、あけて六つになる忘れ形身のみつ坊をつれて、この植物園へ遊びに来て、昔ながらのどんぐりを拾わせた。」
いつもの「土佐の寅彦」詣の定番コースでもあるが、最後に夏子さんのお墓にも参ってかえろうと思う。
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