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本日(2017/10/18)、第173回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

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▼そうだ!!待ちに待った青空は北の空からやって来た!!
 あまりにうれしかったので、空の写真を撮りまくった。
 
 それが、今のところ その「瞬間」の私の記録方法だ。
 さらに もうひとつの方法として…

▼本日(2017/10/18)は、第173回オンライン「寅の日」である。
 10月のテーマは

 ・寅彦と「俳句」

 である。その第二弾に読むのは「天文と俳句」である。

◆本日(2017/10/18)、第173回オンライン「寅の日」!!#traday #寺田寅彦

●「天文と俳句」(青空文庫より)

▼無謀にも、私が「もうひとつの方法」として採用したいと思っているのか「俳句」である。
 「俳句」では、その「瞬間」の決定を「季語」(季題)でやっていた。
 寅彦はそれをどう語っているだろう?

 季節の感じは俳句の生命であり第一要素である。此れを除去したものは最早俳句ではなくて、それは川柳であるか一種のエピグラムに過ぎない。俳句の内容としての具體的な世界像の構成に要する「時」の要素を決定するものが、此の季題に含まれた時期の指定である。時に無關係な「不易」な眞の宣明のみでは決して俳諧になり得ないのである。「流行」する時の流の中の一つの點を確實に把握して指示しなければ具象的な映像は現はれ得ないのである。

さらには

無常な時の流れに浮ぶ現實の世界の中から切り取つた生きた一つの斷面像を、その生きた姿に於て活々と描寫しようといふ本來の目的から、自然に又必然に起つて來る要求の一つが此の「時の決定」であることは、恐らく容易に了解されるであらうと思はれる。花鳥風月を俳句で詠ずるのは植物動物氣象天文の科學的事實を述べるのではなくて、具體的な人間の生きた生活の一斷面の表象として此等のものが現はれるときに始めて詩になり俳句になるであらう。

と語るのである。「時の決定」こそが最優先すると言うのである。
 その「時の決定」こそが「季語」(季題)であると言うのだ。

▼私は「不易流行」という言葉が好きだ!!
ホンモノの「流行」は「不易」を内包する!!
ホンモノの「不易」は「流行」を創造する!!
は持論だ。 \(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ

寅彦は「俳句」の「不易流行」の原理をこう語っていた。

要するに俳句は抽象された不易の眞の言明だけではなくて具體的な流行の姿の一映像でなければならない。

 さらには次の言葉は私には示唆的である。

此れは俳句が所謂モンタージュの藝術であることを明示する。

これまで繰り返し寅彦の随筆を読んできてだいぶんその「やり口」が見えてきた。
結論・本意は最後の最後に語っていた。

要するに此處で所謂「天文」の季題は俳句の第一要素たる「時」を決定すると同時に「天と地の間」の空間を暗示することによつて、或は廣大な景色の描寫となり、或は他の景物の背景となる。

蛇足になるがどうしても理科教師として引用させてもらいたい一文があった。

古人の句には往々かういふ科學的の眞實を含んだ句があつて、理科教育を受けた今の人のに、そのわりに少ないやうに思はれるのも不思議である。昔の人は文部省流の理科を教はらないで、自分の眼で自然を見たのである。

 寅彦流のアイロニー的表現である。
 これも、「これから」の理科教育に向けた寅彦からのエールであると受け取っておこう。(^^)V

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