« 36号コウガイビルは「エサなし」記録を更新した!! | トップページ | 本日(2018/03/11)、第186回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦 »

私の「科学」雑話(11)

Dscn6060

「国内の約90%を生産」

「姫路地域の地場産業マッチづくりについて学びましょう」(電子じばさん館)のページにはそう書いてあった。
 驚くべき数値である。
 どうして19世紀西洋「化学」の象徴のようなマッチがここ姫路の地場産業となったのだろう?
 そこにどんな「偶然」が
 そこにどんな「必然」が
 そこにどんな「物語」が

しばらくは「姫路マッチ物語」を追いかけてみたい!!
▼これまでのところだけでもいくつかの疑問を保留にしたままだった。

・ファラデーは『ロウソクの科学』(1860年)でマッチを使ったか!?それは「安全マッチ」だっただろうか!?

・宇多川榕庵が『舎密開宗』(1837年)で触れたマッチとは?その詳細は?

 特にこの2つの疑問にはこだわり続けたい。こだわったままたちどまるのでなく先へ進めたい。

▼さて「日本マッチ物語」はいつごろどのようにしてはじまるのだろう。

◆「マッチ年鑑」(電子じばさん館)
 

を参考に追ってみる。

●1876 (明治9)年 9月、清水 誠、東京本所柳原町にて「新燧社(しんすいしゃ)」設立。黄りんマッチの本格的製造を開始。

●1879(明治12)年 4月、清水 誠はスウェーデンから帰国後、渡欧中に全焼した工場を再建し、安全マッチの生産を始める。

これを見てもわかるとおり、「黄リンマッチ」→「安全マッチ」への流れは当然日本でも同様だった。

▼「日本マッチ物語」にはキーマンがいたようだ!!
 
 清水誠 である。

 日本全国にはこの「日本マッチ物語」の足跡を残す場所があるようだ。

 「日本マッチ物語」を追って気儘な旅に出たくなってきた!!

(つづく)
 

|

« 36号コウガイビルは「エサなし」記録を更新した!! | トップページ | 本日(2018/03/11)、第186回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 私の「科学」雑話(11):

« 36号コウガイビルは「エサなし」記録を更新した!! | トップページ | 本日(2018/03/11)、第186回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦 »