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本日(2019/05/17)、第223回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼先日、オンライン「寅の日」7年の歩みを報告したときにも、オンライン「寅の日」をはじめるまでの、私と寺田寅彦の強いての「接点」として、石原純のことついて少しだけ触れた。
そうして見ていくと、オンライン「寅の日」も、どこかで理科ハウスとツナガッテイタ!!
不思議なもんだ。
▼ 本日(2019/05/17)は、第223回オンライン「寅の日」である。
 4月、5月かけて
 ◆寺田寅彦「科学(理科)教育」十選!! を順次読んでいくことにしていた。
本日読むのは、そのベスト4にあげた「科学上の骨董趣味と温故知新」を読むことにしていた。

◆ 本日(2019/05/17)、第223回オンライン「寅の日」!!

● 「科学上の骨董趣味と温故知新」(青空文庫より)

▼オンライン「寅の日」でこの随筆を読むのは5回目である。それだけ何度も読むのはとても気に入っているところが随所にあるからである。
書かれたのは大正8年(1919)ちょうど100年前だ!!  
寅彦はいつ読んでも今日的である!!を実感するのである。 

ズバリこの指摘は、さすが寅彦である。

科学上の真理は常に新鮮なるべきもので骨董趣味とは没交渉であるべきように見える。しかし実際は科学上にも一種の骨董趣味は常に存在し常に流行しているのである。
    寅彦の指摘は100年経った今も有効である。

その種類の人には歴史という事は全く無意味である。古い研究などはどうでもよい。最新の知識すなわち真である。これに達した径路は問う所ではないのである。実際科学上の知識を絶対的または究極的なものと信じる立場から見ればこれも当然な事であろう。また応用という点から考えてもそれで十分らしく思われるのである。しかしこの傾向が極端になると、古いものは何物でも無価値と考え、新しきものは無差別に尊重するような傾向を生じやすいのである。


 
しかし自分の見る所では、科学上の骨董趣味はそれほど軽視すべきものではない。この世に全く新しき何物も存在せぬという古人の言葉は科学に対しても必ずしも無意義ではない。

▼いつものことだが、後半になると寅彦の本意も益々ヒートアップしていく。

このような類例を探せばまだいくらでもあるだろう。新しい芸術的革命運動の影には却って古い芸術の復活が随伴するように、新しい科学が昔の研究に暗示を得る場合は甚だ多いようである。これに反して新しい方面のみの追究は却って陳腐を意味するようなパラドックスもないではない。かくのごとくにして科学の進歩は往々にして遅滞する。そしてこれに新しき衝動を与えるものは往々にして古き考えの余燼(よじん)から産れ出るのである。

しかしその半面の随伴現象としていわゆる骨董趣味を邪道視し極端に排斥し、ついには巧利を度外視した純知識慾に基づく科学的研究を軽んずるような事があってはならぬと思う。直接の応用は眼前の知識の範囲を出づる事は出来ない。従ってこれには一定の限界がある。予想外の応用が意外な閑人的学究の骨董的探求から産出する事は珍しくない。

そして、本意中の本意を繰りかえす!!

自分は繰返して云いたい。新しい事はやがて古い事である。古い事はやがて新しい事である。

思わず調子にのって自説をひっぱりだして
ホンモノの「流行」は、「不易」を内包する!!

ホンモノの「不易」は、「流行」を創造する!!

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