六甲山地はどうやって生まれたか(2)
▼フィールドワークは展望台からはじまった。
・奥池
・大阪平野
・大阪湾
・甲山
…
説明を聞きながら聞きながら眼下の風景を眺めていると、昨夜聞いた「六甲山誕生物語」が「ほんとうだ!!
」と思えてくるのだった。
▼「物語」がよりリアルに信憑性を持つためには、それを裏付ける証拠が必要だった。
「鍵層」とよばれるものだ。
標高約500mの奥池周辺に「大阪層群」を見つければ、これは強力な証拠になる。
「露頭」と言われて勝手に想像してしまうのは、垂直に立った崖の地層であった。
しかし、今回 「ここに大阪層群が…」と案内してもらった場所は地面だった!!
「海底で堆積した地層が…」
この高さにある!!そのドラスティクな「物語」を想像しながら、この岩石を触ってみると、なんとなくその気になってくるから不思議だ。
▼六甲山と言えば「花こう岩」だ。
一口に「花こう岩」と言ってもいろいろなものがあった。
「花こう岩」は風化が激しかった。風化すればボロボロになり「真砂」になる。
「白砂青松」と言えばいいが、水害となるとたいへんだ!!
この度の西日本豪雨でも何度も聞いた言葉だ。
それがよくわかる「現場」に行ってみた。
▼最後に、「ごろごろ橋」を通って、「五助橋断層」を見渡せる場所に行った。
「あそこに、この方向に五助橋断層が走っているのです。」
と説明を聞いてわかった。
これまた、その気になって見ているとナルホド (゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン
となる。
プロに案内してもらうフィールドワークは楽しいもんだ。
深謝<(_ _)>
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