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本日(2019/04/11)、第220回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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次は「にゅうの」「にゅうの」!!
車内アナウンスは確かにそう聞こえた。瀬戸内「雲見」の旅の途上でのことだ。列車が尾道・三原を過ぎたあたりでのことだった!!
 「にゅうの」と聞いて、ポンコツレセプターが反応した!!これをただ聞き逃すわけにはいかなかった。カメラを持ってすぐ立ち、停車すればドアが開く位置に移動し、駅名「入野」を写真におさめた。
 33年前(1986年)の生徒の「夏休みの自由研究」からはじまる
◆「丹生」を追う
の旅とツナガッタ!!
 帰ってから調べたら、『丹生の研究』(松田壽男著 早稲田大学出版部)には確かに、「安芸の入野」(p348)が出ていた。
▼いよいよオンライン「寅の日」が8年目に入る。
 8年目のはじめは、7年の歩みのなかでまとめた
◆寺田寅彦「科学(理科)教育」十選!!
 を読むこととしていた。そのなかでもベストワンの「科学者とあたま」を本日は読む。

◆本日(2019/04/11)、第220回オンライン「寅の日」!!

●「科学者とあたま」(青空文庫より)

▼ほんとうに名文というものは、何度読んでも読むたびにあらたな感動があり、発見がある。!!
 お薦めナンバーワンの随筆である。

しかしまた、普通にいわゆる常識的にわかりきったと思われることで、そうして、普通の意味でいわゆるあたまの悪い人にでも容易にわかったと思われるような尋常茶飯事(さはんじ)の中に、何かしら不可解な疑点を認めそうしてその闡明(せんめい)に苦吟するということが、単なる科学教育者にはとにかく、科学的研究に従事する者にはさらにいっそう重要必須(ひっす)なことである。この点で科学者は、普通の頭の悪い人よりも、もっともっと物わかりの悪いのみ込みの悪い田舎者いなかものであり朴念仁(ぼくねんじん)でなければならない。

示唆的な文章がつづく。
自然は書卓の前で手をつかねて空中に絵を描いている人からは逃げ出して、自然のまん中へ赤裸で飛び込んで来る人にのみその神秘の扉(とびら)を開いて見せるからである。
 頭のいい人には恋ができない。恋は盲目である。科学者になるには自然を恋人としなければならない。自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである。

科学の歴史はある意味では錯覚と失策の歴史である。偉大なる迂愚者(うぐしゃ)の頭の悪い能率の悪い仕事の歴史である。  頭のいい人は批評家に適するが行為の人にはなりにくい。
▼ナラバと「頭の悪さ」だけをうりものとしようとする私のような「愚か者」には、きびしいコトバもあった。
 頭がよくて、そうして、自分を頭がいいと思い利口だと思う人は先生にはなれても科学者にはなれない。人間の頭の力の限界を自覚して大自然の前に愚かな赤裸の自分を投げ出し、そうしてただ大自然の直接の教えにのみ傾聴する覚悟があって、初めて科学者にはなれるのである。しかしそれだけでは科学者にはなれない事ももちろんである。やはり観察と分析と推理の正確周到を必要とするのは言うまでもないことである。
最後の
 この老科学者の世迷い言を読んで不快に感ずる人はきっとうらやむべきすぐれた頭のいい学者であろう。またこれを読んで会心の笑(え)みをもらす人は、またきっとうらやむべく頭の悪い立派な科学者であろう。これを読んで何事をも考えない人はおそらく科学の世界に縁のない科学教育者か科学商人の類であろうと思われる。
は、86年の時空超えて、寅彦から私たちに向けられた熱きエールに読めてくるのだった。

あなたは「頭のいい人」「頭の悪い人」それとも…!?

8年目は、【理科の部屋】7やFacebook版・サイエンスカフェ「寅の日」でも大いに語り合いたいですね!!

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