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本日(2018/11/18)、第207回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼両手にそっと包まれたような綿の実はまだ割れてはいなかった。
 それどころか今さらのように咲く白い花、少しピンクがかって行く花、赤く色づくがく、まだ緑を残す実等々のすべてが一本の木綿に同居していた。
 新しさと古さのすべてのさりげない同居は美しくもあった!!

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▼本日(2018/11/18)は、第207回オンライン「寅の日」である。
 11月のテーマは、【理科の部屋】誕生月にちなみ

 「寅彦と理科教育」

である。本日はその第二弾、「科学上の骨董趣味と温故知新」を読む。

■本日(2018/11/18)、第207回オンライン「寅の日」!!

●「科学上の骨董趣味と温故知新」(青空文庫より)

▼「科学」「かがく」「カガク」「サイエンス」「science」…
 どの表記が自分にいちばんぴったりくるだろう!?
 寅彦はこんなことを言っていた。

科学の区別は別問題として、その人々の科学というものに対する見解やまたこれを修得する目的においても十人十色と云ってよいくらいに多種多様である。実際そのためにおのおの自己の立場から見た科学以外に科学はないと考えるために種々の誤解が生じる場合もある。

 なかなか面白いテーマではあると思うが、寅彦も言っているように今回の主テーマではないので
 \(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ

 本論に入る。
 寅彦はひとつの危惧をいだいていた。

その種類の人には歴史という事は全く無意味である。古い研究などはどうでもよい。最新の知識すなわち真である。これに達した径路は問う所ではないのである。実際科学上の知識を絶対的または究極的なものと信じる立場から見ればこれも当然な事であろう。また応用という点から考えてもそれで十分らしく思われるのである。しかしこの傾向が極端になると、古いものは何物でも無価値と考え、新しきものは無差別に尊重するような傾向を生じやすいのである。

 どうやらこのあたりに寅彦の本意がありそうである。

しかし自分の見る所では、科学上の骨董趣味はそれほど軽視すべきものではない。この世に全く新しき何物も存在せぬという古人の言葉は科学に対しても必ずしも無意義ではない。

▼たたみかけるように寅彦の本意が発露される!!これが寅彦の手法なのかも。

このような類例を探せばまだいくらでもあるだろう。新しい芸術的革命運動の影には却って古い芸術の復活が随伴するように、新しい科学が昔の研究に暗示を得る場合は甚だ多いようである。これに反して新しい方面のみの追究は却って陳腐を意味するようなパラドックスもないではない。かくのごとくにして科学の進歩は往々にして遅滞する。そしてこれに新しき衝動を与えるものは往々にして古き考えの余燼(よじん)から産れ出るのである。  
  
しかしその半面の随伴現象としていわゆる骨董趣味を邪道視し極端に排斥し、ついには巧利を度外視した純知識慾に基づく科学的研究を軽んずるような事があってはならぬと思う。直接の応用は眼前の知識の範囲を出づる事は出来ない。従ってこれには一定の限界がある。予想外の応用が意外な閑人的学究の骨董的探求から産出する事は珍しくない。
自分は繰返して云いたい。新しい事はやがて古い事である。古い事はやがて新しい事である。

ここで我田引水のあのコトバを思い出した。

ホンモノの「流行」は「不易」を内包する!!
ホンモノの「不易」は「流行」を創造する!!

 大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから34週目。
 水は少なくなり、枯れた葉は朽ち果てようとしていた。

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