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柳田国男とヒガンバナ #ヒガンバナ #民俗学

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▼ずっと気になっているひと株のヒガンバナがあった。
 柳田国男の生家前の大きな桜の木の根元にあるひと株だった。今年はあまり花茎をのばさなかったようだ。
 それも少し盛りを過ぎてしまっていたようだ。
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▼民俗学の父・柳田国男も、「ヒガンバナ」について書き残してくれていた。アリガタイ!!
 『野草雑記』の「草の名と子供」のなかで、この植物についてふれていた。
 
◆野草雑記・野鳥雑記 柳田國男(青空文庫より)

 民俗学のひとつのアプローチとして「方言」を調査していた柳田国男は、多くの里名をもつヒガンバナについてもくわしく調べてくれていた。「草の名と子供」の「緒言」にたいへん興味深いことを書いていた。

 小さな自然に名を与える事業には、児童が誰よりも多くの興味を以(もっ)て働いている。その言葉が成人にも承認せられて永く行われ、一方にはまた同じ子供のような気持を以て、新たに言い始めた物の名も多かったことは、方言を集めていると容易に心づくはずである。この頃(ごろ)外国から持込んだ色々の新語と並べて見て、殆(ほとん)と両極端と言ってもよい態度のちがいは、やがてまた近世の国語の歴史の、看過すべからざる変革を暗示するものかと思う。

 最後の一文はなんとも示唆的デアル!!
▼問題のヒガンバナは「狐の剃刀」というタイトルで語られていた。
 出だしはこうだ。

 東京の郊外で彼岸花、俳諧で曼珠沙華(まんじゅしゃげ)などといっている草の葉を、奈良県北部ではキツネノカミソリ、摂津せっつの多田地方ではカミソリグサ、それからまた西へ進んで、播州でも私たちは狐の剃刀(かみそり)と呼んでいた。

 何と言ってもうれしいのは、播州地方にたびたびふれてくれていることだ。
 同郷の「よしみ」!!。いっきょに偉大なる柳田国男翁が身近になるのである!!
 

自分たちの郷里では、子供はこの植物について三つの名を知っていた。その一つは前に挙げた狐の剃刀で、これは専(もっぱ)らその葉をさしていい、次にはジュズバナ、今一つはテクサレであるが、この事は後でいっしょにいう。ジュズ花というのはこの花の茎を折って、珠数(じゅず)の形に真似(まね)て首に掛けて遊ぶからで、播磨(はりま)一国だけでなく三河の宝飯郡・石見の邑智(おおち)郡等にも同じ語がある。

「狐の剃刀」 ?(゜_。)?(。_゜)?
「ジュズバナ」 あるある!!
「テクサレ」  あるある!!
さらにつづく

 テクサリという語の方は、あるいは子供の実験だったかも知れぬが、私たちは手が腐るなどといいながらも、いつも折って遊んでいた。テクサリという名は私の郷里だけでなく、近畿では処々に行われているようだが、伊予の大三島(おおみしま)などではこれをテハレグサ、紀州の尾鷲(おわせ)ではヒゼンバナといっている。ヒゼンはいやな皮膚病の名で、実際この液がつくと指の股またが白くなる。

これぞまさにあるある!!だった。
それにしてやっぱり凄い!!ヒガンバナの「方言」ひとつでここまで追いかけるとは!!
▼生家のある西、鈴の森神社の入口の坂道にもヒガンバナ群落がみられた。
 「ヒガンバナ」ツナガリで郷土の偉人・柳田国男を見直したとき、この人の「仕事」にあらためて興味が湧いてくるのだった。
 「野草雑記」の他の植物についても読んでみたがとても面白い!!
 いつか、自分で「野草雑記」図鑑なんてつくれたらいいな!!(夢だけはいくらでも(^^ゞポリポリ)
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